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冷たい肌  作者: OKUTO
2/8

第二話 常磐邸

ご訪問いただき、ありがとうございます。

第1話と同時公開の第2話です。

ついに館の中へ足を踏み入れた二人。

不思議な静けさと豪奢な空間の中で、束の間の安らぎが訪れます──。


二人の微笑ましいやり取りを、どうぞ見守ってください。

ギィィ──

錆びついた金具が軋み、湿った森に不快なほど長く反響する。

それは闇に潜む見えない何かを呼び寄せる合図のようで、背中の産毛がそっと逆立ち、思わず息を呑んだ。


ゆっくりと押し開けた扉の先には──

鮮血を思わせる赤い絨毯が、真っすぐ奥へと延びていた。


「まぁ……なんて素敵」

ハナコの吐息が、ひっそりとした館内に溶けていく。


「……すみません、どなたか……」

呼びかけに応じる声はなく、タロウの声だけが木霊した。


和と洋が入り混じるハイカラな内装。柱には和彫りの意匠、壁には西洋の絵画、

そして──大きな振り子時計。

剥がれかけた壁紙の隙間から、古い木の匂いと湿った空気が滲み出している。


「もしかすると留守かもしれない。少し休ませてもらおう」

そう言って、タロウはためらいなく泥だらけの靴で館内へ足を踏み入れた。

ハナコは一瞬だけ立ち止まったが、離れないよう彼の後を寄り添うようについていく。


コツ、コツ、コツ──

二人の足音が、広い館内で波紋のように反響する。


「……たくさんの肖像画があるのね」

その言葉にタロウは目を向ける。


少しの罪悪感と緊張がそう思わせているのか、肖像画の目がこちらを睨んでいるように感じた。

まるで侵入者を拒むような──そんな声が聞こえてきそうだ。


「……あら、この額の下に銘板が」

ハナコが立ち止まり、小さな文字を指でなぞる。


常磐(ときわ) 寅次郎──常磐機巧舎 創業者》


「……常磐機巧舎?どこかで聞いたような……」

タロウは気にも止めず、歩みを進めた。


──グゥゥゥ。

それは、唐突だった。

緊張という名の風船に小さな穴が空くような──

不意に気の抜けた音が響き、タロウは振り返った。

タロウの袖をつまみ、上目遣いでこちらを見るハナコ。


「ぷっ……あはははは!」


ハナコの恥じらう顔に、こらえきれず笑い出すタロウ。

顔を真っ赤にし涙目になった彼女が、子供のように頬をふくらませる。


「……そんなに笑うなんて、ひどいわ」

「すまない、君がそんな顔をするもんだからつい、ふふふ…」


一瞬、ふっと心が軽くなる、穏やかな時間。

今日一日何も食事をしていないことに気づいたタロウは、

館内の調理場を探しに足を早めるのだった。


* * *


調理場には、整然と並べられた西洋食器。

戸棚には珍しい外国の缶詰、冷蔵庫には材料がぎっしり詰まっている。


「……すごい」

二人は顔を見合わせ、ごくりと唾を飲む。


この不況の最中、こんなにもたくさんの食料があることに二人は驚き、

疑問が脳裏をかすめたが、すぐさま食欲の虜になっていた。


タロウは豪快に缶詰を開け、ためらいもなく食べ始めた。

ハナコはお皿に移し、丁寧に口へ運ぶ。その仕草は育ちの良さを物語っていた。


金属と磁器の擦れる音が、静かな空間に優しく滲んでいく。

言葉はなくとも、視線が何度も重なり、互いの温もりを確かめ合う。


彼女の穏やかな眼差しが、タロウを包む。

頼れる彼が、まるで少年のように食べる姿が愛おしい。


ようやく満腹と安堵に満たされる二人。


「……勝手に食べてしまったけれど、大丈夫かしら」

「理由を話せば、わかってくれるさ。それに、ここの主人はきっと大金持ちだろう」


あっけらかんと笑うタロウに、ハナコもつられて微笑む。

その笑顔の裏に、彼もまた少しの不安を隠していた。


「……それにしても、主人はいつ帰ってくるのだろう」

時間が過ぎても人の気配はない。

けれど森での野宿は危険だ。二人は泊まらせてもらうことにした。


* * *


広間から伸びる大階段を上り、

二人は二階の寝室に案内されるように辿り着いた。


古びたレースのカーテンが月明かりを透かし、淡い影を落としている。


「……ここで休みましょう」

ハナコは小さく呟き、ベッドに腰を下ろした。


タロウがその肩に手を添える。

触れた指先に、かすかな冷たさが走った。


周囲に拒まれ、逃げ込んだ古びた洋館。

非現実の静けさの中で、二人の鼓動は確かに早まっていった──。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


穏やかな空気の中に、わずかに漂う違和感。

この洋館は、本当に二人に安らぎを与えてくれる場所なのか──。


ちなみに、洋館内の描写は個人的にお気に入りの場面です。

どうぞ次回も、この洋館でお会いしましょう。


次回【第三話 月影の契り】は、【8月12日(火)18時頃】に投稿予定です。

よろしければ、続きも覗きに来てくださいね。


※この作品は、第9回アース・スターノベル大賞応募作品です。

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