第1章 聖ジェファールズ豪華客船事件 挿話1-3-2 モチャ・ファズの日常
「それってさ、教官が仕組んだんじゃないの?」
「お前な、デリカシーとかないのかよ」
尉官以上が事務作業を行うための個室の執務室に、ユトが紅茶の入ったポットを片手に押しかけて来た。
第二十一班へのスカウト。
それが目的だったらしいが、いつの間にか私は夢のことを話してしまっていた。
だからこいつは嫌いなんだ、と思う。
年下のくせに、どこか安心感がある。
それが、あの人に似ているからだ、とは決して思いたくなかったが。
「ほら、あなたを周りから離すために。おばぁ様がいなければ、あなたは教官の指示に心から従ったでしょう?」
「本当に配慮がないな、お前。だから尊敬はされても友達いねぇんだよ、、、それにな、ばぁちゃんがいようがいまいが、教官の指示を無視できる訳ないだろう?殺す必要がねぇんだ」
私は作業する立体映写から目を離さずそう言うが、内実、ユトの推測は大方正しいだろうと思った。5歳の私も、そう考えていた。
いずれにせよ、私はばぁちゃんの下を離れるしかなかった。
だが、あの教官を含め、レガーリャ人は当時少数民族の人間など虫けらだと思っていた。だから、私をあの地から離すのに、ばぁちゃんの命ぐらいは簡単に潰す。
それは、顔のまわりを飛ぶ羽虫を叩き落とすぐらいのことでしかない。
殺しても殺さなくても、どっちでも良かった。その五分五分のサイコロが、殺す方を示しただけだ。
でも、私はその時、そんなことはどうでもいいと思っていた。
教官らの仕業でも、級友でも、他の大人でも、関係ない。
ばぁちゃんへの愛情を奪われた私に、その反対の感情である憎しみの心も、すでになかったから。
モータリア人は、人が死ぬと仰嵐山脈の頂上から魂は空に昇ると考えていた。
だから、遺体はなるべく標高の高いところで燃やして供養する風習があった。
それは仰嵐山脈を神の寝床として恐れていた、他の民族の祖先からすれば忌まわしい考えだったろうが、モータリア人は違った。
そして、その煙は天蓋で凝固して、星になり、いつまでも輝く、と。
ばぁちゃんはもう、天蓋の規則に従って動くだけの、そうゆう固まった存在になった。それが死ぬということだ。
でも、私は今ではその古風な考えを好んでいる。
星はいいものだ。
ばぁちゃんのことは、なるべく自分から遠ざけたい。自分が1人ではないことを、その悲しみを、思い出してしまうから。
でも、見えなくなるのも嫌だ。もう1人になってしまったことすら、忘れてしまいそうになるから。
だから、その手の届かない絶妙な距離が好きだ。
「でも、そこからどうやって今のファズになるわけ?話を聞く限り、感情のない無慈悲な適合者が1人誕生しただけなんだけど」
「それは、、、まぁ、、、いろいろとあったんだ、詮索すんなよ!」
「そのいろいろが、スカウトに大事な情報かもしれないじゃない」
「だから!入らねぇって言ってんだろ、、、おい!なにやってんだ!」
ユトが私を押しのけ、立体映写のシステムを弄りだす。
私はユトが持つ紅茶が気になって、押しのけることができなかった。
「私が入隊したときは今のファズだったから、、、その前でしょ?」
「お前な、いい加減に、、、」
____ジャティ・ㇼモエル、マゾーテ・ㇼモエルによる内乱、その制圧
その一文が目に入る。
私の功績一覧、その中で1文だけ浮いたように見えた。
ジャティ。
マゾーテ。
二人の笑顔が、星のように私の頭蓋の中を周る。
▲▽
ばぁちゃんは星になった。
それが本当なら、今もばぁちゃんは空で1人なんだろう。
