第1章 聖ジェファールズ豪華客船事件 挿話1-2-1 カズル・ライ―マの日常
俺には好きな人がいる。
そして、彼女にも好きな人がいた。
「なぁなぁ、童貞を捨てるとしたら誰が良い?あ、有名人限定な、身近だと気まずすぎる」
パミドール州、州都テストン。
その繁華街・ミサゴ通りから、さらに小川を渡った先の寂れた飲み屋。
カウンターを含め二十人程度が限界のその店に「桟橋同盟」の男性兵士たちが集う。
その店に名も看板もない。
ただ、「桟橋の向こうの店」ということで代々若手兵士の愚痴吐き場になっている。
「おい、俺らを勝手に童貞にするなっ!!」
「身近なんて汗臭い女しかいねぇだろうが!」
「内勤はいいだろ、内勤はっ!」
「ということは内勤に好きな奴でもいるのかっ!?」
「倍率高いぞぉ」
「おらもっと飲めよっ!明日には銃弾で胃に穴が開くから問題ねぇ!!」
「それ以前にファズの野郎のいびりですでに空いてるわっ!」
「おお、よっ!!」
「いいぞ!!いいぞ!!ほれ少将、そら中将、こりゃ大将っ!!」
退役軍人であるマスターは、毛量のある白髪を撫でつけ、阿鼻叫喚の若手兵士たちをにこやかに見守りながらグラスを拭く。一見すれば貴族の使用人のような、小奇麗な印象を受けるが、要所に焦点を絞れば兵士としての人生が体のそこここに年輪のごとく刻まれている。猛獣に食いちぎられたように一部が凹んでいる頭部。千切れた耳。割れた唇___。
おそらく適合者との戦闘で負ったと思しき傷が、マスターの優しい微笑みに、それだけではない渋みを加える。
そして、そのマスターが唐突にすっと挙手し、
「私はですね、第一騎兵師団のギャンフリーズ・ゴダシュボーチェラ様がひどく良いですね、痺れます」
無口を極めたように、その分、酒とつまみの提供は恐ろしく速いマスターの、まさかの特攻に皆が一瞬、静まり返る。
「___え、あぁ、ああ!確かにいいっすよね、、、怖ぇけど、てかマスター童貞なの?まさかね?」
「なんか噂では部下の身体のありとあらゆる腱を切りまくっては動けなくして、それを見て哄笑してるって噂だけど、いいっすよね、、、てかそれどんな噂だよ、、、やばすぎだろ」
「顔はキツめの美人だよな、顔は、、、ははっ。なんか訓練の度に地震が発生するって噂だけど、、、怪物と戦ってんのかって」
「あれだよな?あまりにも厳しすぎて、精鋭たちとしか訓練しないんだよな?」
「そうだよ、、、その専用部隊、あまりも過酷なのに誰も異動願い出さないから、【牢獄なき囚人たち】って言われてる」
「それ間違ってるだろ、看守自体がもはや牢獄なんだよ、分かれよ」
「そもそも名前がいかつ過ぎる、なんだよ、ギャンフリーズ・ゴダシュボーチェラって、、、それに比べればファズの姉御でまだよかったと思えるよ」
各々が酒に任せて好き勝手言う。
往々にして、他師団の兵士の話は盛り上がりやすい。それぞれの師団で文化が違うこともあるが、噂が噂を呼び、話題に事欠かないからだ。
だが、マスターはちっちっ、と舌を鳴らして再度注目を集める。
「だからあなたたちは童貞で、雑兵で、雑魚なのです。いいですか、猛る獣は獲物の首を一心に狙って荒野を駆けます。日々戦場に命を懸ける兵士たるもの、女性を追う際に見るべきところは何ですか?分かりませんか?」
マスターの、それこそ猛獣のような鋭い瞳が、酒場の若者の動きを凝視する。
誰も動けず、口も開けない。
その制圧と静寂は、戦場で強者と会敵したときのそれにあまりにも似通っていた。
皆が銃声の炸裂に耳を澄ますように、マスターの次の言葉を待つ。
