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最後の魔法  作者: 駄犬
16/28

15 綾乃

 桜子先輩との出会いは、大学に入ってしばらく経った後のことだった。

 地方から出てきたわたしは、慣れないひとり暮らしということもあって、すっかりホームシックになってしまっていた。

 母親の伝手でミス研に入ったのはいいものの、魔法使いという生き物は基本的に個人主義なので慣れ合うことがない。簡単に言えば、友達になれない。

 何となく通ってはいたけど、会話は探り合うようなものばかりだから居心地が悪くて、あんまり長居できなかった。だからと言って、人見知りなわたしはクラスでも友達を作ることができず、完全なボッチ状態。

 それでかもしれない。わたしは、校門前で行われていた他のサークルの新入生の勧誘に引っかかってしまったのだ。


「君、可愛いね。1年生でしょう? どう、うちのサークル?」


 と声をかけられて、思わず立ち止まった。

 そういう勧誘は無視しなければならないのは知っていたのだけれど、精神的に弱っていたので、つい話を聞いてしまったのがいけなかった。

 話を聞けば聞くほど、相手の時間を使ってしまっているのが申し訳なくなってきて、どんどん勧誘が断りづらくなっていった。それに相手は先輩だし、すぐに馴れ馴れしくなってくるし、次第に高圧的になってくるしで、もう入らないといけないような雰囲気になってしまった。


「ねぇ、ここまできたら入るよね? 入らないと嘘だよね?」


 最後には恫喝みたいになってきて、気付けば周りをそのサークルの人たちに囲まれていた。

「お、可愛い子じゃん」「こりゃ、是非入ってもらわないと」「ねぇ、この後一緒に遊ばない?」とか口々に言われて。


 ──終わった──


 この人たちに滅茶苦茶にされて、わたしの人生はここで終わってしまうのだと本気で思った。大声を出して抵抗すればいいのかもしれないけど、この人たちはあくまで勧誘活動をしているだけであって、罪を犯しているわけではない。

 それに話のもっていき方が上手くて、手慣れていて、何となく「ついていってもいいのかな」って思ってしまっている自分もいた。


「じゃ、じゃあ……」


 そう言いかけたところで、声が飛んできた。


「綾乃さん、こんなところにいたのね」 


 見れば、同じサークルの南雲先輩が近くに立っていた。

 ミス研でも一際目立っていたから当然知っていたのだけど、話したことはまったくない。あのサークルの中でも、自分のペースを崩すことなく魔法の研鑽に集中していて、一番話しかけにくいオーラを放っていたから。


「お話し中悪いけど、彼女はミス研の新入生なの。連れて行くわね?」


 まるで女王のように悠然と言い放つと、南雲先輩はわたしの手を優しくつかんで、その場から連れ出してくれた。

 最初に勧誘していた人は、


「いやいや、そりゃねぇだろう?」


 と食い下がろうとしたのだけれど、


「おい、止めとけよ、ミス研はやべぇところだって噂だぞ。しかも、あの南雲さんだよ? 色々怖い筋とも繋がりがあるって先輩が言ってたし、おまえ大学を卒業できなくなってもいいのかよ?」


 なんて他の人に言われて引き止められていた。


(えっ? 大学を卒業できなくなる? この人はそんなにヤバい人だったの?)


 思わず南雲先輩の顔を窺ったら、


「残念だけど、わたしにはそこまでの力は無いわ。あの人たちの気が変わる前に早く行きましょう」


 と困ったような照れたような顔をしていて、それがとても可愛いかった。いつもクールな人にそんな顔をされたら、ドキリとしてしまう。

 一瞬で心を奪われたわたしは、まるで少女マンガのイケてない主人公のように、


「何でわたしなんかを助けてくれたんですか?」


 なんて聞いてしまった。


「わたしの友達だったら、きっとこんな風に助けると思ったから」


 先輩はちょっと寂しそうだった。


 誰もいない部室で向かい合わせになると、南雲先輩はわたしに言った。


「綾乃さんは魔法使いにしては普通の人っぽいところがあったから、ああいうサークルに捕まっちゃうんじゃないかって、ちょっと心配していたの。あの人たち、あんまり良い噂は聞かないから。でもね、何かあったら結局は自分の責任なんだから、ちゃんと断らないと駄目よ。魔法使いを目指しているなら、強い意志が必要でしょう?」


 ミス研ではわたしのことなんて誰も見てないと思っていたから、その言葉にわたしはすっかり嬉しくなってしまった。

 一番、誰にも関心が無さそうな人が、わたしのことを見てくれていたなんて。

 それ以来、わたしは南雲先輩を桜子先輩と呼ぶようになり、すっかり懐いてしまった。桜子先輩もそんなわたしを可愛がってくれて、少しずつ仲良くなっていった。


──


 桜子先輩は魔法もできたし、人目を惹く外見をしていたから、1年の頃から期待されていて、わたしが入学したときは、あっちこっちのOBやOGから仕事の手伝いやら何やらの引き合いで忙しそうにしていた。

