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最後の魔法  作者: 駄犬
14/28

13 凛1

 付属大学に進んだ私は、あまり桜子と連絡を取らなくなった。

 まったく、ってわけじゃないけど、大学が違うとどうしても頻度は下がる。

 ちなみにわたしの大学の最寄りの駅は、今度こそ正真正銘の渋谷駅なので、なかなかに騒がしい環境となった。まあ、渋谷と言ってもスクランブル交差点のあるハチ公前とは逆側なので、通学に支障が出るほど人通りが多いわけではないけど。

 そして、大学に入って早々にお母さんから言われたことは、「学業に励みなさい」なんてありがたいお言葉ではなく、


「お小遣いはバイトして稼いで」


 という実に現実的な話だった。大学にお金がかかっているのだから、自分で使うお金は自分で何とかしろというわけだ。

 てっきり大学生になってもお小遣いは貰えると思っていたので、当てが外れてしまった。わたしが甘ったれていただけかもしれないけど。

 お母さんがその話をしてたとき、お父さんは何か言いたそうにしていた。ひょっとしたら、お父さんはお小遣いをくれるつもりだったのかもしれないけど、陰でこっそり貰ったりしたら、それは両親の間に亀裂を生む可能性もあるので止めておいた(いや、普通に親の仲は良いんだけどさ)。ということで、大学進学早々にバイトを探すことになった。

 渋谷なら色んなお店があってバイトは選びたい放題だけど、働いた後にりんかい線に乗って、京葉線に乗り換えて帰るのは億劫でしかない。それに、大学のない休日にわざわざ渋谷へ行くのも面倒くさい。なので、働く先は地元の新浦安駅周辺で探すことにした。

 渋谷にはさすがにかなわないけど、新浦安だってなかなかのものだ。ショッパーズプラザにMONAにアトレといった商業施設があるから、選択肢は多い方だと思う。

 手持ちのお小遣いが尽きる前にと、早速大学の帰りに中をうろうろして、バイト募集の張り紙を探した。大学に入ったお祝いに買ってもらったスマホで探しても良かったのだけれど、ネットだけで働き先を決めるというのはちょっと躊躇いがある。

 その結果、ショッパーズプラザの入り口にあるハンバーガーショップの張り紙が目に入った。

 ここが良い、と直感的に思った。理由をつけるなら、MONAにマクドナルドがあるから、このマイナーなハンバーガーショップはお客さんが少なそうな気がしたからだ。働くなら楽なほうが良いに決まっている。

 さすがにいきなり店の人に声をかけるわけもなく、張り紙に書いてあった電話番号をスマホに打ち込んで、家に帰ってから連絡を入れた。すると、明日面接に来てくれとのこと。大学卒業で辞めた人が多くて、すぐに人が欲しいみたいだった。

 お店の忙しい時間が過ぎた昼下がり、お父さんと同じくらいの歳の店長さんと客席で向かい合った。


「何でうちのバイトをやろうとしたの?」


 と聞かれて、


「ここのハンバーガーが好きだからです」


 とにこやかに答える。別に嘘じゃない。ハンバーガーなら大抵のものは好きだ。ただ、圧倒的に食べている回数が多いのはマクドナルドだけど。

 それであっさり採用が決まって、次の週からシフトに入ることになった。

 時間帯は大学の4限が終わってからでも間に合う18時からで、終わりは終業した後の22時まで。週に3・4回ほど。

 仕事は主にレジ打ちで、「いらっしゃいませ!」と笑顔でお客さんを迎えて、注文を聞いて、ドリンクを用意して、キッチンが忙しかったらポテトも用意。暇なときはトレーを拭いたり、客席のテーブルを拭いたりする。

 思ったより仕事は簡単で、すぐに慣れることができた。ただ、キッチンの男の人たちは結構大変そうで、洗い物とかゴミ出しとか揚げ物の油を変えたりとか、ファーストフードのイメージとは違って、意外と重労働だ。


「いや、マジで大変だよ、志波ちゃん。ゴミなんて重いし臭いし、オーブンで火傷したこともあるし、洗い物をした後の手なんて酷いもんだよ、ほら」


 そう言って、男のバイトの人が差し出した手は白くて皺くちゃになっていた。業務用の巨大な食洗器はあるんだけど、こびりついた汚れは手で擦らないと落ちないらしい。

 わたしもお母さんの手伝いで洗い物をすることはあるけど、こんな妖怪みたいな手になったことはない。同じバイトでも、こうも差があるものかと驚いた。

 アルバイトの人たちはほとんどが大学生で、歳も同じか少し上くらい。出身の中学校は大体一緒だった。中学校の同学年の人なんて、ほとんど知っているような気でいたけど、こんな人たちがいただなんて全然知らなくて、意外と自分の世界が狭かったことに驚いた。

 レジ打ちで隣り合わせになった同い歳の三田さんにそう言うと、


「いや、わたしは志波さんのことを知っていたよ? 多分、同じ中学の同学年の人なら、みんな覚えているんじゃない?」


 と笑われた。


「え? 何で?」


 わたしは知らないけど、みんなが知っているなんてことがあるんだろうか?