「___いいですか、胸です。胸だけを見なさい。それが女性の価値です。それ以外はどうでもいいのです。胸のデカいは七難隠すのです。どんなに器量が良くても、清廉でも、知的でも、胸が小さければ価値はありません。そんな女は兵士の女に相応しくない、文民どもの家政婦程度で十分でしょう。そもそも胸が小さい時点で女と言えますか?言えませんよね?いいですか、皆さんは兵士なのです。兵士の女は巨乳でないといけないのです。肉を食らうように、女を食いなさい。それでこそ帝国の領土と人民を守れるのです」
マスターはもう言うことはないと宣言するように、非常に美しい所作で酒を一口含んだ。
そして、グラスをたんっとカウンターに戻した瞬間、膿が皮膚を突き破って噴出するように、声とツバ、拳が飛び交う。
「そうだそうだっ!!巨乳こそ正義っ!!そして若いのにデカい!!ということで俺はリィサ・チッケラ少将に童貞を貰って頂くっ!!」
「馬鹿がっ!マスターも死ねぇ!巨乳なんて太ってみえるだけだろうがっ!!ドレスが似合う女こそ至高!貧乳最高っ!俺はルラ様一筋!あのぽってりした唇で、、、ぼふっっ!!」
「あんな高貴さ漂わせてる女なんて勃たねぇよ!ちょっと隙がある方が良いんだよ!リキューソ大尉の享楽放送見たか!?あの汚ったねぇ部屋を見た瞬間、俺は興奮したねっ!」
「ぼ、、、ぼ、、、ぼくは、、、ファズ様が、、、いいな、、、あのね、ごめんね、僕ね、ファズ様に殴られると、すごく興奮しちゃうんだよね、なんか、苦しさと快楽が一緒に、、、来ちゃうんだよね、、、あ、、、ごめんね、、、鼻血でちゃった、、、えへへ、、、でもね、、、強い女の人が、、、いいんだよね、、、ご、ごめんね、、、鼻血とまらないね、、、」
「そもそも女は食いもんじゃねぇ!いつの時代の話だっ!?」
再び盛り上がりを見せる酒場、その奥のテーブルで、俺は皆の興奮を静かに見ていた。
「カズルは、まぁ、参加しないか」
友人であるマキロー・ピックが干し肉を噛みながら皮肉ぎみにそう言った。
金髪は丸刈りの頭にして、ナイフで切ったような細い目が思考を隠す、少し近寄り難い美少年。こうした時には耳に大きなフープピアスをして、唇には軽く赤いリップを塗っている。
___モッペル経済国を中心に文化先進的な国では「スタグ」として認知されている、性的錯綜者。被差別の対象だ。
だが、マキローは適合者ということもあり、師団の中では特段目立った差別も受けず、こうして良く一般兵の会合にも顔を出していた。
「酒でも入ってなきゃ、あんな騒げねぇだろ。マスターも食えないぜ。ああやって焚きつければもっと飲むだろうって、そういう魂胆だ」
「酒じゃなくてさ、君はあれだろ、身の丈って奴を大事にしてるからさ」
未成年組の俺とマキローは、濃密な狂騒の空気に弾かれたまま、静かに語り合う。
そういうことはままあって、それで自然と仲良くなった。
「ああ、そうだ。先輩方が挙げた奴ら、みんな帝国の宝みたいな奴らばっかだぜ。ギャンフリーズもリィサもルラも、リキューソも。きっとどんくさい神様がコケて宝石箱でもひっくり返したんだ。そこから転がり落ちた産物だよ、あんな奴ら」
「ははっ、カズルは見かけによらず詩人みたいだな。じゃぁジシュア様も元は神のコレクションかな?」
「そう。俺らはちゃんとパパとママの罪の結果だろ?身の程は知るべきだ」
俺の言葉に、マキローは干し肉を噛みちぎってから、少しだけ不満そうに低い天井を見た後、
「そうじゃないと思うけどな。カズルが言う、身の程ってさ、卑下とか、現実味とか、そういうことじゃなくて、遠くを見なくても必要なものは近くにある、みたいな意味だと思っているよ、僕は」
「は?そんな含みなんてねぇよ。慎ましく生きようぜ凡人は、ってだけだ」
「ふ~ん」
「なんだよ」
「じゃぁ、ノラン・イミノルは、君にとっては宝石ではないって意味かい?」
「ばっつつつつつっ!!ちげぇよ!!」
