第1章 聖ジェファールズ豪華客船事件 第34話 化身
子どもを人質に取られたファズは、内心に焦りを感じた。
転移は阻害される。
それにも関わらず、敵のウーシア兵器の転移は拒絶できない。
そして、傷は瞬く間に回復する。
あまりにも不利だ。
ファズは表情は崩さずとも、その場から動くことができなかった。
「威勢の良い演説はもう終わりか?存外、帝国の兵士も情があるんだな」
紫の髪に紫の瞳をしたバイマイ・メントーラが意地悪げに、にやつく。
その髪の色は、ミラリロ・バッケニアと同じく違法薬物の影響だろう。それもかなり高濃度の汚染。
(______どうする?手が足りない、圧倒的に手が、、、)
『独りであいつに勝てないくせに、弱いくせに、勝手なことしないで』
第一観測者と思しき存在の言葉が思い出される。
ほらみたことか、なんて思っているんだろうな。
くそが。
それは私の矜恃が許さない。
そんなことを考えている間にも、メントーラのウーシア波長が揺れる。
ファズはすぐさま回避の動きを取る。
「逃げろ、逃げろ、どこまでも!!」
拒絶不可なウーシア兵器の転移を躱しきれない。
「______うっ____!」
「ぐっ____!」
「くそがっ!!」
ファズはそれこそ狩猟者から逃げる兎のように転がりながら致命傷を避ける。
だが、それすら許されないらしい。
メントーラが人質の男の子の腹にナイフを刺そうと、見せ付けるように振りかぶる。
「止めろ!!!」
ファズは叫んで。大きく転移で跳躍する。
メントーラの近くまで。
だが、それは当然に罠だった。
「____________がぁあああああああああああああ!!」
転移は途中で中断され、無防備に現れたファズの片目にナイフが刺さる。
ぎりぎりで体をのけ反らせたため、脳へのダメージはない。
だが、
「ぐぅ、、、はぁ、、、くそっ、、、イッテェな、、、ちくしょう」
「ははははははは!ああ、どうする?奇跡的にここから生き残れたところで、お姉さんに希望はあるのかい?」
ファズはメントーラの悪意を読み取り、体を横転させる。
奴は今、もう片方の目を確実に狙ってきていた。
「、、、性格がひん曲がってるね、あんた」
「同盟の狂信者っぽくていいだろう?」
「ああ、良心の呵責なくぶっ殺せる」
啖呵を切ったはいいものの、非常に危機的な状況だった。
片目を潰された。
視覚は適合者にとって生命線。
(私はもう______兵士としてはここどまりだな)
それは諦念ではなかった。
むしろ覚悟が決まるというもの。
メントーラは懲りずに、再度、人質にナイフを向ける。
ファズは突撃する他、選択肢はなかった。
「馬鹿だなぁ、見捨てればいい、こんな供物なんか!」
「人間を、止める訳にはいかないんでね」
ファズは先ほどの巻き直しのように、今度は胸部に穴が空く。
だが、心臓はかろうじて避けた。
「がぁああああああああああああああああああ!!」
だが、彼女は止まらない。
胸から血を吹き出しながら、痛みに声をあげながら、そのまま次の転移に入る。
「諦めたのか、帝国の犬め!!」
「、、、が、、、はぁ、、、違うね、己の矜恃に、、、従順な、、、だけだ」
メントーラにあと一歩のところまで迫るが、今度は両足にナイフが刺さる。
膝が折れる。
地に手をつきそうになる。
それでも、ファズは肺を握り潰すように声を上げる。
「浅はかだな、これで踏み込めないとでも思ったか?」
両の脚に体重を乗せる。
耐えがたいほどの痛みが脳を停止寸前に追いやる。
悲鳴のように血が流れる。
だが、そこからは精神の領域だ。
「_______1個だけだ、1個だけ、命と交換するに値するものがある。むしろそのために、この命は与えられたと言っていいほどに、、、それはな、それは、、、」
_______誇り、だ。
後ろに引いたファズの右の拳が青く、宝石のように輝く。
