第1章 聖ジェファールズ豪華客船事件 第32話 教示
「___私とも一曲、踊ってくんねぇかな?」
「___ああ、君か。ごめんね、もう先客がいるんだ」
ダンスホールの暗がり。
子どもたちが円形に座っているのが、かろうじて見える。
そして、その輪の中心に邪悪がいた。
「それで、そいつはお前の仲間か?」
モチャ・ファズ中尉は顎で示す。
そこには1人の適合者がいる。
「_____助ける、、、助ける、、、助ける、、、」
過剰適合、いや、違うな。
ファズは瞬間に把握する。
それは身に覚えのある、適合初期の意識の白濁だ。
「こんなに敵意剥き出しなのに、俺の味方の訳がないだろう」
紫の顔をした、幼い少年が瞳を爛々とさせて言う。
このダンスホールで、彼だけが輝きだった。
ファズは、彼を中心にダンスホールをゆっくりと外壁に沿って歩く。
歌は彼女の突入とともに止んでいる。
その代わりに、すすり泣く声や、嗚咽のようなものが乱雑に耳に届く。
そして、その静かな狂乱の中で動かない者も多い。
ファズは正体不明の子どもの適合者に注意を払いながら、
「随分と殺したな」
ファズはそこらに転がっている子どもの頭部を見ながらだった。
「もう隠す必要もないしね。彼らと俺の歌が、キュイゼル・フリンスのウーシア波長と混ざり合い、乗客を僕とする」
「それだけじゃないだろう?」
ファズがゆっくりと歩く、その足音が、会話を運んでいく。
「ああ、死こそがウーシア濃度を高め、歌に乗って僕を産み出し、そして、僕の死が重なれば、時は廻る。時が廻れば、死は無限に重なる。数千の乗客が死に、時が戻り、また死ぬ。繰り返すほどに、死の沼は深くなる。そして、時の流れから外れれば、第一観測者が統べる世界からも脱出できる」
「要するに、ウーシア濃度の高い適合者やその僕とやらが死ねば、お前の能力で時間が戻る、と?じゃぁなぜ子どもを集める必要がある?」
「言っただろう?死こそがウーシア濃度を高める、と。僕を生み出すためには、その契機となる死が必要だ。分かるかい?子どもが死ぬと、その穴は大人のそれより大きい。そして、その大きな穴に流れ込むウーシアの量が増える。子どもが大勢死ねば、周囲から取り込まれるウーシアの量が圧倒的になり、ぶつかり合い、高い波長となる、それを利用して僕を生み出す」
「そうやって生まれた僕がさらに死ねば、か」
「そう、俺の力で時は戻る」
「は!!そこまでしてやってることはその第一なんちゃらから隠れる方舟作りか?」
「簡単に言わないでくれよ、俺らは神に抗おうとしているんだから、さながら英雄のように」
「英雄がそう、血に塗れているとは思わないが。そして英雄はいつでも寡黙なんだよ、知らねぇのか?」
ファズは会話を続けながら、ようやくその適合したばかりの少女の側に寄り添う。
すでに彼女が到着するまで戦闘を繰り返していたのだろう。その腕や腹からすでに血が流れている。
ファズは、その少女の耳にささやく。
「大丈夫か?」
「助け、、、弟を、、、イエゼを、、、」
彼女が手を伸ばす先には、同盟の輩と、その足元に崩れた少年。
あれが弟なのだろう。
その伸ばした手は、存在が危ぶまれるように、二重、三重にブレている。
「いいか、まずは深呼吸だ。そして自分が特別だと思うな」
「特別、、、?」
「適合者は、英雄じゃない」
「でも、、、でも、、、弟を、、、助けないと、それができるのは私だけ、、、殺さないと、全部全部ゼンブゼンブ!!!」
ウーシアの波長が乱れる。
たまにいるのだ。
本来は、突然の己の変化に怯え、怯えている内に軍に身柄を拘束される。
それならば幸せだ。
だが、その力を手に入れ、何かを変えられると高揚した適合者は漏れなく、近いうちに過剰適合に陥る。飲み込まれるのだ、その青い波に。
彼女にもまた、憎しみ以上に、何か喜びのような感情をファズは感じた。
「クランツェルの、あの人たちのように、、、助けないと、、、それができるのは、、、」
「馬鹿が!!帝国のプロパガンダに踊らされてるんじゃねぇよ。おもちゃを与えられて喜ぶような年齢か、お前?」
少女は、ようやくそのお姉さんと呼ぶべき年上の女性を見る。
短髪で背の高い、鋭い目をした女性に見下ろされる。
その目の奥は、どこまでも見通せないような、深い、深い、、、これはなんだろう、慈愛?
「嬉しいか?何か人生が変わりそうで、戦いに何か意味を見いだしたか?何もねぇよ、そこには。戦場には、何もない。いつも、何かを手にするのは、その背後にいる人間たちだ。そして、戦いの跡には、変わらずに弱い自分と、どうしようもねぇちゃっちぃ人生が寝そべってるだけだ」
「でも、、、」
「いいか、自分の人生を、あり方を変えられるのは、自分で努力して手に入れたものだけだ。他人からもらったものはな、糞ほどの役にも立たないんだよ」
ファズが鋭い眼光でそう言うと、少女の体からするすると力が抜ける。
へたりと、地面に崩れて座る。
彼女の言う通りだ、全て。
ウーシアの力は感じる、でも、怯えたこの心はそのままだ。
本当の覚悟は、自分にではなく、この女性の瞳の方にあった。
「良いことを言うね。その通りだよ。俺らは所詮、何も手に入れらず、何にもなれない。それが分かっている者だけが、剣を握るべきだ」
同盟の少年の紫の瞳が輝く。
ウーシアの波長が静かに寄せてくる。
そして、
『弱いくせに、余計なことを、、、時間がない、エチカが、、、思い出す。私から、離れていく、、、』
誰かの声が、ファズの脳内に届く。
そして、彼女の獣のような直感が理解した。
『よう、お前。分かったぜ、お前が第一観測者とかいう、めんどくせぇ奴だな』
『独りであいつに勝てないくせに、弱いくせに、勝手なことしないで』
『なんかよ、いつもどこからか見られてる気がしてたんだ、気色悪りぃ』
『その子と一緒に戦いなさい、そうすれば_____』
ファズは、その腐り切った魂胆に接して、鼻で笑う。
どいつもこいつも、子どもの命をなんだと思っている。
それは、帝国陸軍としての善意から来る怒りではない。
『勘違いしてねぇか?いつも見てんならわかるだろう。私はな、こんなナリだけどよぉ、自分より若い奴が死ぬのが、いっちばん、むかつくほどに、睡眠に悪りぃんだよ!!!』
ファズは拳を構える。
英雄を否定した彼女。
ただ、その姿は間違いなく英雄のそれのように少女の目には映った。




