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最後の魔法  作者: 駄犬
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03 加藤

 小学校の5年生のとき、同じクラスに志波凛と南雲桜子という、ふたりの変わり者がいた。

 変わり者というと、冬でも半袖半ズボンのヤツとか、世界の国の首都の名前を憶えているヤツとか、やたらと絵の上手いヤツとか、ちょっと変なヤツを想像すると思うけど、このふたりはそういうよくいるタイプじゃない。アニメやマンガの世界に登場できそうなくらい、はっきりとしたキャラクターを持っていた。

 志波はいつも髪を後ろでひとつにまとめているヤツで、少年漫画の主人公みたく裏表のないまっすぐなヤツだった。

 運動神経が抜群で、明るくて話も上手くてクラスの中心的な存在。だけど、やたらと気が強くて、すぐに手が出るタイプだった(男子限定で)。

 ただ、手が早いのはそういうのだけじゃなくて、自分が良いと思ったことはすぐにやるし、悪いと思ったことは絶対にやらない。だから、何と言うか信頼感があった。

 例えば、クラスの日直は毎日ふたりでやることになっていたんだけど、俺の当番のときに、もうひとりが休みだったことがあった。


(何で俺だけこんなことしなきゃいけないんだよ、まったくかったるいなー)


 なんて思いながら、休み時間に黒板に書かれた文字を消していたことを覚えている。すると、さっきまででかい声で喋っていた志波がいつの間にか俺の隣りにきていて、一緒に黒板を掃除し始めた。

 しかも、志波と一緒にいた連中までお喋りを継続しながらも手伝い始めたから、日直の仕事はいつもよりも早く終わったくらいだ。


「あ、ありがとう……」


 女子に手伝ってもらったことが恥ずかしくて、小さな声で礼を言ったら、


「べっつに? お礼はそのうちカタチで頂戴ね」


 と志波は悪い猫みたいな顔をして、また仲間たちとお喋りを再開した。

 ──なんかこう、俺はそれでやられてしまったのだ。

 俺だけじゃない。クラスメイトの男子たちは、そういう感じでやられてしまった被害者でいっぱいだった。

 ぱっと見はそこまでじゃないんだけど、よく見ると志波の顔は悪くない……ように見えてくるから不思議だ。しかも男女問わずに気軽に身体に触れてくるところがあるから、誰でも意識させられてしまうところがあった。

 林間学校の男子部屋で「誰が好きか」という話題になったとき、志波の名前が真っ先に上がってくるくらいに。まあ、キャラ的に名前を言いやすいってところもあったけど、それでも結構みんな本気だったんじゃないかと思う。

 ちなみに、女子でも志波のことが好きなヤツが多かったようだ。その気持ちもわからなくもない。恋愛抜きに一緒にいたいと思わせるようなヤツだったから。

 俺なんて正直暗いし、いつも端っこにいたような人間だけど、志波は明るい電球みたいだったから、教室の隅々まで照らしてくれた。だから、俺みたいなのも孤立せずに済んだし、あいつのいたクラスではイジメなんてなかった。


 とはいえ、志波は公明正大な人格者だったわけではない。やりたいようにやっていただけで、明確に贔屓もしていた。あいつにはいつも絶対的な一番がいたのだ。

 それが南雲だ。

 志波が主人公キャラなら、南雲はクールな悪役みたいなヤツだった。

 しかも、途中で主人公の味方になって人気が出るタイプだ。

 作り物めいた綺麗な長い黒髪、それを目の上ぎりぎりでパツンと切っていて、表情はいつも険しくて眼光は鋭い。

 うちの母親なんかは授業参観で見たとき、「綺麗な子じゃない」とか言っていたけど、俺たちからしたら「おっかない」というイメージが強かった。しかも、南雲のばあちゃんは魔法使いだというのだから、キャラが立ち過ぎている。

 噂ではそのばあちゃんは浦安駅近くのビルの地下で、魔女みたいな恰好をして、怪しい占いをしていたらしい。

 俺たちの小学校は埋め立て地側にあったから、使う駅といったら新浦安のほうで、元町側にある浦安駅は結構遠かった。同じ市だけど別の街って感じだ。


 それでも行く機会はあるから、何となく気になって南雲のばあちゃんの店を探してみたことがあった。

 今は綺麗になっているけど、あの頃の駅の近くの川は汚くて悪臭を漂わせていて、俺はあの吐きそうな臭いの中を自転車でぐるぐる回って探した。

 そしたら、古びたビルの前に占いっぽい看板が出ていて、その地下に店があるのを発見した。だけど、下に降りていく階段を覗き込んだだけでも、黒っぽくて怪しい感じがして、すぐに逃げるように離れてしまった。


(俺は陰キャでビビりなんだから仕方ない)


 そんな言い訳を自分にして、「やっぱり南雲って怪しいんだな」と思った。


 南雲は勉強も運動も嫌みなくらいできた。

 志波の運動神経みたいに才能があるって感じじゃなくて、きちんと努力して何でもそつなくできるようになるって感じ。

 普通の子供は自分ができるってことは謙遜するか、逆に大袈裟に言って笑いを取りにいったりすることが多いんだけど、南雲はそういう虚飾のようなものがなくて、自分ができるってことをはっきり言うタイプだった。

