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第1章 聖ジェファールズ豪華客船事件 第40話 真実

「いやぁ、まいったね。覚悟して皇帝陛下の前で辞世の句を述べたはいいものの、まさか本当に放逐されるとは」


ケネート・パタヤル陸軍大臣が、ウールとシルクの混ざった光沢のあるスーツ、そのボタンを外しながら席につく。

それがフルオーダーの、帝国で最も歴史の古い仕立て屋、「ロップス・サーマー」の技だということに気づいたのは、フランシャルン・パピノスペイパードだけだった。

だが、その最高級のスーツも、どこか力なくくたびれているように見える。


「とりあえずアイリス、疲労はないか?」


ジャルジャ中将がパタヤル大臣を無視して声をかける。


「じぃさん1人ぐらいの転移なら余裕だよ」


非適合者者を転移させることは、適合者を強制転移させることよりもはるかに高強度の運用である。それを指してジャルジャは心配の声をかけたが、アイリスはなんともないと手をひらひらとさせた。


「そうか_____てめぇ、覚悟はできてんだろうな?」


「覚悟がなければ、大臣なんて椅子に座ってない。それにライゼンバッハ嬢に助けを求めたりもしないさ。まさか本当にこちらを見ているとは思わなかったが、やってみるものだね」


パタヤルの返答を聞くや否や、ジャルジャが彼の頬を思い切り掌で叩き、胸ぐらを掴んで椅子から浮き上がらせた。


「お前が中枢からいなくなったら、こいつらはどうすんだつ!!え!?皇帝やらレクタニアの言いなりになるしかねぇじゃねぇか!!お前はっ!お前の戦場で負けたんだっ!そうだろ!?」


「くっ_____」


「自分の信念を曲げてでも政府に入ったんだろうがっ!?これじゃ何の意味もねぇ!!ただ利用され続けただけだ!男として恥ずかしくねぇのかよ!」


ジャルジャの怒号に、しかしパタヤルは怯えなど一つも見せなかった。

帝国の中枢、その魑魅魍魎の世界で生きてきた彼に、軍人の説教など蝿の羽音にも満たないらしい。


「面目ない_____だがな、私はまだ負けていない」


そこでフランシャルンが間に入り、2人は距離を取る。

彼女は、そこで思い違いをしていたことに気づいた。

パタヤルのくたびれたスーツ。だがその弱々しさは、権力の座から転げ落ちた者の悲哀を示していなかった。

むしろ、長く険しい道のりの果て、その過酷さゆえのくたびれだった。


「負けてないってなんだよ、お前に今、何ができる?」


「全て話す。第一観測者と、ウーシア技術について」


▲▽


ケネート・パタヤルは、その格好も相まって、まるで帝国大学での歴史学講義のように、差し出された紅茶をすすりながら、滔々と語った。

だが、そこに雁首を揃えて座る受講生たちは、ジャルジャを除き、適合者としての訓練が優先され、学問的知識のない面々ばかりであったから、アイリスが二階で待機をしていた1人の兵士を連れてきた。

ユミトルド地下牢獄の一件で適合者としての才能を開花させた、ハイト・コレード一等兵だ。パミドール州出身ということで今回の作戦に参加していた彼は、陸軍高等学校を出た秀才である。


「ウーシアという力を最初に発見したのは、帝国暦2年、レガロ帝国第二大学心理哲学科のトコジル・レヴラン教授だ」


「そんなことは知っている」


ジャルジャもまた、武闘派ではあるが、一応帝国大学出のエリートだ。

基本的な知識は無論、既知である。


「確か、最初は転移現象ではなく、映写的恒常転移現象の発見だったと」


ハイト・コレードが情報を足す。

その専門用語は、アイリスたちにも理解できた。


_____映写的恒常転移現象。


適合者はなぜ、浮遊できるのか。

それは、主体の意志に関わらず、適合者は常に微振動的に転移を繰り返しているというもの。今、このときもだ。

ただ、意志を持って転移する際、あるいは転移後、一定の時間はその微振動は収まる。

つまり、適合者とはある種、立体映写に映る虚像のような存在である。

その存在が確定するのは、転移時のみ。

銃弾等の転移が可能なのも、この現象によるのではないかという仮説が今も検証されている。


「そう。ただ、本当の功労者は、彼ではない」


「他に、誰か先に発見した人がいると?」


ハイトは学問的探究心に請われて、そう聞いた。


「レガロ連邦共和国から、帝政へと移行したとき、初代皇帝はその実力によって臣民から支持を得ていた。だが、自分の子孫の世代を考えた時、その帝国樹立という威光は、一代だけの栄誉でしかない。そこで彼が欲したのは、正統性だ」


