ミソジニー
とある匿名アカウントの投稿が物議を醸したのは、数日後のことだ。その内容は、以下のようなものである。
「【注意喚起】岬原市栗ケ丘2-10-2に住む尾木京史郎の投稿、今は削除されているけどあまりにも露悪的すぎる。高校生の時点でここまでミソジニーを拗らせているクソオスは、一刻も早く社会的制裁を加えられた方が良い。 #男女論 #ミソジニー #拡散希望 #インセル」
この投稿には、三枚のスクリーンショットが添えられている。その内容は、尾木本人のアカウントの投稿群を写したものだ。
「子供すら作れない生き遅れ女、もはやヒステリーボイスしか生み出せるものがなくて好き。やっぱ女って頭悪いわ。閉経しても上の口は相変わらずやかましいこった」
「リベンジポルノが一番抜ける。バカマンコの自業自得でしか得られない栄養がある」
「水商売を選んだ女が被害者ヅラできる世の中、あまりにも女を優遇しすぎてて好き。どんなメンヘラ女にも理解のある彼くんが寄ってくる」
無論、これは本当に本人が発した言葉ではない。しかしインターネットは、情報リテラシーの高い者ばかりでもない。尾木はアカウントに鍵をかけ、自らの身に降りかかる数多のメンションに震え上がるばかりであった。
「どういうことだよ! 誰が、こんなコラ画像を作ったんだよ!」
コラージュ――それが彼の疑った手口だ。されどインターネットの暴徒たちは、スクリーンショットをペイントソフトに読み込み、それが本当に無加工のスクリーンショットであることを証明してしまう。正体不明の捏造に、尾木はただただ怖気づくことしかできなかった。
一方、休日の公園には、復讐代行部の三人が集まっていた。
「尾木の奴、流石に見過ごせないね! アイツが、あんなミソジニストだったなんて!」
最初に声を張り上げたのは、絵里だった。一方で、宏太はあの投稿群が本人によるものではないことを察している。
「解析班にもバレないコラ画像を作るなんて、潤也の技術は凄いな」
「コラ画像? そんな面倒なことするかよ。良いか? ブラウザには検証機能というものがあって、画面上に表示される文章をいじくることができるんだよ。俺はそれでアイツの投稿を捏造して、スクショしたわけ」
「……考えたな。なぜブラウザにそんな悪質な機能が備わっているのかは本当に理解できないが、これで捏造を疑われることもなさそうだ」
潤也の策と現代技術の闇に、彼は度肝を抜かれるばかりだった。その横では、絵里が不機嫌そうな顔をしている。
「潤也。あんた嫌にミソジニストの解像度が高いね。あれ、あんたの本心が交じったりしてないよね?」
「まさか。俺は性別で人を判断する人間じゃない。俺は知性主義者でしかないからな」
「つまり、ミソジニストの言動をあの高い精度でエミュレートしただけ……と。どっちにしても、あんた……気味が悪いよ」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「はぁ……あんたらしいよ」
これには、彼女も呆れるばかりだ。その傍らでは、宏太が燃え上がるSNSを流し見している。
「しかし凄いことになったね。今、尾木の家にはたくさんの過激派が押し寄せているらしいよ。やっぱり男女論にすがる人間は、男女問わず目先の憎しみで盲目になっているんだね」
その口ぶりはまさしく、他人事を語る時のそれであった。
それから数日間、尾木の家は酷く荒らされた。生卵などの生ゴミが散乱する庭には、無数のミントが自生している。尾木が封筒を開けば、中から剃刀が滑り出る。
「いった! またかよ!」
この瞬間、彼は左手に深い切り傷を負った。彼はすぐさまSNSを開き、潤也の投稿を通報する。さりとて、一度インターネットの海に広がった個人情報は葬れない。時はすでに遅し――不特定多数の暴徒が、あのスクリーンショットと個人情報を拡散している有り様だった。




