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第1章 聖ジェファールズ豪華客船事件 第28話 舞踊

エチカ少佐は鉄槍を構えながら、己の幻影を思考する。

キュイゼル・フリンスの控室は十数人が集まっても圧迫感のない広い部屋であったが、5人の適合者が戦闘するとなるとあまりに狭すぎる。

ここでは転移はそう簡単に行えない。

それは敵方も一緒だが、何分にも練度が違いすぎることは容易に分かる。

先方は3人での連携を相当、積んできているはずだ。それに比べ、こちらは即席のペア。

戦闘を行うにしても、ここから移動する必要がある。

フリンスの能力がまだ僅かに効いている今この瞬間しかチャンスはない。

エチカがクヘルス二等兵に合図を出そうとしてその顔を見れば、すべて承知していると言わんばかりに、先に彼の方が部屋の出口に向かう。


「どこに向かいますか少佐」


クヘルスが問う。


「最も広い場所、ただし外は駄目だ、パーティーホールに飛ばされてしまうらしい」


「そうであれば、、、」


「ああ、屋内プールが最もいいだろうな」


豪華客船の丁度中間部。

そこに二人は一陣の風となって向かう。


「追ってきましたよ、少佐。それで、奴らですが、我々の情報は持っているのですかね?」


「彼ら自身もまた、時間の輪廻に囚われているかもしれない。だが、、、」


「その輪廻の外にいる者から聞いていると?」


「ああ、そう考えておいた方が、お釣りがくる」


「承知。ということは、奥の手は奥の手ではないということですね」


「なんだ?それがあるという言いぶりだな」


エチカがクヘルスにそう聞くと、


「まぁ、そうですね。ただ、私がそう簡単にそれを使うとは思えませんが、、、」


歯にものが挟まったような言い方に、エチカが反応に迷っていると、妨害なく目的地に着く。

広く、見通しの良い屋内プール。

エチカたちは全方向に対応できるよう、プールの中心に浮遊する。


「どこに行こうが、お前らの脚が再び地に着くことはない」


レゾヴァードがプールの入口の影から体を出す。

続いて、二人の女性。

いずれも白い装束に身を包んでいる。

民主神聖同盟、その内のフォラリス神聖国の戦闘要員。


「お前らは、何のために戦う?聖地も取り戻し、自分たちの国も手に入れた。それ以上何を望む?」


エチカの問いに答えたのは、盾を持つ女、アルピエだった。


「傲慢に過ぎる、あまりにもだ、、、エチカ少佐」


抑えられた声は、その分、内包した感情の大きさを示している。


「自分たちが分け与えてやったとでも思っているのか?あれは単に、民族大戦に事実上敗れた帝国が、アランス連邦国との政治的な関係上、そうせざるを得なかっただけだ。いずれ、お前らはその傲慢にまた息を吹き込んで、私たちを滅ぼす」