「でも、初代皇帝も確か、ジシュアの血を引くものであったはず」


「そんな人間はいくらでもいる、ここにもな」


パタヤルはフランシャルンをちらりと見る。

彼女はゆっくりと、蝶が枝葉に留まって羽を閉じるような優雅さで頭を下げた。

彼女の周りに鱗粉のような煌めきが見えるのは、幻覚と分かっていても、目を離し難くする。パタヤルはなんとか目頭を押さえるようにして、その呪縛から逃れて話を続ける。


「ほとんどの人間はジシュアの血を受け継いでいる。ただ、家系を辿れるか否か、あるいは財産や政治的力があるかの違いでしかない。だからこそ、その証拠を皇帝は欲したんだ」


「どうやって?そんなの誰にも、、、」


ハイトは頭を巡らす。

血の、正統性の証明。

それはどうすれば可能になる?

必要なのは、物的証拠だ。先祖代々の名前を辿れたところで意味はない。いくらでも改竄できる。

圧倒的な、物的証拠。


「ジシュア様の遺体、聖骸、だよ」


それは確かに、最上の物的証拠だろうと、ハイトはうなづいた。


「なるほど、、、ということは、桎梏山脈_____」


現在皆がいる帝国東方ではなく、西南。

ユミトルド地下牢獄に近い、その山脈。


「そうだ。ジシュア様が弟のフォラリスに殺されたとされる場所、桎梏山脈に大々的な調査団を派遣した。表上はハルム人に怪しい動きがあるとかなんとか言ってな。口が裂けても後出しで証拠探しをしてますなんて言えないだろう?」


「でも、聖骸が見つかったなんて話はないです」


ハイトの疑問は、皆も同様だった。


「無論、そんなものは見つからなかった。ただ、違うものが見つかったんだ」



_____褐青石(かっせいせき)



狂った海岸(インサリートレ)か」


ジャルジャが述べた通称。

狂った海岸(インサリートレ)。それは、俗に言う「ウーシア物質」だ。

その鉱物は繊維質を持ち、ウーシア兵器とは、通常の武器にまるで網脂のようにその繊維を纏わせて鋳造したものだ。

ただ、神経に作用する毒性も強いことが同時に知られており、違法薬物としても有名である。


「褐青石が発掘されたとき、ハルム人の襲撃にあった調査団の中で、浮遊し、そして銃弾を透過したものが現れた。それをトコジル・レヴラン教授が発表した」


「褐青石が適合者を誕生させるということですか?」


ハイトが興奮を抑えきれない様子で、椅子から半分臀部を浮かせながらだった。

今となっては、適合者となった自分にも関係のあることである。


「いや、違う。レヴラン教授もそう考えたのだろうが、結果は大量の中毒者と死者を出しただけだ。現在でも適合者はどうのようにして発生するのか、分かっていない」


「話が長くなってきてんな、要するにお前は何を言いたい?」


ジャルジャの指摘に、パタヤルは片手を上げて制止する。


「すまん、議会での答弁の癖が抜けなくてな。要するに、第一観測者が現れたのも、その時なんだ」


▲▽


・・・調査団の先遣隊を桎梏山脈で案内した女性がいた。彼女はハルム人であったが、友好的に聖地を紹介したという。山脈は、当時西側はミスタント朝カラージ、東側は帝国の領土だった。まぁ、今もフォラリス神聖国を除けば同様の状況だ。最初は初代皇帝が礼拝に訪れるための、その下調べだと先遣隊は嘘をついた。ハルム人たちも異教ではあるが、同じ聖地を共有管理したいという帝国の要求、それを渋々受け入れた。だが、実際には違う。先遣隊は聖骸がありそうな場所に目星をつけ、調査団とは名ばかりの軍隊を追って派遣、山を荒らした。そこで見つかったのが、褐青石だ。連邦共和制下で山脈の麓に集まってきていたハルム人たちは、その時、大きな被害を被り、再度散り散りになった。これもまた、調査団の副次的な目的だったと思われる。

問題は、その先遣隊を案内した女性だった。彼女はハルム人たちから裏切り者として扱われた。調査団を受け入れたのはそこに住うハルム人全体の合意だったにもかかわらず、だ。

彼女は居場所を失い、仕方なく帝国側の庇護のもと、聖骸の発掘に付き合い続けた。

ハルム人との抗争を経ながら、発掘が1年ほど続き、もはや聖骸の発見よりも褐青石の採掘が主目的に変わったころ、彼女はお役御免となった。だが、ハルム人の裏切り者になってしまった彼女に行く場所はなかった。