それはある意味で幸福とも言える。
1人なら感情は動かない。憎しみも、喜びもない。
それは人間ではない、もっと高尚な、何かになったのだ。
だとしたら、地上にも星はある。
死ななくても、人は1人になれる。
私のように。
だから私は幸福だった。
「モチャ!ったくお前は、少尉になったのに単独行為ばっかり!」
私は15歳になっていた。
適合者として着実に任務をこなし、少尉になった。
「_____」
「おい!無視するなよなぁ!飯でも行こうぜ!!」
そう言って付いてくるのは、歳は1つ上のジャティという一等兵の男だ。
任務で一緒になってからというもの、私にしつこく絡んでくるようになった。
「モチャ!一緒に訓練しようぜ!」
「なぁ、美味しいランチの店見つけたんだ!行こうぜ」
「ファズ少尉〜、そんなしけた顔ばっかりしてないでさぁ。きれいな顔がもったいないぜ」
顔のことを言われ、一瞬、私は怒りに振り返った。
「お、ようやく反応してくれた!ありがとうございます!」
だが、その頃の私は、突発的な感情の起伏はあれ、どうにもそれが持続しなかった。
嬉しそうなその男の顔を一瞥して、すぐに早歩きで去っていった。
▲▽
「モチャ、最近変なのに絡まれてるね〜」
食堂。
正面に座った同い年の少女がそう声をかけてくる。
5歳で軍に入ってから、幼童教練課程を一緒に過ごしてきた、マゾーテ・ツィミス。
私がこの軍で唯一、談笑とされる会話をする相手だ。
友達とは言えないかもしれない。
ただ、長く同室で過ごしてきた結果だった。
「からかってるだけでしょ、私、ブサイクだし」
「昔からそう言ってるけど、違うと思うけどな」
マゾーテも仰嵐山脈を住処とする少数民族をルーツに持っていた。
彼女が言うには、モータリア民族とも関わりがあったらしい。
単一民族だけだとどうしても血が濃くなりすぎるから、婚姻は他民族と行うことが掟だったらしい。だから、マゾーテの民族からモータリアに嫁に行った者も多いという。
「顔のこと言われるの嫌がるだろうけどさ、やっぱり顔が小さくて、目が大きい。レガーリャ人は綺麗な人多いよ」
マゾーテは紅茶を飲みながら、自分の瞳を指差す。
彼女の目は細く、ほとんど瞑っているようにさえ見えた。
それは確かに、モータリアや彼女の民族に特有の顔の造形だ。
「でも、肌の色は一緒だ」
私が腕を伸ばすと、彼女も同じようにした。
二人の手首は同じ褐色だった。
マゾーテはこつんと、軽くその手をぶつけ、それから朗らかに笑んだ。
すると、細い目がさらに細くなって、それは笑顔の見本のように見えた。
「だね。、、、あ、またこっち見てる」
マゾーテがそう言って、顔をちょいっと振る。
そちらを見れば、ジャティ・リモエル一等兵がこちらの様子を伺っており、一瞬、目があった。
「最悪だ、、、」
私が呟くのと同時、彼はずいずいと私とマゾーテの席の方に歩いてきて、
「バレてしまってはしょうがない、一緒しても?」
「ダメに決まってんだろ」
私がそう言っても、彼は意に介せず隣に座ってきて、
「お、初めて声を聞かせてくれたね!モチャ」
と嬉しそうに笑顔を膨らませてこちらを覗き込んでくる。
私は自然と顔を逸らす。
「ファズ少尉、でしょ」
マゾーテが助け舟を出すように、冷静にそう指摘する。
「なんだよ、マゾーテ。年上なんだからいいだろ?」
「ツィミス少尉。私もね」
「なんだ、二人は知り合いなのか」
私は二人のやりとりを聞きながら、ぽそりとそう言うと、二人は違いに顔を見合わせ、
「知り合いも何も、同じ師団だろ?」
「ファズ、いくらなんでも、もう少し周りに関心持った方がいい」
