21 インタビュー3
黒崎那月を一言で言いあらわせば『清楚』だろうか。
髪は一切染めておらず漆黒であり、アクセサリーもシンプルな銀のネックレス以外何も身に付けていない。服装はシックで、白いニットに黒のスカート。肌の露出はほとんどない。
「それで桜子さんのことでわたしに取材がしたいと?」
三軒茶屋の喫茶店の個室で、黒崎那月はわたしの取材に応じていた。
彼女は注文した紅茶に優雅に口を付けている。
清楚で知性的だが隙が無く、ともすれば気圧される感もあった。魔法使いとしては若くして名をあげ、顧客には政治家や実業家が多いという。
それはそうだろう。彼女はあまりに魅力的だった。魔法使いで無くとも、つい会いたくなるような、そんな魅力があった。逆にそれが黒崎那月を魔女足らしめているのだろう。わたしは咳ばらいをして一旦間を取ると、ボイスレコーダーの録音を始めた。
──では、まず南雲さんとあなたの関係をお聞きしても?
「高校と大学の先輩と後輩ですね。魔法使いとしても、ですが」
──南雲さんはあなたのことを、もうひとりの師と呼んでいますが。
「色々と難しいところですね。桜子さんをわたしの弟子と呼んでしまうと、お仕事に差し支えるところもあるのですけど。何しろ、よく思わない方もいらっしゃるので。彼女は従来の魔法使いとは違った活動をしていますから」
黒崎那月はくすりと笑った。
「でも、桜子さんにそう言ってもらえるのは嬉しいですね。魔法使いというのは利己的な人間ですから。お互いに心を許すことはあまりなくて、なかなか寂しいものなんです。そうですね、桜子さんとわたしの関係は師弟なんて堅苦しいモノじゃありません。友達ですよ」
──友達ですか?
「そう友達です。わたしも桜子さんと同じように小学校の頃から魔法使いを志し、『自分は他の人とは違ってスペシャルなんだ』と思い込んで、研鑽を積んできたんですよ。ああ、でもそういう傲慢な考えで魔法使いを目指しているのはわたしだけじゃないですよ? ほとんどの魔法使いはそうなんです。選民意識の塊。ダーウィニズム的な遺伝によって、外見に恵まれていて知能も高い。自然とそういう風になってしまう。逆に言えば、人を見下しがちで友達は少ない。だから、わたしにとって桜子さんは貴重な友人なんです」
──何故、友達になれたのか?
「桜子さんの選んだ道が、わたしと重ならないことが出会ったときからわかっていたからでしょうね。彼女は競合相手になりえない。だから……」
黒崎那月はわたしから目線を外すと、紅茶に口をつけ、窓から見える外の景色を見やった。高校時代を思い返すかのように。
──競合相手にならないというのは、どういう意味か?
「わたしが、いえ、現代の多くの魔法使いたちが目指しているのは、結局は世俗的な利益なんですよ。医者や政治家、企業家を目指すのと変わりありません。『魔法使い』という職業に就いて、そこでより多くの利益を得ようとしている。けれど、桜子さんは『魔法使い』になろうとしていた。おとぎ話のような、魔法で人の願いを叶える魔法使いに。ね? 重ならないでしょう、わたしと彼女は?」
黒崎那月は皮肉めいた笑みを浮かべた。
──今の南雲桜子がそのおとぎ話の魔法使いだと?
「過度に演出されていますけど、彼女が示している魔法使い像はそうではないでしょうか? わたしたちの子供の頃は『魔法使いは大したことができない役立たず』と言われていた時代でしたけど、今やアーティストのような扱いを受けている。もちろん、これも一過性のものかもしれませんが、そういう道があることを示した。これは偉大なことだと思うんです。魔法使いといえば、怪しげで、後ろ暗くて、犯罪にも手を染めかねない、というイメージから脱却させたのですから」
──しかし、あなたはその道を選んでいないが?
「まさか、こんな風になるとは思っていなかったんですよ。個人が動画を配信して、世界を変えていけるような時代が来るなんて。わたしは桜子さんが動画を始めたときですら、『上手くいかないから止めておきなさい』という見当違いの助言をしているんです。今考えれば恥ずかしい限りですよ」
──それでもあなたは南雲桜子が動画配信を始めたことへのフォローをしていたとか。
「わたしだけじゃありませんよ。あのとき、サークルにいたメンバーはみんな桜子さんの応援をしていました。それぞれの形は違えど。実は桜子さんが1年生のときの会長は、彼女のことを快く思っていなかった節があったんですけど、それでも大学を卒業した後は、彼女を擁護し続けています」
──嫌いなのに?
