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第1章 聖ジェファールズ豪華客船事件 第23話 始動

「これはこれは、エチカ少佐ではないですか!?」


ワイングラスを片手に、にたにたと笑う男が近づいてくる。

それは既知の光景。

近くにはエチカ少佐とクヘルス二等兵がいる。

クランの手には、まだクヘルスやファズ中尉を殴打してその頭を潰した、不快でおぞましい感覚が残っている。握力がなくなったように震えるその手を、クランはぐっと握る。

そして、他に残余した感覚はまだある。


「ノラン、、、そこにいるのね」


小さく呟くと、どこか頷いたような空気の動きを知覚する。

それを、クランは錯覚でもいいと思った。

話したいことはまだたくさんあった。頭も乱したままだ。

だが、それよりもやるべきことがある。

そして、たどり着くべきところも分かっている。


(フィーモアお兄様を探す、そして、あともう1人)


(今は、、、おそらく各客室を調べて回ってる)


クランは思考の整理を半端で止め、駆けた。


「イミノル伍長?」


エチカの驚いたような声が聞こえるが、時間がない。

急がなければ、民主神聖同盟の襲撃、そして理由の分からない大量虐殺が起こる。

それだけではない、その先には過剰適合とも幽霊ともつかない不気味な存在の発生。

エチカ少佐への説明は後回しにして、クランは客船内を転移を交えて疾走する。

キュイゼル・フリンスの控室。

ウェルカム・パーティでその姿を認めた後、彼女はそこに向かうはずだった。


▲▽


フィーモア・イミノル。

ノランの仇がこの船の中に居る可能性は高い。

そして、パミドール州の高等弁務官ラホム・ブジョール。

彼らが適合者を集めて何をしようとしているのか、それを暴かなければならない。

事は帝国陸軍、ひいては帝国の平和に関わる事態だ。

それに、だ。彼らのバックにもし、モッペル経済国が居るとしたら、それはクーデターを超えた戦争となる。

通路の影に隠れながら、その寡婦の恰好をした女は瞳を光らせる。


「奴は、何を狙っている?」


その時、近くにウーシアの気配がして、ファズはすぐに転移でその不審な者の背後を取った。


「、、、ファズ中尉、クランです」


その声にファズは聞き覚えがあって距離を取った。


「クラン?お前どこ行ってたんだ!任務中だぞ!」


「すみませんでした」


客船に侵入してすぐ、行方が不明となっていた部下が、これまでに見たことがないような澄んだ表情でそこに立っていった。


「、、、ああ、気をつけろよ。まぁ今のところ怪しいところはねぇ」


ファズはそれだけを言ってフリンスの控室に注意を再度払う。

だが、次にクランから出た言葉は、ファズの心拍を一瞬止めるには十分なものだった。


「フィーモア・イミノルを、お兄様を、探しているんですね、中尉」


「、、、お前、、、なんでそれを」


「お兄様はこの船に乗っています」


やはりか、と納得するより先に、クランへの警戒心が勝った。

いなくなっていた一瞬の間にいったい何があった?

クランとは皇帝直隷第二十一班になってから一緒に行動していたが、己の行動の意図を1つも伝えなかった。

伝える必要がない以上に、面倒だと思ったからだ。できれば彼女以外の者とペアを組みたかったが、エチカが許さなかった。エチカもまた、こちらの目的を知ってはいなかっただろうが、何か思うところがあったのだろう。

クラン・イミノルは、フィーモアに対して肯定的な感情以上のものを持っている。

それはノランも同じ意見だった。

だからこそ、この客船への乗船も、モッペル経済国との怪しい交流があるということしか伝えなかった。

まさか、とファズは拳に力を込める。


「お前、、、まさか、、、そっち側か?」


ファズは怒りが体を支配していくのを感じる。

ノランの耐え続けた恨み、それをこいつは踏みにじろうとしている。

だが、彼女は、


「ファズ中尉、お願いがあります。見極めたいんです、キュイゼル・フリンスを」


____キュイゼル・フリンス?

なぜその名前がここで出るのか、ファズは肩透かしをくらったように思考が停止した。この部下はいったい、どこまでを知っている?


「この後、ここに彼女が来ます」


「奴は黒だ、間違いなく」


「そうだとしても、探る必要があります」


「お前、さっきから何言ってんだ?いいからてめぇは適当にその辺の商人だの貴族だのを探ってろ、邪魔するな」


ファズはクランの肩を掴んで睨みつけるが、その視線を受けて、彼女は睨み返すように、そして叫ぶように、


「このままだと!!、、、このままだと、、、みんな死にます!!黙って私の言う通りにしてください!!!」


「お前、、、」


上官に対する言葉遣いとは思えないその怒号に、ただファズはその肩においた手を離してしまった。

いい目だ、と素直に思ってしまったのだ。

入隊してきたときの、いけすかない貴族風の悲観はそこになかった。

ああ、やっぱりこいつは、


「、、、はっ!今やっと、お前らが双子だってこと、信じる気になったよ」


「ありがとうございます。それで、ここに彼女が来ても、私に話をさせて欲しいんです」


クランは、ファズの賞賛に似た言葉など必要ない、というような口ぶりだった。

これまでにないような彼女の決死の姿勢に、ファズはなお驚きを強める。


「話をする必要はねぇ、あいつは黒だって言ってんだろ?」


「タクトフォンの件ですか?」


「ああそうだよ!!あいつは、あいつは、適合者の暴走を故意に引き起こせる。奴しかいないんだ、そんなことができるのは」


「それは、あくまで、状況的にということですよね、確証はない」


「だけどな!他人のウーシアに干渉できるような奴は、あの時、あいつぐらいしか、、、」


「その件、お話させていただいてもよろしいですか?」


その時、通路の奥から、桃色の短髪を照明に光らせた女性が口を挟んだ。

パーティ会場では転移による行動ができないように黒い布で覆われていたその瞳に懺悔の色を深く湛えて。

クランはその瞳を鋭く見つめ返す。

どの場面でも、彼女だけ、死の瞬間を見ていない。

時には存在すら消えていた。

そして何より、あの地獄のなべ底と化したパーティ会場。

幼い子供のような歌声が最後まで、己の悲鳴、命乞いと共にこの耳にこびりついている。


____歌声。


クランは今にも飛びかかりそうなファズ中尉に依頼をした。


「ここに集めて欲しい人たちがいます」


その願いを、ファズ中尉は値札を見るように、あるいは余韻に何かを探るようにじっと聞いて、


「、、、お前に、賭けていいんだな?」


と、聞いた。

クランは佩いた大太刀にそっと触れ、


()()()()、賭けてください」


と答えた。

その返答が満足だったのか、ファズ中尉はその場から一瞬にして消える。

その最後、


「___超えてみせろよ、絶望を」


そう中尉が言ったような気がした。

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