これは乙女ゲームの世界だと思い出した悪役令嬢がヒロインを殺したら
「王子が、自室で毒を飲んで死んでいるのを発見されました」
従者エリオットの言葉に私は啞然となった。
「自殺……?」
私はエリュシア・キーシュトン。
キーシュトン公爵家の令嬢にしてエドモンド王子の婚約者。
そして、乙女ゲーム【乙女は真実の愛に身を投げる】の悪役令嬢。
原作での私は王子と仲良くするヒロインに怒り狂い、ありとあらゆる嫌がらせを行った結果、断罪され、修道院へ入れられた。
でも、そんな未来を思い出したからって私の考えは変わらない。
人様の婚約者……しかも平民上がりの男爵令嬢の分際で王族に手を出すなんてありえないもの。
むしろ、殺さないでやっただけで感謝して欲しい。
だけど、そんな情けのせいで私は断罪されてしまった。
私が何を言ったとて、真実の愛なんてくだらないものに傾倒している王子の耳には届かない。
だから……前世の記憶を取り戻した私は、情けを捨てた。
従者のエリオットに命じ、ヒロイン……リィナ・ホワイトロンを暗殺させた。
王子を誑かすあの害虫さえいなければ、王子だって目が覚める。
私を見てくれる。
そう思っていた。
なのに、王子はちっとも私を見てはくれなかった。
学園に入るまで前世の記憶はなかったものの、魂の底にはこびりついていたのか、原作と違い私は勉学もダンスもマナーも人一倍力を入れた。
誰からも憧れられる非の打ち所のない完璧令嬢となった。
そのはずなのに……。
王子は私を見てくれない。
長年寄り添っている私より、ポッと出の貴族もどきの薄汚い小娘へ簡単に靡いた。
小娘がいなくなっても私を見てくれない。
どれだけ愛を囁いても、贈り物や文を贈っても反応してくれない。
なんで、どうして?
私は王子の婚約者なのに。
私は王子を愛しているのに。
確かに政略結婚かもしれない、周りや親の都合だったかもしれない、でもこれだけ私が頑張って、尽くして、愛しているのだから、王子だって愛するべきでしょう?
平民上がりの男爵令嬢に何の価値があるの?
見た目が少し可愛いだけの、教養もマナーも足りない無能な小娘になんでそこまで入れ込むの?
そんな小娘と結婚しても未来などないのに。
私と結婚すれば王子の立場も盤石となり、優秀な伴侶も手に入るというのに。
どうして?どうして?どうして?
答えの出ない思考に浸る暇はなかった。
王子が死んで数日後、私がエリオットに命じてリィナ・ホワイトロンを暗殺した事が明るみとなってしまったからだ。
エリオットは、自分や私につながる証拠を残したつもりはないという。
だけど、どうやら王子が遺書で、私の関連を仄めかしたらしい。
何のコネもない男爵令嬢であるリィナをわざわざ殺して喜ぶ人間など少ない。
いるとすれば、自分に執着しているエリュシア……私ぐらいのものだろう、と。
その遺言に則り、王家は全力で調査をし、そして私が犯人である事を突き止めたのだ。
私は裁判に掛けられた。
幸い、罪はそこまで重くなく、数ヶ月の自宅謹慎で済まされた。
私の罪は、男爵令嬢の暗殺だけ。
王子は自殺したが、それは王子の独断であり、私の罪とはならず、結果、リィナを殺害した罪だけが裁かれる事となった。
公爵令嬢たる私が男爵令嬢を殺したとて、この程度の罪だ。
当然だ、それが身分の力だ。
しかもあの女は王子と懇意にしていた。
殺されて当然の雌豚だった。
むしろ、自宅謹慎程度でも罰を受けた事すら気に食わない。
私は被害者だ。
愛する婚約者を泥棒猫に理不尽に奪われたのだから。
しかし、罪は軽くとも、私は二度と社交界に出る事は叶わなかった。
表面的な罪は男爵令嬢を殺した程度でも、そこに王子の自殺が関与しているともなれば風当たりもキツくなる。
私に新たな婚約話は届かず、今後貴族としてやって行くには致命的と判断された私は修道院に入れられる事となった。
ゲームと同じく。ヒロインは死んだのに。
どうせ、王子以外の殿方を愛せる自信もなかった私には好都合だったけど……。
「どうしてですか、エリオット王子……!なぜ、私では駄目だったのですか!?」
誰よりも頑張ったのに……!
