第六話 偽り
いつもご訪問いただき、ありがとうございます。
本日は第六話「偽り」をお届けします。
積み重なっていく暴力と、押し殺されていく心。
そしてついに、その関係は取り返しのつかない地点へ──。
どうか、最後まで見届けてください。
タロウの折檻は止まることなく、以前よりも勢いを増していった。慰めと暴力を繰り返す日々に、ハナコの身体も心も限界に近づいていた。
白磁のように美しかった肌は、痣と切り傷によって見る影もない。
ただ、不思議なことに顔にだけは一切手を出すことはしなかった。
それがタロウにとってせめてもの慈悲か、それとも──
ハナコには理解することはできなかったが、それでもタロウの元から離れることはなかった。
彼女が辛い現実から逃れる、たったひとつの密かな楽しみがあった。
──手記を綴ること。
そこには、心の奥底を赤裸々に記し、ほんの少しの平穏と少しばかりの優越感を与えてくれていた。
見られないよう、しっかり鍵を掛け隠して。
しかし今日は、いつもより傷の具合が悪く、緊張の糸が切れていたのかもしれない。
タロウはいつものように館内をゆっくり見て周り、折檻の理由を探していた。
そして──見つけた。ベッドの横にある小棚の上の手帳を。
手帳を読んでいくタロウの目が大きく見開き、しだいに血走っていく。
沸騰寸前のやかんのように熱を放ち、全身が震え上がった。
ページを破り捨て、握りしめたまま大声で叫ぶ。
「おい!ハナコっ!!」
尋常でない叫びに、ハナコは足をすくませた。
ゆっくりと二階の寝室へ向かうが、扉の前で“これ以上は進めない”と
背を向けた、その時──
扉を蹴破るように、鬼の形相のタロウが飛び出してきた。
恐怖に怯えたハナコの目に映るその姿は、”地獄の鬼”そのものに思えた。
後ずさるハナコに怒りで震える拳が高く振り上げられた。
ハナコが最後に見た景色、それは──逃げていたあの日、木の根に足を取られ支えてくれたタロウの優しい目と大きな手だった。
“大丈夫か”
(…そう…また助けてくれる)
微笑みながら手を伸ばすハナコ──
その手を払い、顔面めがけて大きな拳が振り下ろされる。
鈍い衝撃と共に、金属を削るような甲高い音が響き、ハナコの身体は宙を舞った。
一段、また一段と階段を転げ落ち、叩きつけられていく。
底の見えない地獄の大穴に落ちていく感覚──
真紅の絨毯が、滲み出た液体で黒く染まっていく。
操り人形のように体を小刻みに震わし、苦しそうにもがくハナコを前に、その異様さにタロウは動けなくなった。やがて動かなくなった彼女を抱きかかえ、ベッドに横たえる。
視線の先にあるのは──眩い笑顔も、恥じらいも、花を愛でる感性も持たない、冷たい肌の“それ”。
顔面は大きくひび割れ、陥没した中から色鮮やかな管が覗く。
茶色く濁った液体が頬を伝って落ち、涙のような跡を残す。
バチバチと今にも消えそうな火花が、儚い断末魔のようにぱちりと弾けた。
皮肉にも、タロウの望み通り“壊れた”ハナコ。
取り返しのつかない事の重大さ、失望、裏切り……あらゆる感情が駆け巡り、気が狂いそうだった。
ハナコとの思い出は、音を立てて崩れ落ちていった。
「……そうか、すべて"嘘"だったんだな」
窓の外では、今にも降り出しそうな鉛色の空が広がっている。
それは、タロウの心そのものだった。
「……愛しているよ、ハナコ」
愛しい人を”壊した”その手を見つめながら、タロウは小さく呟いた──。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
愛か、支配か、それとも狂気か。
タロウとハナコを繋いでいた糸は、音を立てて断ち切られました。
残されたものは、真実か、それともさらなる偽りなのか──。
次回【第七話 贋物の愛】は、【8月16日(土)18時頃】に投稿予定です。
物語は終盤に差し掛かります。どうぞお見逃しなく。
※この作品は、第9回アース・スターノベル大賞応募作品です。