20 インタビュー2
──最初の魔法に成功した。このとき、あなたの一応の目標は達成されたはずだが、何故そのあと魔法を続けたのか?
「あの子が子犬のような目をして、『次はどんな魔法に挑戦するの?』って無邪気に聞くものだから、『これで終わり』だなんて言えなかったんですよ。だから、そのままズルズルと魔法の勉強は続けたんです。惰性だったんですよ、最初は」
──では、その惰性のまま魔法使いになったと?
「いえ、違います。わたしは高校生になって、はっきりと魔法使いになることに決めたんです。必ず魔法使いになって、一刻も早くその高みに立つと」
言い切った南雲桜子の瞳は、動画などで見たイメージそのままに、気高く意志の強いものだった。
──高校生のときに、そう決心させる何かがあったと?
「ありました。ただ、何が起こったかは言えません。少し込み入った話になるので」
そう語った彼女の表情には、これ以上の追及は許さないという意志がはっきり見えた。ここでヘソを曲げられてはかなわない。何が起きたかは、後で高校時代の関係者に話を聞いて確認しようと考え、わたしは話題を変えた。
──本気で魔法使いを目指すために、何か変えたことがあったのか?
「最初に祖母に、魔力を高めるための具体的な鍛錬の方法を尋ねました。だけど、祖母は古い時代の人間だったので、難しい方法が多くてすぐには実践できませんでした」
──例えば?
「滝に打たれるとか、山に籠もるとか、三日三晩呪文を唱え続けるとか……とても高校に通いながらできるようなことではないでしょう? 試すこともできなくて、ちょっと困りましたね」
南雲桜子は苦笑していた。
──ではどうしたのか?
「幸い、進学した高校に黒崎那月さんという魔法使いを目指している先輩がいたので、その方に色々教えてもらいました。那月先輩は独自で魔法の鍛錬の研究をしていて、とてもためになったんです。那月先輩が同じ高校だったのは、わたしの幸運だったことのひとつだと言えるでしょうね」
黒崎那月は南雲桜子のひとつ上でほぼ同世代だが、どちらかといえば、古いタイプの魔法使いに属している。ただ、南雲桜子を非難するようなことはなく、逆に擁護する立場に回っていた。彼女は世間的な知名度こそないものの、魔法使いの界隈では高名な人物になりつつある。南雲桜子とは高校だけでなく大学も同じであり、ふたりには強い結びつきがあるのかもしれない。
──具体的にはどんな鍛錬を?
「鍛錬と言うより、どういう生活を送るべきか、っていうことですね。よく寝て、食事に気をつけて、時間を作って集中的に魔法を勉強する……受験勉強とあまり変わりません。結局、何事も基本が大事だということです。後は魔法使いらしく振舞うことで、自分の魔法をより魔法らしく見せるということも、那月先輩から教わったことでした。一応、祖母からも同じようなことは聞いていたんですけど、やっぱり世代が違い過ぎることもあって、教えてもらったときはピンと来なかったんです」
──黒崎那月の助言は役に立ったのか?
「立った、と思います。那月先輩はとにかく美を意識していましたから。美人になるとか、そういうことじゃなくて、美しくあろうとする努力をするってことですね。外見だけじゃなくて、内面的にも。それが魔法に説得力を持たせると考えていました。わたしもその主張は間違っていないと思います。わたしが動画で支持されるようになったのも、那月先輩の教えがあったからでしょう」
──それだと、外見的な部分に役に立ったのであって、直接魔法には役立っていないようにも聞こえるが?
「魔法は精神的な部分が大きく作用するものなので、美を意識することは、魔法にも良い影響を及ぼしたと思います。魔法は数値化できるものではないので、『どれくらい良くなったか』ということは、なかなか言えないのですけど。それに那月先輩は基本を重視する方だったので、瞑想とか呪文の詠唱などを徹底してやっていました。わたしも意外と負けず嫌いだったので、先輩がやるなら自分はもっとやってやろうと競うように基本をやるようになったんです」
──負けず嫌いだった?
「ええ、ずっとひとりで魔法を勉強していたから、高校生になるまで自分でも知らなかったですけど。でも、よく考えてみれば、小学校の頃から運動でも勉強でも、誰にも負けないように努力していましたね。『魔法なんかやっているからできないんだ』って誰からも言われないように。わたしはずっと負けず嫌いだったのかもしれません」
──あなたは黒崎那月を追うように同じ大学に入り、同じサークルに入ったが、それは事実だろうか?
「事実ですね。何事もひとりで続けるのは大変なんです。小中学校のころは友達が傍で応援してくれたから魔法を続けることができましたけど、彼女がいなくなった後は一時的に集中できなくなりました。そんなときに文芸部に黒崎先輩がいることを知って、同じ部活に入ったんです。あの頃は精神的に那月先輩を頼っていたのかもしれませんね」
──しかし、大学以降は黒崎那月との縁は疎遠になっていったようだが?
「そうですね。那月先輩は従来の魔法使いの道に進みました。あの人は魔法使いとして生きていくことを重視していたので。でも、わたしの目的は違った。とにかく魔法に集中したかったんです。そこで道が分かれたと言ってもいいでしょう。もちろん、わたしは今でも那月先輩を尊敬していますし、那月先輩もわたしのことを可愛い後輩だと思ってくれているはずです」
そう言って、南雲桜子は微笑んだ。気を抜けばその笑みに魅了されてしまいそうだ。
──従来の魔法使いになることに何か問題があったのか?
