第0章 地下牢獄騒擾事件 第1話 陽光
82,0822,13:08
『任務:ユミトルド地下牢獄における暴動の鎮圧。執行官筆頭はエチカ・ミーニア少尉。少尉、承認を』
「同意。鉄馬と鉄槍の使用許可を」
『受諾済みです』
「____任務を開始する」
夏の日盛りである。
眩暈を引き起こすほどの純白に染められた巨大な建物の、あまりに高い天井のフロア。そのゆるやかに湾曲する廊下の壁は一面ガラス張りとなっており、一人中庭を見やる少年が頬に陽を浴びて佇んでいる。
____エチカ・ミーニア少尉。
弱冠十六歳の尉官。
その姿容は、冷ややかな黒の短髪に、黒の瞳。背丈は同年代に比べて小さく、顔立ちも幼い。深緑の軍服は真新しく、綺羅を纏ったように陽光に煌めいている。
彼は老練の軍人の如く、突発的な任務の指令にも動じず、腕を後ろで組んだまま、濃い深緑の木々のさざめく影を眺めていた。
「得難いものだな。憩いの時の余りの短さは」
「主。悠長は人の毒。至急人員の確保を」
「幽霊が良く言う。俺たちはお前らみたいに本質ありきの存在ではない。人生の本義を見出すのは、全て悠長に、人生を食むようにして生きた奴だけだ」
「主。十六歳が良く言う。とだけお返しいたします」
エチカが見上げる床と天上の間、その中空の空隙に、半透明の繻子を妖艶な肢体に巻き付けた、長い金糸の髪の女が浮かぶ。彼女の体に差し込んだ光は、呆気なく透過して、背にした壁を虹色に描き出していた。それはまるで見るに鮮やかな蝶の羽のよう。あるいはその大きく優美な虚像の羽でかように体を宙に浮かばせているのかと、ふとすると錯覚してしまうほどである。
「行くぞ。エンテラール」
エチカは自分の鼻を軽く摘んでから言う。
「主。お供します」
「ああ、なんにしても、暑いな。今日は」
「蒸した草いきれもまた、鼻に薫って良いものですよ。主」
その幽霊、エンテラールの言葉に、エチカは片手だけ持ち上げて、それから中庭に未練を残すように視線を切ってから歩み出す。彼の軍靴の硬質な足音だけが、侘びしく、ただ空虚な廊下の尽きぬ奥行きを示して鳴り渡る。
※幽霊
ウーシアへの過剰適合の結果、その何かしらの産物。
物質的な肉体は持たず、姿も自在に隠匿、表出が可能だが、特定の人物、場所から離れることができない。意志の疎通は可能であるが、あまり感情の起伏がみられないのが共通した特徴として観察されている。
各国、そしてレガロ帝国大学の各研究組織で解明に臨んでいるが、未だその発生原因、構成要素等は解明されていない。
現状、レガロ帝国陸軍では、ウーシア技術を用いた情報伝達において有用さが認められているため、実務的観点から存在が許容されている。
「その存在は人にとって過程とも遡行とも取れる。そして1つ突飛を許していただけるならば、あるいは思念の実在性のあらわれかもしれない。各領域の顕学の皆様であればお気づきだろうが、それは内と外との永遠の捻じれを表現している」
___レガロ帝国第ニ大学付属ウーシア蘊奥室、リジナ・チューカー室長による、第7回ウーシア平和利用越国研究大会の祝辞より。




