ごみ箱
ある日の放課後、男子生徒の澤渡は、胸糞の悪い場面を目の当たりにしていた。眼前のごみ箱には、彼の私物と思しきものが数多詰められている。シャッター音が鳴り響いたのは、まさにそんな時だ。
澤渡が振り向くと、そこには三日月宏太の姿がある。
「……とりあえす、手伝うよ」
優し気な微笑でそう言った彼は、すぐに澤渡の私物を拾い始めた。さりとて、先程の状況を撮影する挙動は、あまりにも不穏だ。澤渡は恐る恐る問う。
「あの、さっきの写真……何に使うの?」
「写真のメタデータはあえて残しておく。犯行時刻の見積もりに使えるからね」
その返答だけで、彼は理解する。
「あ、あなたは……復讐代行部の……」
「ご名答。僕は復讐代行部部長、三日月宏太だ」
これで、写真撮影の理由は明確になった。宏太はさっそく、復讐代行の話を持ち掛ける。
「見たところ、かなり酷いいじめに見えるけど、君は復讐を望むかい?」
「……頼んで、みようかな。うん、頼む」
「ふふ……僕たちは決して、君を失望させたりはしないよ。良かったら、調査についてくるかい?」
この話に澤渡が応じれば、依頼者が復讐代行部員と行動を共にするのは初めてだ。当の澤渡は、言い知れぬ好奇心を抱きつつある。
「うん、ついていく」
これで話はまとまった。後は推理を始めるだけである。
「澤渡くんは、犯人に心当たりはあるかい?」
「いや、まったく……」
「そっか。教室からスクールバッグを盗み、その中身をごみ箱に入れる。この犯行が成り立つ時間帯は、昼休みだけと見て良いだろう。加えて、犯人はかなりの確率でクラスメイトだ。同じクラスにいなければ、君のスクールバッグを怪しまれずに取りに行けるはずはない」
そう語りつつ、宏太は眼鏡を拭いている。無論、これだけの情報では、犯人を一人に特定することは困難だ。
「それだけで、犯人がわかるの?」
そう訊ねた澤渡は、不安気な表情をしていた。その不安を一笑し、宏太は言う。
「簡単な話だよ。単に、犯人以外全員のアリバイを確認すれば良いんだ。昼休みに普通の生徒がいる場所は、自分のクラスか図書室、あるいは部室か屋上だけなんだよ」
「つまり、一人一人順番に調べていくと……」
「そういうことだね。何、そんなに緊張して。大丈夫だよ。僕は決して間違わないから」
彼はそう言ったが、澤渡の不安は解消されない。
「無償で復讐代行なんて、宏太からすれば割に合わないはずだ。なんの見返りもないのに、あなたが仕事を完遂するメリットはない。万が一危険に見舞われたら、あなたはオレを見捨てるのかい?」
それが彼の素朴な疑問だった。さりとて、宏太は依頼者を売るような真似だけはしない。それは必ずしも、彼が正義を信奉していることを意味しない。この男が依頼者を裏切らない理由は、ただ一つ――
「僕は人間観察が趣味なんだ。だから多少の危険に見舞われても、人を知ることでお釣りが来る」
――知的好奇心だ。それは澤渡からすれば、理解に苦しむ感性であった。耳を疑った彼には構わず、宏太は話を続ける。
「昼休みは午後十二時十五分から午後一時。その後には体育の授業があるのだから、その時間のどこかでは確実に昼食を食べているはずだ」
「だけど、休憩時間終了間際に昼食を食べるとは考えられない」
「その通り。しかし、あまりにも終了時間間近に行動を起こしても、人に見つかるリスクが伴ってしまう。かくすれば、犯行時刻はおおよそ十二時四十分ごろと見て良いだろう。幸い、ここは学校――閉鎖空間だ。アリバイの確認くらいなら、実に容易なものだよ」
これから行われる調査は、地道な作業となる。心なしか、宏太は少し楽しそうな顔をしていた。
「私物、これで全部かい?」
「ああ、ありがとう」
「それじゃ、さっそく調査に向かうよ」
話は決まった。これより二人は、調査に向かうこととなる。