私の味方はそこにいなかった。
▲▽
「第1回、モチャ・ファズの永久凍土に花を咲かせよう大さくせーん!!」
「いよっ!!待ってました!!」
マゾーテの宣言に、ジャティが大仰に拍手をする。
「おい、出てけ。ここ私の部屋だぞ」
私は盛り上がる二人をベッドに座りながら見る。
「えっと、お菓子は私が持ってきたらから、飲み物は?」
「もちろん、ジャティ・リモエル一等兵、抜かりはありません!!」
「って、これお酒もあるじゃん、未成年しかいなんだけど」
「酒が飲めてこそ兵士でしょうよ!」
レガロ帝国において、成人は二十歳。
ただし飲酒に関しては、15歳以上は自宅で飲む分には法的な処罰がない。
処罰の対象となるのは公共空間での飲酒だ。
「私は飲まないぞ」
と、二人を無視してベッドに横になる。
だが、すぐにジャティに布団を強奪される。
女性の寝具をなんだと思ってやがる、と睨み付けるが、満面の笑みで返される。
「知っているぞモチャ、君が明日、休みだということを!ちなみに私たちも休みだ」
「だからだ、だからこそ寝かせろ」
「若者が休みの日に休んでどうすんだ!!」
ジャティのヘンテコな理屈で、ファズは無理やり起こされ、テーブルにつく。
「で、この先どうするの?」
と、マゾーテ。
「そんなもん、なるようになる!はい、レガロ帝国に永遠の栄光を!」
ジャティがグラスを掲げる。
女子二人も流れに押されてグラスを持ち上げると、ジャティが力強く、半ば強引にグラスをぶつける。
硬質な音が部屋に響く。
「そいえば、モチャはそろそろ中尉に昇進か?」
と、ジャティが聞く。
私が無視して、マゾーテが持ってきたお菓子に手をつけていると、その口に咥えたチップスを彼が手で引っ張った。
ぱきり、とチップスが割れる。
「中尉に昇進されるんですか、と聞いている」
ジャティがその割れた半分を食べながら再度追求する。
私はその時、びっくりして、初めて彼の顔をちゃんと見た。
薄い色素の瞳が深く沈んで、鼻が高い。
眉毛は太く、ほとんど繋がるようになって、力強い印象だった。
行動と一致して、荒々しい印象だった。
「しないよ。帝国は多分、まだ私を信用していない」
「信用してないって?」
マゾーテがふざけた行為をしたジャティの頭を叩きながら言う。
「いつか、私が帝国に復讐するとでも思ってるんだ。モータリア民族の代表として」
「あぁ、モータリアは結構抵抗したからね」
そう。
マゾーテの民族は帝国と争う前に降伏した。あるいは交渉とも言える。
それに比べ、モータリア民族は適合者も含めて徹底抗戦した。
「そう。だから、本当にその懸念がないと判断できるまで、これ以上の昇進はないだろうな」
「でも、それっていつ分かる訳?一生無理じゃないか?」
ジャティが首を傾げながら言ったが、それは正しかった。
私には、自分で自分の身の潔白を証明する手段がない。
復讐なぞ、1度も考えたことないのに。
私は誰も憎んでなどいない。
「まぁな。だから一生このままだ。任務をこなして、いつか戦場で死ぬ。それでいい」
私がそう言うと、ジャティが強めにグラスをおいて、それから私の顎を掴んで正面を向かせた。彼の太い眉の下の瞳が、私を射抜く。
「死ぬなんて、簡単に言うな」
普段はおちゃらけてばかりの彼の、初めての真剣な表情に少々驚きながら、
「離せ。もう酔ってるのか?酒が飲めてこそ兵士だったか?私に言わせれば、死んでこそ兵士だ」
「お前は、何も分かってない。死んじゃいけねぇのは、残された人間のためだ」
私は顔を掴むジャティの手を払って、酒を一気に煽る。
「残れされた?笑わせる。覚悟が足りねぇんだよ、お前」