そんな彼女を引き取ったのが、レブラン教授だ。彼女もまた、適合の兆候を見せていたからだ。ハルム人である彼女には、倫理的に許されない実験が繰り返されたという。


_____そして、ほどなく彼女から生まれた子どもがいた。


____それがこの世界で初めての第一観測者、シャーリス・フォーヴァーだ。


▲▽


「シャーリスって、エチカたちの幼なじみとかいう奴か?」


アイリスがユミトルドで聞いたことを思い出す。


「いや、それは同性同名の孫だ。初代第一観測者のシャーリスは、ユーネ・スクライヤという少年、そして青の晩餐カエルレウス・カンパニアと名乗る反政府結社によって、帝国から脱出した。そしてたどり着いたのが、テミナル島だ。つまり、今の帝国の第一観測者は、三代目、ということになる」


「お姫様の逃亡劇って話か。ただ、それもまたどうでも良い。隠された歴史として出版すれば大好評、オペラにでもなりそうなこったろうが、今ここで重要な情報じゃねぇ」


ジャルジャはしかし、徐々に核心に近づいていることを、肌のざわめきで感じる。

第一観測者、それは一体、なんなんだ。


「分かってる。話はこれで最後だ。民主神聖同盟が拘っている第一観測者。それは、世界最高の適合者の一人。帝国内の全てを見、あらゆる場所から他の場所への転移を可能にし、そして、この世界に干渉できる存在。いや、むしろ、私たちは彼女の頭の中の存在とも言える」


そのパタヤルの秘密の開陳に、最も驚きを示したのはアイリス・ライゼンバッハだ。

彼女はがたりと椅子から立ち上がり、その瞳を剥き出しにした。

世界で唯一、五感の転移に成功した者。

だが、その称号もこの時をもって、返還することになる。

そして、パタヤルは少々まごつきながらも、ウーシアとは何か、について説明をした。


「要するに、世界はウーシアで満たされていて、俺たちはその切り絵みたいな世界で生きていると。そして、第一観測者は、その濃度の勾配を全て把握している。紙が世界だとするなら、そいつは鋏を持っているということだろ?」


ジャルジャが話をまとめる。

それは驚愕の事実ではあったが、適合者として熟練した兵である、アイリス、フランシャルン、イサラは、筆記問題の回答でも読むようにそれをすっと理解した。

なぜなら、自分たちも狭く限られた範囲で同じことをしている。


「そうだ。要するに、夜空を思い浮かべてくれ。そこにあるのは輝く星だ。でもこの世界は違う。黒い、何もない空間がウーシアであり、唯一の存在だ。星に見えているのは、ただの穴なんだ。その穴が、私たちだ。そして第一観測者は、その穴を自由に埋め、自由に開けることができる」


「待ってくれ、納得できないことには変わりないんだが、だが、それだと、今この瞬間にも、そいつは俺たちを殺せるってことだろ?どんな人間であっても、そいつにかかれば、穴を塞げばその人間は死ぬってことだ」


「原理的にはそうだ。人を殺すことも、人を生むこともできる。まさに創造主であり、私たちは彼女の頭の中の存在と言う所以だ。彼女によって、私たちは存在している」


「んな馬鹿な、、、おかしい、、、」


ジャルジャは頭をがしがしと掻きながら、俯く。

ただ、ハイトは若者ゆえの頭の柔軟さでもって、話を引き継ぐ。


「だとすれば、帝国はその第一観測者の能力をすでに制御している、あるいはすでにその能力は使えなくなっている、ということではないですか?」


パタヤルは少しだけ驚いたようにしたが、己の役割を全うすることに全力を注ぐ。


「その通りだ。そしてそれはどちらも正しい。まず、第一観測者も完璧ではない。例えば、ある穴を閉じたとする。その星は消える。だが、そうすると、他のところで穴が開く。例えば、第一観測者がどこかで大量に人の存在を消失させれば、どこかで人が大量に生まれる。それを完璧にコントロールすることは、第一観測者でも難しい。砂場にできた水たまりを思い浮かべてくれたらいい。周囲を掘ることで、水の流れを誘導することはできる。でも、その結果、もとの水たまりの水がなくなる。それが無限に広がっていれば、ある場所を掘ったときの全体の影響は予測が複雑になる。そういうことだ。そして、その逆もそう。現・第一観測者であるシャーリスは、それを恐れている。彼女は己の意志で人間を生み出した結果、自分の母がその犠牲となった」


「それが能力を使えない理由、、、では前者は?」


「転送室。あの球体の霧は、ウーシア物質だ。あれは第一観測者と繋がっている。君たちが使う超長距離の転移・転送は、第一観測者の能力を借りたものだ。つまり、今この瞬間、君たちが急に消えることもないし、同盟の連中を消し去ってくれる訳でもない。第一観測者は、完全に制御下にある。多少の状況は違えど、世界の大国はほとんど同じ状況にあると思ってくれていい」


