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最後の魔法  作者: 駄犬
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06 佐藤2

 あの本はいつも南雲さんが大事にカバンの中にしまっていて、落としたり無くしたりするとは考えられない。多分、南雲さんを勝手に目の敵にしている、高橋さんのグループの仕業だろう。それは誰の目にも明らかだった。高橋さんたちは勉強ができなくて無駄に攻撃的で、八つ当たりのようにいつも誰かの悪口を言っているような人たちだ。

 南雲さんは本が無いことがわかっても表面上は気丈に振舞って、黙って周囲を探し、その後は担任の先生に報告していた。

 先生は帰りのホームルームでみんなに本の所在を尋ねたのだが、高橋さんが、


「学校に関係ないものを持ってきているから悪いんじゃないですか」


 と半ば自白しているようなことを言って、仲間たちと嘲笑した。

 先生も何か言いたげだったが、証拠もないのに生徒を疑う訳にもいかず、最悪の雰囲気でホームルームは終わり、そのまま放課後を迎えた。

 思えば、学校のホームルームで何かが解決したことなんてあっただろうか?

 大抵はもやもやしたまま終わってしまう。現に有力な容疑者である高橋さんたちは、さっさと帰ろうとしていた。このままでは事件は迷宮入りだろう。

 ところがそこで小林さんが声をあげた。


「高橋っち、ちょっとカバンの中を見せてよ。間違って入っちゃっている可能性もあるしさ」


『高橋っち』は小林さんだけが高橋さんに使う愛称だ。まったく周囲に浸透していないのに使い続ける小林さんのハートは、鋼鉄でできているに違いない。


「なによ、小林。わたしたちを疑ってるの?」


 高橋さんはちょっと怯んでいた。クラスのヒエラルキー的には、友達がたくさんいて先輩にも顔が利く小林さんのほうが上だからだ。


「いや、疑っているわけじゃないよ? でも、万が一ってこともあるからさ。頼むよ、高橋っち。ほら、明日以降にも問題にされて、最終的に全校集会とかになったら面倒くさいじゃん? 今のうちに無関係だってことを証明しておいたほうが、後々楽だと思うよ? 別に高橋っちだけじゃなくて、全員にバッグを開けて見せてもらおうと思っているしさ。ねぇ、先生」


「お、おう……」


 30歳独身の優柔不断な担任の先生が、小林さんの提案にあっさり押し切られた。

 高橋さんはそれを聞いて、ちょっと考えた後におもむろにバッグを開いて、


「ほら、あんなでかい本持てないだろ」


 と中身を見せた。ポーチや手鏡、ミニブラシなどが入っており、教科書とかが全然無くてスカスカだった。あれはあれで問題なんじゃないだろうか?

 一緒にいた他の子もそれに倣ってバッグを開いた。中身は高橋さんと似たようなものだけど、今日貰ったプリント類は入っていて、多少の良心を感じさせる。


「OKOK、高橋っちは犯人じゃないことはわたしが請け負うよ。ごめんね、帰るところを引き止めてさ」


 小林さんの明るい顔を見て、高橋さんは自分たちの無罪を確定させることができたと思ったのか、ニヤニヤ笑いながら教室を後にした。

 それを見届けてから、小林さんは南雲さんに声をかけた。


「南雲さん、あいつらは持ってなかったから、本はまだ学校にあるよ」


 どうやら小林さんは高橋さんたちの持ち物を確認することで、本が校内にあることを確定させたかったようだ。


「ありがとう、小林さん。確認してくれて」


 南雲さんは少し困った顔をして礼を言った。このふたりは仲良しというわけではないけれど、小林さんが何かと南雲さんのことを気にかけている。


「高橋っちもさ、そこまで悪いヤツじゃないんだよ。ちょっと小学生のノリを引きずっているようなところがあってさ。多分、破いたり燃やしたりまではしてないから、どこかに隠してあるんだと思うよ」


「じゃあ、頑張って探すわ」


 南雲さんは肩をすくめた。怒るでもなく嘆くでもなく淡々と。こんな場面でも彼女はクールビューティーだった。


「わたしも手伝うよ。他にこのボランティア活動に参加したい人は?」


 明るい感じで小林さんが言うと、ノリの良いクラスメイトたちが何人も声を上げた。わたしはそんなに南雲さんと仲が良かったわけでもないから、自分が参加して良いかどうかわからず、ちょっと躊躇ってタイミングを逃した。

