25 桜子2
高校を卒業すると、わたしは那月先輩と同じ大学に入って、同じサークルに入った。
魔法使い同士で情報を共有しながら修行することは、高校のときのように良い影響を及ぼすと考えたから。
ただ、連絡を取っていた那月先輩からは、
「わたしにとっては想定通りのところだけど、桜子さんにとって良い場所かどうかはわからないわ。少なくとも魔法の研鑽の場ではないから。まあ、今の魔法使いがどんなものか知ることはできるかもしれないわね」
と言い含められた。
実際、ミステリー研究会は魔法というより、魔法使いとして将来のキャリアを積むための前段階の集まりみたいなところだった。会員たちも、OBやOGと顔つなぎをしてコネや卒業後の就職先を探すことを主な目的としていた。
那月先輩も積極的に人脈を作っていたけど、その分、魔法の鍛錬に使う時間はかなり少なくなっていた。
そのことを先輩に聞くと、
「わたしはね、その時々で魔法使いとして最善を尽くすようにしているの。高校生までは魔法を磨くための時間、大学生以降は魔法使いとして活動していくための地盤を作る時間って割り切っているのよ」
なるほど、先輩らしい考え方だとわたしは納得した。
「でも、桜子さんはそうじゃないでしょう? あなたはずっと魔法の研鑽を積んでいきたいのよね? 一刻も早く最後の魔法が使えるように。でもね、ずっと魔法だけをやっていくわけにはいかないのよ。生活していかなきゃいけないから。そういう意味では魔法使いって言ったって、普通の人と変わらない。大学は社会に出るまでのモラトリアムのようなものよ。もちろん、桜子さんにわたしと同じことをしろとは言わないけど、魔法を続けていくにしても、何か仕事はしなきゃいけないでしょう? それはこの期間にちゃんと探しておかないとね」
そう先輩に言われると、確かにわたしは最後の魔法を使うことばかりに頭がいっていて、「どうやって生きていくか」というところが頭から抜けていた。
試しにわたしもサークルのOBやOGの仕事を手伝ってみたけど、魔法を使うことはほとんどなくて、常に人付き合いと愛想の良さを求められた。正直に言って苦痛だった。苦手ではないのだけれど、好き嫌いで言えば嫌いだった。
考えてみれば幼い頃から人見知りで、ずっと凛に頼っていて、高校からは「そのように見られたい」という自分を演出してきたけど、さすがに自分に向いている仕事とは思えなかった。
だから、もっと他に良い生き方はないかと考えていた。
そんなとき、同じサークルの田中君が魔法の動画投稿を始めた。
魔法の動画投稿自体は日本でも海外でも既にあったけれど、田中君は魔法をユーチューバーと呼ばれる人たちのようにショー化させて、視聴者を惹きつけようと試みていた。わたしにはそれは面白い取り組みだと感じられた。そういった動画やSNSから、魔法使いの新しい道が開けるのではないかと思ったからだ。
ただ、田中君の動画はサークル内では面白がられたけど、既存の魔法使いたちからの評判は良くなかった。
「魔法は秘するべきだ」という考えが根強く残っていたからだ。この何でも動画にされて流出してしまう世の中になってもなお。
田中君はそういった声に気圧され始めて、次第に動画を投稿する頻度が少なくなっていったけど、わたしにはこれがチャンスに思えた。田中君が既成事実を作ってくれたから、わたしが動画投稿を始めても非難は少なくて済むし、動画のおかげである程度魔法への理解が進んでいた。
今までのような「胡散臭いモノ」「役に立たないモノ」から、「ちょっと面白そうなモノ」へと。
これは時代の潮流が変わりつつあるのではないかと。
けれど、わたしはパソコンに詳しくなくて、動画の撮り方はおろか、投稿のやり方すらわからなかった。それで田中君に声をかけて、動画制作のノウハウを教えてもらった。
彼は驚いていたけど、わたしの動画出演を条件に快く引き受けてくれた。
わたしの出演した動画はそこそこ評判が良かったらしい。
ただ、わたしは田中君と同じことがしたかったわけではない。自分の長所は自分が一番良く知っている。魔法を美しく見せることこそが、わたしが最も自信がある──凛が褒めてくれたことだ。
次にわたしはアーティストのMVやPVを参考にして、どんな動画を撮ればいいのか研究した。それでひとりでやっていくのは難しいと悟り、同じサークルの後輩である綾乃にも協力してくれるようにお願いした。
さらに大学に入ってから出来た伝手をたどって、映像に強い人たちに協力をあおいで、動画を完成させた。使えるものは何でも使った。
田中君の動画に出演したときも自分の動画をPRしたし、SNSでも動画のリンクを貼り付けて、拡散してくれるようにお願いした。さらにはフォロワーの多そうな知り合いに片端から声をかけて、宣伝してもらった。
おかげで動画は想像以上に広まって、再生回数は百万を超え、あっという間に収益化が実現した。
ある程度の知名度を獲得できたおかげで、思わぬ仕事が次々と入ってくるようになった。動画でやっていたことをライブにしたり、企業から案件をもらって動画にしたり、次世代の魔法使いの代表としてテレビに出ることもあった。
これでお金ができたおかげで、今まで以上に魔法に集中できる環境も手に入った。自然の多い静かな土地に住居を定め、仕事が無い日は朝から晩まで修行。
おばあちゃんから聞いていた滝に打たれた水行や山籠もりなども試すことができた。わたしは嫌がったけど、綾乃はこういうのも公開していくべきだと強く主張した。
綾乃はずっとわたしに寄り添ってくれていたから、わたしが折れてこの提案を採用した。だって、この子に出会えたことが、大学に入って一番良かったことだったから。
こうして、日々が過ぎてゆき、わたしの年齢が30を数えた頃、おばあちゃんからもらった魔法の本に記された魔法のすべてを習得することができた。
最後の魔法をのぞいて。
そのときが来たのだ。自信もあった。実際に最後の魔法を使ったおばあちゃんからももう一度話を聞いて、何も問題が無いことは確認している。
おばあちゃんはわたしの手を取って、
「よく頑張ったね。わたしは最後の魔法を使うのに50年かかった。桜子は30年もかかっていない。あなたはきっと世界一の魔法使いよ」
と言って涙を流してくれた。
……まだだ、まだわたしが涙を流すのは早い。すべては成功した後だ。
折よく、わたしの本を作りたいという話が舞い込んだ。相手は有名なノンフィクション作家。この人の本を読んだことがあって、地道な取材をもとにしっかりした内容のものを書いていたので好感を持っていた。
わたしは取材を受けることにした。テレビに出演しても、自分のことを話す機会は意図的に避けて来たけど、これは使えると思ったから。
「秘すれば花」。那月先輩の好きな言葉。魔法使いは自分のことを隠すことで魔法に力を持たせることができる。だけど、最後の魔法を使ってしまえば、もうその必要はない。
わたしは本の発売日を確認し、それより前に発売することを契約で固く禁じた。




