第7話 贋物の愛
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
物語も、あとわずかとなりました。
本日は第7話「贋物の愛」をお届けします。
常磐邸での惨劇は、夢か幻か......。
タロウとハナコ、二人の正体とは──。
どうぞ最後までよろしくお願いします。
朝靄の中、湿った土を踏みしめながら、三人の男女が鬱蒼とした森を進んでいた。
背中には『T.A.W.:TOKIWA Automaton Works』のロゴが入った白衣。手には、大きなケースの金属がひんやりとした重みを伝えている。
「はぁ〜しっかし...150年経った今でも現存してるなんてよ」
ぶっきらぼうに話す男に、最も若い男が説明を入れる。
「はい、大昔から日本の建築技術の高さには定評があったようです、タツミ主任」
「フンっ!お前に言われなくても知ってるぜ──うちの会社の前身は常磐 寅次郎が時計の設計、製造、修理などを目的に設立した常磐機巧舎だ。今は、人間思考型感応人形“メモリス”で世界トップクラスの技術を誇っている。ところでアヤセ、うちの会社理念は?」
「はい、『人に寄り添い、支え合う、新たな家族』を理念に世界的企業として発展を続けています」
「なんだ、ちゃんと覚えてやがるのか。つまらねぇ...」
常磐邸──1920年に常磐 寅次郎が建てた、豪奢な邸宅。
150年の時を経て、今はメモリスの実験場所としてひっそりと使われている。
「二人ともこっちよ」
眼鏡をかけた女性がアヤセとタツミを急かすよう先導している。
* * *
「……ようやく着きましたね」
アヤセが思わず息をついた。
「な?お前もそう思うだろ?わざわざこんな所で実験する必要があるか?」
「文句は後。まずは回収よ」
眼鏡の女性に釘を刺されたタツミは、うんざりした顔で肩をすくめ、後をついていった。
ギィィ──錆びついた扉が重く開き、赤い絨毯の広間と二階へ続く階段が現れる。
三人にはこの見慣れた景色に感嘆の声も上がらない。
「見えてますかー?」
アヤセが壁にかけられた肖像画に向けて手を振る。
三人の側頭に埋め込まれた通信機から『こちら本部、確認した』と信号として脳へ直接送られる。
互いに視線で合図を交わし、作業に入った。
「あーあ、よくここまで壊したもんだな。本部に報告しろアヤセ」
タツミが、階段下に横たわる女型──メモリスを見下ろす。
「こちら回収班、現状を報告します。顔面の損壊および高所からの落下による機能の停止を確認しました」
「状態は悪いわ。早く回収しましょう」
女性が指示を出し、タツミとアヤセが専用ケースに手際よく収めていく。
「ムナカタ博士、もう”ひとり”は二階ですか?」
アヤセに博士と呼ばれる、眼鏡の女性が無言で頷く。
階段を上る足音が、乾いた木の軋みと混ざって響く。
肖像画の視線を感じながら、たどり着いた寝室。
扉を開けると──天井の梁から麻縄を垂らし、首を吊る男の姿があった。
「自虐行為による両手の破壊および、過重力負荷──思考回路の漏電により機能停止ね」
速やかに現状を本部に報告するムナカタ。
アヤセがそっと手を合わせる。
「……なんか、この人、可哀想ですよね」
「あ?“人”じゃねぇ。ただの実験道具だ」
(...ただの実験道具……いや、この人も間違いなく生きていたんだ)
タツミの迫力に言い返せずに俯いた彼は、小棚の上の手帳に気づいた。
手帳を開くと──何かを感じ取ったように、そっと静かに懐へしまった。
「すべて回収完了。これより撤収する」
通信機に報告し、ムナカタが口を開く。
「この度の実験で、より人間の感性に近いメモリスを量産できるわね」
「タロウだっけ?すごかったよな?観察しててゾクっとしちまったぜ」
「正確には、T-721とH-143ね」
二人の熱のこもった話を切るようにアヤセが問いただした。
「タロウは…T-721はH-143を本当に愛していたんですかね」
「結局は作られた記憶を持たされているだけだから、そのように振る舞っていたに過ぎないわ」
「……本当に、そうでしょうか」
「アヤセ君、研究者の信念は何?」
「客観的な事実に基づき、論理的に物事を考察し、真理を追求すること……です」
「その通りよ。主観的な考えは持つべきではないわ」
「ケッ!センチメンタルはやめろ。行くぞ」
思い思いの感情を胸に、三人は常磐邸を後にした。
森の木々たちが別れを惜しむように、ざわめき鳴いている。
アヤセの頬を撫でるように、心地よい一陣の風が吹き抜けた。
"...タロウさん..."
一瞬、耳の奥に響いたハナコの声──歩みを止め、おもむろに常磐邸を振り返るアヤセ。
二階の寝室のカーテンが風に揺れ、そこから手帳のページの切れ端が空に向かって飛び出していた。誰にも知られずひっそりと、新たな場所へ旅立つように...。
「オ〜イ!早くいくぞ〜!」
少し先でタツミが声を荒げている。
その声に急かされるように、アヤセは前を向き進み出した。
手帳をしまった胸の辺りに痛みを抱えながら、
いつまでも耳の奥で風が鳴いていた──。
* * *
金属と硫黄の焼ける匂いが立ちこめる溶鉱炉。
不要になったメモリスの残骸が積み上げられている。
コンベアの上、タロウとハナコが寄り添って座っていた。
赤く熱い光の中、お互いを支え合うように──。
もう動くことのないタロウとハナコ──それは誰にも解き明かせない、たった二人だけの奇跡が訪れた瞬間だった。
(……タロウさんと一緒なら、怖くないわ)
(僕たちは、これでやっと一つになれる……)
機能を停止し、何も感じることもない二人の意識が重ね合い一つになっていく──そして、焼け付くような眩い光が視界を満たし、二人の輪郭がゆっくりと溶け合っていった。
穏やかで、すべてから解放されたような笑みを浮かべ、二人は赤い世界へ消えた。
そこには、誰にも作ることのできない、確かな愛に包まれながら──。
いつも最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
誰かを想う気持ちは、たとえ作られた記憶であっても、
「本物の気持ち」なのかも知れません。
答えは、読んでくださった皆さんの心の中に──。
次回【第8話 ハナコの手記】は、【8月17日(日)18時頃】に投稿予定です。
物語はついに結末を迎えます。ぜひ最後まで見届けていただけたら嬉しいです。
※この作品は、第9回アース・スターノベル大賞応募作品です。