署名活動
宏太が動き出したのは、その日の昼休みだ。彼は一枚の紙を手に、様々な生徒と接触している。
「自習時間にスマホを使えたら最高だと思わないか?」
「調べものをするのに、スマホは便利だろう」
「もし君が賛成するのなら、この紙に名前を書いて欲しい」
何やら彼は、署名活動をしている様子だった。仇討ちを後回しにしているのか、それとも何か別の狙いがあるのか――それは定かなことではない。生徒たちは何の疑いも持たず、次々と署名していく。宏太の持つ紙には、すでにクラスの過半数の名前が収集されている。その様相を後目に、萩田は思う。
「この人は一体、何がしたいんだろう」
彼はまだ知らない――この署名活動こそが、宏太の「調査」であることを。それが日常に擬態した計画的行動であることなど、彼には知る由もないのだ。
「お、君も賛成か」
「良いね。僕も自習時間くらいはスマホを使いたいからね」
「ほら。そこの君も、どうかな?」
淡々と署名を集めるその様は、あまりにも自然なものだった。傍目に見て、それが調査の一環であるとは、到底思えないことだろう。自分が見捨てられたと感じた萩田は、深いため息をついた。
その日の放課後、宏太は図書室に赴いた。彼はコピー機に先程の紙を挟み、硬貨投入口に十円玉を入れる。無論、この工程も彼には必要不可欠なものだ。一枚のコピーを取った宏太は、すぐさま用紙をクリアファイルに仕舞う。それから彼が目指す先は、職員室だ。
「先生。話があります」
声をかけた相手は、担任教師だ。
「どうした? 三日月」
「先ずはこちらの用紙を見てください」
「ほう……?」
一枚の用紙を手に取った教師は、怪訝な顔をした。そんな彼に構うことなく、宏太は話を切り出す。
「自習時間って、調べものができないと無意味じゃないですか。だから、自習時間くらいはスマホを使うことを認めて欲しいんです」
当然ながら、それは無理な相談だ。して、宏太自身もそれをよく理解している。この一言はあくまでも、「署名活動をしている体裁」を保つためのパフォーマンスに過ぎないのだ。そんな真意を汲み取ることもなく、教師は言う。
「ダメだ。どうせ、ソシャゲか何かに時間を溶かす生徒が続出するのが、関の山だろう」
「……はい、わかりました」
「ふむ。案外、素直なんだな」
こうして、「署名活動」は失敗に終わったのだった。
――本題はここからだ。
次に宏太が接触する相手は、書道部の顧問をやっている教員だ。
「木下先生、少しだけ時間をいただいても良いですか?」
「あのなぁ、自習時間にスマホなんて使えるわけ……」
「いえ、別件で話があるんです」
そう語った宏太は、あまりにも真っ直ぐな眼差しをしていた。そこには紛れもなく、真剣な志が宿っていた。
「……続けなさい」
「見て欲しい写真と、見て欲しい用紙があるんです」
「ん? これはこれは……」
書道部顧問の眼前に、天板に落書きされた机の写真と、たくさんの生徒の署名がされている用紙が飛び込んでくる。ここで、宏太は話の本筋に入る。
「これで、机の落書き……木下先生なら誰が書いたのかわかるんじゃないでしょうか」
「ああ、当然だ。文字は何よりも人柄を語る。文字はIDだ。それで、犯人なんだが……」
「うん」
木下はゆっくりと深呼吸し、それから答えを口にする。
「机に暴言を書いたのは、石川で間違いないだろう」
流石は書道を教える者だ。やはり彼は職業柄、筆跡を照合するのが得意なのだろう。そう――宏太の署名活動の目的は、筆跡を集めることだったのだ。
「ありがとうございます! 木下先生!」
「いやいや。君は正しいことをしているからね。似たような問題が起きたら、また先生のところに持ってくるんだぞ」
「はい!」
こうして、彼は犯人特定を成し遂げたのだった。