あなたの伴侶である為に、あのヒロインより、ゲームの私より、他のどの令嬢よりも頑張ったのに……!
何故、あなたは私を見てくれないんですか!
何故、私にこのような無体を強いるのですか!
私のどんな疑問も、礼拝堂の女神像は答えてはくれなかった。
数年後、私は1冊の日記を城の使いの者に渡された。
王子が死ぬ前まで書き留めていた日記。
私も読むべきだと、判断されたらしい。
〜☆月◯日〜
ぼくはむしがすきだ。
さかなつりがすきだ。
でもエリュシアはきらいみたい。
はしたないって。おうぞくらしくないって。
それよりべんきょうしろって。
べんきょうはきらい。
でも、やらないとかしこくなれないから、がんばる。
でもエリュシアはもっとがんばれっていう。
りっぱなおうさまになるためにはあそばないでべんきょうしろっていう。
ぼくはエリュシアがにがてだ。
〜△月✕日〜
お気に入りの側近候補が出来た。
子爵家の次男で凄く剣の腕が立つらしい。
僕は彼との打ち合いが日課になった。
騎士は、格式張った形ばかりの剣術しかおしえてくれない。あれはつまらない。
彼との打ち合いは楽しかった。
僕に手加減しないのが良い。僕に忖度しないのがいい。
僕の側近にするなら彼が良い。
〜△月◯日〜
僕の側近は彼ではなく、侯爵家の三男だった。
話した事はあるけど、事務的だし、融通も効かないし、苦手だ。
父上と母上には子爵家の彼を側近にするように頼んだのに。
そしたらまたエリュシアに邪魔をされたと分かった。
身分の低い子爵家の人間なんて僕には相応しくないと。
王子と剣を打ち合う側近など相応しくないと。彼のせいで王子は怪我をするし泥だらけになる。そんな男を側近なんかにするなと。
強く言ったらしい。
僕はまた、エリュシアから好きなものを取り上げられた。
〜✕月◇日〜
エリュシアといると息が詰まる。
彼女は母上や家庭教師より厳しい。
僕の為だという。
それは本当なんだと思う。
でも、辛い。
そう思う僕はきっと王に向いていない。
僕は、虫が好きだった。魚釣りが好きだった。チャンバラが好きだった。
本を読むより外を駆け回り、ダンスをするより馬で野原を駆け回りたかった。
全部全部全部、エリュシアに否定された。
それは王族として必要のないものだから。
国王になるなら余分な物は捨てて、必要なものだけ詰め込まないといけないから。
なんで、僕は王族に生まれたんだろう。
平民に生まれていれば、やりたい事全部出来た。
エリュシアにあれこれとやかく言われる事もなかったのに。
〜♪月◯日〜
学園に入学した。
僕はリィナという少女に出会った。
リィナは平民上がりの男爵令嬢だった。
だけど、努力で上位の成績をキープしていた。
僕はリィナに興味を持った。
最初は一目惚れ……彼女はエリュシアとは正反対の見た目だったから、それで興味を抱いた。
だけど、接している内に彼女の人となりに触れた。
将来は医者を目指している事。
腹違いの姉との仲が悪いが、少しずつ改善させようとしている事。
クラスで友達が出来た事。
他愛もない事から感心させられることまで。
真面目で前向きで明るい彼女に心から惚れるのは早かった。
自分がこんなにも惚れっぽい人間だとは思わなかった。
分かっている、彼女は男爵令嬢で、決して結ばれる事は叶わない相手だ。
それでも、側室なら、愛妾なら……とも願う。
だけど、それはリィナの夢を潰す事になるし、何よりエリュシアが許さない。
彼女は独占欲が強いし、プライドも高い。自分が愛されて当然だと思っている。
愛妾すら、彼女は許さないだろう。
……いっそ、駆け落ちしてしまおうか。
