恰好の標的
潤也が退院したのは、あれから数日後のことだった。校内では彼に怯える生徒たちが、身構えるような仕草を取っている。やはり図書室の前でのパフォーマンスは、彼らに強烈な印象を植え付けていたようだ。
同時に、校内ではある噂話が絶えない。
「ねぇ、聞いた? うちの学校の生徒、一度に四人も少年院に入れられたんだって」
「相良たちでしょ? 潤也の奴、物凄く血まみれになってたもんね」
「あの場で笑ってた潤也、とても同じ人間とは思えないよ。敵が少年院送りになって悦ぶのはわかるけどさ、それにしてもあの出血量は痛いでしょ」
生徒たちの噂が本当なら、潤也の体を張った戦略は見事に成功していたということになる。
潤也の前に、由依がふと通りかかる。
「退院おめでとう、潤也。これから先、退屈になりそうだね」
退屈――それはこの二人が何よりも嫌っているものだ。ゆえに彼女は弱者をいじめる。ゆえに潤也はゲームを楽しむ。そんな構図が成り立つのは、秩序や安寧を礎としている時だけなのだ。
このまま刺激のない生活を送ることは、潤也には耐え難いことだ。
「由依。ちょっと話したいことがある」
「何?」
「いいから、ついてきてよ」
彼に言われるまま、由依は空き教室へと案内される。潤也は周囲に人がいないことを確認し、小声で話を切り出す。
「俺たちにとっての一番の邪魔者は風紀委員長――氷室師走だ。そうだろ?」
実際、二人の利害関係において、風紀委員長の存在は一番の障壁である。それは由依も認めざるを得ない。
「確かにそうだね。アイツの監視の目があると、いじめの手段が限られる。そうなると、君もゲームを楽しめなくなるわけだ」
曲がりなりにも、風紀委員長は校内の秩序を保つ存在だ。それはか細い影響力ではあるものの、確かな抑止力として機能してはいる。もっとも、それが機能不全であることで復讐代行部は成り立っている節もある。
潤也たちは話を進める。
「そこでなんだけど、アイツを標的にするのはどうかな? アイツは俺たちを頼らない。一方的に追い詰められる。そうなれば、アイツを不登校に追いつめられるし、俺たちの天下が確立されるってわけ」
「それは冴えたアイディアだね。しかし皮肉なものだよ。復讐代行部の君が何よりも望んでいることが、いじめそのものなんだから」
「否定はしねぇよ。まあ、アイツが復讐代行部に縋るようになったら、それはそれで面白そうだけどな」
盤面がどう転んでも、それは彼にとって面白い。一見最悪な理屈に見えるが、理には適っている。
「さて、そろそろホームルームの時間だな」
「そうだね。行かないと」
二人は空き教室を後にし、廊下を突き進んでいった。その道中で、周囲の生徒たちは噂する。
「ねぇ、アイツらって、やっぱデキてるのかな」
「デキてるって、誰が?」
「潤也と由依だよ。どっちも性格が終わってるし、一緒にいるし、気が合うんじゃないかな」
何やら、潤也たちは恋仲を疑われている様子だ。流石に看過できないのか、二人は否認する。
「え? 俺たちが? 馬鹿を言うなよ、俺はアロマンティック・アセクシャル寄り――恋愛感情も性欲も少ない人間だ」
「私も、潤也と付き合おうとは思わないね。いじめたくなるような子が好きなんだもの。悪いけど、潤也は私に愛されるには屈強すぎるんだよ」
「まぁ、そんなわけで、カップルじゃないよ? 俺たち」
彼らはそう言ったものの、周囲はいぶかしんでいる様子だ。
「本当かよ。絶対お似合いだと思うんだけどな」
「わたしも、わたしも! アンタたちが付き合ったら、最強のカップルの誕生だよ!」
「正味、誰も逆らえなくなると思う」
そんな生徒たちの言葉に呆れ果て、潤也は苦笑いを浮かべる。その隣では、由依も苦笑するばかりであった。