「死ぬ覚悟か?そんなものは必要ない」
「あるだろ。いざというとき、その覚悟がない兵士は使えない」
私には残される者などいない。
1人であれば、いつ死のうと変わらない。
だからこそ、私は軍において強かった。
「死んでいったい、何になるってんだ?ああ?お前は何に命をかけてんだ」
「私は、、、」
言葉が出てこない。
いつ死んでもいい。ただその命を何にかけているのか、と言われれば何もない。
「ジャティ、その辺に、、、」
若干ながら私の事情を知るマゾーテが仲裁に入るが、ジャティは立ち上がって、私を見下ろしてこう言った。
「命をかけるに値するものはな!愛しかないんだよ!愛!だがな、だからこそ簡単に死んじゃいけねぇんだ!わかるか!?愛だよ、愛!!」
ジャティがまた酒をぐいっと煽って、口からほとんど零しながらだった。
私とマゾーテは二人、顔を見合わせて、それから、
「いや、何を言うかと思ったら、愛って、そんな、堂々と、、、ふふっ」
「お前、子どもかよ、、、馬鹿か、、、はは」
私は笑っていた。
いつ以来だろうか、そんな風に笑ったのは。
そんなに堂々と愛だのなんだの言うジャティの真っ直ぐさに、いろいろ思い巡らしていた考えがばっさりと断ち切られたような快感。
「なんだよ、なんで笑ってんだよ、お前ら」
「お前な、年下にむかって愛って。恥ずかしくないのか?」
私はジャティに口を拭くハンカチを渡しながら言った。
「恥ずかしくねぇよ。逆に愛以外にあんのかよ、命をかける理由が」
「あるだろ。金とか、地位とか、名誉とか、いろいろ」
「それこそくっだらねぇよ。いつから命はそんな安っぽい通貨になったんだ?」
私は久方振りに笑ったのを契機に、ばぁちゃんのことを、それもまた久々に思い出した。
ばぁちゃんは、一体、何のために死んだんだろう。
きっと、何も分からず死んだに違いない。
ばぁちゃんの命は、いったい何と交換されたのだろうか。
____聞いてみたい。
その答えは、あるいは聞くに恐ろしいものだった。
でも、知りたい。
この馬鹿なら、突拍子もなく明るい答えをくれるかもしれない。
「私のばぁちゃんは、おそらく帝国の奴らに殺された。そして私は1人になった。ばぁちゃんは、その命を何と交換したんだ?教えてくれよ、ジャティ、それは愛か?」
私はそんなようなことを言ってしまっていた。
事情を知るマゾーテが、柔らかい笑顔を片付けて、真剣な表情になる。
彼は、そんな簡単なこと、とでも言うように息を深く吐いて、
「それはお前が決めることだろう、モチャ。お前がばぁちゃんの命を貰ったんだろう?だからお前が何を為して、どんな人間になるか、それで決まるんじゃないのか?だから簡単に死ぬべきじゃないんだ。命を預けられた方は、それを何と交換すべきか、一生悩まなくちゃいけないからな」
何と交換すべきか。
____私は、勘違いしていた?
1人になったと、私は思っていた。
だからどんな感情も生まれない。それは平穏で、幸福なことだ、と。
実際に、軍に入ってから、私の心が乱れることはなかった。
でも、もし、私にばぁちゃんの命が預けられているとしたら、私はそれを何と交換すればいいのか。それはつまり、ばぁちゃんの人生の意味を、私が決めてあげないといけないということ。
_____モチャ。1人だけでは、優しい人になることはできないんだよ。ばあちゃんに優しくしてくれるように、お友達にも優しくしてあげなさい。ばあちゃんは、優しいモチャが好きだ
今の私は、ばぁちゃんの命を利用して、その死を利用して、孤独に心を休ませているにすぎないのか?