そして、照準を定めるように前に出した左手には、円環が回る。
両方の手、それぞれのウーシア波長が高まる。
それは、わずかに文脈の異なる二つの潮流。
それが重なるとき________
「________角逐」
ファズのあまりに小さな声。
だが、彼女が己の左を殴るように繰り出されたその鉄拳は、信じがたいほどの爆風を起こした。
「それに何の______」
意味があるのか、とメントーラは額の前に構えたナイフに誓うようにそう言うつもりだった。
転移はどんなものであれ、この能力の前では停止する。
その、、、はずだった。
「ぐ___がっ___ああああああああああああ!!??」
だが、結果はメントーラだけがその青い本流となった拳に吹き飛んだ。
ダンスホールの壁を破壊して、外の光が差し込む。
「がっ、、げっ、、、殺す、、、殺す!!」
メントーラは血反吐を吹き出しながら、そう息まくが、
「転移が、、、ウーシアが、、、感じない____?」
彼は体が弛緩したように動かないのと、それに付随してウーシアの波長が制御不能なほど乱れているのを感じる。
体の傷はすぐに蘇生させた。
それでも、ウーシア波長は戻らない。
「なんで、、、俺だけ、、、」
「当たり前だろう。それはウーシアの乱れをそのままに相手にぶつけるものだ。お前の能力すら巻き込んで」
時化。
その比喩が最も適していた。
この海上では、誰も安全に航行ができない。
それは、おそらくその発生源の彼女すら。
「そうか、、、何もしなければ、ウーシアを運用しようとしなければ、影響を受けることがない、、、そういう原理か!」
「そうだ。抗おうとすれば巻き込まれる、ただそれだけだ。さぁ、もう当分は転移できないぜ。どこに運ばれるか、分かったもんじゃない。壁にでも体を真っ二つにされたくなければ、大人しく殴り合おうよなぁ!!」
ファズが駆ける。
だが、その体はもう死に近づいている。
潰れた片目、胸と両足に空いた穴。
立っているのが奇跡だ。
あと一発、それだけだ。
それだけで良い。
それなのに____。
彼女がメントーラの怯え切った顔面を殴り飛ばそうとしたとき、無慈悲にもその限界は来た。
(くそっ_____さすがに無茶したか___)
灰色に近づいていく視界の中で、絶望に近かったメントーラの顔が喜色を帯びるのを見た。
その顔面を殴り飛ばしてやりたいのに、自分の体は地に寝そべる。
「、、、は、、、ははっ!!ははははははは!!ああ、残念だったね!もう少しだったのに!!神は!フォラリス様は、やはり悪を、罪を許さないんだ!!!」
ぐしゃりと、顔が踏まれる。
何度も、何度も。
地面に顔がへばりつくように、血がねちゃりとして気持ち悪い。
もう脳やら何やら、それまで溶け出しているのかもしれない。
ノラン_______。
すまない。
お前の仇討ち、、、してやれそうにねぇ。
だけど、大丈夫だよな。
あいつは、もう変わったんだ。
私の知らないところで、知らないうちに。
まぁ、でも、そんなもんだよな?
人間が絶望を超えるときってのは、いつも、周りがしらないうちに勝手になんだ。
こっちの心配なんて他所にしてな。
まったく、むかつくよ。
『そうか、そこにいたんだよな、お前は』
タクトフォンの急進保守派との戦闘のとき、自軍の適合者が暴走を始めた。
そして、私は混乱に陥った戦場で図らずも覚醒した。
その時だ。
この上なく冴え渡ったウーシアへの感覚が捉えたのは、圧倒的な力の存在。
己の覚醒なぞ、その存在の前では水遊びに過ぎないような。
それは、敵でも、己でもなく、、、ましてやキュイゼル・フリンスでもなかった。
他の誰でもない。
『ああ、そうか、そこにいたんだよな、お前は』
______クラン・イミノル。
あれは______。
あの存在は_________。
__________神の化身だ_______________。




