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最後の魔法  作者: 駄犬
12/28

11 田中1

 僕が大学に進学した理由は、極めて俗っぽいものだった。

「魔法使いになるなら、この学校に入ったほうが有利」だったからだ。

 別に大学として魔法に取り組んでいるわけではない。この学校に集う魔法使いの卵たちが形成しているグループに価値があった。

 魔法使いは孤高である、と思われがちだが(実際、高校までのクラスメイトたちは、僕のことをそう思っていた節がある)、どんな職業でも、ひとりでやっていくのは難しい。例え才能があったって。

 魔法を生業にするにしても、ネットとかで自分で仕事を探すよりかは、最初は人から斡旋してもらったほうが色々安心できる(魔法の性質上、最悪、犯罪に巻き込まれかねない)。縦横の結びつきというのは意外と重要なのだ。

 そこで言うと、この大学のミステリー研究会、通称、ミス研は魔法使いの名門と言われている。大学ではなく、サークルがだ。学外からの参加は認められていないから、サークルに入るためには大学に合格する必要があるのだけれど。

 ミステリーというと推理小説を想像するかもしれないが、このサークルでは神秘のほうを意味していた。一応、表向きは推理小説好きが集まって活動する会となっているが、それはカモフラージュであり、実際は魔法使いを目指す者たちの集まりである。これはサークルの創立した時期が、ちょうど魔法使いに対する風当たりが強かったときで、大学側から睨まれないようにするための苦肉の策であったという話だ。

 ただ、偽装のために読んでいたミステリー小説にハマり、そのまま本当に推理小説家や評論家、翻訳者などになった人たちもいるようなので、まったくの嘘というわけでもない。何だかややこしい。

 ミス研はOB・OGに数多の有名魔法使いを輩出し、同期はもちろん、先輩との結びつきも強く、政財界にも深く入り込んでいる。魔法は大したことができないと言われているが、それでもその力に頼ろうとしている人は思いのほか多いわけだ。「人事尽くして天命を待つ」というけれど、財を成した人ほど、その天命──運の部分を魔法でどうにかできないかと期待しているらしい。

 ミス研のことは魔法使いの間では有名で、おかげで魔法使いを目指す者たちは「魔法の研鑽を積むよりも、まずは一生懸命受験勉強をして、この大学を目指さなければならない」と言われているほどだ。

 魔法ができても勉強ができないと、魔法使いとして不利になるなんて妙な話ではある。

 僕は勉強が苦手ではなかったので、その辺の苦労はなかったのだけど、あまり釈然とはしなかった。魔法使いなら魔法で勝負するべきだと思うから。

 とは言っても、結局は自分も無難な選択をしているのだけど。


 大学に入学したての4月は新入生を狙ったサークルの勧誘活動が活発で、校門の前ではばら撒くようにビラが配られていた。馴れ馴れしく声をかけてくるのは飲み会専門のサークル、通称飲みサーが多い。昔この手のサークルが女の子を泥酔させて暴行して、事件にもなったことがあり、小学生の頃にニュースで話題になって社会問題にまで発展していたことを覚えている。

 もちろん、今勧誘しているサークルはその事件とは無関係なのだろうけど、まだこんなに堂々と活動しているのかと驚いた。他にもテニスがやたらと多いスポーツ系や、ちょっとオタクっぽい文化系など、様々なサークルが勧誘活動に勤しんでいる。校内の掲示板にも所狭しとサークル紹介のポスターが張りつけられてあった。

 そんな中、ミス研はまったくと言っていいほど勧誘活動をしていない。探してみたけれど、ビラ配りなんてしていなかったし、ポスターも貼っていなかった。まあ、魔法の使えない一般の学生になど用はないだろうから当然だろう。ただ、部室の場所がわからないのは困ったものだった。

 今時サークルの活動場所などネットとかにアップされていそうなものだけど、ミス研に関してはまったく情報がない。試しにスマホで検索してみると、卒業生に有名人が多いせいかウィキにはまとめられていた。けれど、魔法についての記載は一切無くて、歴史ある文芸サークルという扱いになっている。部室の情報は当然無かった。

 仕方なしに、僕は大学から徒歩5分ほど離れた場所にある別棟へと向かった。別棟は緑色の三角屋根をした結構大きな建物で、教室と食堂の他にサークルの会室などが中に入っている。エントランスは歴史のあるホテルのロビーみたいな吹き抜けになっていて、昼間にやっている古めのドラマに出てきそうな感じだった。こういうのを昭和の遺物っていうのかな?

 入り口の案内板には教室と食堂の場所は載っていたけど、サークルの会室に関する情報は一切ない。


(まさか、会室が無いなんてことはないよな?)


