第四話 タロウの夢
いつもご訪問いただき、ありがとうございます。
本日は第四話「タロウの夢」をお届けします。
この一編は、タロウの独白を通して進む物語です。
これまでとは少し異なる空気を、ぜひ味わっていただけたら嬉しいです。
あの夜以来、僕たちは常磐邸に居座り、もうすぐ一年が経つ。
住人らしき者はおろか、この辺りで人を見かけたことはない。
食料は地下倉庫で見つけた缶詰や保存食が山のようにあり、数年は困らないだろう。
電話も繋がらないが、僕らにはさほど問題じゃなかった。
ただ、ハナコはときどき寂しそうに窓の外を見つめる。
きっと家族のことを思っているのだろう。
……すまない、ハナコ。必ず幸せにする。
ここの住人がどこへ消えたのかはわからない。
だが、今の僕たちにとっては“天からの恵み”だ。
大切に使わせてもらうまでだ。
* * *
この一年を思い返してみる。
まだお互いをよく知らず、ぎこちなく手が触れ合うたびに照れていた頃。
春には、福寿草が色鮮やかに咲き、僕たちを歓迎してくれているようだった。
夏には、神社の露店で見つけた──燕と花模様の擬甲の櫛を、ハナコに買ってやった。
その時の、大喜びする彼女の笑顔は、今もはっきりと覚えている。
茜色に染まる空を眺めながら、故郷や家族を思い出し、一抹の感傷に身を委ねた秋──。
そして冬──特に忘れられないのは、僕がハナコのために料理を作ったあの日だ。
調理場の暖かさに気が緩み、そのまま居眠りしてしまった。
結局、せっかくの料理は台無しだったが……二人で顔を見合わせ、大笑いした。
僕は、やっぱりハナコが大好きだ。
* * *
帰路に着く足取りが重い。
今日もハナコにいい知らせを持って帰ることはできなかった。
「……ただいま戻ったよ」
この常磐邸から街まで、僕は毎日のように足を運び、仕事を探している。
街では、政治的な運動によるストライキや、学のある若者たちの熱い街頭演説が響き、雇ってくれる場所はなかなか見つからない。
ましてや、僕のような寒村出身者が、この都会で職を得ることなど──ほとんど夢物語だ。
「おかえりなさい、タロウさん。今日はどうだった?」
「…今日も収穫なしだよ…結局、学もない人間が簡単に働ける場所なんてないのさ」
彼女は背中にそっと手を添え、「大丈夫よ」というばかりで、少しも責めることはなく、黙って夕食の支度を続ける。
そんな彼女を、心からありがたいと思っていた──あの日までは。
* * *
その日は、ひどく暑い日だった。
仕事も見つからず、自暴自棄になっていたのかもしれない。
その昂った感情を、僕はハナコに向けてしまった。
不満を一つも口にせず、献身的に尽くす彼女を見て、
苛立ちは募り、罵り、嫌味を重ね、酷い言葉を浴びせた。
最初は悲しそうに目を伏せたが、やがて平然を装い、いつもと変わらぬ優しさで僕を包み込んでくれた。その姿が、逆に不憫で──僕は衝動のまま彼女を抱いた。
だが、そんな事があっても彼女は僕の愛情を一身に受け止め、
”感じてくれている”。
その時気づいた、僕は彼女に──愛とは違う何かを求めるようになっていた。
それから、僕は彼女の小さな粗相を見つけては、
“躾”と称して折檻を繰り返すようになった。
それでも彼女は、僕の愛を拒まない。
“躾”という名の暴力に耐える彼女の姿が、光を失っていくその瞳が、
僕の心に妙な安らぎを与えるようになった。
以前よりも、彼女を愛している──狂おしいほどに。
そして今、僕は切望している。
……彼女を壊したい、と。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
タロウの想いは、静かに執着へと形を変えていく──。
そのきっかけは、ほんの些細な心のズレだったのかもしれません。
次回【第五話 躾】は、【8月14日(木)18時頃】に投稿予定です。
物語はさらに緊張感を増していきます。
どうぞ明日も覗きに来ていただけたら嬉しいです。
※この作品は、第9回アース・スターノベル大賞応募作品です。