俺は思いがけない名前に、大きな声を出してしまった。
どの女が一番か、と言い合う先輩たちのうち、何人かがちらりとこちらを見るが、すぐに喧噪の坩堝に戻っていく。
違うと叫んだ言葉の意味を、俺は自分でも捉えきれない。
ノランのことなんか好きじゃない、という意味なのか、それとも宝石ではない、と言われたことへの否定か。
いや、本当は分かっている。
自分はきっと、後者の意味で否定したのだということを。
「はははははっ、否定が強すぎるな、はははははは」
マキローが顔を手で覆い、身体を折って笑う。
「____うるせぇよ、、、ったく、、、」
「ははは、、、簡単な話ってことだろ?身の丈どうこうじゃなくてさ、君はノランちゃんが好きだから、他の女が良く見えない、それだけさ。それを宝石だのなんだの言うからおかしくなる、、、まぁ、検討を祈るけどさ、、、」
マキローは笑いを抑えて、その何を考えているか分からない瞳を俺に向ける。
そして、
「だけど、僕はさ、ノランちゃんは向こう側の人間なんじゃないかって思うことがあるよ」
「向こう側?はっ、、、まさか。お前ルラ・コースフェルト、生で見たことあるか?そういうのに興味ない俺ですら、十秒くらい思考が止まったぜ。それに比べればノランは、、、まぁ、、、あぁ、、、まぁ、、、だ」
「大したことないとは口が裂けても言えないんだね、ははは、大好きじゃん。でもさ、それは見た目の美しさってだけじゃないだろう?」
マキローの指摘は正しかった。
ルラ・コースフェルトが第三騎兵師団を訪れた時、ちらりとその顔を見た。
もちろん、宗教画からそのまま出てきたような美しさだと思ったが、それだけじゃない。
___重み。
そうとしか言いようのない、存在の重みを感じた。
それは帝国に対する責任か、命の覚悟か、何なのか分からない。
ただ、辺り一帯の空気が彼女めがけて押しつぶそうと圧縮していくような息苦しさ。
こういう人間は、軍に多い。そして兵士というのは、そういう人間に惹かれる傾向があると、俺は思う。
自分の命を預けるに値する人間を本能的に選ぶような、死を身近に感じているからこそ発達した嗅覚。
おそらく、名前の挙がったギャンフリーズらも、そういう類なのだろう。マスターの言う胸がデカい、というのは、いわばそういう意味なのかもしれない、、、いや、違うな、、、。
「ノランは、、、あいつは、、、というより、危なっかしいんだよ」
身の丈は大事だ。
だから、高望みはしない。
絶世の美女に恋をしたところで、全てを失うだけだ。
それは全財産を賭けた博打だ。
戦場でもそうだ。
与えられたカードで、自分にできることを、淡々とこなす。
それが一番大事なこと。
「まぁ、そうだね、その感想は僕も一緒だ。彼女は生き急ぎ過ぎてる感じがする」
マキローの言葉を、俺はグラスの水と一緒に一気に喉に押し流した。
▲▽
「男って最低でクズということを再認識した」
「あそこのマスター、渋くて落ち着いていて、いいなって思ってたのに、クズすぎる」
「桟橋同盟とかカッコつけて、結局エロ話かよ」
「身の程を知れっての!ね?」
「ホントにそう!名前出たの、ゼンブ十傑じゃん」
それは「桟橋同盟」の男たちが集う酒場の隣、地場の野菜を用いたメニューが女性兵士に人気の小料理屋。貸切専用のその店で、1つの小型通信機器を中心に円となった女性たちが不満を垂れる。
「十傑って、何?」
「お、クーニア大尉、珍しいですね、興味あります?」
今日は本来、ユト・クーニア大尉を囲う会として企画された会合だった。が、1人の女性兵士が面白半分に男性兵士に仕掛けた盗聴器がその趣旨を乗っ取ってしまった。
それまでつまらなさそうに部下たちの憤怒を見ているだけだったユトが、初めて関心を示したこともあり、皆の口がにわかに温まる。
