19 インタビュー1
南雲桜子の評価は一般的に『素晴らしいアーティスト』というものだが、実は同じ魔法使いの間では二極化している。
「魔法の動画を世界にばら撒いて、その神秘性を貶めた」という非難する声と、「彼女こそ新時代の魔法使いの生き方である」という称賛の声だ。
前者は南雲桜子が登場する前の古い魔法使いたちが中心で、後者は南雲桜子が登場した後の新しい魔法使いたちに多い。
新しい魔法使いたちは、いわゆるSNSネイティブのZ世代の魔法使いと言ってもいいかもしれない。だから、動画やSNSを通じて、魔法をおおやけにすることに抵抗がないのだろう。一方で古い魔法使いたちは自分たちの仕事の都合もあって、できるだけ魔法は秘密であって欲しいと願っている(例えば占いを生業としている魔法使いは、魔法で正確な占いをするのは難しいことを知られたくない)。
これは魔法使いの世代間の対立と言って良いのかもしれない。
ただ、そんな両者の間でも共通している認識はある。
──南雲桜子ほど純然と魔法と向きあっている人間はいない──
彼女を非難する魔法使いたちですら、苦虫を噛み潰したような顔で言うのだ。
「あいつほど真摯に努力している魔法使いはいない。それは動画を見れば、魔法使いなら誰でもわかる。恐らく最後の魔法を使うために、あいつは研鑽を積んでいるのだろう」
そして空虚な笑いを浮かべて、首を振って付け加えた。
「愚かしいことだ」と。
ただ、何が愚かしいのかと尋ねると、誰もが押し黙った。
実は『最後の魔法』の存在は昔から噂されている。その魔法の内容は、正確な予言であるとされたり、世界を変えることができるともいわれていた。「最後の魔法は世界を滅ぼす」というデマが広がって、魔法使い狩りが行われたことすらあった。
実は南雲桜子の祖母は、その最後の魔法をテレビの前で使ってみせたのだが、映像を確認しても何も起こっていない。
南雲桜子の目指す最後の魔法とは一体何なのか?
これからの魔法使いはどうあるべきなのか?
わたしは新世代の魔法使いの象徴として南雲桜子に取材を申し入れたが、正直なところ、受けてもらえるとは思っていなかった。南雲桜子はガードの堅いことで知られている。その私生活はおろか、住んでいる場所すら定かではない。わたしのようなマスメディアに属する人間のことを好んでいないことは明らかだった。いや、彼女だけではない。魔法使いはその性質上、自分のことを語りたがらない。
ところが思いもよらず、取材を受けるとの連絡があった。南雲桜子自身がわたしの書いたノンフィクション本を読んでおり、「ああいう内容のものであれば」と引き受けてくれたらしい。
わたしはこの取材に向けて、事前にできるだけ多くの魔法使いたちに取材を行った。そこで抱いた魔法使いたちの感想としては、総じて外見が良く、弁が立ち、用心深くて変わり者が多い。それは魔法というものの歴史を想起させた。
古代では神のように崇められ、中世では迫害の対象となり、近代においては詐欺師のように蔑まれてきた歴史を。
彼らはそれでも魔法と共に在るために、ありとあらゆる手段を用いて生き残ってきたのだろう。それは我々のような一般人が想像しているよりも、多くの困難があったのかもしれない。
実際、魔法使いの一族であっても、魔法使いにならなかった人たちも数多くいる。南雲桜子の母親もそのひとりだ。日本で大規模なテロを起こした宗教団体に魔法使いが深く関与しており、そのせいで魔法使い全体が風評被害にさらされた結果、魔法の道を諦めている。この世代にはそういった選択をした者が多かったのだが、彼女らの子の世代になって、また魔法使いになろうという動きは活発化した。
その世代の代表が南雲桜子だろう。魔法使いというよりかは、何百万人というフォロワーを抱えるインフルエンサーであり、偉大なパフォーマーと言った方が通りが良いかもしれない。
指定されたホテルの一室で会った南雲桜子は、独特の雰囲気を持った人物だった。
纏っている衣服は白を基調とした着物。長い黒髪に磨き抜かれたような白い肌、顔は整っているが中性的であり、絶世の美女というわけではない。どちらかというと『妖しい魅力』のように感じた。
それはわたしの先入観のせいかもしれない。彼女の動画を何度も観て、実際にライブ会場にまで足を運んだのだから。特にライブは彼女の魅力を最大限にまで引き出すために徹底的にエンターテインメント化されており、それに魅了されて観客たちは熱狂していた。その熱狂のままに彼女を信奉しているファンは世界中に数多く存在し、ある種、神格化されている。
ただ、実際に対面に座った南雲桜子は、わたしに微笑みかけ、
「お手柔らかにお願いします」
と柔らかく告げた。それは美しい彫像に突然微笑まれたかのような唐突さがあって、彼女の人間的な魅力が垣間見えた。これが魔女というヤツなのかもしれない。
彼女の隣りには同年代くらいのマネージャーらしき女性が立っており、南雲桜子を守るようにわたしをじっと見ている。
その視線にわたしは気を取り直して、インタビューを始めた。
──まず生い立ちを聞いても?
