第1章 聖ジェファールズ豪華客船事件 第27話 勇気
亡霊たちは足早に訪れる。
クランは逸る心の首を絞めるようにして無理やり自分を落ち着かせる。
まだ、まだ時間はあるはずだ。
「クラン、同盟の襲撃があれば俺とクヘルス二等兵が対応する。ファズ中尉とゴーテキ曹長は子供の捜索を。カルセンさんとジスさんは、フリンス少尉、クランと一緒にパーティ会場へ」
エチカ少佐がそれぞれの顔を見ながら言う。
クランは過去の記憶が噴き出す汗のように思い出されるが、自分の中の誰かが代わりに答えたように、はっきりと、
「承知」
と返事をしていた。
「新聞社の二人もフリンス少尉と一緒にいた方が亡霊にならずに済むかもしれない。まぁ、話を聞く限りどこにいても危険なのは変わらない訳だが」
「可能性はあります。すべては可能性の上でしかありませんが、皆さん、最善を」
クランの言葉に皆の表情にも承諾の意が現れ、歌姫の控室で決起がなされた時。
予期された襲撃が降る。
三名の同盟異分子が部屋に現れると同時に、鉄球の転移の予兆。
だが、
「____入祭____」
「「「___なっ!!___」」」
その祈りの言葉と、同盟異分子の驚きの声が出発の号砲となる。
「ビノス!てめぇは勝手に動け!」
「承知です、中尉。ご武運を」
「ヘスリさん、ジスさん、行きます!」
「分かりました、クランちゃん」
「承知です!」
「しんがりは私が努めます」
最後にフリンス少尉がそう言って、各々が次々に部屋を飛び出していく。
転移への干渉によって、三名の同盟異分子は中空に留まったままだ。
「覚えのないリベンジといきましょう、クヘルス二等兵」
「まったく、最近勝ち星がないからと言って、いきり立って老人まで巻き込まないで頂きたいものです」
クヘルス二等兵の苦言に、エチカは笑い返す余裕はなかった。
ここでは、自分は死に得る。
その自分でも理解できていない神秘の力は、ここでは期待できない。
そして、クヘルス二等兵の言うように、エチカの僅かの誇りが悲鳴を立てるように軋んでいる。
「これ以上は、自分で自分を許せそうにないですからね」
「若造の少佐らしい、未熟で美しい誇りですな」
クヘルスの言葉には、嫌味はなく素直に褒めるような穏やかさがあった。
そして、エチカの頭はすっきりとしていた。
乗船してから遠く脳内に雑音だった声のようなノイズは、その輪郭をはっきりとする前にすっと退いていった。あれはなんだったのか。
徐々に、フリンス少尉のウーシアの波長が落ち着いてくる。
エチカはウーシアのほの青い光を展開する。
「なぜ、私たちの転移が、、、それに、、、キュイゼル・フリンスもだと?」
こん棒を持った大男、レゾヴァードが呻く。
エチカは鉄槍を構え、答える。
「俺の部下は優秀なんだ。こうして上司に汚名返上の機会までお膳立てしてくれるほどな」
▲▽
ファズ中尉は鉄馬で駆けるように、転移に転移を重ねて高速移動する。
数百人の子供を収容できる場所。
それはこの豪華客船といえどそう多くない。
クランが言うには、劇場やプールは違うと言う。
「もっと下層階か?あとは食堂、ラウンジ、、、運動場、、、」
いや、そうじゃない。
もしクランの予測が正しいとするならば、子供の歌唱というのが敵方の作戦の肝であり、脛だ。
最初に人が集まる最大のパーティ会場は客船の前方。
そうであるならば、より発見の可能性が低い船尾に子供を集めるのではないか。それによって物理的距離が開き、仮に亡霊化に時間がかかったとしても。そもそも、時間がかかろうが関係ないのだ。クランというイレギュラーがいなければ、気づかれる可能性は余程に低い。
ファズ中尉は乗船する前に頭に入れていた客船の全体図を想起する。
船尾側で大きな空間、可能であれば外から見えない場所。
「ああ、そうか」
ファズ中尉は明確に速度を上げる。
濃密なウーシアの波長の戯れを感じる。
そして、たどり着いた場所の扉を躊躇ずに開けた。
そして、冗談まじりに言う。
「___私とも一曲、踊ってくんねぇかな?」