「十傑っていうのは、毎年第一放送会社が発表する人気兵士のランキングみたいなものです。まぁ結局、美人・美男ランキングってことですね」
「ああ、そういうこと」
「でも、この結果、スポンサー契約とかにも繋がって、経済効果すごいみたいですよ」
すでにもう興味を失ったようなユトであったが、周りはそれに気づかない。
こちらもまた、男性側と同じくすでに酒が入っている。
「今年は上から___」
と、思い出した者が次々に挙手しながら発表していく。
いわく、
ルラ・コースフェルト
ギャンフリーズ・ゴダシュボーチェラ
リキューソ・スアリ
セクロン・ノリス
アイリス・ライゼンバッハ
ケトラー・メイクラック
リィサ・チッケラ
ピッテル・マミキュアート
フイエラ・ゾーエ
ロカリゼ・ノキヴィ
「ふーん。なんだ、セクロンもいるじゃない」
ユトが目線を向けた先、椅子に片足を上げ、炭酸果実ジュースを煽る少女に声をかける。
「12歳以上が対象なので、セクロンは今年が初ですね」
ねっ、と一人の兵士がその少女にウィンクを送るが、完全に無視だった。
___金と黒が混じった、長くウェーブのかかった髪を片側にがばりと寄せ、いつも斜めに他人を見上げるのは、第三騎兵師団所属、セクロン・ノリス少尉だった。
12歳の少女とは思えない細身で長身の大人びたスタイルと、その猫のように鋭く、挑発するような大きな目。こだわりが強い彼女は、戦場でも軍靴は履かず、必ずハイヒールに、自分で軍服を改造したショートパンツと大きめのジャケットを着ている。それが許されるだけの実力が、彼女にはあった。
「うん?あぁ、ねぇ、そうみたい。むしろ迷惑だけどね、それ。馬鹿な貴族の男にとってはその順位が大事みたいでさぁ。じゃぁテメェの名前はそこにあるんですかねぇ、って言ってやりたいぐらいだけどね」
爪を弄りながら、上げた自分の膝に頬をもたれさせて言う。
ユトはなんとなく、その姿がミラリロを彷彿とさせて親近感を抱いていた。
今日も嫌がるセクロンを強引にここに連れてきたのはユトだった。彼女はどうも師団内で孤立しているように見えていた。
「それは確かに。なにかと面倒くさいことが多そうだ。まだ子供なのにな。まぁでもその順位、間違ってるよ」
セクロンが、「子供じゃないし、、、」と言っているのを無視しながら、ユトは皆の会話に戻る。
「ですよね!だってクーニア大尉が入ってないですもん」
「そうだそうだ!」
「クーニア大尉はスポンサー関連の露出機会が少ないから、それが影響してる、絶対」
女性特有の持ち上げに、ユトはもういいとゆっくりと頭を振って、
「違う、そうじゃない。1位が違うんだ」
ユトの唐突な、それでいて確信に満ちた指摘だった。
「え?そうです?2位以下は意見分かれることありますけど、ルラ・コースフェルトは満場一致じゃ?だよね?」
「うん、そこは共通認識」
「もはや殿堂入りしても良いんじゃないかって」
と、反論が飛び交う。
だが、ユトには確信があった。
「1位は絶対、フランシャルン・パピノスペイパードだ。あれは次元が違う。血筋もあるが、あまりにも美しすぎて、彼女は帝国陸軍で唯一、放送やらコマーシャルやらの露出を禁止されてるらしいからな」
「噂には聞いたことあります。近衛騎士団の、、、でも禁止されてるって?近衛だからですか?」
「いや、彼女を巡って企業間で争いが起きるとか、他国に誘拐されるとか、皇帝よりも人気が出てしまうとか、様々な事情を考慮してと聞いている。まぁ、本人が断ってるだけかもしれないがな、婚約者もいることだし」
そのユトの言葉に、女たちが一瞬の静寂の後、湧き上がる。
発言者のユトもびっくりして、顔をずいっと近づけてくる部下たちから逃れるように立ち上がる。
