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最後の魔法  作者: 駄犬
11/28

10 凛

 わたしたちが2年生になると桜子と黒崎先輩は「魔法使いの師弟関係にある」と囁かれ、校内で有名になっていった。それも無理はない。黒崎先輩は派手さはないけれど顔立ちの整った美人だし、高校生になった桜子も表情のきつさが和らいできたせいか、大分人目を惹くようになってきていた。

 あのふたりの立ち振る舞いは高校生とは思えないほど綺麗なもので、容易に話しかけて良い人ではないとみんなに思われていた。学校の成績も申し分なくて、先生たちからも特別扱いされ始めている。

 もちろん、わたしは桜子に対しては普通に接していたのだけれど、そうすると今度はわたしが「空気の読めない人間」のように周囲に思われた。高校生だから変なことはされなかったけど、中学校までとは違う空気を感じていた。

 そうなると、わたしも人付き合いは良い方だったから、クラスや部活で友達はできたし、どうしても桜子とは距離ができていった。

 その一方で、


「志波さんって、南雲さんと仲が良いの?」


 と聞かれることも多くなった。

 ここで「仲良いよ」と答えると、「じゃあ、今度紹介してよ」という流れになる。それは正直面倒くさい。だから、


「同じ地元で、小学校と中学校も同じだったの」


 と話すのに留めていた。「親友だよ」と言って自慢したい気持ちもあったけど、魔法に集中している桜子の邪魔になるようなことはしたくなかった。

 でも、「そう言っていることが桜子の耳に入ったらどうしよう?」という複雑な気持ちもあった。気を悪くするんじゃないかとか、もやもやとしてしまった。


 勉強のほうはさすがにレベルが高くなっていて、なかなか苦労していた。

中学のときは勉強を教えてくれたお父さんは、


「いやもう、さすがに高校レベルになると教えるのが難しいよ」


 と言って、またゲームの世界に戻っていったのだ。とあるオンラインゲームが世界的に大ブームになっていたから、ではないと思う、多分。

 どちらにしろ中学で3年間も勉強を教えてくれたのだから、後はわたしが何とかするしかない。この高校では付属の大学に行くつもりの人は予備校に通わず、受験する気のある人は予備校に通うというふたつのパターンに分かれていて、勉強のできる人は大抵予備校組だった。

 わたしはどちらとも決めかねていたけど、予備校には通わないと決めていた。公立校だったら通っていたかもしれないけど、私立に行った分、余計にお金がかかっているのだから、もったいないと思ったからだ。お母さんは「そんなの気にしないで行けば良いのに」と言い、お父さんは何も言わなかった。

 もちろん、わたしが勉強ばかりしていたのかと言われれば、そんなわけもなく、電車で学校に通うようになったこともあって、中学のときとは格段に広がった自由を楽しんでいた。部活の帰りに友達とマクドナルドでハンバーガーを食べたり、スタバで甘いものを飲んだり、そんなに高いものを買えるわけじゃないけどショッピングに行ってみたりしていた。

 あと、桜子と疎遠になった隙を埋めるわけではないのだけれど、高校で一番仲良くなったのは古賀玲という子だった。他にもたくさん仲良くなった子はいたけど、玲はあまりあれこれ詮索してこないようなさっぱりした性格で、わたしとしては一番付き合いやすい友人だった。

 玲は予備校には通っていなかったのだけど、この学校の偏差値からしては妙に頭が良い子だった。不思議に思ったわたしが、


「何でこの学校に来たの?」


 と聞くと、


「家から通いやすかったから」


 と平然と答えた。普通は自分の学力に見合った高校を受験して入っているから、珍しい高校の選び方だったと思う。彼女の家は東京にあって、この学校には電車で一本で来ることができるらしい。

 玲には少し変わった趣味があって、マンガが好きで、自分でもマンガを描いていた。見せてもらったことがあるけれど、結構上手くてマンガ雑誌の佳作を取ったこともあるらしい。


「デビューはできてないけどね」


 いつもクールな玲が、ちょっと恥ずかしそうに言っていたのが印象的だった。多分、彼女はマンガに本気なのだろう。

 当然絵を描くのが上手いのだけど、何故かそういう文化系の部活ではなく、わたしと同じバスケ部に所属していた(これもわたしと仲良くなった理由だけど)。

 玲がバスケを始めたのは好きなマンガの影響らしい。彼女は運動ができたわけではないけれど、いつも全力で部活を楽しんでいた。授業では勉強、部活ではバスケ、家ではマンガ。玲は時間の使い方が単純明快だった。

