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最後の魔法  作者: 駄犬
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02 小学校にて

 ふつー、って何だろうとよく思った。お父さんもお母さんも「ふつーは、ふつーは」ってよく言ってたけど、ふつーのことなんかあまりない。

 小学校に入ったとき、


「あんまり変な子とは付き合わずに、普通の子と友達になったほうがいいわよ?」


 ってお母さんに言われたから、入ったばかりの教室を見回して、誰がふつーの子なのか探したけれど、よくわからなかった。

 ただ、魔法使いの家の子がいると聞いて、その子とは友達にならないように気を付けなきゃと思った。

 南雲桜子。目つきが鋭くて少し怖い感じの子。やっぱり、ふつーじゃないのかもしれない。でも、ちょっとは気になった。顔はカッコいいし、長い髪は艶やかで、肌は白くて綺麗だったから。

 なので、家に帰ってから、お母さんに聞いてみた。


「魔法使いのお家の子がいたよ」って。


「魔法使い? 南雲桜子ちゃん?」


 お母さんはとっくに名前を知っていたけど、眉間に皺を寄せていた。


「見るからに変わった子だったわよね。異質っていうか。やっぱり魔法使いの家の子だからかしら。魔法使いって、昔からあんまりイメージ良くないのよ。新興宗教とかにもよく関わっていて、詐欺とかで捕まった人もいたし。ちょっと気をつけたほうがいいかもね」


 とやっぱり良い顔をしなかった。彼女と仲よくしたら、怒られるかもしれないとわたしは思った。


 それから小学校に行っているうちに、仲の良い友達は何人かできた。ただ、その友達がふつーかどうかはわからなかった。運動ができたりできなかったり、勉強ができたりできなかったり、顔が良かったりそうでもなかったり。大体、着ている服だって違う。

「うちはユニクロばっかだよ」っていう子もいれば、ちょっとお洒落なブランドっぽい服を着ている子もいた。うちもユニクロが多かったけど、たまに違う服を買ったりして、ごちゃ混ぜな感じだった。多分、ユニクロがふつーだったのかもしれない。

 でも、それで友達を決めたりするのは変だなーと思うようになった。

 桜子ちゃんはやっぱり友達は少なかったけど、クラスの中心だった凛ちゃんと仲が良かった。

 志波凛ちゃん。運動ができて、声が大きくて、活発な女の子。男の子と喧嘩しても勝っちゃったりしていたので、プリキュアにだってなれそうだ。逆にだからこそ、ふつーじゃないと思って、ちょっと警戒してたけど、明るいし、いつも楽しそうだし、友達になってみたいとわたしは思うようになっていた。

 それで、お母さんに凛ちゃんのことを聞いてみたら、


「ちょっと暴力的な子みたいじゃない。問題も起こしているって聞いたわ。あんまり近づかない方がいいわよ」


 って言われた。

 凛ちゃんが暴力的なのは否定できない。いつもすぐに男の子を叩いたり、蹴ったりしていたから。

 でも大体悪いのは叩かれている男の子のほうだったから、そんなに嫌な感じはしなかった。もちろん、口で注意したほうが良いとは思ったけど。

 桜子ちゃんは「魔法使いの家の子だ」って最初はよくからかわれていたけど、凛ちゃんのおかげでそれも無くなっていった。あれが問題っていうなら、からかった子たちが問題だったんじゃないかと思う。

 ふつーって、そんなに良いものなんだろうか?

 そう思ったわたしは、ある日お母さんに、


「ふつーって何?」


 と聞いた。


「変じゃないことよ」


 おかしなことを聞くのね、っていう顔をお母さんはしていた。

 でも、わたしは気付いたのだ。

 ふつーって言葉を使う人はあんまり良くないことに。

 ピンとこないようなことを「それがふつーだろ?」って言って無理矢理納得させようとしたり、「何でふつーにできないの?」って自分ができることを人に押し付けて怒ったりしたり。

 それだったら、ふつーじゃなくても良いんじゃないかなって思うようになった。


 2学期になると桜子ちゃんは黒い本を学校に持ってきて、いつもそれを読んでいた。それは魔法の本で、頑張って勉強すれば魔法を唱えられるようになるらしい。

 だけど、このことは秘密で、誰にも言っちゃいけないことになっていた。

 実は桜子ちゃんのお父さんとお母さんはあんまり魔法が好きじゃなくて、家ではあんまり黒い本が読めなかったからだ。

 それで凛ちゃんと桜子ちゃんが学級会でお願いしたのだ。


「魔法を勉強する本を学校にも持ってきていい?」って。


 先生は困った顔をしていたけど、クラスのみんなは賛成した。

 前もって、凛ちゃんと桜子ちゃんがみんなにお願いしていたから。

「桜子が学校で魔法の勉強するのを認めてあげて」と人気者の凛ちゃんが言えば、嫌という人はいない。

 それに桜子ちゃんも「お願いします」って言って頭を下げたのだ。

 いつも偉ぶっているように見えて、そういうことをする人には思えなかったから、みんな驚いて、「頑張ってね」って応援する人も多かった。

 本当のことを言えば、ほとんどの人は興味がなかったから、どっちでも良かったんだと思う。自分に迷惑がかからなければ、どうでも良いって。

 全員賛成という結果に先生は、


「本当は学校に関係ない本を持ってくることは良くないことなんだけど、先生は知らないことにします。みなさんもお父さんやお母さんには秘密にしてください。もし、他の先生やお父さん、お母さんに知られたら止めてもらいますからね」


