退屈
結論から言えば、学級会では師走が勝利した。さりとて、それで復讐代行部を解体できるわけではない。元より制度の外側にいた彼らは、制度に縛られることなどないのだ。また、彼らが復讐代行を続けてきたことも、決して無意味にはならない。
「あれ以来、いじめが減ったね」
そう口にしたのは、小野田だ。彼女に続き、萩田も発言する。
「そうだな、小野田。復讐代行部の存在が抑止力になって、誰も他人を傷つけられなくなっている。それはおれからしたら望ましいことなんだけど……それでも、何かが間違っている気がするんだ」
両者ともに、かつて復讐代行を依頼した身の上だ。そんな二人に続くのは、同じくあの三人を頼ったことのある澤渡である。
「オレも腑に落ちないな。確かに復讐代行部の影響は絶大だったけど、それでもやり方はいつも過激だったから」
元依頼者たちですら納得できない過剰な報復――それが復讐代行部の全てであった。その場には、胸糞の悪さだけが立ち込めていた。
いつもの空き教室では、絵里が悦に浸っている。
「ふふん。あーしたちのおかげで、南岬原高も平和になってきたね!」
どんな形であれ、それが平和であることに違いはない。彼女はすっかり上機嫌だ。しかし、潤也は違う。
「はぁー、つまらねぇな。何も案件が転がり込んで来ないから、俺たちも何もできないじゃん」
復讐代行をゲームとして楽しんできた彼にとって、退屈は最大の敵であった。そして今、彼らの凶行の数々により、南岬原高の生徒たちは下手を打てない状況にある。これは潤也にとっては勝利も同然だが、その上で彼は退屈を感じているのだ。
一方で、宏太は中立的な立場を取っている。
「いやいや、何も起きないのはいいことだ。もっとも、僕は君の言い分もわかるんだけどね。人間観察がはかどるのは、人間が動いている時だけだから」
その悪趣味な人間観察癖は筋金入りだ。潤也は大きな欠伸をし、指の関節を鳴らす。平和に耐え切れない彼は、少しばかり愚痴を言う。
「退屈だよ。せめて俺を標的にするくらいの覚悟は見せて欲しいね」
おおよそ正気の発言ではなさそうに聞こえるが、これが彼の平常運転だ。宏太は苦笑いを浮かべ、こう切り返す。
「君をいじめようとする奴がいたら、そいつは校内随一の無謀者だね」
彼は潤也を高く買っている。現に、潤也はこの部活動において最も結果を出している人物だ。そんな男に喧嘩を売ることは、まさしく自殺行為に近いと言えよう。潤也は渇いた笑みを浮かべ、机に突っ伏した。
潤也が呼び出されたのは、その日の放課後だった。
「やぁ、潤也。ちょっと来てくれるかな?」
そう言いながら彼に歩み寄ってきたのは、南岬原高の女王と名高い一軍女子――蒼木由依であった。
「どうした? お前も退屈しているのか?」
「まぁ、そんなところ。とにかく、来て」
「はいはい。そう人を急かすもんじゃないよ」
二人は廊下を歩き進み、屋上へと足を運んだ。
屋上には、凄まじい風が吹いていた。その強風に髪をなびかせつつ、由依は話を切り出す。
「君は、いじめが無くなって欲しいと思う?」
復讐代行部が総力を上げても、この女によるいじめの証拠は手に入らなかった。そんな彼女が今、積極的にその部員と対話しようとしている。無論、潤也はその好機を逃しはしない。
「まさか。誰も傷つかない世界が面白いわけないだろ」
「ふふ……君ならそう言うと思ってたよ。私も同じ考えだもの」
「だろうな。お前が燃料を注いでくれるおかげで、俺もゲームを楽しめたわけだからな」
二人は今、笑っている。本来なら最大の宿敵同士であるはずの彼らが、今は心を通わせている。一方で、両者には相容れないこともある。
「なぁ、由依。俺をいじめてみてよ」
「残念だけど、その手には乗らないよ。スリルの好きな君と違って、私は安全圏が好きだからね」
危険と安全のさじ加減――そこに二人の違いが顕れていた。




