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最後の魔法  作者: 駄犬
18/28

17 高橋

 子どもの頃から勉強は好きじゃなくて、中学からは全然授業がわかんなくなって、ついていけなくなった。苦手なモノは苦手だし、押し付けられるのは嫌い。

 そもそも、何かを頑張る、ってことが好きじゃなかった。遅刻とか欠席とか結構していて、何回か問題も起こして内申は最悪。だけど、高校は定員割れしているようなところに入ったから、名前さえ書ければ合格できた。そんな高校も通うことすら面倒くさくなって、すぐに辞めたから学歴は高校中退。

 親も似たようなものだったから怒られることはなかった。


「勉強しなくても生きていけるからね。でも学校行かないんだったら働きな」


 って感じ。

 最初はコンビニとかスーパーとかでバイトしていたけど、どこ行っても、「不真面目だ」と怒られた。それで、あんまり長く続かなくて転々として、18歳の誕生日から速攻でキャバクラで働くようになった。

 若いし、キャバなら適当でもやっていけるでしょ、って思っていたんだけど、そんなに甘くはなかった。若いってだけでお客は付いてくれたけど、ナンバー1とかになる人はふつーに努力していて、喋りとか気遣いとかが半端なかった。


(どこ行っても頑張らなきゃダメなのか)


 って思ったけど、さすがにここで踏ん張らないと、もっとヤバい風俗に行かなきゃならなくなる。見様見真似で上の人たちの接客テクニックを覚えて、客の話にうまく合わせられるようになって、何とかキャバの仕事は続けられた。

 男はいたりいなかったりで、20になる前に子供ができて、でも相手は逃げて、実家に戻って母親に子供の面倒を見てもらっている。

 別に不幸なわけじゃない。金はあるし、仕事も楽しくなってきたし、子供は意外と可愛い。自分の母親も似たようなものだったから、これで不幸だったら、自分は子供の頃から不幸だったことになる。

人生なんて何とでもなるんだから、気合い入れて頑張るようなもんじゃない。


 店の客は色んな話をふってくるけど、大抵は知らないことばかりだ。でも「知らない」なんて言ってたら商売にならない。知らなくても興味があるフリをして話を引き出して、気持ちよく語ってもらうのが客を掴むコツでもある。

 お客さんたちは女と話がしたくて、店に来てるんだから。

 キャバ嬢だって高い金払ってホストクラブ行って、話を聞いてもらっているヤツがいるし、人間ってのは金を払ってでも人に自分の話を聞いてもらいたいんだろう。

 わたしもその気持ちはわかるけど、なんだか寂しい話だ。

 そんなある日、偉そうな客の席に付いた。

 店に来る客は大抵偉そうだけど、この客は高そうなスーツを着こなして、できそうな眼鏡をかけていて、ちょっといけ好かないけどカッコいい。身に付けているものも見るからに高級そうだから、社会的地位も高いんだろう。

 金と黒を基調とした内装のうちの店は歌舞伎町でも真ん中くらいのランクで、客層はまちまちだから、たまにこんな客も来る。常連になってくれれば太客になってくれるかもしれない。


「君たちってさ、魔法の動画とか見たりしてる? 今流行ってるんだろう?」


 その客はぞんざいな口調で話をふってきた。

 魔法の動画は確かに流行りだ。ちょっと前のK―POPくらいには注目されている。歌っぽくした呪文と華やかな魔法が組み合わさって、見栄えがするからだ。


「良く見てますよ。綺麗だし、ちょっと癒されるし」


 適当に相槌をうって、客の反応を待つ。ポジティブな反応をするか、ネガティブな反応をするかで対応を変えなければならない。


「そうか」


 客はちょっと嬉しそうだった。多分好きなんだろう。で、わたしたちと話が合いそうだから満足もしている。


「実はさ、俺も魔法を使えるんだ」


 ドヤ顔をした眼鏡の客が、秘密を打ち明けるようにこっそり囁いた。


「本当ですか! すごーいっ!」


 口に手を当てて、わたしは大げさなリアクションをとった。秘密にして欲しそうな雰囲気を出す客の本心は大抵逆で、そのことを間接的に広めて欲しがっている。


「おいおい、大声を出すなよ」


 そんなことを言いながらも、満更でもない顔をする眼鏡。白々しい。


「動画みたいな魔法も使えるんですか?」


 ちょっと声を潜めて、欲しい言葉をかけてやる。


「当たり前だろ? 言っておくけど、動画を出しているような若い連中よりも、俺のほうが年季が入ってるんだぞ?」


(そんなの見ればわかるよ。大して若くもないんだからさ)


 なんてことは言わない。わたしも年齢は鯖読んでいるし。


「えっ? 凄いですね。じゃあ、ちょっと魔法見せてくださいよ」


「おまえ、わかってないな。本物の魔法使いってのは、そう簡単に魔法を見せないんだぞ? 今の若い連中は馬鹿だから、その辺がわかってないんだよな。魔法は秘密にするから魔法なんだよ」


 眼鏡は嫌みな感じで言ってきた。

 どっちでも良いよ。そんなこと言っておいて、おまえだって魔法を見せたいから話をふってきたんだろ?