「あ~あ、大尉。馬鹿じゃん。女ってのは、美男を求めるのと同時に、それ以上に、美しい女性も見たいもんなんですよね」
セクロン・ノリスが髪をくるくると指で弄りながら言う。
「セクロン、あなた12歳でしょう?そんな大人びたこと言ってないで、助けなさい」
ユトはずいずいと迫る女性たちに困惑しながら、壁際に追い詰められる。
「写真!」
「写真!!」
「婚約者がいるなんてことを知ってるってことは、結構近いんですよね!?」
「機密情報じゃないんだからいいじゃないですか!」
「写真!!!」
酒臭い集団に押しつぶされ、ユトはもうお手上げだというように、
「分かった!分かった!見せるから!保存はなし!いい??」
ユトの絶叫に、セクロンが鼻で笑って、
「みんな、見ちゃって大丈夫なのかなぁ?」
と、ジュースをおかわりして、一人ごちる。
▲▽
「この世は残酷だ、、、」
「なんだよこれ、、、顔の正解じゃん」
「わたしもう鏡見るの怖い!!死にたくなる!」
「この顔見てから、周囲を見ると、全てが醜く歪んで見える、、、」
「誰、、、誰がこんな絶世の美女と結婚するって!!??」
「男になんてやっちゃダメでしょ、これ、はく製にして宝物庫に保管しないと!」
「誰なんですか!そんなうらやま、、、最低の男は!」
「吐け!!」
「なんとしてでも大尉に吐かせろ!!」
セクロンの危惧の通り、皆が自信を破壊され落ち込んでいるなか、その敵意は婚約者という情報に向いた。
ある者は酒を大尉に飲ませようとし、ある者はその脇腹をくすぐろうとする。
だが、その必要は全くなかった。
ユトはあっさりと、
「ああ、それは全然。エチカ・ミーニアだ。第二騎兵師団の。フランシャルンの顔さえ知らなければ、ただの貴族同士の婚約っていうつまらない話だからな」
そのユトの発言の瞬間、押しかけてきていた女性兵士の輪の外から、大きな声が二つ上がった。
「そ、そんな___________」
「は?なにそれ、笑えない」
1つはふわりと優しい声。
もう1つはかなり棘のある声。
対照的な二人を、ユトに集っていた集団が振り返って見る。
「ノランとセクロン?どうしたお前ら?」
ユトの問いかけに、
「い、いえっ!なんでもありません大尉。知っている名前だったので驚いて」と、ノランが姉であるクランの背中に隠れるようにして言う。
「あのクズが婚約者だって、それ本当なの、ねぇ!?」と、セクロンがハイヒールで床を叩きながら立ち上がる。
「あぁ、、、、これは、、、」
「なっ、、、るほどぉ、、、」
「まじかぁ、、、どうする?」
「いや、普通に盛り上がるしかないでしょ」
「だよね!!だよね!」
「どっちから行く?ねぇどっちから行く?」
「まぁ普通にノランだな」
「だよね!」
女性の集団というのは恐ろしい。
特に一致団結した時には、だ。
「あ、、、あの、、、皆さん、怖いです、、、」
ノランがクランの背にますます隠れれば、好奇の目がどんどん増殖して追ってくる。
巣穴に隠れた小動物を追い詰める狩人のように。
「ねぇ、ノラン。恋の話って、私有権ないの知ってる?共有財産なの」
「そうそう、恋は共同管理が基本でしょ?」
「隠れてないで出ておいで、ノランちゃーん」
じりじりと近づいてくる年上の女性たち。
だが、
「ノランは普通に、エチカ少尉が好きなんですよ。毎晩少尉から届いたメールを音読するくらいには」
クランが妹の代わりに、彼女たちに餌をやる。
「きゃぁあああああああああああああ」
「きたぁあああああああああああああ」
「絶対勝つぞぉぉぉおおおおおおおお」
「ノランは女の子っぽさ全開だからイケる!クランは駄目だけど!」
「美人系が好きとは限らないからな!」
「エチカ少尉、ちっさいらしいし、ノランの方がお似合いだよ!」