「南雲さんって勉強できるのね」って誰かがおだてると、

「毎日ちゃんと勉強しているから」とすまし顔で正論をかましてくる感じだ。

 そういうのは小学生の俺たちからしてみたら、ちょっと鼻についた。……いや、小学生じゃなくても鼻についたかな。

 しかもあいつは基本的には誰とも話さなくて、休み時間はひとりで本を読んでいた。その本というのも黒い革の装丁で「いかにも」って雰囲気があって、魔法を勉強するためのものだったらしい。

 何かもう「近づくな」ってオーラを発していたし、とてもじゃないけど近づけたもんじゃなかった。

 ただ、空気を読めないヤツというのはどこにでもいる。うちのクラスでは後藤がそうだった。

 ある日、後藤は本を読んでいる南雲に向かって、


「おまえ、いつも本ばかり読んでいるよな。面白いのかよ、そんな暗そうな本」


 と言ってのけたのだ。

 教室の空気が凍り付いた。いやいや、それは言わないお約束だろうと。何で目に見えている地雷を踏みに行ったんだと。

 ちらりと後藤を見た南雲は何か言おうとしたんだけど、それより早く志波が飛んできた。文字通り飛んできたんだ。具体的に言うと後藤の背中に飛び蹴りをかました。

 今時バラエティー番組でもお目にかかれないくらい綺麗に吹っ飛んでいった後藤に、志波は、


「うっさいわね、後藤。桜子は魔法使いになるために一生懸命勉強しているのよ。わたしはその魔法が見たいの。邪魔するヤツは容赦しないよ?」


 と腕力で物事を解決する正義のヒーローのように宣言した。志波と南雲は普段は教室ではそんなに話をしないんだけど、見えない結びつきみたいなものがあって、志波は南雲に何かあると緊急発進してくるのだ。

 後藤は例に漏れず志波に気があったものだから、蹴られたのもスキンシップの一環だと思ったのか、


「何だよ、志波。いてぇじゃねぇか」


 と照れた顔で、痛いというより気持ち良さそうにしていた。

 このとき俺は南雲の顔も見たんだけど、困ったように笑っていた。そういう顔もできるんだ、って思った。

 

──


 ある冬の日の放課後、クラスの係だったか委員だったかが同じで、俺と南雲だけが教室に残っていたことがあった。何をしていたかはよく覚えていない。ただ、教室の窓から見える茜色の空のことだけを鮮明に覚えている。

 南雲が作業をてきぱきとこなし、俺がいつも通りの要領の悪さを発揮して作業が進まなくて、とても気まずかった。

 さらに南雲は自分の分を済ませると、無言で俺の分まで作業をやり始めたので、


(この役立たず!)


 と心の中で責められているようで辛かった。

 その気まずい沈黙に耐えかねて、俺は頭の中でぐるぐると話題を探したわけだ。

 で、つい、


「南雲のばあちゃんって、浦安駅の近くで占いをやってるんだろ? 俺、その店を見たことがあるんだよ」


 と言ってしまったのだ。

 口に出してから「しまった!」と思った。何でそんな話をしてしまったんだろうと。きっと南雲にデリカシーの無いヤツだと思われたに違いない。それで今日俺は寝る前に死ぬほど後悔して、「俺みたいなヤツは何もしゃべらない方が良いんだ」と自己嫌悪に陥る羽目になるんだ。知っている。

 けれど、南雲はいつも通り淡々と答えた。


「そう、悩みがあるなら行ってみるといいわよ。評判は良いみたいだから」


 彼女の声は、心なしか明るい色が混じっているように思えた。

 南雲の悪くない反応に、俺はさらに言葉を続けた。


「……魔法で未来を占ってくれるのか?」


「魔法にそんな力はないわよ。おばあちゃんの占いは、ちょっと良い方向にその人の背中を押してくれるだけ」


「それって魔法と占いは関係ないってことか?」


 じゃあインチキじゃないか、と俺は思った。多分、あの店に行く人は魔法で何とかしてくれると考えて行くのだろうから。


「加藤君は魔法って何だと思う?」


 南雲が険しい目つきで俺を見た。……いや、険しく見えるだけで、生まれつきのものなのだろう。何故だか、このときになって初めてそう思えた。真正面から南雲の顔を見たからかもしれない。


「呪文を唱えて不思議なことを起こすんだろう? 火とか水とか出したりして。そんなに便利じゃないって聞くけど」


「違うわ、加藤君。魔法はね、その人が魔法だと思えば魔法なのよ」


 ズルい大人の誤魔化しみたいなことを南雲は言い始めた。


「何だそれ? じゃあ何だって魔法になるじゃないか。別に本当に魔法が使えなくても良いってことだろ?」


「そうよ、昔っから、ずっとそうだった」


 南雲は窓の外の夕暮れに目をやった。


「魔法って、本来はそういうものなのよ。今になって『本当はああだった、こうだった』なんて解き明かされちゃったけど、わたしたちが思っている魔法っていうのは小道具みたいなもので、目的のためのちょっとしたきっかけでしかないの」


「じゃあ、何で南雲は魔法なんて勉強してるんだよ。小道具を覚えたって、何の意味もないだろう?」


「やりたいからやっているのよ、悪い?」


 開き直るように照れ笑いをした南雲の顔はとても綺麗で、その瞬間、俺の中の好きな人ランキングが入れ替わった。

 小学生の男子なんて、チョロいものだ。いや、いくつになってもチョロいかな?

 男は少し優しくされただけでも勘違いしてしまう悲しい生き物なのだ。

 

 その後、志波と南雲と同じクラスになることはなかったけど、あのふたりと同じクラスだったときのことは、今でも何故だかよく覚えている。

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