1人だと言い聞かせて、それで、あらゆることから逃げているだけなのかもしれない。
「愛か。そうか、、、じゃぁ、まずは愛する人を探すところから始めるか」
私はグラスに酒を注ぐように、静かにそう言葉を溢していた。
ばぁちゃんはもういない。
私は一人、それは事実だ。
でも、これから増やしていくことはできる。
「ファズ、、、」
マゾーテが、なぜが瞳に涙を湛えている。
そして、
「ずっと、待ってた。5歳のときから、ずっと。あなたがそう言ってくれるのを」
「マゾーテ。お前、、、最初に、ほどよい関係でいよう、って言ったのはそっちだっただろう。任務に支障が出てもあれだからって」
「それは、、、あなたが1人で居たがっていたから。だからこっちから距離を置いたの、本当は、ずっと、あなたともっと仲良くなりたかった。だって、似たような境遇で、適合者で、同い年で、、、私も心細かったから、、、」
マゾーテは涙を流しながら、私がジャティに渡したハンカチを奪い取って、ぐしゃぐしゃと顔を拭く。
「モチャ、愛する人を探す必要はない」
と、ジャティが手を腰にあて、頷きながらそう言う。
「どういうことだ?」
「なぜならもうここにいるからだ」
「マゾーテのことか?いや、いきなりはちょっと、、、」
「ちがーう!俺だ俺!俺はモチャのことを心から愛している!」
「なんでだよ」
「お前が任務で敵をばったばったと倒すその姿に惚れちまったんだ!だから付き合ってくれ!!」
「いやだよ、なんでだよ、気色悪い」
「まぁそう照れるな。答えは清土祭の時に、な!?」
「照れてないし、答えももう言ったぞ」
「うわーん、ファズは渡さない!十年分の友好を今から取り戻すんだから!」
マゾーテが椅子から立ち上がり、私の体をぎゅっと抱きしめる。
柔らかい、若い体。
ばぁちゃんとは違う。
でも、これはこれで、心地よいものだと思った。
そして、その後、三人で酒を浴びるように飲んだ。
体が暖かくなっていく。
視界もぼやけ、熱を持った体は外の世界との境が曖昧になっていく。
木で土は掘れない、でも新芽は土を破って外に出る。
私は、固くなるのが早かったのかもしれない。
今から、これから、新しく始めることができる。
ジャティが口を拭いて、マゾーテの涙が染み込んだハンカチ。
私はデスクからペンを一本持ってきて、そこに三人の名前を書いた。
「な〜に、してんの、ファズ」
マゾーテが私の背中に寄りかかる。
すでに耳にかかる息が酒臭い。
「え、乙女みたいなことしてる〜。かわいい〜」
「お、俺の名前も書いてくれてるのかぁ?これは告白成功だな」
「私の名前もあるから違いますぅ、だよね、ファズ?」
私は二人の酔っ払いを無視して、そのハンカチをポッケにしまった。
▲▽
それから私は、もう1度、優しい人間になろうと思った。
ばぁちゃんの命が、何と交換されるのか、まだ分からない。
でも、まずはばぁちゃんが望んだ私の姿になる。
そうしてみて、初めて分かることもあるだろうと、そう考えた。
「ファズ少尉!今日も射撃訓練付き合ってください!」
「少尉!転移直後の感覚について教えてください!どの部分を狙うのがもっとも銃弾が転移されづらいか知りたくて」
「少尉、今日も一緒にご飯でも!」
私が態度を変えると、すぐに人が集まった。
「今日も人気だね、ファズ。私と友好を深める時間もない」
マゾーテが不服そうに声をかけてくる。
訓練から戻って、第三営舎のロビー。
「いや、マゾーテのおかげだよ。まだ慣れないけどな」
「素直な感謝、、、1週間足らずでこの変わりよう、、、。でも、あとジャティも、でしょ?告白の返答は決めたの?」
「だからあの時断っただろう」
「でも、毎日部屋に来てるんでしょ?」
「いい加減にやめさせてくれよ、あれ。このままじゃ部屋が花屋になる」
「幸せなことじゃん、あ、惚気か、これ」
「断じて違う」
マゾーテの言う通り、あの日以来、ジャティは毎日違う種類の花束を持って現れた。
『返答は清土祭のときと言ったが、待ちきれない!』
『なんか、お前、人気出てきてるらしいぞ、許せん!俺の功績なのに!』
『大好きだ、モチャ。結婚してくれ』