クランは背中をぽこぽこと叩かれ、振り向く。
そこには涙目で体を震わす妹が、唇を尖らせていた。
「お姉ちゃん!なんで言っちゃうのっ!それに毎晩じゃない!二日に一回だよ!」
「だってこれ、収集つかなそうだし。ノランに答えさせると余計に複雑になりそうだったから」
顔を真っ赤にしたノランが、クランのことを非常に弱い力で叩き続けながら、
「す、好きかどうか、まだ分からないもん、、、尊敬してるし、か、かっこいいなって思うけど、、、好きかどうかは、、、分からないし、、、でも、婚約者がい、いるなら、迷惑、、、かな、、、?」
ほとんど涙を零しそうになったノランが、皆の顔をそのうるんだ緑の瞳で見る。
女性兵士たちは自分たちの胸のあたりを押さえ、
「か、可愛い、なんだこの生物」
「というか、同い年くらいじゃない?少尉と」
「おぉ、、、なんか分からないけど、興奮してきた」
「ノランちゃんも元貴族だし、、、あるのでは?」
「いい、すごく良い」
「ノランは、うん、普通に恋だ。で、問題は、、、」
皆の視線がようやくノランから離れる。
だが、次の標的は、すでにそこにいなかった。
「ああ!!どこ行きやがったあのガキっ!」
「ぜってぇ逃がさないぞ!」
「セクロン・ノリス!」
「いつも飄々としたあいつを、ようやくいじれる時が来たんだ」
「絶対に捉えろ!!」
皆が支払いもせず、小料理屋を次々に飛び出す。
ユトはため息をつきながら、
「でもまぁ、これであの子も少しは打ち解けるかな」
と、思わぬ形での目的達成に満足して店員に代金を払った。
▲▽
冬の足音が遠くに聞こえる夜。
店をでた俺は、
「___ノラン?」
いつもより遠い空を見上げる少女の名前を呟いた。
だが、先にこちらに気づいたのは姉の方だった。
軍服にコートを羽織って、こちらに駆けてくる。
「カズル君とマキロー、こんばんわ、あんたたちもいたのね」
「なんだ、いたらダメなのか?」
俺は自分でも照れてぶっきらぼうになっているのを感じた。
それを見て、マキローも苦笑ぎみだ。
「いや?男って最低だなって話、ね、ノラン」
「うん、それはそうだね、お姉ちゃん」
「なんだよ双子。気味悪ぃな」
冷たい目線を向けてくるその姉妹の後ろから、ユト・クーニア大尉が出てきて、
「さっさと帰れよ」
と、手を上げて颯爽と去っていった。
どことなく、俺にはその表情がいつもの切羽詰まったような厳しい上官の顔ではなく、多少緩んでいるように見えた。
それを皆で送った後、マキローが、
「ねぇ、このあと4人で二次会にしようよ、僕の部屋で」
と、俺の方をにやにやと見ながら言った。
余計なお世話をと、思ったが、
「いいね、なんかこっちの会も半端で終わっちゃったし、酔っ払いばかりで全然楽しめなかったから」
と、クラン。
「わたしも賛成!みんなで映画でも見ようよ」
と、今度はノランが言う。
「えぇ、映画って、あんたどうせ『cLanczell』でしょ?何回見れば気が済むわけ?あんなプロパガンダ映画」
「だってだって___」
「よし、決まり。こっちもまともな話できなかったし、さぁ戻ろう!」
と、マキローが双子の手を引っ張って桟橋の方に走っていく。
男がそんなことをすればすぐに悲鳴でも上がるものだが、マキローは別だ。
俺は、
「はぁ、仕方ねぇな」
と地面に呟いて、三人の背を追う。
お酒も飲んでいないのに、心臓は少しだけ早鐘を打つようだった。
▲▽
『私、怖いのっ!!また失敗する、、、見たくないものを見る、見てはいけないもをを見る、また、、、そして、失敗して、死んじゃうんだっ!!』
幼く、可憐な少女が膝をついて泣く。
適合者が最も恐れているのは、転移座標を誤り、体が物体によって分断されること。
「まぁ、分からないとは言えないよね、あの恐怖って、何とも言い難い」