「少し言いにくいことですが、今までの魔法使いは魔法をそんなに重視してないんです。もちろん、できるに越したことはないんですけど、人付き合いを通した人脈形成が重視されていて。ミス研はそういう場だったんです。将来のための準備期間。そのために多くの時間を割かなくてはなりませんでした。那月先輩はそのことを高校時代から想定していたので割り切っていましたけど、わたしはちょっとイメージと違っていて。これならもっと魔法のために時間を使いたいと思ったんです」
──それで動画投稿を?
「最初に動画投稿を始めたのは、田中さんという同学年の人でした。彼もちょっと変わっていて、発想が良くも悪くも魔法使いっぽくなかったんです。あまりおおやけにしないほうが良いとされた魔法を、積極的に動画で外部に広めようとしたりして。今では当たり前になっていますけど、あのときは結構反発が強かったんです。特に魔法使いとして生きていた方々からは。でもわたしは『そういう生き方もありなんだな』って思ったんです」
──そういう生き方というのは? 動画投稿のことか?
「そうですね。実はちょっとした葛藤もあったんですけど。あまり魔法をおおやけにしないほうが良いんじゃないかっていう。でも、人に見てもらうことで、『魔法はすごいものだ』って思ってもらえる方が大事だと考えたんです。わたし自身が魔法を友達に見せて、理解してもらえたことで救われた部分もあったので。あと、流行り始めていたユーチューバーや、SNSのインフルエンサーみたいに、魔法の動画でお金をもらって生活できるようになれば、新しい魔法使いの道が示せるんじゃないか、っていう思いもありました。そのほうが魔法の研鑽に使える時間もたくさん持てるので」
──実際にあなたは動画や配信で成功した。
「どうでしょう? 思った以上に忙しくて、魔法に専念できる時間はそこまで確保できませんでした。何でも同じなんですよ。その道に入って走り出したら、簡単に止まることはできないんです。わたしだけじゃない。支えてくれている周囲の人たちにも迷惑をかけてしまうから」
そう言って、南雲桜子はそっと綾乃と呼んだマネージャーに目をやり、綾乃は困ったように笑った。
──あなたは魔法のライブを成功させ、海外ツアーも行っている。今や世界的なアーティストと言えるが、そんな自分をどう思っているか?
「一瞬のことですよ」
南雲桜子は淡々と告げた。
「持て囃されるのは、ほんの一瞬のこと。それは魔法の火のようにすぐに消えてしまう。わたしも、すぐに忘れ去られて過去の人になるでしょう。ただ、それでも残せるものがあると思っています。わたしの魔法を見て、新たに魔法使いを目指す人、何かを感じてくれた人、そういうものが必ずあると。祖母がテレビ番組で最後の魔法を披露したように、わたしも何かを残そうとあがいているようなものです」
その言葉に、マネージャーの綾乃が悲し気に俯いた。
──未だあなたは人気の絶頂にあり、それがすぐに衰えるとは思えないが?
「魔法の時間は長くもちません。終わりの時間は直に来ます」
達観したような物言いだった。終わりを知っていて、敢えてそれを受けて入れているような。
──それは最後の魔法が関係しているのか?
「……魔法使いは自分の望みを叶えるために魔法を極めようとするのです。それはささやかなものかもしれませんが、そのために自分の人生を捧げるのです」
穏やかな、それは穏やかな表情だった。まるで悟りの境地を開いたかのような。
どうやら、直接的に質問に答えるつもりはないらしい。だが、わたしは踏み込んだ。
──最後の魔法とは一体何か?
「今言った通り、魔法は願いなんです。最後の魔法とは魔法使いの最後の願い。上手くいくかどうかはわかりません。どのような結果になるのかもわからない。成功した人もいれば失敗した人もいる」
──世界を変えるとも言われているが?
「世界を変えるには、魔法の10秒はあまりに短い時間です。そこまで大それたことはできないでしょう。ほんの少し手を伸ばすことができるようになるだけ。ただそれだけのことなんです。そのためにわたしは魔法を学んでいる」
まるで禅問答のようになってきたが、南雲桜子にはぐらかそうという意志は感じられず、むしろ誠実に答えているようにも思えた。
──あなたは魔法使いはどうあるべきだと考えているのか?
「そうですね。わたしたちの本質はあくまで魔法にありますが、どうやって生きていくかは本当に人それぞれです。魔法を必要としない仕事をしながら、余暇で魔法を探求している人たちだっています。だから、わたしが取った道が正しいかどうかなんてわかりません。ただ、魔法使いは魔法が好きなんですよ、それはもうどうしようもなく。きっと未来永劫、魔法使いがいなくなることはありません」
──最後に何か言うことは。
「これは必ず本に記載して欲しいんですけど」
彼女はそう前置きしてから、
「もう一度、あなたに会いたい、凛」
と告げた。それは今までのどんな言葉よりも気持ちが籠もったものだった。
──
すべてのインタビューを終えた後、彼女はわたしにひとつだけ問いかけた。
「本が出版される日はいつですか?」
「恐らく半年後になると思いますが。あなたのチェックが厳しくなければ、の話ですが」
わたしは冗談めかして答えた。
「半年後ですか。わかりました。その日をわたしは心待ちにしています」
そのときの南雲桜子の目は真剣なものであり、それ以上、何か質問することは憚られた。




