12 田中2
ミス研にも他のサークルと同じように新歓コンパがあったんだけど、それは安い居酒屋ではなく、何とホテルの会場で行われた。名を成したOBやOGも集まっており、コンパというにはあまりに格式高い。聞けばその卒業生たちが会費のほとんどを出してくれているという。
「この場に卒業生として顔を出せるのも、成功した魔法使いの証なのさ」
菊池先輩に教えられて、魔法使いの世界も一般社会と大して変わらないのだと実感させられた。僕の想像していたミス研はもうちょっと秘密結社めいたものだったんだけど、そんなことは全然無くて結構世俗的だ。
慣れないスーツを着て、壇上で挨拶をしたところまでは緊張していたけれど、後はお酒が入ったことで、多少は肩の力を抜くことができた。よく観察してみると、本当のところは誰も新入生なんかに興味がなくて、魔法使い同士の情報交換の場になっている。
まだミス研の空気に慣れていなかった僕は、ここでようやく先輩方と色々話すことができた。主に喋ったのは菊池先輩と河野先輩。会長と副会長をしているだけあって、他の会員と比べると社交的で話しやすい。
ふたりによると、やっぱりミス研はわざと新入生を積極的に勧誘していなかったようだ。新入生はそれでもミス研にたどり着いてみせることで、会員となるための証を立てるんだとか。扉に貼ってあったポストイットは、「わたしだったら入れない」と思った河野先輩の、わずかながらの気遣いだったらしい。
じゃあ河野先輩が新入生のときはどうしていたかと聞くと、
「大学に合格した時点で、知り合いの伝手でミス研を紹介してもらったの」
とちょっと恥ずかしそうに言われた。要はコネだ。その河野先輩は新歓コンパにシックな黒いパンツドレスで来ていて、地味な男にもてそうな可愛らしさを見せている。
「魔法使いとして生きていくためには、何でも使わなければいけないんだよ。親のコネでも容姿でもネットの情報でも何でもだ。もちろん、自分で努力することも含まれるが、今年の新入生で本当に自力で部室を探してきたのは田中君だけだったんだよ。そして君が一番たどり着くのが遅かったというわけさ」
菊池先輩は僕の不器用さを憐れむように口元で笑った。こっちは黒のスーツをしっかり着こなしていて、まったく学生に見えず、ほぼOBと同化している。
「でも、僕が来ることは、あらかじめ知っていたんですよね?」
菊池先輩の意地の悪さに、僕が口を尖らすと、
「魔法使いの世界は狭いからね。どこの家の誰が受験して、誰が受かって、誰が落ちたかなんて、ある程度は勝手に耳に入ってくるものさ」
と軽く受け流された。魔法使いの世界は、個人情報もクソもない酷くクローズドな場所のようだ。僕の両親は魔法から離れていたはずだけど、親戚の誰かから情報が漏れていたのかもしれない。
「でも、そういうハッタリが魔法使いには求められるのさ。魔法を使わずとも、魔法を使ったと思わせることが重要でね。事前に君の名を知っていたことだって、『魔法で予知していた』と言ってしまえば、知らない人は納得してしまうかもしれない。そして、そういう積み重ねが魔法使いの神秘性を高めるものなのさ。例え魔法自体は大したことがなくてもね」
「何か詐欺師みたいですね」
ほとんど独学で本から魔法を学んできた僕には、菊池先輩の言っていることが不純なことのように思えた。
「詐術も舞台装置のひとつだよ」
挑発的な僕の言葉にも菊池先輩は動じなかった。
「魔法使いの中には手品のトリックを取り入れている人もいる。歴史に名高い大魔法使いだって、集団催眠を使っていたんじゃないかって話だ。魔法は綺麗ごとじゃないんだよ。我々はそういう世界で生きようとしているんだ」
「じゃあ、この大学のミス研出身の肩書きもその舞台装置のひとつですか? 魔法がちゃんと使えれば、ここに所属してなくったって良さそうなものなのに」
自分もその一員となったにもかかわらず、ついそんな言葉が出てしまった。会場の浮ついた雰囲気に反発してしまったのかもしれない。
「もちろん肩書きは重要だよ。人間はそういうものさ。じゃなきゃ、あんなにテレビで『東大出身の何々』とか言われるはずがないだろう? 肩書きがその人間の印象を作り出すのさ。あと、ミス研出身というのは、自分たちの選民意識みたいなものを満たす意味合いもある。魔法使いであることで自分は特別であると思い、その中でもミス研出身であることで、さらに特別であろうとする。人は平等を唱えていても、自分だけが特別であることを求め続けているのさ」