「滅ぼすか、滅ぼされるか、か。短絡的だな。私怨の域を出ない。そして私怨と国家の存在を結びつけるなんて、それこそ傲慢だ」


「大人ぶるなよ、少年風情が」


___来る。


だが、エチカにとって、最早それは訓練に近かった。

盾での視界封鎖、そして小さな鉄球による攻撃と転移阻害、そしてこん棒による打撃。

その一連の流れは、知っていれば造作もない。

エンテラールがすぐに反応して、安全に転移できる場所を示す。

そして、


連続転移オブシスト___。


転移の残影を敵に認知させ、混乱させる。そして背後を取る。


「それは知っている!!」


鉄球を操るフィオラスが叫び、転移で逃れようとするが、


「そうだろうな。きっと。死に瀕すれば俺はこの技を使うはずだ」


転移で頭上高く逃れたフィオラス。

だがそれよりも高くエチカが舞っている。

まるで、獲物を狩る鷹のように、一秒たりとも見逃すまいとする眼光。


「____お前、、、いったい何連続、、、転移した、、、、?」


「ああ、それは知らないみたいだな、良かった。君が落ちるまで、だよ」


フィオラスの転移直後の頭を、エチカの鉄槍が横凪ぎにする。

彼女の体はプールの外壁へと叩きつけられた。


「これまでは狭い場所で、そこまでの連続転移は使えなかったのか」


アルピエが恐れの中で呟く。

だが、その恐れも持続しない。


「休憩時間とは言っていないぞ」


エチカはすぐさまアルピエの背後を取る。

だが、そこにレゾヴァードのこん棒が振るわれる。

セオリー通りの背後への転移を読んだ攻撃だったが、それも虚しく空を切って風が鳴る。


「転移の幻影、、、!」


いつまでも存在が確定しないエチカの転移は、適合者にとって脅威以外の何物でもなかった。視覚情報よりも転移の波長を聞き取って動くように訓練されている者にとって、それは見えている世界が全て嘘だと言われているようなものだ。

レゾヴァードはエチカを追うのを止め、鉄槍の転移に対して拒絶の準備をする。この際、体の頑丈さに頼んで、物理攻撃は甘んじて被弾するしかないと開き直った。

だが、エチカは冷酷なまでに自負を伴って宣言する。


「甘いよ。この技を生み出したウーシア史に残るべき秀才が、なんて呼ばれているか知っているだろう?」


万籟ばんらいのイサラ・ザクトーフ。

万籟とは風が万物に触れて鳴る音。

その音の粒の数は、誰にも数えることなどできない。

彼女が暇を潰すために戯れに生み出したこの技は、ともすると覚醒なぞより鋭い刃となる。


レゾヴァードは腹部に鉄槍の転移を感じる。

だが、それは本物か、幻影か。

しかし、迷っていては拒絶は間に合わない。ウーシア運用を腹部に集中させるほかに、生き延びる術はない。

それが、罠だと知っていても。


「これが、、、エチカ・ミーニア」


鉄槍はまだ転移を成立させない。

だが、それなのに。


「これは!?フィオラスのか!」


主を失って地に転がるに任せていた鉄球が、再度光を得て転移した。

多数のウーシア兵器の運用は、それこそ血の滲む努力が必要だと言うのに、この少年はそれを今、気絶しているフィオラスに代わって自分の文脈に書き換え、簡単にやってみせた。

レゾヴァードとアルピエが、同時にプールへと落ちて行く。

体中に転移した鉄球を、エチカを警戒しながら拒絶するなど不可能だった。

口に入る水に悶えながら、アルピエはありし日を思い出す。


『また数を増やしたの!?これ以上は駄目だって言ったじゃない!』

『だって、私にはこれしか才能がないから』

『だとしたって、そう毎回、体中を穴だらけにして、体がもつ訳ないでしょう?』

『アルピエは心配性だね、心臓だけは避けてるから大丈夫だよ』

『人間の臓器が心臓だけだと思ってるのあなた!?』

『はは、そうだよね、ごめん、摘出の準備、、、、お願い、、、』


許せない。

あのフィオラスの覚悟が、まるで意味がなかったとでも言うような攻撃。

それで落ちるなんて、どうしても許せない。

どうして、どうしてあの力が私にないのか。

父を母を、お姉ちゃんを守れなかった、そんな私に、少しばかりの慈悲があってもいいではないか。


『力のある者は神に対し、弱者を守るという使命に判を押して、この世に生まれてくることが許されると、フォラリス様は仰っている。フォラリス様もまた、この世に生を受ける時、その判を確かに押した、と。それでも、その責務を履行しない者がいるとしたら、弱者はその力の再配分を求めて、結束して強者に立ち向かわなければならない』


祖師の言葉を思い出す。

フォラリス様は、どこか、こことは違う世界から、それは神の住まう世界かもしれないが、そこからリロの民を救うために再度スズキヤ様の下に生まれて来たのだと、そう教わった。

ならば、この尋常ならざる力を持つエチカ・ミーニアという少年もまた、その契約を結んだ者ではないのか。

ならば、なぜ、私が今、いとも容易く、訓練でもするように、こうして沈んでいるのか。

フィオラスは、プールの底に背中がついたとき、胸元から装飾が施された短剣を取り出す。力の再配分、その理念の結晶。

その力に、自分は耐えうるのか、分からない。

でも、それでも、ここで終わることは許されなかった。

その短剣は、フィオラスの胸に深く、深く、突き刺さった。

紫煙のような血が、ゆらりゆらりと、プールの中でゆっくりと広がっていく。

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