 いつもわたしはこうだ。反射的に行動することができなくて、困った人に手を差し伸べたりすることができない。そうするべきだとわかっていても。でも……

 すがるように視線を彷徨わせていると、小林さんとばちっと目が合った。


「佐藤ちゃんも探してくれるよね?」


 小林さんはさも当然のように言ってくれた。こういうところが彼女の凄いところだろう。まるで人の心を読んだかのように、言って欲しい言葉をかけてくれる。この人がみんなに好かれるのがわかるというものだ。

 それでとりあえずはと、教室の中を徹底的に探し始めたのだけど、簡単には見つからない。

 じゃあ、「教室の外にまで手を伸ばすか」となったところで、志波さんがわたしたちのクラスにやってきた。他にもたくさんの生徒がついてきている。多分、みんな埋め立て地から来ている人なのだろう。


「桜子、みんなで手伝いに来たよ」


 志波さんは片目をつぶって、茶目っ気たっぷりに言った。これって一種のイジメだと思うけど、そういう後ろ暗さを吹き飛ばすような明るい人だった。

 それにしても意外と南雲さんは人望があるものだ。埋め立て地の人は強い結束で結ばれているのだろうか?

 そんなことを考えていたら、わたしの小学校出身の人たちも続々と参加し始めた。

 ひょっとしたら、あんまり住んでいる場所とかは関係ないのかもしれない。わたしが勝手に線引きしていただけで。

 

 そこからは宝探しのような感覚で学校中を探し始めた。

 小林さんと志波さんがみんなを明るく煽ったこともあって、誰が一番最初に見つけるか競争になっている。教室からトイレから体育館から隅々まで。そんなところにあるのかというところまで探している。

 けど、なかなか見つからなかった。夏場だけど、既に日が陰り始める。

 わたしは考えた。学校における高橋さんたちの行動範囲は基本的に教室にいるか、無駄にトイレに長居しているかの2択で、あとは……そういえば彼女たちは悪ぶって、立ち入り禁止の屋上に時々行ってたっけ。

 まだ屋上は誰も手をつけていないけど、あの扉には鍵がかかっているはずだ。高橋さんたちは一体どうやって扉を開けていたのだろう?

 とりあえずはと、わたしは屋上へ向かった。屋上へ続く階段の前には、ふたつの三角コーンとその間のバーが立ちふさがっている。物理的には大したものではない。心理的な障害だ。わたしはちょっとした背徳感を抱えながらも、その障害物を乗り越えると、屋上のドアノブに手をかけた。


 ガチャリ、と鍵のかかった音がする。


「やっぱり駄目かー」


 つい独り言が口から洩れてしまう。


「いやいや、目の付け所は良いよ」


 突然後ろから声がかかって、わたしは「ひっ」と飛び上がった。

 小林さんだった。


「ここのドアの鍵はさ、昔の悪い時代に合い鍵が勝手にたくさん作られていて、代々の生徒に引き継がれているんだよ。わたしも先輩から一個もらっている」


 そう言うと、小林さんは先がギザギザになっている古びた鍵を取り出した。

 昔の悪い時代というのは、この市の学校が京都に出禁になっていた頃の話だろう。何でもマンガに出てくるような不良の先輩方が重要文化財をぶっ壊したとか。だから、昔は京都に修学旅行に行けなかったのだと、まことしやかに噂されている。本当かどうかは知らない。

 開かれたドアの先には、フェンスに囲まれた汚いコンクリートが広がっていた。


「何もないっしょ? 別に楽しいところでもないんだよね」


 小林さんはニマニマしている。確かに何もない。物を隠すところも。

 ただこれは想定内だ。今入ってきた扉の上を見ると、コンクリートの出っ張りがそこにはあった。わたしは小学校のときにも一度だけ屋上に出たことがあって、そのときにも同じ出っ張りがあったことを覚えていた。多分、雨避けか何かなのだろう。

