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最後の魔法  作者: 駄犬
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プロローグ

 わたしの高校は渋谷にある。

 渋谷と聞くと、渋谷駅のスクランブル交差点を想像する人が多いかもしれないけど、わたしが通う学校は神宮球場が近くにあって、もう少し落ち着いた場所だ。

 それでも都心にあることには変わりなく、道路の交通量は結構多い。信号を待つ時間も、地元の浦安に比べると気持ち長めだ。

 だから、学校の目の前にある横断歩道で信号を待っていたわたしは、友達との話に夢中になっていた。小学校からの幼馴染だから話のタネは尽きない。

 ふと信号に目をやると、ちょうど青に変わるところだった。

 タイミングの良さに思わず道路に足を踏み出そうとして、ぐっと腕を掴まれる。

 途端に目の前を車が走り抜けていく。

 運転席には、携帯電話を片手に喋っている若い女性の姿。

 信号が赤であることに気付きもしなかったのだ。

 間一髪だったことへの恐怖と、運転マナーの悪さへの怒りが入り混じって変な気持ちになりながら、わたしは振り返って、腕を掴んでくれた友達に礼を言った。


「ありがとう、よくわかったわね」


「わたしは魔法使いだから」


 そう言って、桜子は微笑んだ。

 わたしを掴んだ手に、まだ力が籠っている。

 南雲桜子。名前も見た目もちょっと古風な子だ。

 綺麗な長い黒髪は日本人形のようで、背もすらりと高い。背筋がぴんと張っていて、ちょっと武士っぽくもある。桜子は車が走り去っていった方向を鋭く一瞥すると、横断歩道を颯爽と歩き始めた。


「今のはあの車が100%悪いけど、凜も気を付けた方が良いわよ。いくら相手に非があると言っても、怪我をして痛い思いをするのは凛なんだから」


 桜子の言うことはいつも正論だ。誰に対してもこんな感じなので、実のところ彼女の女子受けはあまり良くない。会話に必要なのは共感であって正しさではないからだ。じゃあ、男子受けが良いかと言われると微妙なところだろう。


 ──それは桜子が、現代に生きる本物の魔法使いだからだ──


 魔法使いというだけで、男子は面白半分に近寄ってくるから、桜子はちょっと警戒している。かくいうわたしも、実は最初はそうだった。

 わたしと桜子の出会いは小学校に入ったときに遡る。


──


 小学校の入学式。校長先生の長い話の間、同じクラスの列の中に、長くて綺麗な黒髪の女の子がいて、ひとり輝いて見えた。

 可愛いというより、キリッとした感じ。もちろん、それが桜子だった。

 うちの母親も自分の娘を差し置いて、「あら、カッコいい子」と思わず呟くくらいに。

 しかも、同じマンションの子から、


「あの子のおばあちゃんって、魔法使いなんだって」


 と聞かされたので、わたしは気になって仕方が無かった。

 地元の小中学校は出席番号が誕生日順で、最初の席順もそれで決まる。

 幸運なことに、わたしは桜子よりも1日早く生まれていたので、席が桜子の前だった。

 興奮でドキドキしながら、早く担任の先生の話が終わらないかと思っていた記憶がある。小学一年生のそう長くは持たない集中力を使い切ったわたしは、話が終わるなり振り返って尋ねた。


「あなたは魔法が使えるの?」と。


「使えないわ。使えるのはおばあちゃんだけ。お父さんもお母さんも使えない」


 能面のような無機質な顔をしていた桜子は、子供らしからぬ淡々とした口調で答えた。しかし、その程度で、恐れを知らない小学生の好奇心が怯むことはない。


「いつか使えるようになるの?」


「……知らないの? 魔法はね、たった10秒だけ。だから全然役に立つようなものじゃないの」


 そのときのわたしは魔法が存在することは知っていたのだが、どんなものかまでは知らなかった。想像していたのは、アニメに出てくるような魔法使い。箒に跨って空を飛んだり、悪者を魔法を使って懲らしめたりとか、そういうものだと思っていた。

 でも、現実の魔法使いは違ったのだ。

 昔はすごいと思われていたんだけど、現代に近づくにつれて魔法に関する研究が進んで、実は大したことができないと判明していた。

 一生懸命長い呪文を唱えても、小さな火が出たり、ちょっと水を出すことができるだけで持続時間は10秒程度。今みたいに蛇口を捻れば水が出たり、コンロで簡単に火がついたりすると、ほとんど魔法使いの出番はない。むしろ、詐欺とか新興宗教とかに利用されたりしていて、悪い印象を持っている人も多くいた。