 そんな将来有望な魔法使いだった桜子先輩は、魔法使い同士の付き合いが嫌だったらしい。「らしい」というのは桜子先輩と一緒にいるようになって、ちょっとずつわかるようになってきたからだ。

 実のところ先輩は、サークルの人たちやOBやOGから、魔力を高めるための方法を教えてもらいたかったのだけど、思いのほか為になる情報が少なくて残念がっていた。

 それはわからなくもない。大学生になった魔法使い見習いたちが一番最初に学ぶことは、魔法使いは実業家とか政治家みたいな金払いの良いパトロンをつかまえることが重要、という現実だ。キャバ嬢やホストとあんまり変わらない。

 桜子先輩はそういう付き合いもそつなくこなしていたように見えたけど、本心では魔法の研鑽に集中したかったらしく、別の道を探していたようだ。

 とはいえ、突然「動画投稿を始める」と言い出したときは驚いた。いや、正確に言うと最初に動画投稿を始めたのは田中先輩で(この人もちょっと変わっていた)、桜子先輩は田中先輩の動画を見て、自分もやろうと思ったらしい。

 そのせいで田中先輩は色んな人から、「おまえのせいで南雲まで道を踏み外した」と怒られていた。南雲先輩自身はあんまり非難されなかったので、ちょっと理不尽だったと思う。

 動画を始めるにあたって桜子先輩は、


「綾乃にも手伝って欲しいのだけど」


 とわたしに声をかけてくれたので、反射的に、


「はい、わかりました!」


 と返事をしてしまった。パブロフの犬のようなものだ。尊敬する先輩にノーとは言えない。

 動画投稿を始めたのは、魔法のすごさを世間に広めるという目的のためと、ある程度お金が稼げて、時間を自由に使えるからだと桜子先輩は言っていた。従来の魔法使いみたいになると、人付き合いに縛られた生活をせざるを得なくなって、案外自由は利かない。顔と腕が良ければなおさらだ。

 まあ、そういった事情はある程度理解していたんだけど、わたしは先輩の手伝いを始めてしまった。しまった。そう、しまったのだ。これが人生を変えるなんて全然理解できてなくて、本当に軽い気持ちで引き受けてしまった。

 先輩には既に協力してくれる人を集めていて、動画撮影はプロの映像クリエイターにお願いしていたし、ちゃんとしたスタジオも借りていた。そこらのユーチューバ―とはお金のかかり方が違う。

 これはOB・OGの手伝いをする中で、先輩が築き上げた人脈らしい。その辺の抜け目の無さはさすがだった。わたしが手伝うのは同性として、同じ魔法使いとしてのサポート。スケジュール管理とかSNSの運営とか、ほとんどマネージャーみたいな感じだった。


「綾乃はそういうのが上手そうだから」


 そう先輩に微笑まれたら悪い気はしない。それに普通にアルバイトするより、よっぽど高いお金が貰えた。

 しかも、先輩の収入が上がっていくにつれて、そのお金はどんどん増えていって、先輩が卒業する頃には普通に就職するよりもお給料が良くなってしまった。わたしは三年生で大学の単位を取り終えてしまったので、四年生の頃にはほぼ先輩の仕事の手伝いしかしていなかった。


「綾乃には卒業後も手伝ってもらえると嬉しいのだけれど」


 なんて言われて、その気になって就職活動はしなかった。別に後悔はしていない。誰かを支えることを仕事にするのもありだと思えたからだ。やっぱりわたしには魔法使いは向いてなかったのかもしれない。

それに先輩がテレビとかに出演するようになると収入が凄いことになってきて、わたしの在学中に税金対策に個人事務所を作って法人化した。先輩が社長で、わたしが役員。ふたりだけの小さな会社。でも何かそれがとても嬉しかった。

 時折、わたしも手伝いとして動画やSNSに顔を出すことがあって、そのたびに「あの子、だれ?」とか「俺は彼女のほうが好みかも!」なんて騒がれたこともある。もちろん悪い気はしないけど勘違いはしない。

 可愛いもひとつの魔法だ。SNSではちょっと可愛いだけで一瞬持て囃されたりするけど、芸能界には化け物みたいな『可愛い』がいっぱいいる。まるで化生のように可愛い人たちが。わたしにはああいう人たちを相手に戦っていける自信はない。桜子先輩のように独自の雰囲気を纏う──演出することで、戦っていくことが可能なんだと思う。

 

──


 大学にいたときも、卒業した後も、桜子先輩はできる限り魔法に時間を使っていた。

 どんなに忙しくても夜は9時に寝て、朝は5時起き。食べ物は野菜と果物オンリー。大学の授業や動画撮影といったどうしても必要な時間以外は、すべて魔法の鍛錬に当てていた。現代の女子大生からしてみると、まるで仙人のような人である。わたしには真似できない。

