汚染
その中学校には、御陵中也と云う少年がいた。彼は潤也をいじめていた集団の主犯格で、極めて攻撃的な性格をしていた。当然ながら、そんな不良少年が追い詰めていた相手は、潤也一人だけではない。彼は多くの弱者をいたぶってきた身の上であり、それゆえに報いを受けることとなるのだ。
ある日、潤也は中也の被害者たちを空き教室に集めた。室内がどよめく中、彼はそれを遮るように話を切り出す。
「これより、御陵中也に鉄槌を下すための会議を始める。……とは言っても、作戦は俺がすでに考えておいたんだけどな」
復讐――それは被害者たちが何度も夢見てきたことだ。結論から言えば、潤也に集められるまで、彼らは一切の抵抗をしなかった。彼らはただ、脳内で中也を殺す妄想に励んできただけなのだ。
「教えてくれ、その作戦」
「俺も俺も!」
「アイツだけは、絶対に許せねぇよ!」
この瞬間、彼らの心は一つに束ねられていた。潤也は薄気味悪く口元を綻ばせ、手口を説明し始める。
「お前らは、サジェスト汚染って知ってるか? 不特定多数が同じ文字列の組み合わせをネットに投稿すると、検索エンジンに影響が出るんだ。例えば大勢が『愛知 治安が悪い』と書き込んだり検索すると、検索ボックスに愛知と打つだけで『治安が悪い』という検索候補が出てくるってことだな」
――ここまでは、あくまでもサジェスト汚染という概念そのものの説明だ。次に、彼は匿名化の手段を説明し始める。
「次に匿名化の概念の説明なんだが、ネットへのアクセスは基本的に痕跡が残る。その痕跡を濁すのに使われるのが、VPNと匿名ブラウザだ。ただ、普通のVPNでは記録を開示される恐れがある。だから俺のオススメは、ノーログポリシーのVPNだな」
ノーログポリシーのVPNと、匿名ブラウザ――これらは、実際にネット犯罪で多用されているツールである。無論、潤也は雑学を披露するために被害者を集めたわけではない。
――本題はここからだ。
潤也は指示を述べていく。
「ノーログポリシ―のVPNと匿名ブラウザを使って、お前らは『御陵中也 発達障害』という文字列を投稿し続けろ。botを使えばなお良いだろう」
「後は、『御陵中也 発達障害』で検索し続けることも怠るな。実際に検索をかけないと、サジェスト汚染の効き目は弱いからな。探せば、サジェスト汚染を引き起こすためのツールなんていくらでもある」
「法的なリスクについては案ずるな。俺たちはまだ中学生で、少年法に守られている。ましてや名誉棄損は親告罪であり、俺たちによる犯行であることが中也自身にバレなければ無問題だ」
これが作戦の全貌である。この当時、被害者たちは追い込まれていたこともあり、潤也に加担することを選んでしまう。
「オレ、やってみる!」
「俺も俺も!」
「アイツの風評を壊してやろうぜ!」
満場一致だった。彼らのうち、全員が焚きつけられていた。
その日を境に、複数のbotアカウントが「御陵中也 発達障害」と投稿し続けるようになった。並行して、被害者同盟は一丸となってその文字列を検索し続けた。そして当然のごとく、彼らは潤也から勧められたツールを乱用した。結果、検索ボックスに「御陵中也」と打つだけで「発達障害」というサジェストが出やすくなってしまった。
当然、このサジェストに関する噂はすぐに広まった。
「中也。お前、障害あるんだってな!」
「なんで普通校に来てんだよ、迷惑なんだよ!」
「ケーキは三等分にできるのか?」
「自分のIQ知ってそう」
「そういう検査の必要性を迫られてるわけだもんな!」
生徒たちは、寄って集って中也をいじめるようになった。そんな日々が続いたのちに、中也は登校拒否を繰り返すようになった。
これが、藤谷潤也という男の、初めての成功体験である。
「やっぱり、誰かを壊すのって最高にスリルのあるゲームだね」
そんな確信を得た潤也は、極めて邪悪な笑みを浮かべた。