 一抹の不安がよぎったが、とりあえずは探すしかない。僕はため息交じりに階段を上がっていった。

 するとこの建物、一階と二階は明るくて清潔感があるのだけれど、サークルの会室がひしめく三階から上になると、薄暗くて妙にじめっとした雰囲気に切り替わった。何というか、大学8年生とかが生活していそうな退廃的な臭いがする。

 実際、すれ違う人たちも、妙にくたびれて駄目な感じがした。正直あんまり長居したいところではない。

 一応、各部屋のドアにはそのサークルとか部活のプレートがかけてあったので、一部屋一部屋調べていく。

 僕の目的の場所は4階の廊下の突き当り、言うなれば退廃した文化の奥底にあった。『ミステリー研究会』と刻まれた、ちょっと年季の入ったプレートがドアに付いていて、その隣に「新入生歓迎」と申し訳程度にポストイットが貼ってあった。

 校門で派手にサークル勧誘をしていた先輩方とはえらい違いだ。歓迎する気持ちもこの紙切れ程度しかないのだろう。

 大学生になりたての新入生にとって、この排他的なドアを開けるのは少なからず勇気が必要だったけど、入らないわけにはいかなかった。この大学に入学した理由の9割を失うことになる。

 思い切ってドアを開けて中をのぞくと、僕の家のリビング程度の広さの部屋にテーブルと椅子が置いてあって、8人の男女が座っていた。

 けれど、部屋は静まり返っていて、せっかくの新入会員候補を歓迎しているという雰囲気ではなく、間違えて別のクラスに入ってしまったときのような気まずさを感じさせる。

 けれど僕は、本に視線を落として微動だにしない長く綺麗な黒髪の女性のことを見入っていた。単純に美しいというわけではなく、その雰囲気は明らかに異彩を放っていて、確かに彼女は魔法使いだったのだ。


「ひょっとして新入生かな?」


 そんな中、眼鏡をかけた男性が椅子から立ち上がった。ネイビーのジャケットにグレーのパンツ。シュッとしていて、いかにもできそうな佇まい。学生というよりは、IT関係の若い起業家を思わせた。


「はい。政経学部に入学しました」


 僕は胸を張って答えた。政経学部はこの大学における一番難しい学部で、私立の文系の中でも最難関と言われている。僕が密かに自慢に思っていることだ。


「政経か。優秀だね」


 眼鏡の男性はまったく気持ちの籠っていない声で応じた。やはり、ここでは学部カーストなんて関係ないらしい。気持ちが沈む。


「で、君の目的はミステリーを読むこと? それとも……」


「魔法です。魔法使いを目指しています」


「だろうね」


 大した驚きもなく、眼鏡の男性は苦笑いした。


「僕は菊池。このサークルの会長をやっている。こっちは副会長の河野だ」


 菊池と名乗った先輩は、隣に座っていた女性を紹介した。ふたりはこのサークルの会長と副会長らしい。

 河野さんのほうは「よろしく」と言って、立ち上がることなく軽く微笑んで会釈した。眼鏡をかけた大人しそうな女性で、魔法使いらしく顔は悪くない。地味な服装だけどちゃんとしていて、丸の内でOLをやっていそうな感じだった。


「ちなみに僕の趣味はミステリー小説を読むことだ。ここはミス研だからね」


 両手を軽く開いて、菊池先輩が冗談のように言った。ひょっとして笑うところだったのかと反応に迷っていると、滑った芸人のような悲しい顔をされてしまった。


「とりあえず、君の魔法を見せてもらえるかな? 入会の儀式のようなものだ。興味本位の一般人を入れるわけにはいかないからね」


 それはそうだろうと、ショルダーバッグを床に下ろし、深呼吸をして精神を落ち着かせてから、呪文の詠唱を始める。

 すると、突然部屋の緊張感が高まった。

 僕の魔法のせいではない。今まで僕にまったく関心を持っていなかった残りの6人がいつの間にか本を閉じ、こちらに目を向け、耳をそばだてている。

 呪文の一語一句を聞き逃すまいと、身振り手振りを見逃すまいと。まるで何かのオーディションを受けているような気分だった。ここはブリテンズ・ゴット・タレントの予選会場か? 第二のスーザン・ボイルでも探している?

 ちょっとやりにくかったけど、いつも練習しているように集中した。僕の呪文の詠唱スタイルは今流行りの韓流グループの振り付けを取り入れたもので、身体の動きにメリハリをつけて、見ている人たちを飽きさせないように工夫している。

 5分の詠唱時間、それは短いようで長い時間だ。この時間をいかに使うかが魔法使いの腕が問われる。具現化させる魔法は二の次かもしれない。

 僕は最後に決めポーズを取って、同時に手のひらの上に緑色の炎を灯した。

 オーディエンスの反応はというと、眉間に皺を寄せたり、感心したように頷いていたり、エア拍手をしていたりと様々だ。ただ、何となく僕に対する態度が和らいだように思えた。


「OK。合格だよ、田中君。君は確かに魔法使いだ。ミステリー研究会にようこそ」


 菊池先輩は少しだけ表情を和らげると手を差し出した。

 何とか認めてもらったことにホッとした僕は、その手を取って握手を交わした後に、ひとつ質問をした。


「何で僕が田中だって知っているんですか?」


 僕はこの部屋に来て、まだ名乗ってはいない。


「我々は魔法使いだからね。当然だろ?」


 菊池先輩は片目をつぶって、はぐらかした。

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