そんな歯が浮くような台詞を添えて。
だから私は、
『結婚って、話が飛んでるぞ。それに私はブサイクだ。田舎でも野良猫って言われてたからな。笑い者になるぞ、お前』
『そんなことはない!綺麗だよ、ファズは、その顔も、その長い、まるで耕したばかりの新鮮な畑のような茶色の髪も』
『畑って、お前、馬鹿にしてんのか?髪、そろそろ切ろうと思ってるんだ。邪魔だし。短くしようと』
『なんでだよ!もったいない!!その肌の色と合って美しいのに!でもな、俺が惚れたのは見た目じゃない、中身なんだ。それこそが、最近お前の魅力に気付き始めた奴とは一線を画すところだ』
『中身って、お前もさほど知らないだろう』
『いや、俺は入隊以来、ずっとお前のことを見てきた。そしてようやく一緒に任務に行けて、確信したんだ。お前は本当は、すっごく優しい奴なんだって』
『どうしてそう思ったんだ?』
『だってお前、喋らないし、人と関わらないけど、ずっとみんなの顔を見てるだろ。そして、みんなが疲れてきてるって分かったら、一人で状況変えるために特攻しやがった。あれは痺れたね』
ジャティがストーカー行為を始めるきっかけになった任務のことだろう。
確かに、相手の適合者が建物内に姿を隠して現れず、緊張が続く現場だった。その状況で、皆の疲労が如実に溜まっていたから、私は一人で敵陣に飛び込んだんだ。
その時点で、私は1人ではなかったのかもしれない。
他人のことを気にしていたのだから。
それを、彼には見抜かれたのだ。
「勘弁してほしいよ、本当に」
「でも、嬉しそうだよ、ファズ。意外にありなんでしょ?」
「んなわけねぇ」
そんな軽口を二人で言い合いながら、私はマゾーテの後ろで去っていく人影に目をやる。
「またオペリン少将か?」
「えぇ、そう、、、」
これまでは周りのことなんて気にしてなかったから気付かなかったが、マゾーテはよくアヤヴァウィン・オペリン少将と一緒にいた。次期師団長と目される男。
マゾーテは、彼女の民族が帝国と和平的に同化する際、彼が間を取り持った、その関係だ、と言っていた。
「大丈夫?マゾーテ、何か力になれることがあれば、、、」
「ううん。大丈夫。ファズほどじゃないけど、私も少数民族出身だからね、たまに忠誠心ってやつ?確かめられてるみたい」
マゾーテはそう言うが、私は呼び出されたことなどない。
だが、私はそれ以上、人の心に踏み込む術を知らない。
だから、彼女のことをじっと見る。
不安と、怯え、でもそれだけじゃない。
何か、決意のようなものも見える。
弱さだけじゃない、強さ。
だから大丈夫だろうと、私はその時、思ってしまった。
▲▽
「せっかくの清土祭なのに、任務とはな」
パミドール州、州都テストン。
その繁華街・ミサゴ通りは祭りの後の余韻だった。
まだ人の往来は多い。
清土祭は、穀物の収穫が終わった後、翌年の豊作を祈る祭儀であり、帝国東方のジシュア新派の古くからの慣しだ。
各家や店が、「天旗」を模した刀を玄関に飾る。それは農地開拓の際に使用していた、測量のための棒だ。そして、その年に収穫された小麦で出来たパンを食べる。
それはリドネス様の言うように、罪を体に含むという意味がある。
それから、皆が総出で互いに水を掛け合う、「雨藍」がある。リドネス様の聖拐の場面を模したもので、観光客もこれに参加するために集まる。
私たちは出店で蒸しパンや鴨肉の焼き鳥を買って食べながら、通りを歩く。
私は残念そうなジャティに答えて、
「まぁ、また来年来ればいいでしょ、異動なんて滅多にないんだし」
私がそう言うと、二人は笑顔だけを返した。
その違和感に、
「どうしたの二人とも、いつもの調子は?」
「まぁな、お前、本当に大丈夫なのか?」
ジャティが私の体を下から上まで見てそう言う。
「あ、それの心配?大丈夫、ちょっと死にそうになっただけ」
私は手を広げて無事を証明する。
一週間前の任務で、私はちょっと死にかけた。
適合したばかりの男が暴れている、というよくある任務だった。
適合初期は、まずウーシア運用が安定しないのと、稀に全能感に支配されて暴れる者がいる。今回がそれだった。
「一般兵を庇うなんて、本当に変わったね、ファズ」