 ちょっと高い位置にあるけど、窓枠に足をかければ届かないこともない。

 わたしは颯爽と……まではいかなかったけど、何とかよじ登って、出っ張りの上を手で探った。多分、高橋さんが隠した時も同じような行動を取ったのだろう。すぐに硬い革の感触がした。


「あった!」


 わたしは叫びながらそれを手に取ると、思い切って飛び降りた。

 手に高々と掲げるは魔法の書。ゲームで貴重なアイテムを獲得したような気分だった。ちょっと覗いてみたくなったけど、さすがにそれは躊躇われた。


「お手柄だね、佐藤ちゃん」


 小林さんがニッコリ笑った。

 

 自分たちの教室に戻ってみると、探していたみんながそこに待っていた。

 多分、自分の人生で最も大きな拍手と歓声を浴びる。

 その輪の中を、わたしは恭しく南雲さんに本を手渡した。


「ありがとう」


 白い頬を紅色に染めて南雲さんは微笑んだ。

 なんか初めて南雲さんの笑った顔を見た気がした。


「感謝はカタチで示さないとね、南雲ちゃん」


 さっきまで「さん」付けで読んでいたのに、隙あらばと小林さんが南雲さんを「ちゃん」付けで呼び始めた。


「カタチって、あれ?」


 困ったように答えたのは、何故か志波さんだった。


「あれだよ、あれ」


 小林さんがニヤリと笑った。


「ねぇ、南雲ちゃん。わたしは凛から散々自慢されていたんだよ、『桜子の魔法は世界一綺麗だ』ってね。そこまで言うからには一度見せてもらいたいなぁと思っていたのさ、ずっとね」


「ひょっとして遥はそれが目的で手伝ったの?」


 遥は小林さんの下の名前。知らなかったけど、志波さんと小林さんは仲が良かったみたいだ。


「もちろん。ただで手伝う訳がないじゃない。わたしはそんな善人じゃないよ?」


 小林さんがわざとらしく悪そうな顔を作った。でも、彼女が良い人だってことは、この場にいる全員が知っている。


「ねぇ、みんなも見たいよね? 南雲さんの魔法」


 小林さんが他の生徒たちを煽ると、みんなが一斉に「見たい、見たい!」と言い始めた。その顔は、ノリとかじゃなくて結構真面目に興味があったようだ。もちろん、わたしもすごく見てみたかった。

 魔法が大したものじゃないことは何度かテレビで見て知っているけど、それでも南雲さんがあんなに一生懸命になれるものがどんなものかを。


「……仕方ないわね」


 南雲さんが息をひとつついた。


「でも、その前にひとつ。みなさん、今日は本を探してくれてありがとうございました。これでも感謝しているんです。わたしは無表情だとよく言われるので、とてもそうは見えないかもしれませんけど」


 そして、彼女は深々とお辞儀をした。冗談交じりの感謝に、みんなが笑うよりもどよめいた。「南雲さんも冗談を言うことがあるんだ」と。


「じゃあ、電気を消してもらっても良いですか? こういうのは雰囲気が大事なので」


 言われて誰かが素早く教室の電気を消した。

 もう外は暗くなっていたから、教室が薄い闇に覆われる。

 南雲さんが静かに呪文を唱え始めた。

 はるか昔、遠い異国で使われていたような言葉。

 抑揚を利かせ、歌うように奏でるように南雲さんは呪文を紡ぎ続ける。

 意味はわからないけど、ひとつひとつの言葉を綺麗に丁寧に。こんなにも言葉は美しいものかと、わたしは初めて知った。

 何よりも、大抵のことはスマートにこなしている普段の南雲さんからは、想像もつかないような熱を感じる。魔法で何が起きるのかはわからないけれど、呪文を聞いただけで、彼女が積み重ねてきたモノが見えるようだ。

 誰もがこの場を乱すまいと息をのんでいる。

 長いようで短い時間が過ぎ、南雲さんの手に小さな火が灯った。

 小さな小さな火。

 それでもわたしたちは「おおっ」と声が出た。

 南雲さんはその火を巫女のように恭しく両手で差し出して、みんなに見せた。

 結構時間がかかったし、火がついていたのは本当に10秒程度。

 でも、やっぱりそれはすごいことのように思えた。


 例え何の役に立たなくても、この火は生涯わたしの中から消えることは無いだろう。

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