「いや、ちょー目立ってたし。わたしなんて普通だったけど、志波さんは球技大会とかで活躍してたでしょ? あと、南雲さんとも仲良かったし。あの人はもう芸能人レベルで目立ってたよね。なんかもう、オーラを放っていたっていうか。だって魔法使いだもん。そういえば、南雲さんは今どうしているの?」


「高校までは一緒だったんだけど、さすがに大学までは一緒に行けなかったよ。桜子、頭良かったからさ」


「え? そうなの?」


 三田さんは不思議そうな顔をした。


「そうだよ? 何か変?」


「いや、どっちかっていうと、南雲さんが志波さんのことを頼りにしていたように見えたからさ。わたしは遠くから見ていただけだけど、その、ふたりはそんなにベタベタしていたわけじゃないんだけど、何かこう通じ合っているように感じたから。羨ましい関係っていうか。そんな人たちでも離れちゃうんだなーと思って」


「そりゃ、ずっと一緒ってわけにはいかないよ」


 わたしは思わず苦笑いした。人生を決める大事な進路を、仲の良さで決めたりはしないだろう。


「うーん、そんなものかもねー」


 三田さんは人差し指を口に当てて、残念そうな表情を浮かべた。

 その可愛らしい仕草を見て、わたしは複雑な気持ちになった。そりゃ、桜子と同じ大学に行けるならものなら行きたかったよ、と。


 わたしの大学生活は楽しいものだった。真面目に授業に出ていれば大抵の単位は取れたから勉強にそんなに苦労はなくて、何となく入ったバスケサークルも緩い感じで楽しかったし、バイト先でも仲良くやれていた。

 ただ、サークルでもバイト先でも、男女のドロドロとした関係が渦巻いていて、「誰かが付き合った、別れた」なんて話は日常茶飯事。

 高校時代からそういうのはちょっとあったけれど、大学生になった途端にウォーキング・デッドのゾンビみたいに彼氏・彼女が爆発的に増えた。わたしはそういうのは苦手で、ちょっと距離を置いていて、告白されそうな雰囲気を察すると、適当に誤魔化して逃げた。


 桜子はすぐそこのマンションに住んでいるはずなのに、顔を合わせる少なかった機会があんまりなくなった。近くにいるはずなのに、遠く離れているような感じ。

 正直、寂しいけど、大学生活もそれなりに忙しかったし、覚えたてのLINEで時折メッセージのやり取りはしていた。

 ところがそんな桜子の姿を、また毎日のように見るようになる。

 桜子が突然ユーチューバーになったのだ。


──


 まったく話を聞かされていなかったから、初めに見たときはビックリした。

 あの桜子がYouTubeのサムネにドアップで出ていたのだから。しかもSNSで話題になっていて、あっという間に拡散されていた。それも、いわゆるウケ狙いのユーチューバーらしいヤツじゃなくて、とても洗練された動画だった。

 花びらが舞い散る桜の木の下で、着物姿の桜子が歌うように舞うように呪文を詠唱し、最後にピンク色の炎が美しくクローズアップされて終わる様は、アーティストのMVのようだった。高校生のときよりも更に洗練されていて、火も一回りは大きくなっている。それは桜子が積んできた研鑽を感じさせた。

 綺麗だ。わたしはこういう魔法が見たかったんだ。

 役に立つとか立たないとかじゃなくて、ただただ凄いって思えるものを。

 それはわたしと桜子が中学校のときに話していた魔法の姿で、いつかそんな風にできたら良い、とふたりで想像していたものだった。あの頃は難しいと思っていたけど、桜子は実現させたのだ。

 ただ、難しいと思っていた理由のひとつに、「魔法をあまり人に見せないほうが良い」という桜子のおばあちゃんの教えがあったんだけど、それは守らなくても良くなったんだろうか?

 思わずわたしはLINEを送った。


『桜子の動画見たよ! とっても綺麗だった! でも良いの? 中学とか高校のときは魔法をあんま見せないようにしてたのに』


 すぐに既読になって、レスも来た。


『最初はわたしも今までの魔法使いみたいにやっていこうと思っていたんだけど、大学に入って、そういうのはわたしにあんまり向いてないと思ったの。だったら、動画とかで魔法使いの凄さを広めようかと思って。お金にもなりそうだったから』


『そうなんだ! でも、そのほうが良いよ! 桜子の魔法は本当に凄いんだから!』


 それに対して、ゆるキャラのクマがニッコリ笑っているスタンプが返ってきた。

 桜子が密かに気に入っているキャラクターである。キリッとしているように見えて、意外とかわいいものが好きなのだ。

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