王位なら優秀な弟が継げば良い。
いっそ、僕はリィナと逃げようか。
リィナが許してくれるなら、エリュシアの手も届かない外国へ。
辛い暮らしになると思うけど。
いや、今はまだ、決められない。
リィナだってこんな事言われても困るはずだ。
あぁ、でも、リィナがいつの日か、国を捨ててでも僕と共にいてくれる事を望んでくれたなら……。
僕にとって、それほど幸せな事はない。
〜△月△日〜
きっと罰が当たったのだろう。
王族に生まれたくせに、ただ一人の男としての幸せを願ってしまった。
それが僕の罪だったのだ。
リィナの訃報を聞いたのは突然だった。
彼女は、人も寄り付かないような裏路地で腹を刺されて死んでいたという。
通り魔の犯行が有力だというけど……僕の脳内には、エリュシアの顔が浮かんだ。
分かっている、通り魔の犯行である可能性だって充分ある。
だけど、エリュシアには彼女を殺す動機がある。
ある程度の嫌がらせはあると想定していたけれど、まさか殺害までするとは思いたくなかった。
でも、彼女ならあるいは……と思ってしまうのだ。
あぁ……もしそうなら……申し訳ありません、父上、母上、僕はどうしても、彼女を愛せない。
僕の愛する存在を殺した女をどうして愛せましょう。
僕の欲しいと願ったありとあらゆる存在を否定して来た彼女をどうして肯定できましょう。
分かっています、不出来なのは僕。
王族に生まれたくせに、人としての幸せを願ってしまった僕であると。
申し訳ありません、父上、母上。
これまで育てて来てくれた事、感謝します。
だけど……もう、役目を降りさせてください。
王族である事を辞めさせてください。
1人の人間として旅立つ事を許してください。
愛する人と共にいる事を許してください。
僕のような存在が、王族に生まれて、申し訳ありませんでした。
日記はここで途切れていた。
それは、どこまでも、私を否定するもの。
私の努力は、すべて無駄だった。
王子には煩わしいものでしかなかった。
全部、全部、王子の為だった……。
けれど、王子にはそれが重みだった。
私はそれに気付く事も出来なかった……。
「うっ、あぁ、あぁあ……!」
私は泣き崩れた。
その涙が、自分を慰めるものなのか、過去を後悔するものなのかも、私には分からなかった。
悪役令嬢ザマァにおいて、真実の愛とは浮気を正当化しようとする馬鹿どもの戯言として扱われがちですが。
仮に真実の愛が本物だった場合、というのを考えました。
身分違いの恋が報われる方法は、身分を捨てて駆け落ちする……もしくは、死して一緒になろうと心中するかでしょうね。
作中では語られなかった乙女ゲーム【乙女は真実の愛に身を投げる】は、身分違いの恋を描いた超テンプレ作品です。
ただし、ハッピーエンドで駆け落ち、バッドエンドで心中します。
好感度が高ければ全てを捨てて主人公と外国へ逃げ出す覚悟が出来ますが、好感度が低いとそこまでの覚悟は持てず、来世で一緒になろう的な約束をして一緒に死にます。
駆け落ちするより死ぬ方が難易度低いって凄い価値観ですね。
作中エリュシアは前世の記憶を持つ転生悪役令嬢ですが、人格は原作エリュシア側が圧倒的に強いです。
一応、勉強やレッスンに真面目になっているので恩恵はあるのですが、性格が原作エリュシアなので破滅フラグ回避までは至りませんでした。
とはいえ、原作基準でも所詮修道院オチなので、駆け落ちか心中の選択肢しかないヒロインや攻略対象よりは恵まれているのかもしれません。
週間ランキング(12/8)見たら異世界転生短編部門3位になってました!
読者の皆様、ありがとうございます!