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第0章 地下牢獄騒擾事件 第2話 転送

 廊下の突き当り、エチカの眼前には水銀で編んだような紗幕(しゃまく)が往く手を(さえぎ)っている。それは波濤(はとう)のごとく、棚引きながら人を誘うように揺らいでいた。躊躇(ためら)うことなく、エチカはその薄膜の中に足を踏み入れる。途端、彼の体はその場から忽然(こつぜん)と消えた。






 清新とした夜気(やき)に、エチカは肌の縮む感じを得た。が、それは視覚による錯覚であった。というのも、目の前に広がるのは、闇夜を思わせる天蓋(てんがい)と、闘技場を思わせるすり鉢状の巨大なホール。底となった中心には、エチカと同じく軍服を着た男たちが忙しなく(うごめ)きながら、霧状の球体の周りを互いが互いの邪魔となりつつ埋め尽くしている。男たちの視線が集まるその霧は、ガラスに押し込められた煙のように絶えず流動的に濃淡を移ろわせながら、あらゆる色をそこに表す。それはここではないどこかの景色。しかも同時に数百もの地点を映し出している。






 その霧の球体の周囲、段々となった通路には、無数の卵型の機械が配置されており、鈍く青い光を発して稼働している。人一人入るのが精一杯の大きさのそれにエチカが手をかざすと、その体は転瞬の間に音もなく消え去った。エチカの背後に漂っていたエンテラールの姿も霧散したように消え失せる。






 暗闇の広大なホールに作られた、その不気味な巣窟は、レガロ帝国陸軍軍司令部の第二転送室である。つまりエチカが入り込んだ機械は、任務で指定された区画に移動するための転送装置であった。






 山の稜線(りょうせん)から降りてくるような朝靄の中に、エチカはエンテラールを従えて立っていた。外観からは想像もできないような寥廓(りょうかく)たる空間。空高くに放り投げられたような浮遊感と足場のない不安がエチカの体を襲うが、しかしその直感に反して視界は狭く、自分の足元すら靄に隠れて定かではない。肌に触れる空気は冷たく、痺れたように鳥肌の立つ感覚は、嫌が応にも若き軍人の気を引き締める。






 『第二騎兵師団、推薦リスト開示』






 エチカはそれを言葉にしたのか、脳裡(のうり)で言葉を(つむ)いだのか定かではなかった。






 『エチカ・ミーニア少尉。任務はユミトルド地下牢獄における暴動の鎮圧。現在の状況を報告。在地の部隊が交戦中。監獄長ヘンリク・マルラント中佐が指揮。応援部隊には計三名からなる小隊編制を推奨。推定必要戦力1,297、うちF4以上の人員を必ず1名配置。隊員間の戦力偏差は(かんが)みる必要なし』




 エチカはそのあまりに淀みないがゆえにかえって機械的な音声を聞いて、僅かに眉の形を崩す。


 F4人員が必要な状況で、かつ少数編成という(いびつ)さと、必要戦力の多さ。


 少数精鋭での任務と鎮圧という矛盾。


 眼前に提示されている現地映像とブリーフィング資料が示すのは、暴動が何者かに統率されているという事実。ゆえに鎮圧とは、その扇動者(せんどうしゃ)を抹殺せよということだ。





 ただし、その扇動者の名前はここでは明らかになっていない。もしくは開示されていない。






 『続いてリストの開示。推奨する下士官・兵卒を提示。選択を』






 エチカは示された隊員たちの名前をざっと見て、






 『全て否定。A2:サバランティオ・レイトルドール曹長。F4:ミラリロ・バッケニア上等兵を希望する』




 『許可。ただしミラリロ・バッケニア上等兵は少尉との同行任務が累計5回目となるため、次回は特別教示任務遂行申請書の提出が必要』




『承知』




『...転送の開始。幽霊の随伴(ずいはん)を認める。鉄馬および鉄槍の転送に生じる誤差に注意』






 張り詰めた糸が切れる様な(かす)かな音がして接続が途絶える。転送装置の中の靄が濃くなり、足元から身を包むようにせり上がって来る。己の体が消えていく(さま)に、エチカの脳が混乱する。自分の口が白濁の最中に埋まったのを見届け、彼は目を強く(つむ)った。


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