「あーやっぱり魔法って難しいものなんですね。そう簡単に見せてもらえるものなんじゃないんだ。残念だわ。……でも、ちょっと、ちょっとだけなら良いでしょう? 先っぽだけでも」


 ここで完全に引いてしまうと逆に眼鏡の心証を悪くするから、興味がありそうなふりをして魔法を使わせるように話を持っていかなければならない。正直ダルいけど、これも仕事だ。


「何だよ、先っぽだけでも、って。シモかよ。キャバ嬢は品が無いな」


 眼鏡が愉快そうに笑った。そのシモがわかるおまえだって品が無いんだよ。


「しょうがねぇな。じゃあ先っぽだけやってやるよ」


 そう言うと、眼鏡は目を真剣なものにして魔法を唱え始めた。

 言うだけあって、その呪文は華やかさには欠けていたけど、クラッシックみたいな重厚感があり、周りの客とか嬢の注目を集めている。

 オーケストラの指揮者みたいに身振り手振りを入れて、それなりに長い時間を飽きさせることもない。

 そして、テーブルに置かれた空のグラスに向かって手を差し出すと、最後に強い言葉を発した。

 すると、グラスの中に結構大きなまん丸の氷が出現した。

 見事だった。わたしは眼鏡のことをちょっとだけ見直した。


「おーっ!」


 と周りから感嘆の声が聞こえる。嬢も客も黒服も感心して拍手した。

 眼鏡はそれに手を振って、鷹揚に応えて、再びソファーに沈み込んだ。


「どうだ? なかなかのもんだろう?」


 そう言って、魔法の氷の入ったグラスを手に取ったので、わたしは間髪入れずにウィスキーを注ぎ込んだ。

 眼鏡はその酒をぐっと飲んで、満足そうに息を吐いた。


「うまいな」


 多分、酒ではなく雰囲気に酔いしれているのだろう。


「やっぱりすごい魔法使いだったんですね。最初はIT企業の社長かと思っちゃいました」


 とりあえず褒めておく。誉め言葉はタダだ。


「稼ぎは同じくらいあるぞ?」


「そうなんですね!」


 魔法使いって案外儲かるものなのだと、そこだけは本心で驚いた。


「真面目にやってれば、それくらいは儲かる。動画なんかに走らなくてもな」


 不満を吐き出すように眼鏡は言った。どうやら、動画配信をしている若い魔法使いはそれほど好きではなかったようだ。


「え? じゃあ、動画で魔法を配信している人たちって、何であんなことをしてるんですか?」


「目立ちたがり屋なんだよ。どうしようもない連中だ。どうせそのうち消えちまう。魔法使いは目立たないように生きていくべきなのさ」


「若いから魔法のことがよくわかっていないのかもしれませんね。お客さんほどできる人ばっかりじゃないから」


 どうでも良いから笑顔で適当な相槌をうつ。


「いや、あいつの影響なんだよ」


「あいつ?」


「南雲桜子さ。知ってるだろう?」


 南雲桜子。今一番世界に影響を与えている魔法使いと呼ばれている。世界的にも有名だから、知らない人間のほうが少ないだろう。


 ──わたしが中一のときの同級生でもある──


「もちろん、知っていますよ? 何で南雲さんのせいなんですか?」


 ちょっと声が強張ったかもしれない。


「あいつがさ、派手な魔法の動画を広めたせいで、若い連中が次々と真似をするようになった。あれがいけなかったんだよ。おかげで俺も苦労した」


「何でお客さんが苦労を?」


「あいつは俺の大学の後輩なんだよ。俺が卒業した後に動画配信なんかを始めやがったんだけど、おかげで『おまえの教育がなってないせいだ』なんて、お偉方から嫌みをよく言われたもんさ。とばっちりもいいところだ」


 眼鏡は段々酒が回ってきたのか、口調が乱暴になってきている。


「どんな人だったんですか、南雲さんって」


「お堅いヤツだよ。ミス研は魔法を勉強するところじゃなくて、魔法使いとしてのコネを作るための場所なのに、あいつ、ひとりでずっと魔法の勉強をしてやがった。空気の読めない目障りなヤツだったよ。それでも人を引き付けるような魅力みたいなものあったから、OB連中もあいつには甘くて困ったもんさ。俺は言ってやりたかったよ、『ここはそういう場所じゃねぇ!』ってな」