ここにきて、初めて、その場にいる者たちは民主申請同盟が要求することの外観を掴めたと言っていい。あるいは、この「戦争」の意義をようやく理解した。


「だとするならば、この事実に気づいた研究者たちもいたはずだ」


ジャルジャだけが、非適合者ということもあり、まだ完全な理解に及んでいなかった。彼の質問に対しては、アイリス・ライゼンバッハが代わりに答えた。


「簡単なことだ。もし全てを監視できるなら、真実に気づく可能性がある者には、奇跡を見せるか、脅せばいい。信心深い弱者には奇跡を、疑い深い強者には脅迫を____」


「その通りだ。ある科学者は、殺したい者を第一観測者に願った。ある科学者には、妻を殺すと脅した。ときにそれは実行された。そうして、この真実に気付き得る者は、すべて帝国中枢にいるか、命を落とした。これだけ壮大で、かつ根本的な事実であっても、露呈することなどあり得ない。全ては見られれている」


「なら、民主神聖同盟は、、、」


これもまた、アイリスが答える。


「第一観測者、それに類似する者、あるいは代替の現象が、奴らにもある。だから、私はあの客船の中を覗けない。あそこは別の世界、別な人間の頭の中ということだ」


▲▽


アイリス・ライゼンバッハは、客船への突入の前、その拠点の屋上に立つ。

陽が沈めば、そこは海原と変わらず漆黒が人の主人だった。

この暗闇では、だれもが独りだ。

その中で、自分の方が王だと言える人間は、どれだけいるだろうか。

漆黒こそが己の主人だと、すぐにでも跪拝きはいしてしまうのではないか。

地上に落ちた星辰のように、アイリスの瞳の円環が静かに輝く。

上空に転移した視覚には、小さな自分が写っている。

ちっぽけで、頼りなげな自分。

手を夜空に伸ばす。


「あんたも、そうなんじゃないか?自分が王だと、己に言い続けてる。じゃないと、この暗闇に負けてしまいそうになるから」


円環が回る。

ひび割れるような、ガラスを擦り合わせたような音がする。

彼女が視覚の転移を繰り返し、その結果、1箇所だけ見れない場所。

帝都の中心。

痛みが体に奔るが、簡単には転移を止めない。


「____くぅ、、、そこにいるんだろ、なぁ、答えろよ」


だが、その言葉は届くことなく、円環は砕ける。

それは対話の拒否だった。

アイリスは息を大きく吐き、それから手に持った赤く縁取りのある白い布を左肩に掛けてボタンで留める。

それは底辺が長い二等辺三角形の布だ。

頂角は肩先に合わせ、底角は体の前と後ろに均等に垂らす。

肩旗かたはた」と呼ばれるペナントのようなもので、己の所属と階級を表す。

これを肩に付けるのは、帝国が認めた正式な戦争のみ。

そこには国家間の条約により、国・所属部隊・階級・名前・適合、非適合者の区分を刺繍することが義務付けられている。これは衛生兵などを攻撃しないようにする意図もある。

そして、この肩旗は命よりも重く扱われ、戦果の確認に使用された後は、速やかに所属国に返還することが義務付けられている。


_____始まる、何かの全てが、、、


アイリス・ライゼンバッハはその至宝の瞳を閉じる。


▲▽


フランシャルン・パピノスペイパードもまた、屋外に出て、夜空よりも暗く、暗黒の帳となった山脈を見る。何よりも暗いその山脈は、静止した大波のように見える。

その泰然は、理想とすべき泰然だ。


____何も語る必要はない。ただ行動を示すだけ


それは彼女の信念だった。

思いに嘘はある。

だが、行動に嘘はない。


「私は、あたなに心ごと救われた。だから、私も命だけじゃない。心ごと、あなたを救う」


フランシャルンの髪は、光なき夜でも月の涙のごとく輝く。

まるで、太陽が恋い焦がれて、いまだに彼女にまとわりつくようだった。

彼女は、はからずも世界の王女だった。


____出陣します


甘美な声で彼女が宣言すると、前時代的な鎧兜が彼女の脚を、腕を、胸を隠す。そのすべての鉄製パーツがウーシア兵器だった。

王女には似合わない、無骨なプレートアーマー。

そして彼女が地面に刺し、手に持つのは、己をすっぽりと多い隠すほど長く、幅のある巨大な剣だった。

彼女はその剣の影で膝をつき、祈る。


____In questo paradiso ne scopra il nuovo dì


この楽園で新しい1日を見つける。

そこに英傑の頌歌はいらない。


がしゃり、と眉庇バイザーを下ろして、その青い瞳を隠す。

戦場には英傑の、そして女神の席もない。

あるのはただ、流れた血で採譜された叙情のみ____。

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