ゴミ掃除
「<<マリオネットハンドラー>>」
新たな人影に触れられた男はビクンと一つ震えると崩れ落ちる──そう見えたが、人影がボソリと呟いた瞬間その動きがガクンと止まった。
項垂れ全身の力が抜けている様子だったのにその首が起き上がり、腕は持ち上げられ人影の方に伸ばされてゆく。にも関わらずその瞳は完全に白目をむいていたので、ホラー味がある。
「腕、大丈夫?」
そのある種の異様な光景に視線を奪われていると、涼やかな声音で言葉がかけられた。今の俺の声よりはちょっとだけ低いけど、明らかに女性の声。その声に導かれて人影に視線を向けると、そこには一人の女性が立っていた。
銀色の髪に菫色の瞳。男程ではないにしろ俺よりは高い背丈をした美しい女性だった。長いうしろ髪をポニーテールに束ねたその女性は、正面に異常な状態で立つ男はまるで気にしていない様相でこちらを見ていた。
「痛みとか、ない?」
女性が再び、声を掛けてくる。そこでようやく俺は返事をしなければと思い立ち、先ほど男に掴まれたところに反対の手で触れてみる。
……特に痛みはない、ちょっとぞわっとした感じは残っているが、これは先ほど掴まれた時の嫌悪感が残っているだけで、しばらくすれば収まるはず。
なので、俺は女性に対して頷きを返した。
「大丈夫、みたいです」
正直、突然の展開に頭がついていっていない部分はあるんだがなんとかそう返すと、「そう」とうっすらとした笑みを浮かべると男の方へ視線を戻し、
「それじゃ、貴女はそこに座り込んで?」
「──はい?」
「座り込んで? あ、腰が抜けちゃった感じで可愛くね?」
『え、このお姉さん何言ってるの?』
『逃げなさいとかじゃないの? 座って観戦してろみたいな感じ?』
『てか白目で立っているの怖ぇんだけど!』
流れるコメントが目に入ったが、まったくの同意だ。この状況下でなんで座れと言われたのか理解できない。助けてくれたのは間違いないし、こっちに対して何かしようとする感じではないんだが……温泉の方からは、残りの3人が走って向かってきている。座り込んでたりしたら、間違いなく奴等に追いつかれる。
「なんで」
疑問が口をついてそのまま言葉になる。すると彼女はやや早口で、答えてくれた。
「お風呂に入る前に、ゴミを一掃するわ。そのために私は取っ組みあっているように見せてるのよ、連中が逃げ出さないようにね」
そういって、彼女が男の肩を掴む……が、男は何の反応も示さない。当然だ、気絶しているので。恐らく先ほど彼女が使った<<マリオネットハンドラー>>とやらの力で崩れ落ちないで保たれているのだろう。
男は今温泉の方には背を向けている。向こうから見れば、確かに男は彼女に掴みかかって抑えつけようとしているように見えるかもしれない。
とりあえず、俺は彼女の言葉に従う事にした。まだ頭が理解しきれていないが、そもそも彼女が俺を何かにはめる意味がないという事と、連中を倒そうと考えていることだけは理解できたので。
すっと体から力を抜き、地面にペタンと座り込む。自然と女の子座りに……あ、やばっと慌てて俺はカメラの位置を調整する。
多分大丈夫だと思うけど、今俺は湯着一枚で下は何もつけてないわけで。カメラを少し離しておいているせいで、座り込んだ状態で膝上までの丈しかない湯着の中が映ったらシャレにならん。
はたから見たら虚空の何かを掴む動きなので一瞬女性は怪訝そうな顔をしたが、すぐに男の方に向き直ると小さく言葉を呟いた。
「<<レコーディング>>」
言葉で何か起きた気配はなく、ただ彼女は取っ組み合っているのを偽装するためか、男の体を掴んで体をゆする。そんな間にも男たちはすぐ側までやってくる。その顔には先ほどの男と同じ下卑た笑みを浮かべて。
それを確認した彼女が、焦りを含んだ口調で、悲鳴に近い声を上げる。
「ちょっと、あんた達一体何なのよ!」
その声に恐れがあると聞いてとったのだろう、男達の中の一人がニヤニヤ笑いながら口を開いた。
「いや何、ちょっと楽しい事をしようと思ってね」
他の二人も同じような顔で声を上げる。
「上玉の女の子を味わえると思ったら、更に上玉が増えるとはなぁ。本当に今日はついてるぜ」
「おい、ザグ、とっととその女押し倒しちまえよ。俺はそっちの子の方が好みだから、そっちで楽しませてもらうぜ」
舌なめずりしてそういわれ、ぞわっとしたものがまた体に走る。ザグというのは……そこの白目をむいている男の名前だろうか。
こちらを見るねちっこい男の視線から半ば逃げるように、どうするのかと女性を見ると、先ほどまで焦りを見せていた表情はまるっきり消え失せていた。その顔に感情は見えない……いや、口元が少し吊り上がっている?
「逃げるわよ!」
彼女は白目の男──ザグを突き飛ばすと、私の腕を取り強く引く……だが完全に女の子座りになってしまっていた俺はすぐにまっすぐ立つ事ができず、少しよろけて彼女に縋りつくようになる。それでも彼女に引かれて立ち上がると、そのまま走り出そうとし──そんな私達に向けて、男が手を向けた。
「おっと、今更逃がすわけにはいかねぇな。<<バインディングアイヴィ>>」
男の声に応じて、男の手元から緑色の蔦が生まれる。その蔦はこちらに向けて蛇のように地を這って伸びてきて、そして
「<<フレイムサークル>>」
俺達の周囲に生まれた炎の壁によって、瞬く間に炭化した。
「……は?」
その突然の光景に、これまでニヤニヤとしていた男達の顔から笑みが消える。それと反比例するように、今度は私の腕をつかんだままの彼女の顔に笑みが浮かんだ。
「ま、"証拠"はこんなところでいいでしょう」
そんな男達に向けて、彼女は人差し指を向ける。そして、小さく囁くように言葉を紡いだ。
「<<ライトニングバレル>>」
言葉と共に、彼女の指先から走る白い光。それは一瞬で男達4人を貫く。
貫かれた男達は、言葉にならない呻きをあげ、そして皆一様に糸が切れたように崩れ落ちた。
本当に、瞬きする間もない一瞬の出来事だった。
「ま、こんなものね」
「え、えっと……」
あまりに早い状況の展開にすでにオーバーヒート気味の脳は全くついていけず、地面に伏した男たちと、その男たちを蔑んだ目で見る彼女を交互に繰り返し見ていると、彼女はその端整な顔に浮かぶ表情を蔑みから穏やかな微笑みに変えて、俺に向けて落ち着いた声音で告げた。
「貴女、その状態だとお風呂途中だったんでしょ? それじゃ一緒に入りなおりましょうか。大丈夫よ、ゴミはすぐ片付けてもらうから」
……とりあえず脳が働いていない俺は、風呂という言葉に反応して気が付けば頷いていた事だけ伝えておく。