「じゃあ、東大でミス研を作ったら良かったじゃないですか。文句無しの大学ブランドですし」
選民意識を満たすなら、東大が頂点になることは間違いない。
「あの大学にも似たようなサークルはあったみたいだけど、出身者の数が少なくて派閥を形成できなかったんだよ。学力だけが優れていれば良いってものじゃない。それに本来魔法なんて邪道なものだからね。何事も程度ってものがあるのさ」
菊池先輩は皮肉っぽく口を歪めた。
「でも、学力はほどほどで良いけど、容姿が良いに越したことはない。ほら、彼女のようにね」
先輩の目線の先には、僕と同じ新入生である南雲桜子の姿があった。美人というより、中性的で凛々しい。けれど、そうした容姿が余計に人目を惹いている。僕が一目見て心を奪われた女性でもあった。恋をしたとかそういう生々しい感情ではなくて、もっと硬質な好意。高校の先輩である黒崎さんからミス研のことを教えられ、入学する前にはもうあの会室の一員になっていた、いわばエリートだ。
彼女はこの場に着物姿で来ていた。銀のような光沢を放つ白い着物。それは南雲さんの黒髪によく映えていて、その美しさに引き寄せられるように彼女の周囲には人だかりができている。誰も寄ってこない僕とは大違いだ。
「もって生まれた才能ってヤツですかね」
僕には形ばかりの挨拶をしていた人たちが、彼女からはひとつでも多くの言葉を引き出そうと躍起になっている。もし、僕があの人たちの立場でも、同じことをしていたかもしれない。
「そうだね。でも南雲さんは誰よりも魔法に真摯だよ。日々の修行は欠かしていないらしい。彼女は決してアルコールを飲まないし、それなりに高い料理が並んでいるのに、果物くらいしか口にしていない。徹底して魔法使いとあろうとしている。例えそれが魔法にとって本当に有効なのかどうかわからなくてもね」
菊池先輩の口調は少し冷めたものだった。あいつはノリが悪い、とでも言いたげな。
アルコールが身体に良くないとはよく言われていることだけど、魔法にも良い影響を及ぼさないと、はるか昔からまことしやかに伝えられている。食べ物も肉類は避けたほうが良いとも。ただ、それが本当であるかどうかは検証されていない。多分今後もする人はいないだろう。現代において魔法は解体されてしまっているというけれど、それでも魔法は神秘に属するものだからだ。
とはいえ、今の魔法使いのほとんどは、この会場の人たちと同様に酒を飲んで肉を食べている。魔法の効力が多少落ちたところで問題無いと思っているからだろう。最低限使えればそれで良いと。ちょっと魔法の時間が伸びたところでたかが知れているし、もともと小さな魔力の火が、さらに小さくなったところで誰も気が付かないのかもしれない。
僕だってまだ未成年なのに、勧められるがままにビールを口にしてしまっている。何だかんだといって、そこまで意識は高くない。
けれど、南雲さんだけは日々研鑽を積んで高みを目指している。彼女には魔法に明確な目的があるからだろう。それは周りのみんなも承知している。
魔法使いは本来かくあるべきであり、それは眩しくて妬ましいものだった。
だから菊池先輩は苦々しく思っているのだろう、あの輝きを。
──
南雲さんと僕は同じサークル仲間ではあるけれど、それほど親しくはなかった。
話はするし、魔法に関して意見を交わしたりするけど、根っこのところが違ったからだ。そもそも彼女は世間一般の大学生とも違って、ストイックな生活を送っている。
夜は早くに帰宅して就寝し、朝は日が出る前に起きて魔法の修練に取り組んでいる。時間を一切無駄にすることなく学校では授業に集中し、サークルでは魔法に関する情報を集めている。少しでも自分のためになるものがないかどうかと貪欲に。
僕はそうはいかない。勉強は適度に要領よくこなし、サークルの先輩から紹介された割の良いバイトで小遣いを稼いで、仲の良い友達と飲みに行ったりもしている。
最初は魔法を頑張ろうかと思っていたけど、ミス研に入って現実を思い知らされたことで、ほどほどにできれば良いのだと考え方が変わった。きっと菊池先輩たちも同じ道を辿ったのだろう。みんな南雲さんのようにはなれない。
ところが、そんな僕と南雲さんが接点を持つことになる。
大学2年生になった頃、誰もがスマホを持つようになって、YouTubeの動画を見ることが当たり前になり、ユーチューバーという動画配信者がもてはやされるようになった。