「___ああ、君か。ごめんね、もう先客がいるんだ」
夕暮れの紫の髪をした少年が、そう答えた。
▲▽
「クラン、君がどうあがこうが、もう手遅れなんだ」
パーティ会場はその名目に反して静寂に包まれていた。
千を超える人間が、床に重なりあって倒れている。
だが、まだ血は一滴も流れていない。
ここは、あの時見た地獄とは違う。
だから、声を出すべきだ。
舞台に1人立つ男に向かって。
「、、、、、フィーモア、、、お兄様」
「まだ僕をそう呼んでくれるんだね、クラン」
フリンスがホーバス新聞社の二人を庇うように前に立つ。
そして戦闘の準備も万端であるのを確認するぐらいには、クランにもまだ余裕があった。
「私の質問に答えてくれるまでは」
「そうか、そんな余裕が君たちにあるのかな、、、でも、そうだね、、、もう手遅れだと言ってしまった以上、愛する妹の質問にも答えるしかないのかな」
時間はない。
だが、聞かずにはいられなかった。
「お母様を、お父様を、お爺様を、マッシャを、殺したのはお兄様ですか?」
その質問に、フィーモアは一指し指を立て、軽く振る。
それはかつて、クランの行き過ぎた思い悩みをいなすときのような優しい動きだった。
「不正確だね、1人、足りてないよ」
抑えようのない怒りが、瞬間に脳天を突き抜ける。
1人、足りていない。
ただ数の問題だというような、信じがたいその言い草。
「ノランのことを、そう言っているんですか、、、?」
「ああ、そうだ。君と僕の大切な妹を忘れられては困るよ」
「どうして、、、みんなを、、、ノランを、、、」
「簡単なことさ、お母様は僕のことを最初から疑っていた。そしてお父様は途中で気づいた。そしてノランは、最後に見てしまった。分かるかい?君が一番、お馬鹿だから最後まで生き残れたのさ。あるいは、君が馬鹿だから、代わりに妹が死んでしまったというべきかな?」
「、、、もういい、、、やめろ、、、」
フィーモアは眼鏡を掛けなおすようにして、にたにたと笑む。
その華奢な体の中で、骨と骨が軋み合うような、耳障りな笑い声もする。
「そうだ、君はいつもそうやって、感情に左右される。そして皆を失うんだ」
挑発めいた彼の言葉。
確かに怒りは湧き上がった。
だけど、まだ、腹部の傷は開いていない。
『傷は、一時的に塞がります、、、、、、。ですが、、、感情は増幅されています、、、、、、抑えて、、、、、、一番大事な気持ちを、、、忘れずに、、、』
憂虞の鳴器の隊長が言っていた言葉を思い出す。
一番大事な気持ち。
それは何か、今ならば分かる。
あの日、この男に立ち向かったときの、誰かを守りたいという気持ち。
それを、ノランが思い出させてくれた。
「違う」
「何が違うんだ?お前は弱い。誰よりも」
「何もかも、違う」
「何がだ!?」
「私の代わりにノランが死んだんじゃない。お前は、私を、殺せなかったんだ。私は、、、私は、、、、、、、私はノランを、、、」
その言葉の先を言わなければならない。
この男に勝つために。
言わなくてはいけないんだ!!
不都合な真実から目をそらすことは止めなければいけない。
でも、それ以上に、自分が誇るべき真実を見ないこともまた、いけないことだ。
___大丈夫、一緒に言おう。そして、終わらせて、また始めようよ。二人で。
ノランが自分を恨んでいるかもしれない、なんて疑念はもうない。
彼女は、私の妹は、そんな子ではなかった。
どんな妄執も恐怖も、今だけは雪上を歩くように音を沈めて。
「私はノランを__」
『お姉ちゃんは私を__』
ああ、そうだ。
ファズ中尉のようにかっこよく、二人であいつをぶん殴ろう。
そして、二人まとめて褒めてもらおう。
__いいね?
__うん!!
二人は双子らしく、合図もなく口を揃えて叫んだ。
彼女ららしくない、少しだけぶっきらぼうな言い方で。
「私はノランを__」
『お姉ちゃんは私を__』
「『___くそったれなお前から必死に守ったんだ!!このやろうがっ!!』」