 眼鏡は眉間に深い皺を寄せていた。鬱憤が溜まっていたのだろう。

 わたしも中学のときのことを思い出した。

 確かに空気の読めないヤツだった。教室でも、ずっと魔法の本を読んでいて、「自分だけはおまえたちとは違う」って顔をしていた。

「魔法を唱えてよ」って言っても、「嫌です」って断られた。融通の利かないノリの悪いヤツだった。で、時々やってくる志波とは楽しそうに話をして、「将来はこんな魔法使いになりたい」みたいな将来の夢を話していた。鬱陶しかった。


「で、俺があのとき止められなかったから、調子に乗って今では魔法使いの代表みたいな顔をしてやがる。迷惑なものさ。あいつは魔法使いの代表なんかじゃない。伝統の破壊者みたいなもんだ。知っているか? 南雲は自分の修行まで動画にしてるんだぞ? 『わたしはこんなに頑張ってます』ってアピールするみたいにな。しなくていいんだよ、そんな努力は。ひとりで勝手にやっていればいい。迷惑なんだよ、あいつみたいなヤツがいると」


 眼鏡は吐き捨てるように言った。

 すげー気持ちはよくわかる。わたしも気に食わなかったから、あいつの魔法の本を隠したこともあった。嫌がらせもちょいちょいやった。だけど、


「……うるせぇな」


「うん?」


「うるせぇんだよ、おまえにあいつの何がわかるんだよ! 休み時間中にずっと魔法の勉強をしているようなヤツだぞ! クソみたいにずっと頑張り続けて、確かにムカつくヤツだったけど、目障りだったけどさ、でも、あいつの頑張りには嘘はなかったんだ。それが嫌で嫌で仕方なくて、視界にも入れたくなかったけど、それは本当のことだったんだ。ムカついてムカついて仕方なかったけど、てめぇは南雲の先輩なんだろう? 魔法も使えるんだろう? 何であんたが理解してやらないんだよ! あいつはずっと頑張り続けて、今も頑張っていて、そりゃわたしは嫌いだけどさ、あんたはわかってやれよ!」


 そう言って、わたしはグラスの水を眼鏡にかけてしまった。

 やっちゃった……

 同席していた後輩の嬢がドン引きしている。クビだ、クビ。

 でもいいか。気分はスカッとしている。

 何事かと黒服が近づいてきて、わたしは席を立とうとした。が、


「ちょっと待て、おまえは南雲の知り合いだったのか?」


 眼鏡は服が濡れたことも気にせず、わたしに声をかけてきた。


「……中一のときの同級生」


「仲が良かったのか」


「全然。嫌がらせしてた」


 眼鏡がニヤリと笑った。


「お客様、大丈夫ですか? すぐにキャストを変えますので……」


 黒服が割って入って、タオルで眼鏡の服を拭こうとした。わたしには引っ込めと言わんばかりの怖い視線を飛ばしている。


「大丈夫。問題ない。キャストもこのままで良い。服も別に構わないさ。タオルは借りるがね」


 そう言って眼鏡は、黒服からタオルだけ受け取った。


「俺がちょっと口を滑らせただけだから、彼女にはお咎めなしで頼むよ?」


 黒服は怪訝な顔をしていたけど、問題がないのならと引っ込んでいった。

 周りも騒めていたけど、すぐに自分たちの話題に戻っていった。何せ時間で金を取られる場所だ。余計なことにかまってられない。


「……どうしてあんなこと言ったの?」


 立ったままのわたしの質問に、眼鏡は笑った。


「いや、似た者同士だと思ったからさ。さっきも言った通り、俺も嫌いだったんだよ、南雲のことは。真面目で努力家で才能があって、大学に入ったら周りに合わせればいいのに、孤高を気取りやがった。でもな」


 眼鏡が酒を一気にあおった。


「正しいんだよ、あいつは。本来魔法使いはそうあるべきなんだ、ってことを突き付けてきやがる。それを気に食わないからって、壊しちまうわけにはいかないだろ? だから、嫌いだけど俺はあいつをかばったんだよ。他のOB連中が余計なことを言わないように手を回して。俺が悪口を言うのは良いけど、他のヤツが文句を言うのは嫌だったのさ」


 何だ、わたしと同じじゃないか。南雲はむかつくし嫌いだけど、それでもあいつの正しさは、他の誰かに否定して欲しくなかったんだ。


「まあ、座れよ。南雲への文句を言い合おうじゃないか。おまえほどの適任は他にいないしな」


 眼鏡の名前は菊池と言った。南雲が大学一年のときのサークルの会長だったらしい。その後、菊池はわたしの常連客になって、南雲が活躍するたびに文句を言い合う仲になった。

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どんなジジイかと思ったら会長かよw
会長やん!
なんだよ 何回泣かせるのさ
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