 彼女は周囲から変わり者だと思われていたけど、実は玲がまともで、わたしたちが変なんじゃないかと思うこともある。小学校の頃はシンプルに生きていたはずなのに、段々とややこしい生き方をするようになってきたんじゃないかと。


 部活帰りのマクドナルド。玲はわたしと桜子が仲が良いことを知ると、


「いいよね、桜子さん。キャラが立っていて。マンガのモデルにできそう。わたしも一度魔法を見てみたいな」


 とポテトを齧りながら言った。


「でも、魔法って結構地味だよ。そんなマンガにできるようなものじゃないかも」


 そう口にしてから、わたしは慌てて付け足した。


「いや、魔法を馬鹿にしているわけじゃなくて、確かに凄いんだけど、派手さはないというか……」


「それはわかってるわ」


 玲は笑って、つまんでいたポテトを軽く振った。


「どかーん、ばしーん、みたいな派手な擬音のついた少年マンガのようなことにはならないってことでしょ?」


 さすが玲だ。こちらの言いたいことをすぐに理解してくれる。


「わたしが描きたいのはそういうのじゃなくて、もっと地道な努力もののストーリーなのよ。青年向けっていうか、人間的に成長していくタイプの物語をしっとり作ってみたいの。別に少年ジャンプに連載したいってわけじゃないしね。──いや、もちろんできたらしたいけど、ネットも発達してきてマンガも発表場所が増えてくると思うし」


「ネットにマンガを載せるの?」


 アマゾンが電子書籍を始めたのは知っていたけど、今のところネットでマンガを読もうと思っている人は少ないはずだ。


「マンガだけじゃないわ。色んなものがネットを通して広まっていくと思う。魔法だってそのひとつになるかもしれない」


「そうかな?」


 わたしにはあまり想像がつかなかった。家にパソコンはあるけど、主にお父さんがゲームで使っていて、わたしは時々動画を見るくらいだ。


「そうなのよ。もちろん、マンガ雑誌でデビューできたほうが良いとは思うけど、せっかく描いたんだから、やっぱり人に読んでもらいたいし、感想も聞いてみたいじゃない? マンガって描くの凄い大変なのよ。わたしはパソコンを使っているから、かなり楽しているほうだけど、ちょっと前までベタ塗って、トーン貼って、間違えたら描き直してとかやっていたわけ。信じられないわよ。それだけの労力をかけて応募に落ちたら、もう誰にも読まれないなんて。酷い話だと思わない? でもネットにアップできれば誰かに読んでもらえるかもしれないから、救いがあるのよ」


 まくしたてた後に、玲はストローでジュースをすすった。


「魔法も同じで、せっかく使えるようになっても、披露するところが無ければもったいないじゃない? 絶対みんなに見てもらいたいはずよ。実際に動画に魔法を使っている様子をあげている魔法使いの人も少なくないし」


 魔法の動画はわたしも見たことがあった。

 5分間一生懸命呪文を唱えて魔法を使っている人や、呪文の詠唱はカットして魔法の部分だけを動画にしている人もいた。ただ、何と言うかすごくシンプルで見ていても面白くなくて、再生回数もそんなに多くなかった。


「うーん、動画の魔法ってありがたみがないのよね。ひどく大雑把に見えるというか。桜子が使っている魔法とは、ちょっと違う気がする」


 1分もかからずに食べ切ってしまったハンバーガーの包み紙を、わたしは何となく丸めた。玲の手元にはまだチキンタツタが残っている。わたしは既にセットのポテトも食べ尽くしていて、残るはドリンクだけだった。

 年頃の女の子としては、もう少しゆっくり食べるべきだったと反省はしている。でも、ひとつ言い訳させてもらえば、ハンバーガーもポテトも温かいときのほうが絶対に美味しい。


「そこらへんは演出ひとつで違って見えると思うけどね。多分、桜子さんはそういうのが上手なのよ。今や、同学年のはずなのに少し話すことができただけでも、自慢げに話す人はいっぱいいるじゃない。付加価値というか、自分のブランド価値を確立しつつある。カリスマモデルとかに近いものがあるわ」


