第1章 聖ジェファールズ豪華客船事件 第39話 巣穴
パミドール州、第二十一班転移座標地。
普通の民家の、一般的なリビングのテーブルに、軍服を着た者たちが顔を突き合わせる。
バルディット・ジャルジャ中将は、窯に薪を焼べては外す、そういう繊細な温度調整をするかのように状況を説明した。彼の怒りと迷いは、その手に持つ金メッキのライターがカチカチと硬質な音を立てていることにも表れている。
「隠し事はない。これが全てだ」
ジャルジャの説明に最初に答えたのは、エリオル・ハルマン曹長だった。
普段、イサラ・ザクトーフの補佐として情報を整理・記憶する癖のある彼女が、プレゼントの贈答に最後、飾り紐を結ぶような言い草で、
「状況はわかりました。つまり、野良適合者を制圧、その上でラホム・ブジョールを確保する隊と、豪華客船に乗り込み、民主神聖同盟を制圧、人質を救出する部隊、その二つに別れるということですね。多数を相手にするのであれば、ザクトーフ大尉が適任かと。つまり____」
「エリオル、お前は優秀すぎるな。もっと感情とかないのかよ」
ジャルジャが厚い額を抑えて項垂れる。
「船が山に現れたときは驚きましたが、状況は至ってシンプルです。それに戦力は十分ではないですか?」
ハルマン曹長は、首を固定したまま、理知的な瞳を回し、その場の1人1人の顔を見る。
フランシャルン・パピノスペイパード大尉。
イサラ・ザクトーフ大尉。
アイリス・ライゼンバッハ特務曹長。
「主要な適合者は4人。これらを隊長にして、他の適合者、歩兵を合わせれば十分かと。ジャルジャ中将もそう思われているから、コースフェルト大尉や他の班員を後ろに回したのですよね?」
「それはそうだが、、、だがな、不確定要素も多いぞ。あの客船の中にどれだけの実力者がいるかも分からん。それにリュメーラスだ。あいつは強いぞ。おそらくエチカたちは_____」
その時、それまで静かにしていた、この場の圧倒的実力者が声をあげる。
楽器の弦を弾いた後の余韻のような、振幅が徐々に狭まりつつ、安定していくような落ち着いた音色だった。
「エチカは生きてます」
フランシャルン・パピノスペイパード。
公爵の娘。
透き通った白色の髪に、海の原液をガラス瓶に貯めたような極彩色の青い瞳。
創造主の証明には、彼女一人の存在で事足りるような、完全なその美貌が、はっきりと宣言する。
「あの人の波長を、私は見逃しません」
その言葉の真偽はともかく、彼女の言葉の強さに、ジャルジャは脂汗が出る心地だった。その汗の方に、彼女の感情が滲み出ているような気さえする。
「お、、、おう、怒ってんのか?フラン」
「いえ、中将の奥様のように、そういった可愛らしい反応は、私はいたしません」
「怒ってんじゃねぇか、、、それに上官の嫁をイジるなよ、、、」
「イジる、、、とはなんでしょう?ただ尊敬しているだけです。あれほど夫を愛している人を、私は他に知りません。知ってますか?私と同じ部隊になると知って、毎日剃刀入りのお手紙を頂戴しているんです。奥様とは楽しい文通をさせていただいていますよ?」
「公女殿下!?それはなんというか_____すまんな」
「土地も国もない、ましてや分家ですらない公爵ですから、これまで通りフラン、もしくはパピー大尉とお呼びください」
パピノスペイパード大尉は、感情の一切見えない表情で、ただジャルジャが肝を冷やすばかりだった。ただ、張り詰めたような彼の雰囲気はいくぶん、軽くなった。
「あ、、、あの、、、やっぱり、アイリスちゃん、見えない?」
イサラ・ザクトーフ大尉が震えながら発言する。
「はい。全く。クランツェルのときと似ていますね、これは」
アイリス・ライゼンバッハの瞳、それを拡張するような円環が回転を軋ませて消失する。客船内を覗こうと何度も挑戦しているが、全て同じ帰結だった。
_____帝国領土を出ると、ウーシア運用が乱れる。
これは過去、現アラン=ヴィシュク連邦への第一・第二征伐で明らかになった事実だ。まだレガロ帝国しかウーシア技術を持っていなかった時代、意気揚々と戦争をしかけた帝国が手酷いしっぺ返しを喰らった。
海上で転移が難しくなるのも同様の現象と見られている。
「第一観測者と関係があるんだろう、それは」
ジャルジャが言う。
「ただ、内状が不明ってなると、潜入は少人数で行くべきだと思うけど」
アイリスの意見に、皆がうなづく。
その時だった。
『____大丈夫だ、、、黙ってろ、、、あ!?いいから、、、聞こえますか。こちら、ユト・クーニア____』
ジャルジャがすぐに小型通信機器から映像を展開する。
「聞こえるぞ!大丈夫か!?」
『あぁ、私は大丈夫だけど、戦闘できる状況にない。それに客船が_____』
「分かってる。お前はあの後、乗り込んでないんだな?」
『そうです。アルファリア・レオン、アクトゥール・アウリウス、他数名と戦闘になった。現在も睨み合いだ。憂虞の鳴器の奴が、味方なんだか敵なんだが分からないが、そいつらは抑えてくれている』
「分かった、増援は?」
『はっ!むかつくけど、必要なさそう。ったく、私は余興でしかないってことらしい』
警備船の医務室らしいところで横になっているクーニアが、皮肉に笑む。
『クーニア上級大尉のことはこちらに任せてください。ジャルジャ師団長。こちら、フォーダウ号船長、第4深官のドレッチです』
