病室
翌日、潤也は病室のベッドで目を覚ました。瞬時に状況を把握した彼は、すぐに目を瞑った。もちろん、彼がたぬき寝入りを決めようとしていることには大きな意味がある。
「後三日くらいは、気絶しているフリをした方が良いだろう。その方が、俺が重傷を負ったことになるし、アイツらの罪だって重くなる」
そんなことを心の中で呟いた潤也は、必死に笑いをこらえていた。
それから三日後、潤也は名実ともに目を覚ました。彼の全身の傷は、まだ癒えてはいない。そんな彼のもとを訪ねたのは、宏太でも絵里でもない。
「やぁ、潤也。調子はどう?」
蒼木由依のおでましだ。彼女は差し入れとして、リンゴとバナナを持参している。潤也は寝台に横たわったまま、彼女の問いに答える。
「まだ体は痛むよ。気分は高揚してるけどな」
「そう……君らしいね」
もはや返す言葉もない。潤也のしたたかな態度に、由依は度肝を抜かれるばかりであった。小さな包丁でリンゴの皮を剥いていきつつ、彼女は話を続ける。
「君が入院している間、いじめがかなり蔓延したよ。復讐代行部の中でも、一番恐れられているのはやっぱり君みたいだね」
「これは名誉だな。ゲーマー冥利に尽きるってモンだ」
「ゲーマー……ね。自分が入院するまで暴行を受けたというのに、まだゲームのつもりでいるんだ。感心すべきなのか、狂気と断ずるべきなのか、私にはそれがわからないよ」
続いて、由依は剥き終わったリンゴを丁寧に切り分け始めた。
「あの、俺は皮がついている方が好きなんだけど」
「細かいなぁ。そんなの、別にどうだっていいじゃん」
潤也の注文のうるささに、彼女は少しばかり不機嫌そうな顔をした。無論、ここで引き下がる潤也ではない。
「は? リンゴは果肉よりも、皮の方が栄養価は高いんだぞ? ポリフェノールは3倍、食物繊維は1.6倍、ビタミンCは1.5倍、ベータ・カロテンは1.8倍だ」
「でもこのリンゴ、結構ベタついてるよ」
「それが良いんだよ。リノール酸やオレイン酸によるベタつきは、完熟している証拠だ。つまり、ベタついてるリンゴの皮が一番栄養を含有しているし、そういうリンゴが一番旨いんだよ」
――たかがリンゴのためにここまで熱くなれるのも、彼のゲーマー気質によるものだろう。由依は深いため息をつき、彼の目の前にリンゴの切れ端を差し出す。潤也はそれを頬張り、嬉々とした笑みを浮かべる。
「ああ、やっぱ熟したリンゴは最高だな」
「そう。君が満足なら、それで良かったよ」
「実に良いリンゴだ。大怪我の後だから、ちょっと果汁が歯に染みるけどな」
「へぇ、君にも痛覚なんてものがあったんだ」
「……お前、俺をなんだと思ってんだ?」
一応、彼も生物学的には人間だ。その所業の数々がいくら冷酷であっても、生理機能を逸脱することはできないらしい。
やがてリンゴを完食した潤也は、由依に礼を言う。それは、差し入れに対する礼ではない。
「ありがとう、由依。アイツらをけしかけたのは、お前なんだろ?」
こともあろうに、彼は本心から石川たちによる暴行を喜んでいた。他人の人生を破壊するためなら、自らが重傷を負うことも厭わない――彼のスリルへの愛は真正だ。
「……あの時、私は君を同類と呼んだ。訂正するね。私は人間で、君はモンスターだ」
ついに南岬原高の女王が、潤也を人外と認定した瞬間である。
「な? 言っただろ? 俺はお前の、上位互換だって」
「これで終わりだと思わないことだね。弱い奴をいたぶるのはもう飽きてきたところなんだ。君は強い……だから壊しがいがある」
「受けて立つよ。面白そうだからな」
両者は共に利害関係にあり、敵対関係にもある。南岬原高を代表する二人の巨悪の間には、見えない火花が散っていた。