 残念ながらカリスマモデルの知り合いはいないけど、玲の言おうとしていることはわからなくはない。高校生にもなると、特別な人間はその頭角を現し始めた。いや、小学生の頃からそうだったのかもしれないけど、その差が明確になってきている気がする。残念ながら、わたしは特別なんかじゃない。


「黒崎先輩も聞こえてくる噂は出来過ぎているものばかりだし、キャラを作っているんじゃないかな? あ、でも悪いことじゃないのよ? 人はみんなそういう部分があるはずだし。でも魔法使いの人たちって、人一倍そういうのに敏感なのかもね。歴史的には崇められたり、迫害されたり色々だから」


 それは授業でも習ったことがある。特にヨーロッパの魔女狩りなんかは有名な話だ。逆に巫女とか占い師として敬われたこともあって、歴史的にも世界的にも魔法使いの浮き沈みは結構激しい。


「魔法自体はそんなに凄いことができるわけじゃないから、それを上手く凄く見せるために、まずは自分自身をプロデュースしてるんじゃないかな。雰囲気づくりみたいな」


 そう言いながらも玲はチキンタツタを食べきった。


「桜子も似たようなことを言ってたわ」


 最初に聞いたときは「面倒くさそうな生き方だなぁ」と思ったものだ。


「そうそう。黒崎先輩も桜子さんもセルフプロデュースが抜群に上手いのよ。上手いっていうより、演出した自分も本当の自分に塗り替えているのかもしれないけど、だからあの人たちの魔法が見てみたいわけ。個人的な興味もあるし、マンガの参考にもなるし」


「うーん」


 わたしは考えた。玲になら見せても良いかもしれない。変なことを言うことはないし、何よりも信頼がおけた。でも、大した理由もなく桜子に魔法を見せてくれというのも気が引けた。ちょっと図々しい気もするし。

 ──図々しいか。昔はそんな風に思うことはなかったのに、桜子との間に壁ができてしまっていることにわたしは改めて気付かされた。


「まあ、聞くだけ聞いてみるよ。駄目だったら諦めて?」


 とりあえず、メールで尋ねるくらいはしても良いだろうと、わたしは結論づけた。


「もちろん。駄目なら駄目で構わないわ、でも勝手にマンガのモデルにはすると思うけどね。せっかく同じ学校だったんだから」


 そう言って玲は片目をつぶった。ようやくポテトまで食べ終わり、紙ナプキンで手を擦っている。


「ところで玲はマンガ家になりたいの? 大学には行くんでしょ?」


 頭が良くて勉強ができて、このままだと順調に人生を歩んでいきそうな彼女がどこまでマンガに本気なのだろうかと、わたしはふと気になった。


「なれたらなりたいわ」


 玲は肩をすくめた。


「別に勉強と両立は難しいことじゃないの。知っている? 有名なミュージシャンとか普通に良い大学を卒業したりしているのよ。高卒とか、高校中退みたいなイメージがあるけど、実は多数派ってわけでもないの。マンガ家も同じよ。大学を出ている人はいっぱいいるわ。わたしは思うんだけどね、『何かを目指すから何かをやらなくていい』というのは逃げだと思うのよ。本当に好きだったら、いえ、本当に好きだからこそ両立はできるはずなんじゃないかなって。恐らくは桜子さんたちもそうなんじゃない? 魔法ができるからといって、普通の勉強をしないわけじゃないでしょ?」


 言われてみればその通りだった。むしろ、両親に好きなことを認めさせるために勉強を頑張っていたくらいだ。ただ、その普通の勉強すらままならないわたしにとっては、桜子も玲も超人のように思える。


 その後、わたしたちはマクドナルドを出て、それぞれの地元に帰る電車に乗った。その途中で桜子に「友達が桜子の魔法を見たがっているんだけど良い?」とメールを打って、あっさりと「OK」から始まる返信を受け取った。

 早速、文芸部の部室で玲は桜子から魔法を見せてもらうと、いたく感銘を受けたようだった。この経験もあってか、玲は後になって魔法を題材としたマンガを描き始めることになる。

 残念ながらそのマンガは在学中に完成することはなく、受験に突入すると彼女は「家から一番近い」という理由で東大に合格した。

 わたしは迷いに迷った結果、併願という形をとって受験し、結局は他大を落ちる形で付属大学へと進学した。

 桜子は黒崎先輩の後を追うように、有名私立大学へと進学を決め、わたしたちの道はとうとう分かれることになった。

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