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最後の魔法  作者: 駄犬
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05 佐藤1

 わたしの通っていた中学校には、主に2か所から生徒が通っていた。ほとんどの生徒は新浦安駅近辺のマンションとメゾネットタイプの家に住んでいて、もう1か所の少数派の生徒たちは少し離れた埋め立て地のマンションに住んでいた。

 実はわたしが住んでいる場所も元は埋め立て地で、少数派の生徒たちが住んでいる新しい埋め立て地の間には、昔の名残の堤防が線路のように続いていて、そこで綺麗に境目ができている。

 中学校はわたしたちが住んでいる地域向けに作られたものなので、彼らが住んでいる場所から通うには少し遠い。要するに、この中学校はあの人たちのものではないのだ。

 実際数年後には、向こうにも中学校ができるという話を聞いていたから、埋め立て地側の人たちは『余所者』って感じがした。あそこから人が来なければ、わたしたちは小学校のときの人間関係をそのまま維持できたというのに。


 入学式の後、わたしは自分のクラスに入ると、新たな級友たちを見回した。

 ここで素早く、同じ小学校で少しでも仲の良かった人の輪に入り、今後の人間関係の基盤としなければならない。

 けど、わたしはそこで目を奪われた。

 誰とも交わろうともせず、いやむしろ他人を拒絶するように、ピンと背筋を張って綺麗に椅子に腰かけて、手元の本に視線を落としている女子生徒に。

 芸能人でも見たことがないくらい綺麗な長い黒髪。白く意志の強そうな横顔は、美人というより芸術作品のような趣があった。何を食べたらあんな風になれるのか見当もつかない。


(何よ、あれは。余所者というレベルじゃないじゃない。もはや異星人よ)


 わたしは衝撃を受けていた。


「やあやあ、佐藤ちゃん、さっそく南雲さんに見惚れているね?」


 黒髪の女生徒を呆けたように見ていたわたしに、馴れ馴れしく声をかけてきたのは同じ小学校の小林さんだった。いつもボーイッシュな髪型をしていて、運動もできれば頭も良い人気者。

 小林さんとは小学校で何度か同じクラスになったことはあるけれど、それほど仲が良かったわけではない。ただ、彼女は人との距離を一瞬で詰めてくるので、こんな感じで誰にでも気さくに話しかけてくる。だから顔が広くて情報通だ。


(最悪、小林さんと同じグループに入れてもらおうかな?)


 わたしはちょっと打算的に考えた。

 しかし、今のわたしの思考の9割は、黒髪の女子生徒に使われている。


「あの人、南雲さんっていうの?」


「そそそ、何て言うか宝塚的な人だよね」


 小林さんは南雲さんの独特の雰囲気を宝塚に例えた。凛々しくて作り物めいた顔は確かにそんな感じもする。


「埋め立て地の人だよね?」


「何それ? 佐藤ちゃんは面白い呼び方をするね」


 ちょっとニヒルな顔をした小林さんは人差し指を立てた。


「南雲さんのおばあちゃんは浦安駅のほうに住んでいる人だから、わたしたちより古株だよ?」


 浦安駅は旧市街にある。わたしたちも結局は埋め立て地に住んでいる人間だから、向こうの人たちから見れば新顔に違いない。


「何で小林さんは南雲さんのおばあちゃんのことを知っているの?」


「ああ、南雲さんのおばあちゃんはちょっとした有名人なんだよ。魔法使いで占い師をやっていてね、昔テレビにも出たことがあるとか」


「魔法使い? そんな人、浦安にもいたんだ」


 浦安に魔法使いがいたこと自体、わたしには初耳だった。

 魔法使いは時々テレビに取り上げられる程度で、決して身近なものではない。世界中にいるけど、その数自体は少なくて結構レアな存在なのだ。イメージとしては『古い伝統を語り継いでいる少数民族』みたいな感じだろうか。そもそも魔法自体が役に立たないのは周知の事実だから、毒にも薬にもならない人たちだ。

