コミュニティノート
それからしばらくして、尾木の炎上は収まった。例の投稿にはコミュニティノートがついており、あのスクリーンショットがブラウザの検証機能によって作られたフェイクである旨が記載された。当然、騒ぎも終息し、尾木の自宅は平穏を取り戻す。
「助かった……のか? 俺は……」
突然の救済に、安堵よりも惑いが勝つ。何はともあれ、彼の苦しみがこれ以上続くことはもうないだろう。
翌日、ホームルームが始まる前、師走は教壇に立った。彼が取り出した資料は、校内の生徒たちによる「復讐代行部に関する噂」の投稿群をプリントした用紙だ。唖然とする同級生の群れを前に、彼は語る。
「一応コミュニティノートは反映されたが、改めて言おう。尾木がSNSで差別的な言動を繰り返していたという話は、事実無根だ。教唆みたいになるからあまり説明したくはないが、ブラウザには画面に表示される文字を書き換える機能があるんだよ」
あのフェイクを最初に見破ったのは、師走だったようだ。風紀委員長直々の説明により、生徒たちは重苦しい空気を噛みしめる。さりとて、その場で彼らが抱く感情は、復讐代行部に対する侮蔑ではない。
「復讐代行部を敵に回したら、あんな目に遭うんだ……」
「こわっ……」
「アイツらの標的になったら、人生終わるかも……」
――純然たる恐怖だ。尾木は現実世界で被害を受け、自宅さえも居場所ではなくなった。それは並大抵のことではない。
続いて、師走は潤也に警告する。
「潤也、これからのキミは校内の嫌われ者だ。誰もあんな過激な手段を好む人間を愛さない」
それもまた当然の因果だろう。事実、周囲は今、復讐代行部に畏怖の感情を抱いている。その上、彼らは「あの部を敵に回したくない」という率直な感想まで口にしたのだ。されど潤也にとって、そんなことは重要ではない。
「俺はむしろ嫌われたいね。なんなら、嫌われることには慣れっこなんだよ」
「嫌われ慣れてる? ああ、そうだろうね。キミは本質的に怪物である以前に、普段のペルソナですら他者を見下している。キミが嫌われる道理も、それに免疫を持つ道理も、何通りも存在しているレベルだ」
「よくご存知で。そうだよ、俺は意図して人を突き放しているんだ。その方が、俺にとっては都合がいいからな」
嫌われる方が好都合――その価値観は、彼自身を除く誰にも理解できなかった。このままでは、話は再び平行線を辿ることとなるだろう。
そこで声をあげるのは、宏太だ。
「確かに、尾木はヘイトスピーチなどしていなかった。ただし、彼が澤渡の私物をゴミ箱に捨てたことは揺るがない事実だ」
彼に続き、絵里も声を張り上げる。
「そうだよ、皆! 復讐は、される方が悪いんだよ! 悪いことをした奴は報復を受ける! それは誰もが望むことでしょ! 皆は、神様なんていないって、何度考えた? 嫌な奴が得をして、自分ばかり苦しんで……そんなの、理不尽だよ!」
その演説に、何人かの生徒は納得しかける。相も変わらず、彼女の扇動力は高い。少なくとも、高校生にしては上出来だろう。絵里は深いため息をつき、澤渡に発言を促す。
「澤渡くん。あんたは、どう感じた?」
「う……上手く言えないけど、とにかく嫌な気分だった。ヘイトスピーチを捏造するやり方には賛成できないけど、アイツには何かしらの制裁が必要だと思った」
「ほら、皆もそう思うでしょ?」
せっかく師走が正した空気も、彼女の扇動によって揺らぎ始める。このままでは、風紀委員長としての面目も保てなくなるだろう。
その時、尾木はおもむろに席を立った。
「俺は、蒼木由依に命令されて動いたんだ」
その証言は、クラスを震撼させるに足るものであった。
潤也はこう思う。面白くなってきた、ゲームが盛り上がってきた――と。