マゾーテも心配そうに言う。
彼女とジャティは今日も軽い任務だったらしく、終わってからみんなで集合した。
「まぁ、そう。でもあいつもよくやったんだ。転移直後の脚を狙おうとして、相手の視界に入っちまったんだ。集中しすぎてたんだろう。よくあることだよ」
そして、それを庇って転移したところを、ぐさりと普通のナイフで刺された。
ぎりぎり心臓は回避したものの、重症は避けられなかった。
「というか、マゾーテ、聞いてよ。ジャティがおかしいんだ。私が医務室に運ばれたときに、血相変えて走ってきてさ、俺のせいだって言うんだ。なんでお前のせいになるんだよって」
その時のジャティの蒼白な顔を思い出して、私は笑う。
「痛ててて、、、」
「痛いなら笑うなよ。それに本当にそう思ったんだから。だってお前、戦闘で怪我したことなかったろ。狐王のファズとか言って、意味わからないウーシア運用するし。でも、俺が変に愛だのなんだの言ったから、、、」
「自意識過剰だな、お前。私はばぁちゃんの願いを思い出しただけだ。だから、私が任務に出る時は、誰も殺させない。そう決めただけだ。まずはそこから始めてみようってな」
「それでお前が怪我して、死にでもしたら意味ないだろ」
「意味はあるんだろ?愛だよ、愛」
「仲間全員にか?」
「ああ、どうせなら、な」
「極端なんだよ、お前。このままだと本当にいつか死ぬぞ。来年の清土祭にも来れない」
「____だったら、お前が私を守ってくれよ」
私たち三人は、ミサゴ通りの端の桟橋までいつの間にかたどり着いていた。
流れる川の音と、背後には祭りの喧騒。
私はジャティの顔を真っ直ぐに見て、そう言った。
マゾーテが手で口を抑える。
「俺が、、、お前を、、、?」
「おい、あの告白は嘘か?お前の命は愛と引き換えなんだろ?だったら私を守ってくれよ。私はここの兵士、みんなを守るから。でも、お前もなるべく死ぬな」
私は、ジャティの手を引いて桟橋を降りる。
私が彼のことを好きになるのは簡単だった。
ずっと1人で生きていくつもりだったから。
でも、彼が私の間違いを正してくれた。
ばぁちゃんの命を、無駄にするところだった。
____ばぁちゃんの命は、私への愛と引き換えになった
そう堂々と言える日が、いつかくるかもしれない。
彼が、私を地上の天国から救いだしてくれた。
誰もいない、狭く、寂しく、凝り固まった天国から。
私はジャティとともに川に入る。
そして私はその川の水を彼にかけた。
「ほんと、極端なんだよ、お前は」
ジャティがそう言った。
私は川の水を掬って、それをうだうだ言う彼の口に無理やり流し込む。
「お前!!意味分かってんのか!?」
「分かってるよ。私には飲ませてくれないの?」
私はそう言って、川底に膝をつき、彼を見上げ口を開ける。
「本当に、いいんだな?」
「うん。私の命は、死んだらお前に預けるよ」
私の口に、彼の手から水が注がれる。
そして、私は彼に飛びつくように抱きついた。
ばぁちゃん、私はこの人を愛することで、他の人にも優しくなるよ。
愛を知れば、憎しみも知る。
それでも、私は良い。
もう孤独に逃げたりしない、そう誓うから。
▲▽
「ファズ、、、」
私はユトを連れて、自室に戻っていた。
「だから勝手に人の過去を暴くもんじゃないだろ、これを機に戒めろ」
「ごめんなさい、、、本当に、、、」
ユト・クーニアは上級大尉にあるまじき、しゅんとして小さくなっていた。
あの日、三人で潰れるまで飲んだ部屋。
そこに今は、私とユトの二人。
「馬鹿な女がいただけ、それだけだ。反省したら帰れ」
「えぇ、そうする。謝罪はまた改めて」
「別にいいよ、そんなのは。気にしてない」
「いや、必ず。でも、、、でも、、、やっぱりあなた、一緒に来るべきだ」
「どうして?」
「あなた、、、だって、、、エチカに似てるもの。記憶を失う前の」
最後にユトはそう言って部屋を出た。
私はデスクに向かって、引き出しを開ける。
そこにはあのハンカチが仕舞われていた。
「____私はどうすべきかな、ジャティ」
彼とマゾーテの名前には、赤い血が今もその名前を消すように染みになったままだった。