と、クランが言うと、もう1人の適合者であるマキローもチップスを食べながら、
「そうそう。だって紙切れ1枚がそこにあったって、死んじゃうからね。最初は何もないすごい広い空間でも怖かった」
「それを、実際には見ていない視覚の転移先に、でしょ。あらためて考えると恐ろしいことをしてるよね」
クランとマキローが意気投合しながら、なんだかんだ映画に夢中だ。
「じゃぁよ、戦場に紙吹雪でも撒いたらどうなんだ?」
俺が思いつきでそう言うと、
「それはかなり有効だね」
「まぁ、そんなことされちゃ、何もできない」
二人がそう答える。
なんとも肩透かしを喰らったようだ。
「え、適合者って、そんなもんなのか?」
「でも、ずーっと撒き続けないといけないし、それこそ範囲に限界があるでしょ。それに自分が転移しなくても、ウーシア兵器だけ転移させればそれで終わり。だからあんまり意味がない。まぁ、近くに転移してくるって分かった瞬間に砂でも撒けば結構効くけど、普通は間に合わない、というかタイミングが合わない。砂を撒こうとしたときにはもう転移が成立しているか、撒いた後に転移してくるか。だから無駄ってこと」
クランの答えに、俺は納得する。
要するに自分の近くに寄らせないことは簡単だが、かと言ってそれで命が助かる訳ではないということだ。
「だから、基本的に、適合者っていうのは潜入とかはできないの。よく勘違いされるけど。まず見えてないところにはいけないし、部屋中に糸でも張り巡らされていたら終わり」
「ふ〜ん、そうなのか」
俺は曖昧に返事をして、テレビジョンに食らいつくようにして座っているノランを見る。
暖かそうなふわふわの部屋着を着て、まるで俺らの会話を遮断するようにフードまで被っている。
その瞳に映像が反射する。
『もし、お前が転移の失敗で死んだら、俺も一緒に死んでやる』
『ウソ!!ただ私を戦わせたいから!だからそんなこと平気で言うんだ!』
そう言って、映画の中の少女は、痩剣を己の腕に転移させる。
血が噴き出し、苦悶の表情になる。
だが、
『そんな、、、なんで、、、』
上官の男もまた、己の持つ鉄槍を転移ではなく、そのまま自分の腕に突き刺した。
『やめて!馬鹿じゃないの、、、本当に、自分も死ぬつもりなの?』
『ああ、そうだ。だから、いつもお前と一緒にいる。お前が死ぬときは、俺が死ぬときだから』
『そんなに勝ちたいの?私が天才だから、だから、駒として使いたいから、、、』
『違う、そうじゃない。お前は誰かを守りたいと強く思っている、その天性の力で。でも怖くて、怯えて、その意志に反した自分の弱さに絶望している。お前はこれからの人生、その絶望とともに生きていくのか?絶望なんてものは、死ねば無限に手に入る。それなのに、お前に今、それが必要か?』
『でも、、、あんたがそこまでする義理はない!私には、こんな弱い私には、そんな、命をかける価値はない!』
『命は道具だ。それも、己にとって最も都合の良い、な。それをお前のような、優しくて、誰かのために戦おうとする人間をふるい立たせるのに使えるなら本望だ。お前の瞳は、誰よりも強い。それに、誰かを守ろうと必死になるお前は綺麗だ。それだけでこの命を差し出すには十分だろう』
少しばかり気恥ずかしいシーンに、クランが、
「私、何度見てもこのシーン、理解できない。一緒に死んでくれたとして、結局自分も死んじゃってるなら意味ないし、怖いままじゃない?」
「まぁ、帝国が作った映画だからね。みんなで国のために命を差し出し合いましょうってメッセージなんじゃない?」
と、マキローが身も蓋もないことを言う。
「そうかな、わたしは、ちょっと分かる」
「そうか?俺は分かるな」
俺とノランの声が重なり、思いがけず目が合う。