「嫌いですよ、魔法使いはみんな。だって、わたしたちは現実を見据えて歩んでいるのに、桜子さんだけが夢を見続けていた。面白くはないんじゃないですか? しかしですね」
黒崎那月はまた窓の外に目をやった。
「わたしたちは幼い頃、そういう魔法使いになりたくて、魔法を学び始めたはずなんです。いつのまにか現実に取り込まれてしまったけれど、本当は彼女のようになりたかった。誰かのために奇跡を起こせるような存在に」
──あなたもそうなのか?
「もちろん。わたしはミッキーマウスの『魔法使いの弟子』に憧れて、魔法使いを目指したんですから」
ふわりと彼女は明るい笑顔を見せた。ようやく本心を見せたかのような。
「……それがいつの間にか魔法使いもどきになってしまっている。世の中、ままならないものです。だからせめて、どんなに気に食わなくても、桜子さんにはあのまま魔法使いになって欲しいとみんな思っているんですよ。例え、その先が無かったとしても」
──先がない、というのは最後の魔法と関係しているのだろうか?
「最後の魔法に関しては何も言えませんし、言ったところで意味がありません。あれはそういう魔法なんです。魔法使いに許された、たったひとつのささやかな奇跡のようなもの」
──意味が無いとは?
「状況にもよりますけど、少なくとも桜子さんの場合は因果関係が解消されてしまうので、質問自体がなかったことにされてしまいます」
──言っていることの意味がわからないが?
「そうでしょうね。要するに秘密と言うことです。あと、この部分に関しては書かないでください。書いてもわたしのチェックで削除させて頂きますので。変なことはしないほうが良いですよ? 現代の魔法使いが使うのは、魔法だけじゃなくて、色々な力も含まれますから」
そう言って、自分の口の前に人差し指を立てた黒崎那月は、魔女のように清楚で邪悪なものを感じさせた。魔法使いの手が思ったよりも長いというのは、この取材を通してわたしも知っている。
──では、南雲桜子の高校時代に、彼女に魔法使いになることを決意させた何かが起きたらしいが、あなたはそのことについて知っているか?
「知っています。あの子の親友が交通事故で亡くなったんです。わたしとは面識がありませんでしたけど、同じ高校に通っていました」
──南雲桜子に魔法を使わせたいと思わせた友人?
「恐らくそうでしょうね。多分、桜子さんの人生に最も影響を与えた人でしょう。動画で魔法の良さを広めようと思わせたのも、彼女の影響だと聞いています」
──亡くなったから、その意志を尊重しようとして魔法使いになろうとしたと?
「まあ、そういうことになるでしょうね」
ようやく、南雲桜子が魔法使いを目指した目的がわかり、わたしはホッと胸を撫で下ろした。これで良い本になるだろうと。
ところが黒崎那月が妙なことを呟いた。
「本当の理由はなかったことにされてしまうでしょうから」
──それはどういう?
黒崎那月はニコリと凄みのある笑みを浮かべた。その質問には答えないということだろう。彼女たちは何を隠しているのだろうか? いや、隠すというより、教えるだけ無駄だという印象を受けた。
──では最後の質問を。あなたは南雲桜子のことをどう思っているか?
「どう? 最初に言った通り、友達ですよ。わたしは学校生活を無難に過ごすための形式的な友人はいましたけど、本当の意味での友達はいなかった。桜子さんだけだったかもしれません。合っているかどうかもわからない、わたしのオリジナルの魔法の修行について、ふたりしてああでもない、こうでもないと文芸部の部室で議論していました。わたしも真面目だったし。あの子も大真面目だった。服装や呪文の唱え方についても、ネットとか雑誌を参考にして色々試したりしていました。それが結構楽しかったんです。ひとりでやる魔法の訓練なんて、孤独で面白くも何ともなかったから。あの子が一緒にやってくれたおかげで、今となってはあれが青春だったと思えるようになったんですよ。あの子がいなかったら、わたしの人生はつまらないものだったでしょうね。きっと地位や名誉や財産だけで、幸せを測るような人間になっていた。でもあの子は……」
黒崎那月は目を伏せた。光るものが見えた気がした。
「あの子はわたしを置いて行ってしまう。本当は最後の魔法なんて唱えて欲しくなんかない。でも止めることはできない。たったひとつの切なる願いを止める権利なんて、誰も持っていないのだから。それが本物の魔法使いなのだから」