「いきなり難しい質問ですね。ああ、そういう意味じゃなくて、期待されるようなことが何もないんです。特に小さい頃は。わたしの両親は魔法使いではなかったから、普通に生まれて、普通に育って、変わったことなど何もなかったですし。祖母が魔法使いだった、というだけで。そうですね、強いて言うなら、祖母が見せてくれる魔法に凄く惹かれました。『ああ、自分も魔法が使ってみたい』と思ったんです。それくらいだと思います」
──祖母の影響で魔法使いを目指したと?
「そうでもありますし、そうでもありません。……ごめんなさい。別に思わせぶりなことを言いたいわけじゃないんです。ただ、祖母の影響だけではないので。自分も同じようになりたい、と思ったんですけど、最初はそこまで強い想いではなかったんです。子供特有の単純な憧れのようなもので」
──では、一体何に影響されて、あなたは魔法使いを目指したのか?
この質問をしたとき、南雲桜子は大きく息を吐き、マネージャーがわずかに眉間に皺を寄せた。
「……友達です。友達のために目指したんです。わたしが小さかった頃は、魔法は大したことがないものだと言われていました。わたしは祖母が魔法使いだったこともあって、『魔法はすごいんだ!』と主張したかったんですけど、周囲に逆らってまでそんなことは言えませんでした。それにあの頃のわたしはちょっとひねくれていて、自分でわざと『魔法なんか大したことがない』って言ったりもしていました。でも、小学校に入って、初めてできた友達が『魔法はすごい』って言ってくれたんです。たった10秒の奇跡でも十分だ、って。彼女の言葉にわたしは救われて、それで魔法使いになろうと思ったんです」
──小学生で本気で魔法使いになろうと決意したと?
「いえ、実はそうでもありません。正確に言うと、『魔法使いになりたい』というよりは、『魔法を使いたい』と思ったんです。友達の前で魔法を披露して喜ばせたいと、最初はそれだけでした。それで、小学校で魔法の勉強をしたりしていましたね。両親への反発とかもあったのかもしれません。もう、これ見よがしにしていました。今考えると、そこまでしなくても良かったんじゃないかと思いますね。もっと素直に学校生活を楽しんだほうが良かったかもしれません」
そこで南雲桜子はホテルの窓の外に視線を移した。自分の在りし日の姿を思い出すかのように。
──では、最初に魔法を使えるようになったのはいつか?
「中学生になって、しばらく経った頃でしょうか。『できそうだ』という予感がまずきたんです。心の中でチリチリと何かが結びつきそうな予感が。だから、実家の近くにある海沿いの堤防にあの子を呼んで、わたしの初めての魔法を披露することにしたんです」
──それは上手くいった?
「どうでしょう? なにせ最初の魔法で、なかなかカタチにならなくて、結構時間がかかってしまったから。でもあの子はじっと待っててくれていたんです。その好奇心に満ちた目も、決して色褪せることはありませんでした。それがかえってプレッシャーになりましたけど」
南雲桜子ははにかむように微笑んだ。
「でも、最後は何とか魔法になりました。マッチの先っぽくらいの小さな火。火が出るからと、わざわざ海まで来たのが恥ずかしくなるような魔法でした。それでも、あの子は喜んで、『すごい! すごい!』って涙まで流してくれたんです。多分、あの日がわたしにとって一番幸せな日だったでしょうね。どんなに大きな会場で行うライブよりも、わたしの心は幸せに満ちていました」
恍惚とした表情を浮かべる南雲桜子だったが、ここでマネージャーが口を出した。
「桜子さん、ライブを比較対象にしてしまうと、あまり良い気にならないファンの方もいらっしゃると思いますので、そのあたりの発言は気を付けてください」
「ああ、そうね。ありがとう、綾乃。じゃあ、今のは無しで」
テレビ番組でタレントがよくやるように、南雲桜子は手をハサミに見立てて切るようなジェスチャーをした。それが意外で、可愛らしい仕草だった。
一方で綾乃と呼ばれたマネージャーは、どうも今の話を快く思っていないのではないかと、わたしには思えた。