そして、ノランが、
「カズル君はなんでそう思うんですか?」
「だってよ。期待してるって言葉で言われても、信じらんねぇときはある。でも、命までかけてくれたら、俺はできるんだって、思えるじゃねぇか。それに、絶対失敗できねぇなって覚悟が決まる。要するに、この女は自信はあんだよ。まぁ天才だってもてはやされてるしな。できるとは思ってる、だけど怖い。だから欲しいのは覚悟だけなんだよ。それにな、俺は、人間が本当の意味で信頼し合うには、一番大事なものを交換する以外にねぇって思っている。自分がかわいいままじゃ、結局は誰とも心の底では繋がってない」
「わたしも、カズル君と同じ意見。一番大事なものをあげられる覚悟がないと、何かを為すことはできないって思っている」
ノランが強い目で俺のことを見る。
俺は照れ臭くなって、
「ま、俺はそんなことしたくないから、身の丈にあった、テキトーな人生を歩んでる訳だが」
「締まらないわね。じゃあ、例えば二人は結婚したとして、相手が死ぬか自分が死ぬかの二択を迫られたら、自分が死ぬ?」
クランが二人を交互に見て、そう質問を投げる。
「当たり前だろ。じゃなきゃ結婚なんてしねぇだろ、普通」
「うん。そうだね。結婚した時点で、相手に自分の命はあげてるようなものだから」
俺とノランの即答に、クランは頭を抱える。
マキローもまた、にこやかに笑みながら、
「若いというか、純粋というか、すごいね」
「同い年だろうが」
と、俺はなんだか馬鹿にされているような気がしてため息を吐く。
「でも、これ本当にあったことなのかな?エチカ少尉」
クランの疑問にはノランが答えて、
「そうらしいよ。監督とエチカ少尉、アイリスさんの対談でそう言ってた。それに、その時の傷がまだ腕にあるって、二人とも見せてた」
「うわぁ、、、やば。でも待って、エチカ少尉は婚約してるんだよね?」
「らしい、、、ね、、、」
ノランが少しだけしゅんとなる。
俺は話の意図が掴めず、ぼぉっとノランの顔を見ていた。
「それってエチカ少尉、駄目じゃない?」
「駄目じゃないの!別に他意があってそういうことを言ってる訳じゃないってことでしょう?むしろ尊敬すべきだよ。相手が欲してる言葉を言えるってことだから」
「でもそれで不幸になる人間が、、、」
「不幸になってないです!!」
「まぁまぁ、姉妹喧嘩はそこまでに」
と、マキローが仲裁に入る。
そうか、ノランはエチカ少尉を尊敬しているのか、と俺はまた映画に集中する。
自分とは全く違う人間だ。
才能があって、故郷を追われて、それでも戦場の最前線で命をかける男。
そりゃぁ尊敬もするだろう。
そうだよな、、、。
「なぁ、今度の雪中訓練、なんだっけ」
俺が映画から目を離さずに聞くと、ノランが答える。
「強襲特選部隊任用資格試験のこと?」
「そう。俺も参加しようかな」
「ウソ、、、でしょ?本当に言ってる?すんごいきついんだよ?死ぬかもしれないんだよ?」
今度はクランが俺の肩を揺さぶりながらだ。
なんだよ、そんなに信じられないのだろうか。
「映画にあてられた?さすがプロパガンダ映画、カズルにまで効果があるとは。身の丈主義はどこへ?」
と、マキローも俺の頬をつねる。
その手を弾きながら、
「別にいいだろうが。若い時に受けてれば、この後サボっても許されるかなって思っただけだ」
俺は舌打ちをしながらそう言って立ち上がり、マキローの部屋を出る。
別に映画に感化された訳じゃない。
このままではいけないと思ったからだ。
ノランにちゃんと気持ちを伝えるためには、自分が変わらないといけない。
そのきっかけになればいい。
俺には分かっていた。
ノランは、彼女は、はやく追いかけて捕まえないと、きっとすぐに死んでしまうと、そう確信していたから。




