エミュレーション
それは数年前――藤谷潤也がまだ中学生の頃のことだった。この当時、彼はテレビをよく見る少年だった。もっとも、それは健全な青少年の好むような番組ではない。周りがアニメやドラマに夢中になっていた最中、彼はワイドショーばかりを追っていた。
「不倫って本当に最低だと思うんだよね。奥さんの誠意を不意にしちゃってさぁ!」
「私、トパーズの大ファンだったんです! なのに、薬に手を出していたなんて、信じられません!」
「美月ちゃんに彼氏がいたなんて、最悪な気分です。結局、僕たちファンは搾取されてきただけなんだなって……」
ワイドショーが取り扱ってきた題材は、その多くがセンセーショナルなものであった。別段、潤也は芸能界に関心を示していたわけでもない。
「人の人生が壊されるのって、面白いな。スキャンダル一つで人生が終わるなんて、実に刺激的じゃないか」
それが彼の考えであった。一人、また一人と、様々な著名人が不祥事を暴かれていく。ありふれた一般人たちの罵詈雑言は加速し、ただでさえ芸能界での立場を失いかけている者たちに追い打ちをかけていく。数多の人生の崩壊が、数多の人間によって「刺激」として消費されていく。その「構造」こそが、当時の潤也が愛してやまないものであった。彼は明確に興奮していた。高揚感に溺れ、ゴシップ記事を漁り、そして次の見世物を探しに行く――それが彼の生きがいであった。
ある日、潤也の脳裏に、歪んだ考えがよぎった。
「自分がいじめに遭えば、相手の人生を壊す理由が出来るのに」
こともあろうに、復讐代行部に入部する前から、彼には他者の人生を破壊できる確固たる自信があったのだ。して、それは決して自己を過剰評価しているわけではない。当時の彼にも、人間を壊せるだけの胆力は備わっていた。
潤也は先ず、中学校で人間観察に徹した。特に彼が注目していたのは、いじめを受けている生徒たちの挙動である。何故なら、彼は「いじめは被害者に原因があり、弱者の気質が悪意を呼び寄せる」と考えていたからだ。実際、いじめに遭っていた者たちには共通項があった。
内向的。
強気に出られない。
ナイーブ。
人に誇れるものがない。
足元を見られる。
これらの特徴をノートに書き殴り、潤也は薄ら笑いを浮かべる。そして彼は、心の中でこう呟くのだ。
「この『条件』を満たせば、俺は復讐者になれる」
そう――彼にとっての復讐は、手段などではない。目的だ。さりとて復讐するためには、そもそも最初に被害を受けなければならない。ゆえにこの少年は、いじめられる挙動を体系化することを選んだのだ。
無論、潤也の立ち振る舞いが急変すれば、周囲は何かを勘ぐるだろう。彼は段階を刻みつつ、徐々に「いじめられる側の人間」のペルソナを形成していった。そして狙い通り、彼はじわじわと嫌われていった。
「潤也の奴、キモくね?」
「わかる! 男のクセに女々しいというか、単純にイケてないよな」
「アイツに話しかけてみ? あたふたしだして面白いぞ」
そんな悪意ある声の一つ一つが、潤也にとっては「のちの快楽」の布石でしかなかった。何やら彼は、嫌われることにおいて随一の才能を誇っていたようだ。こうして弱者を器用にエミュレートしていった彼は、やがていじめの標的となった。靴は隠され、暴行は受け、机には暴言を書かれる――潤也はそんな日々を過ごしていった。しかし当時の彼には、それを苦しいと感じるほどの人間らしさが備わっていなかった。
「そろそろ、復讐の準備をしないとな」
そう心の中で呟いた彼は、必死に笑いをこらえていた。当然ながら、復讐の手口はすでに設計済みだ。
潤也をいじめたグループの主犯格は、のちに中学生活を破壊されることとなる。