 テレビとかで手品を披露したマジシャンに「ほら、凄いでしょ? 魔法使いでもこうはいきませんよ? だって呪文を唱えている間に時間が来てしまいますからね」とよくネタにされて嘲笑されている。

 一応、芸能人にも魔法使いはいるけれど、ごく少数だし、魔法使いであることを便利な肩書きにしている程度だ。


「そりゃいるよ。魔法使いはお互いの領分を犯さないように住み分けているからね。逆に言えば、どこにでもいるらしいよ?」


 それも初耳だった。まったく小林さんは何でも知っている。同じ年齢なのに大人のような知識量だ。


「ふーん、じゃあ南雲さんも魔法使いになるの?」


「まあ、目指しているみたいだね。向こうの小学校の友達から、『南雲さんはいつも学校で魔法の本を読んでいる』って聞いたことがあるからさ」


 やっぱり小林さんは埋め立て地の学校にも友達がいるのか。どこまで顔が広いんだろう、この人は。


「今どき魔法なんて意味無いと思うけど、何で勉強するんだろうね」


 ついそんなことを言ってしまった。


「よくないねぇ、よくないよ、佐藤ちゃん。そういう、人の本気を馬鹿にするようなことを言っては」


 その軽い言葉が、わたしをハッとさせた。思わず小林さんの目を見ると、ちょっとだけ真剣な色が浮かんでいた。


「まっ、同じクラスの仲間同士、仲良くやろうよ?」


 小林さんはそう言って手をひらひらさせて、他の人の輪の中へと入っていった。

 おかげでわたしは新しいクラスにおける人間関係の構築に出遅れた。


──


 何とか同じ小学校のグループに潜り込んだわたしは、遠巻きに南雲さんを観察するような日々を送っていた。あの強烈な存在から目を背けて学校生活を送るのは、わたしには不可能なことだ。

 彼女は暇さえあれば黒い革の装丁の本を読んでいた。本来は学校に関係無い本とかは持ち込んではいけないはずだけど、南雲さんは事前に先生に許可を取っていたらしい。何でも小学校の頃から了解を得ていたとかで、あからさまに特別だった。

 でも、彼女はまったく人を拒絶しているというわけでもなく、話しかければきちんと答えてくれた。ただ、すごくはっきりしている人で、


「休み時間中は魔法の勉強に当てたいの」


 と宣言して、他の人との交流に関心を持たなかった。


(さすが魔法使いだ)


 わたしは感心した。普通はこうはいかない。女の子なら必ず何らかのグループに所属し、決して孤立してはいけないのが見えないルールだから。群れからはぐれた子は、どんな目に遭わされるかわかったものではない。

 一応、南雲さんは他のクラスに志波さんという同じ小学校の仲の良い子がいて、一緒に登校しているみたいだけど、他のクラスの友達なんて当てにならない。わたしだって、小学生のときに仲の良かった子と一緒にいたいけど、学校では遠くの親戚より近くの他人なのだ。

 現に南雲さんのことを「すかしたヤツ」と悪意のこもった眼差しで見ている人もいた。よくわからない理由で人を嫌う人間はどこにだっている。

 ただ、わたしも南雲さんがどんな人なのか未だにわかりかねていた。

 彼女は魔法の本ばかり読んでいるけど、勉強も運動もできた。それはすごいことだけど、わたしには「自分は何でもできるのだから、魔法使いになっても大丈夫」という鎧にも見えたからだ。

 聞けば、南雲さんの両親は魔法使いになることをあまり快く思っていないという(小林さん情報)。そのために意地になって、肩ひじ張って頑張っているのではないかなーとも感じたわけだ。

 それに出来が良くても社交性が低いと、女の子の社会ではつまはじきにあってしまう。だから、もっと賢い生き方をするべきなんだ。……でも、ああいう孤高もカッコいいし、悪くないと思う自分もいた。


 そんな中で事件は起きた。

 南雲さんのあの黒い革の装丁の本が無くなったのだ。

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