 と難しい顔をして言った。


 意外なことに、この秘密は長いこと守られた。わたしはすぐに誰かがバレちゃうんじゃないかと思っていたんだけど、共有の秘密を持ったことで、逆にクラスがまとまったのかもしれない。

 だから、小学1年生のときのことは、結構良い思い出になっている。

 みんなでまとまって、ひとつのことを成し遂げたのだから。


 1年生の最後の日。

 クラスが変わってしまったら、桜子ちゃんの黒い本はどうなってしまうのだろうか、何か解決策はないのだろうか、とみんなで考えていた。


「南雲さんと同じクラスになった人を、全員説得すれば良いんじゃない?」


 なんて、結構無茶なアイデアが出ていたと思う。

 桜子ちゃんも凛ちゃんもちょっと不安そうにしていた。

 そしたら、先生が教室に入ってきて、最後の帰りの会が始まった。

 始まるなり先生は、


「皆さんは南雲さんの魔法の本のことが気になっていたかもしれません」


 なんて言い出した。


(何でわかるんだろう?)


 とわたしは驚いたし、みんなも驚いていたと思う。


「でも、2年生からはその本は正式に持ってきて良いことになりました」


 先生は朗らかに笑った。

 一瞬、意味がわからなくて、ぽかんとした後に、凛ちゃんが飛び上がった。


「やった、マジで!」


 という歓喜の声と共に。

 遅れてみんなも声を上げて喜び始めた。

 クールな桜子ちゃんは茫然としている。

 先生は続けた。


「校長先生の許可も取ったし、保護者会からもOKが出ているので何も心配はありません。南雲さんの両親にも承諾をとっています」


「え? それってどういうこと?」


 凛ちゃんがちょっと間の抜けた声で尋ねた。


「家でも学校でも勉強して良いってことですよ」


 先生の声は優しかった。


「本当ですか!」


 珍しく桜子ちゃんが大声を出した。


「本当ですよ。ちゃんと勉強すれば良いって」


 桜子ちゃんはクラスで一番勉強ができたから、そんな条件は無いようなものだ。


「やったね、桜子!」


 凛ちゃんが桜子ちゃんの手を握って、激しく上下に振った。

 クラス中が笑っていて、何だか微笑ましい光景だった。


 その日、家に帰ってわたしは、もう秘密でも何でもないから、お母さんに今日起こったことを話した。少し興奮していたかもしれない。

 けれど、お母さんは驚いた様子もなくて、その反応はあまり面白いものではなかった。

 話を聞き終わったお母さんは、


「それね、結構前から知っていたのよ。保護者会で先生が話していたから」


「えっ?」


 わたしは一瞬裏切られた気分になった。誰にも言うなと言っていたのに、先生はまっさきに大人たちに話していたんだから。


「『子供たちが友達のために自発的に言い出したことだから、今は黙って見ていてくれませんか?』って頭を下げてね。そう言われちゃうと、さすがに誰も反対できなかったわよ。南雲さんのお母さんは複雑な顔をしていたけどね」


「そうなんだ」


 先生は先生で頑張ってくれていたんだと、わたしの鼻の奥がツンとした。


「でも、2年生からは普通に持ってきて良くなったんでしょう。それは何で?」


「そりゃ、2学期3学期と何も問題が起きなかったからね。あんたたちが頑張ったから実績ができちゃったわけ。それで校長先生もOKしたみたいよ」


 わたしたちみんなが認められたみたいで、何だか嬉しかった。


「でもさ、お母さん」


「何よ」


「お母さんはふつーじゃないことは好きじゃないんでしょう? こういうのって反対したいんじゃない?」


 はん、とお母さんは鼻で笑った。


「そりゃわたしは良いとは思っていないよ? そういう特別扱いとかどうかと思うし。でもね、1年生の女の子が将来の夢のために頑張ろうとしてるんだよ? それを応援しないような大人は普通じゃないのよ。あんたが変なことを始めたって、それがあんたの夢なら同じように応援するわ。それが普通なの」


(何だ、ふつーも悪くないじゃないか)


 わたしは1年生最後の日にそう思った。

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