彼らの動画を見て、僕は思ったわけだ。「魔法を動画コンテンツにしたらどうか」と。もちろん魔法の動画をアップしている人は既にいたけど、見せ方があまり良くないせいか、どれも再生回数は大したことがなかった。
だから、今参入すればいけそうな気がしたわけだ。
一応、サークルの先輩方にお伺いを立ててみたところ、
「良いんじゃない? もうやっている人もいるし」
と特に反対もなかった。
早速、僕は動画作成に乗り出すことにした。パソコンは元々持っていたし、撮影用のカメラも安いもので済んだ。最悪iPhoneでも代用はできる。
最初に作ったのは『魔法の火でバーベキューをしてみた』。
単純にバーベキューの火種を魔法で代用しようとしたもの。魔法の火は10秒間しか持たなくて、着火剤に上手く火がつかないし、火がついても魔法を唱えた後で疲れているから、上手く風を送って火を大きくすることができない。
悪戦苦闘した結果、炭に火がついた頃には、借りていた場所が時間切れになってしまって、具材は家で調理して食べるオチとなってしまった。
でも正直に言えば、こうなると予想していた。魔法の火はライターやチャッカマンと比べると使いづらい。ただ、人気のある動画の中には、上手くいかないところを視聴者が面白がる傾向があったので、受けを狙うならちょうど良いと思ったのだ。
撮影が終わったら動画の作成。パソコンをいじるのは好きだったから、動画ソフトの操作は苦も無く覚えられた。流行りのユーチューバーを真似て、インパクトのあるサムネイルを作るために『魔法の真の力を見せます!』と煽りを入れる。
後は適切な再生時間にトリミングして、テロップやBGMを入れていたら、作業に8時間もかかってしまった。
でも、こうして出来上がった動画はまずまずの出来で、ネットにアップすると1日で500回ほど再生された。最初にしては良い数字だと思う。
さらに『魔法で作った水の成分を調べてみた』とか、『雷の魔法で発電してみた』とか、『高いところから落ちたけど、風の魔法で何とかしてみた』などといった動画を1週間に1本の割合でアップし続けていくと、徐々に再生回数も伸びていって、3ヶ月ほどで1万再生されるようになってきた。
こうなると、サークルのメンバーからも認知されるようになり、気分は一端のユーチューバーである。ようやく自分の居場所を見つけた気分だった。
ところが、OBやOGら年嵩の魔法使いたちにも見つかってしまい、「秘儀を冒涜している」という抗議を受けてしまった。それに動画のネタもそういっぱいあるわけでもなくて、行き詰まりを見せていた。
(このまま続けても良いのかな?)
そう悩んでいた僕に、声をかけてきたのが南雲さんだったわけだ。
「わたしも動画を作ってみたい」と。
正直意外だった。南雲さんは魔法使いとして、まっとうに生きていくのだと思っていたから。
「あまりお勧めはできないよ? 上の人たちからの反応は良くないし」
「OBの人たちには上手く説明しておくわ。わたしはね、動画を通じて魔法の凄さを伝えたいのよ。今までのネガティブなイメージを払しょくしてね。それなら文句を言われる筋合いはないでしょう?」
そんなに上手くいくだろうか? 意識の高い動画ほど人目を惹かないというのに。
「あと、わたしは動画で稼いでみたいの。将来的にね」
その言葉に僕は目を剥いた。南雲さんは動画でお金を稼ごうとするような人には見えなかったからだ。
「儲かっているのは一部のユーチューバーだけだよ? 南雲さんなら将来魔法使いとして十分稼げると思うけど」
「専念すればそうかもしれない。でも、今まで通りの魔法使いとして生きていくには、魔法以外の部分にかなりの時間と労力を費やすことになるわ。それはこの大学に入ってよくわかった。でも、それだと魔法の研鑽に時間が使えなくなる。わたしの目的はあくまでも魔法だから。もし、動画がお金になるなら、比較的時間に自由が利くでしょう?」
「そんな簡単に収益化できるわけじゃ……」
と言いかけて、南雲さんの顔をまじまじと見てしまった。
この人目を惹く外見ならいけるかもしれない。コンテンツが一番重要ではあるけれど、添え物として見た目は良いに越したことはなかった。
色々考えた結果、僕もちょうどテコ入れが欲しかったところなので、動画に出演してもらうことを条件に、南雲さんに動画のノウハウを教えることとなった。