 だけど、小学生になりたてのわたしに、そんなことはわからない。


「10秒も使えれば良いじゃない! 100M走るのにだって、一番速い人でも10秒くらいかかるんだから、10秒って結構長いよ!」


 と、今思えば訳の分からないことを言った。


「10秒が長い?」


 桜子の能面がふっと緩んで、子供らしいきょとんとした表情が浮かんだ。

 それが可愛くて嬉しくて、わたしはもっとその顔が見たかったから、ヘッドバンキングするように首を縦にぶんぶん振った。


「長い長い! それだけあれば十分奇跡!」


 わたしがそう囃し立てると、桜子は俯いた。


「でも、わたしは魔法が使えないの。魔法を使うには長い修行が必要で、そんなことをするくらいなら普通に勉強したり、スポーツしたりしていたほうが良いって、お父さんもお母さんも言うし」


「ええっ、そうかな? 魔法って恰好良くない? 使えるってだけで凄いと思うけどな。だってさ、スポーツができても、それが直接何かの役に立つわけじゃないわ。野球とかサッカーとかさ、本当は遊びみたいなものでしょ? 勉強は……まあできたほうが良いかもしれないけど、とにかく、みんながそれを『凄い』って思うから凄いのよ。だから、わたしが凄いと思う魔法はきっと凄いわ」


「わたしも……魔法は凄いと思うわ」


 秘密を打ち明けるように、ちょっと恥ずかしそうに桜子は言った。


「じゃあ、桜子ちゃんの将来はやっぱり魔法使いね!」


 わたしは無責任にも、初めて出会ったクラスメイトの将来を断定した。

 だけど、桜子は、寛大にも「ふふっ」と笑ってくれたのだ。

 わたしにはそれが嬉しくて、この子の友達になろうと心に決めた。


──

 

 桜子は色んな意味で目立っていた。

 外見も特徴的だったけど、運動も勉強もできた。完璧超人である。

 普通の子なら、それで人気者になりそうなものだけど、桜子の場合は、


「魔法を使っているんじゃないの?」


 と囁かれた。桜子の堅苦しい性格が、子供受けが悪かったというのもある。何なら、うちの母親もそんなことを言った。


「あら凄いわね。魔法でも使っているのかしら」と。


 悪意の無い言葉だったとは思う。

 けれど、わたしはブチ切れた。


「桜子はまだ未熟者だから魔法を使えないのよ! それにそんなズルをするような子じゃないわ!」


 未熟者という言葉もフォローになっていない気もするけど、わたしの中で桜子は親友兼推しになっていたのだろう。「わたしが守らなければ誰が守る」という気持ちが芽生えていた。

 そのあまりの剣幕に母親がビックリして、


「そういうつもりじゃないのよ、あまりにも凄いから、ついそんな風に思っちゃっただけで……」


 なんて言い訳したことを覚えている。

 実際、魔法でそういうズルができないことも解明されていた。

 魔法で頭を良くすることはできないし、運動能力を高めることはできても、呪文を唱えるのにかなりの時間が必要になる。

 具体的に言うと5分くらい。歌にすると一曲分だ。

 で、効果は10秒。

 それに呪文ははっきり唱えないと効果が出ない。

 バラエティ色の強いテレビ番組で、そんな検証が面白おかしく行われているのを見たことがある。

 魔法使いの男性が魔法を使って運動競技で一番を取れるかという企画で、元高校球児の芸人さんとの対決だった。

 その人は短距離走の前に呪文で運動能力を高めようとして、ぶつぶつ呟いていた。もうこの時点でスタジオから笑いが漏れていて、競争相手の芸人さんから、


「おまえ今魔法を使っていただろう!」


 と突っ込まれて、反則になって失格。

 それならと今度は長距離走での対決になり、走りながら呪文を唱えようとして息を切らして逆に失速して、また敗北。

 その悲哀の漂う姿をVTRで見ていたタレントと観覧客は爆笑していた。現代の魔法使いは悲しい生き物であることが立証されてしまったのだ。

 恐らく桜子は魔法使いの血を引いているというだけで、幼い頃からそういう嘲笑を受けて、上手くやれても「魔法のおかげだ」と揶揄されてきたのだろう。

 桜子のおばあちゃんも、凄い魔法を使うとかいう話でテレビに出たことがあったらしい。でもやっぱり上手くいかなくて、最後は笑われて終わったと桜子以外の友達から聞いたことがあった。しかも、わたしにわざわざ言ってきたその子も、ちょっと馬鹿にしているような話し方をしていた。

 そこには、桜子には勝てないから、他の部分で下げてやろうという悪意みたいなものがあったと思う。

義憤にかられたわたしは、片っ端からそういう理不尽をとっちめた。


「桜子の悪口を言うヤツはわたしが許さない!」と宣言して。


 ちなみにわたしは勉強はできなかったけど運動はできた。何なら力は男の子よりも強かった。口も達者で典型的なガキ大将タイプだったのだ。

 連絡帳に「凛さんは友達想いですが、言葉も行動も暴力的です」と先生に書かれるくらいに。

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― 新着の感想 ―
現代ものでもこんなに面白いとは! プロローグでハートをしっかりと掴まれました。
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