表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷たい肌  作者: OKUTO
3/8

第三話 月影の契り

いつもご訪問いただき、ありがとうございます。

本日は第三話「月影の契り」をお届けします。


この話では、タロウの過去が明かされます。

彼にとって、ハナコの存在はどのように映っていたのか──。


ぜひ、物語の続きをお楽しみください。

白を基調とした、西洋式の豪華な寝室──二人を誘うようにレースカーテンが怪しく揺れていた。

二人が横になっても余るほど広いベッド。壁には、常磐邸の住人だろうか、美しい貴婦人の肖像画。

ベッド脇のモダンなランプが、二人の影を静かに重ねていく。


窓の外では、藍色のビロードの空を月が渡り、

その光はハナコの青白い肌を(つや)やかに照らし出す。

視線が絡むだけで、タロウの胸には炎のような衝動が灯った。


「……タロウさん」


彼はその冷たい手を握り、互いの想いを確かめ合うように唇を重ねる。

だが、熱く求める自分の心とは裏腹に、その唇はひどく冷ややかだった。

ふと、幼さの残る微笑が、哀れな男を惑わす“魔性の精”のように思え、

タロウの胸に一滴の冷静さが差し込んだ。


「タロウさん、どうしたの……?」

「……いや、なんでもないよ」

(……それにしても不思議だ。住人はいつ帰ってくるのだ?それに……誰かに覗かれているような……)


胸に芽生えた違和感も、眼前の曲線美の前では取るに足らない。

首筋に舌を滑らせると、ハナコの身体が反り、指先がタロウの肩に食い込む。

純真無垢な彼女の喉奥から、激しい声が溢れ出し静寂な夜を切り裂いていく。


愛する人を自らの手で汚していく──それは至福であり、

どこか“支配”にも似た甘美な感覚だった。


ようやく掴み取った安らぎの時。

そのことを思うだけで、彼女への想いは燃え盛る炎のように、

さらに熱く、激しさを求めていく。


その夜、二人は幾度となく身体を重ね、

先の不安を忘れ、ただ互いを確かめ合うのだった。


* * *


淡くやさしい陽光と、小鳥のさえずりに目を覚ます。

そして、傍らには微笑むハナコの顔。


「おはよう……タロウさん」


寝ぼけ眼に映る笑顔は、極楽の菩薩のようで──

(こんなにも幸せで、いいのだろうか)

苦難の人生を歩んできたタロウにとって、朝目覚めて愛する人が隣にいることは、

天からの祝福のようだった。


* * *


僕の故郷の寒村は、自然に囲まれた静かな土地だった。

若く働ける者はわずかで、暮らしはほとんど農業に頼っていた。

暑い日も、凍えるような日も、年中続く重労働。

楽しみなど一つもなく、言われたことを黙々とこなすだけの毎日。


そんなある日、この土地を売ってほしいと、ある金持ちの親子が現れた。

漠然と日々をやり過ごしてきた自分には、その姿があまりにも眩しかった。

──初めて、心の底から”欲しい”と思った。


それから、ハナコさんと会うのが密かな楽しみになった。

お互いに想い合っていた。


だから──きっとうまくいくと信じていた。


けれど、誰一人として認めてはくれなかった。それどころか、心ない言葉を浴びせられ、土地の話も立ち消えとなり、村の連中から責め立てられた。

それが原因で──親父も、お袋も死んでしまった。


悪いのは自分だ。死んで償うつもりだった。

それでも……ハナコさんだけは僕を庇ってくれた。僕のために、泣いてくれた。

──この人だけは、絶対に離さない。

そして必ず、幸せにすると誓った。


* * *


「さぁ、ハナコさん。今日から僕たちの新しい日の始まりだ!」


ベッドから勢いよく飛び降りるタロウの瞳には、

希望という名の輝きが宿っていた。


「……クスっ」


子供のように無邪気な彼を見て、ハナコは鼻先に手を当て微笑む。

その瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。

(……本当に……本当にこのまま幸せが続きますように)


窓をそっと開け、祈るように空を仰ぐ。

春の訪れを告げる柔らかな風が、彼女の涙をそっと拭っていった──その背後から、遠く時計の音が響いていた。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


傍らにある、ハナコの一抹の不安。

幸せという結晶に、ひとすじのヒビが入り始めようとしています。


次回【第四話 タロウの夢】は、【8月13日(水)18時頃】に投稿予定です。


次話では、物語が大きく傾き始める瞬間が描かれます。

ぜひ続きも覗きに来ていただけたら嬉しいです。


※この作品は、第9回アース・スターノベル大賞応募作品です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