 例えば桜子先輩がよく行われる修行として座禅があるのだけれど、これが結構大変で、大抵の魔法使いは1時間も持たない。普通の人でも座禅は30分くらいが限界みたいで、これを魔力を漲らせながら続けるのは難しいのだ。わたしは何とか1時間できる程度。

 でも桜子先輩は時間の許す限り、座禅をし続けることができる。多分、ギネスに申請すれば記録に認定されるくらい。

 わたしはそんな修行風景も動画にするように提案した。


「こういう裏側は魔法使いとして見せない方が良いと思うけど」


 桜子先輩はそう難色を示したけど、


「いえ、こういうところも見せていくべきです。これくらい頑張らないと魔法はできないことを示すことは、魔法使いの凄さにもつながります。それに最近は裏側を見せるのもトレンドなんですよ」


 と言って押し切った。

 それで座禅している様子をライブ動画にしたことがあったけど、あまりの長さに「寝てるんじゃないのか?」とか「動画止めてない?」と書き込まれた。もちろん、そんなことはしていないので、偽装していないことを証明するために、わたしが無駄に背後に映って手を振ったりした。

 とはいえ、そんな時間が4時間以上も続いたのだから、さすがに動画は不評だった。「死んでいるようにしか見えない」「スイッチの切れたロボット」「もしかして人形?」と書き込まれた上に、それを面白がって「南雲桜子はロボットだった?」みたいなネット記事にもされた。

 ただ、世界の魔法使いたちからは称賛を受けた。


「あの若さで、あれだけ深く内界に潜れる魔法使いはいない」と。


 究極的に言えば、魔法とは自分の内界──精神──を外界に発露させる技だ。自分と向かい合い続けることが、もっとも効果的な魔法の訓練となる。だから、自分の内界に潜る座禅は有効と言われているし、長く続けられるのは、それだけ魔力が強いという証明でもある。一般的に年齢に比例して魔力は強くなっていく傾向があるのだけれど、桜子先輩の若さであそこまで魔力が強い人は稀だ。普通の魔法使いよりも10年は先のレベルに到達している。

 ただどんなに魔法に精通しても、その時間が10秒を超えることは無い。一説には内界と外界を繋げる時間に限界があるとされているのだけれど、それが本当かどうかはわからない。証明する手立てがないからだ。

 魔法を10秒持続させるのはそれほど難しいことじゃないから、魔法使いなら誰でもすぐにできるようになる。問題となるのは出力のほうだ。魔法でよく火や水を出してみせるのは、それがイメージしやすいからなんだけど、逆に言えばイメージしにくいものは難しい。例えば傷口を塞いで切り傷を治すことはできるけど、風邪を治したりすることはできない。それは風邪がどんなものかわからないから治しようがないのだ。喉の痛みとか咳とか発熱を抑えるくらいならできなくはないけど、それも十秒間だけなので、医者に行った方が絶対に良い。

 もちろん、風邪をどうすれば治せるか具体的なイメージを持って、10秒間でそれができる強い魔力を持っていれば、完治させることも可能なのかもしれない。だけど、そんな魔法を習得するのにすごく時間がかかるし、新たに自分で呪文を作る必要だってある。

 そもそも、呪文を唱えるのと、呪文を作るのとでは別の才能が必要なのだ。歌を歌う才能と歌詞を作る才能が別なのと似ている。長い呪文を退屈させずに相手に聞かせるためには、旋律をつけなきゃいけないから作曲もいるかもしれない。

 だから、新しい魔法を作るのは結構大変なのだ。今わたしたちが使っている魔法は過去の偉大な魔法使いたちが作り出したもの。そういう意味では、やっぱり音楽のクラッシックに似ているのかもしれない。今でもベートーヴェンやモーツァルトの曲が愛されているように。

 そして、魔法の本の最後に記されている魔法は、いつ作られたかすらわからない古いものだ。すべての魔法使いはその魔法を目指している……いや、敢えて目指さない人のほうが多いかもしれない。わたしもそこまで強く使えるようになりたいとは思っていない。あの魔法はパンドラの箱に似ている。すべてを失う代わりに、たったひとつの小さな希望を叶えるのだから。

 桜子先輩はその小さな希望を叶えたくて、ずっと頑張っている。

 わたしは……もちろん応援しているのだけれど、ほのかに嫉妬も覚えていた。

 わたしだって魔法使いとして、そこまでの願望を持てるほどの情熱を持ちたかったから。そして、あんな風に桜子先輩に想われたかったから。

 でも、その嫉妬も相手がいなければ、ぶつける先もなかった。

 だから、修行の風景も動画にしたのだ。せめて、先輩がどんな努力を積み重ねてきたのか知ってもらうために。

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わたしの友達だったら、きっとこんな風に助けると思ったから 胸が苦しくなったわ
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