「承知。ユト!絶対に無理するなよ!こっちのことはこっちでなんとかする」
『訳わからないことになってるけど、、、申し訳ございません、、、お願いします』
クーニアは、珍しくまぶたを閉じて、それを一揖の代わりとした。
弱々しい姿だったが、どこか晴れやかさもあった。
通信はそこで待機状態になった。
「警備船の通信は回復、、、だが、エチカにはやっぱり繋がらないな」
ジャルジャが難しい顔をする。
「ジャルジャ中将」
パピノスペイパード大尉が、鋭い顔つきのまま、
「リュメーラス・ハイゼンヴァウムは、確かにこう言いました。清土祭が行われる二日後の正午までに完了しなければ、乗客達は皆殺しにします、と。つまり、事態が動くのは、十月十五日」
「そうだ、だから今は皇帝陛下の判断を____」
「エチカたちは乗客ではありません。先に救出することはできませんか?」
パピノスペイパード大尉の進言に、皆は草むらから蛇が這い出てきたのを見るように、ぎょっと視線を動かした。
「待て、、、エチカたちが心配なのはわかるが、それだと、、、それはどうなるんだ?」
「まず、ハルマン曹長の言うように、私とライゼンバッハ特務曹長とで客船に潜入します。そしてエチカたちの救出を行い、抵抗があるようであれば戦闘になります。仮に野良の適合者たちが動きだしたら_____」
「俺とイサラ、エリオルを中心に対応する、と。だがな、皇帝はまだ何も_____ちっ、、、天井の鼠が動き出しやがった_____」
ジャルジャは舌打ちを大袈裟にして、通信を開示する。
『天井の鼠とは、不敬がすぎるな、ジャルジャ中将』
「レクタニア・ハニーハート陸軍総帥閣下、蟻の戯言ですよ、えぇ。いつもそんな足下ばかり気にしていると、頭をぶつけますよ?それとも余程お暇なのか」
簡素だが荘重な木製の椅子に座る女性。
映像越しでも、その威圧的な視線はその場にいる兵士たちを起立させるには十分だった。ただ、ジャルジャだけが座ったままだった。
『蟻か、軍隊らしい比喩じゃないか。蟻でも数にモノを言わせれば、鼠だって殺せるだろう?』
「こちとら草食なもんでね、ホコリだらけの鼠なんてまずくて食えないですよ」
ジャルジャの挑発的な物言いも、通信の途中で暗号化されたように、彼女は無反応だった。
『皇帝は要求は飲まない、とのことだ。あとは二十一班に任せると』
レクタニア・ハニーハートが、会話に角度をつける。
「俺らを動かしているのは、今、クマさんなんでね」
『残念ながら、彼は今、動ける立場にない』
その言葉に、ジャルジャは速乾性のコンクリートでもかけられたように固まり、灰色の像と化す。陸軍の中枢で、立場が不安定な第二十一班が頼れるのは、唯一、あの陸軍大臣だけだ。ザリ・グゼン教育監督長も中立的な立場だろうが、頭がそう切れるタイプではない。今、唯一の後ろ盾を奪われれば、本格的にこの班は言いなりの捨て駒になりうる。
『今回の事件、第三騎兵師団長のアヤヴァウィン・オペリン、パミドール州高等弁務官、ラホム・ブジョールの他、ドレッサ・コガジャ庶民院議員も首謀者として確定した』
ドレッサ・コガジャ。
庶民護憲党の議員で、パタヤル大臣の後輩議員にあたる者だ。
そして、このパミドール州を中心にした帝国東方企業からの信頼も篤いと聞く。
「_____なるほど、なるほど。分かった。おーけーだ。全部丸ごと、委細承知だ。こんの、くそったれのドブ鼠が!!」
そこでジャルジャ中将は通信を切った。
総帥の通信を侮蔑とともに切るなど、大罪も大罪だが、誰もその点を追求できなかった。
「やられた!こんちきしょうがっ!何が黒隈獣だ!ハメられてんじゃねぇか!」
ジャルジャ中将が、テーブルをだんっと叩く。
「今回の事件、規模があまりにも大きすぎる。三長官が関わってないとは、誰も言えない。だから、パタヤルの爺さんか___」
アイリスがジャルジャ中将の持つライターを奪い取って、火をつける。ジャルジャは叩いた拳をもう1度振り上げていたが、ちらりと彼女を見た後、煙草を咥えて顔を近づけた。そして、パピノスペイパード大尉は立ち上がって、ガラス窓を開け、そのまま外の景色を_____遠く山脈の方を見遣る。
「____パタヤルの爺さん、助けた方がいいのか?」
アイリスが、また瞳の円環を再度顕現させ、回転させながなら言う。
今度はその円環は壊れず、何かの映像を彼女に見せているらしい。
「いや、、、確かに死罪は免れないけどな、助けたところで、今度はこっちが死ぬだけだ」
ジャルジャ中将が煙を地面に吐きながら言う。
「でもさ、今、大臣室に1人だぞ?私ならいけるけど、、、」
そのアイリスの言葉に、ジャルジャは急いで大臣に通信を入れるが、つながらない。
おそらく通信機器関連を剥奪されているのだ。
だが、それにも関わらず、なぜ彼は投獄なり拘束なりされていないのか?
「普通にコーヒー飲んでる」
「訳が分からん___でもダメだ、アイリス。前にも言ったが、お前さんの能力は、忠誠心を疑われた瞬間に、帝国にとって最も懸念すべき敵対戦力になる、分かるだろう?」
アイリスはそんな忠告も聞こえていないように、
「あ、来いってさ、行ってきていい?」
「あ?来いってなんだ、来いって、おいっ!!」
瞬間、アイリスはその場から消えた。
「____ったく、エチカは指導をちゃんとしてるのか、あの馬鹿娘に」
ジャルジャは煙草をもみ消して、二本目に火を付ける。




