第1章 聖ジェファールズ豪華客船事件 第22話 分断
「客船の中も、戦闘か」
スラン第三深官は報告を受けて、任された船の舵取りに集中する。
エチカ少佐、クヘルス二等兵のウーシア兵器が、転送されては武器庫に戻ってくるという現象を繰り返しているとのこと。
戻ってくるとは、どういうことだろうか。
戦闘とファズ中尉の捜索を同時並行しているということか?
確かに武器を持って客船内をうろついては、まともに人を探すことなどできないだろう。
ただ、目下スラン第三深官が持てる全ての意識を向けなければいけないのは、圧倒的な力でこの海上を支配し始めた味方のことである。
▲▽
【赫赫然然、それだけなの】
【それだけが、私の愛なのだから】
_____アキエース。
ユト・クーニアの覚醒。
それは彼女にとっても、たった二度目のことだった。
海と空の狭間に、逆さの十字となって静止する。
世界が反対に見える。
海こそが、この闘争の海こそが、我々の世を上から圧している。
「アア、、、ココチイイナ、、、ヤッパリコレハ、、、、、」
ドレッチ船長はすぐさま警備船内に引き返す。
覚醒、それは非適合者が立ち入ることのできない人外の力だ。
垂れ流れた血はそのままに、
「ドレッチ船長!?早く治療を!」
スラン第三深官はドレッチに駆け寄って、他の船員に指示する。
「いいから!早くここから距離を取るんだ!!巻き込まれるぞ!エチカ少佐たちの兵器がぎりぎり転移可能な範囲で離れろ!」
炎と氷の壮大な羽が、ゆっくりと羽ばたく。
その両の羽は、常に循環するように、氷を溶かしては、なお炎は高くなる。
あたりはその水蒸気で煙り、あたかも朝霧のように視界を閉ざしていく。
ルトベルは視界不良となるなか、その様子を注視する。
何が起こる、、、この覚醒は、、、何が。
だが、ニスカエルマの不確定の刃がまだ刺さっていて、動くことはできない。
「右手が、、、右手が、、、骨に、、、」
リリィのつぶやきに、ルトベルは目を細める。
確かに、煙の向こう、ユト・クーニアの右手に肉はなく、すでに骸骨のそれと化している。
それでも、その手にグレイブは落ちない。
だが、変化がそれだけということはあり得ない。これははったりではないのだ。まごうことなき覚醒の力がどこかにある。
『諸君らのそれは、所詮、知に弄ばれた遊戯にすぎない』
声が、天上から降る。
だが、ルトベルも、リリィも、見上げることができない。
まるで頭を押さえつけられているような、威圧感。
『同胞を喰らう者にしか、まことの幸福は訪れないというのに』
それを見れば、この目は焼き尽くされて二度と光を感じない。
それだけの異形の存在。
だが、ルトベルは意を決して顔を上げる。
そうしなければ、いずれこの身は切り裂かれて海の藻屑となる。
空中に浮きながら、彼はそれをようやく仰ぎ見た。
「あれは、なんだ?」
三体の飛竜のような海洋生物が、骨格だけで浮かんで円環を成している。
それは鯨とも違う、翼を持つ覇者。
空を統べ、海を喰らう、絶対的な強者がそこにいた。
「オマエラハ、、、ドコニ、、、イク、、、?」
ユト・クーニアはその怪物の円環の下、頭を海上に向けたままそう詰問する。
ルトベルは、その怪物から視線を外すこともできず、戦慄く唇をなんとか制御して、
「本当の自分を、この世界を、取り戻す、そのためにカンパニアは戦う」
その答えを聞いて、ユト・クーニアがどういう感情を持ったのかはまるで分からない。そもそも、あれはまだ自分と同じ人間なのだろうか。
覚醒というのはいつも、そんな同じ疑問を相対するものに持たせる。
だが、ルトベルにその疑問を味わう時間は与えられなかった。
「___________はっ、情けない」
「ルトベルお兄ちゃん?」
「すまない、リリィ、、、迷惑をかける」
突然の謝罪に、リリィは訳も分からずルトベルの方を見た。
「え、、、?」
彼の身体は、腰から下がもうなかった。
それは探すまでもなく、すでに膝下の海へと落ちていくところだった。
「ルトベル、、、、お兄ちゃ、、、」
ルトベルの表情にはもう生気がない。
残された上半身も、ウーシアの力を失って重力に引きずり込まれる。
それをリリィがすんでのところで抱えた。
だが、集中していた意識が切れたのか、ニスカエルマの時限的な刃の転移がその時ようやく成立し、リリィは心臓を穿たれ血反吐しながら、
「、、、ぐっ、、、い、、、イヤ、、、イヤだ!!アルファリアのお姉ちゃん!!どうしよう、、、どうしよう、、、ルトベルお兄ちゃんが、、、」
リリィはそれでも、なんとかユト・クーニアを見た。
無限に発生する水蒸気が風に揺らぎ、彼女の腕が見える。
まるで火葬が進むように、右手だけだった骨化は、肘のあたりまで進んでいる。
それが何を表しているのか、リリィには分からなかった。
ただその不可解な現象が、リリィの脚を竦ませる。
あれとどう戦うべきなのか、彼女には1つの方法しか思い浮かばなかった。
「リリィも、、、リリィも、、、」
「大丈夫よ、ルトベルは任せなさい。まだその時ではないわ」
その声はアルファリアのものだった。
彼女はすでにリリィの背後にいて、そっと抱きしめた。
途端、リリィとルトベルの残骸は柔らかな炎に包まれる。
「あ、ありがとう、アルファリアのお姉ちゃん」
「いえ、よく頑張りましたよ。ひどいことをしたお姉ちゃんを許してね、あなたたちには覚醒者の、その醜さを知っていて欲しかったのよ、これからのために。自分がそうなるのと、こうして敵として相対するのでは、違うでしょう?」
その声がリリィに届く前に、彼女はその場から消えた。
残されたのは、アルファリアとアクトゥールの二人だ。
「さぁ、アクトゥール。これは少し厄介ですよ」
「エチカ少佐が上手くやってくれるといいんですが」
アクトゥールはアルファリアと二人並びながら、覚醒者と向き合う。
「彼女の最初の覚醒、そのときは頭上のアレはまだ居なかった。だから、結局あの骨化がどういうものなのかは分からないの」
アルファリアは、ダンスにでも誘うように、手をクーニアの方に差し出す。
すると、クーニアの身体が火炎に包まれた。
だがそれもお構いなしというように、次の瞬間、見えぬ斬撃が二人ともを両断するように煌く。
「止められないのか!」
アクトゥールはすぐにそれを察知して、大きくクーニアの背後に転移する。
ルトベルを切断したそれは、アクトゥールでも静止させることはできなかった。
アルファリアもまた、同様になんとか避けたらしく、
「駄目ね、私のも効かないみたい。それにあの斬撃、空間そのものが切られている」
「空間そのもの?」
「あれは、私たちの世界の外からの干渉よ。羨ましいわ、私達が目指すところに、今、彼女が最も近い。それが進化なのか退化なのかは分からないけれど」
それに、とアルファリアは続ける。
「頭上の怪物、組成が始まっているわ」
アルファリアの言うように、アクトゥールの目にもそれははっきりと見えた。
三体の怪物、その尾鰭のような部分に肉が付き、生き物のそれになっている。
「彼女は、、、供物ということか」
「ええ、おそらく、彼女の身体が全て骨になったとき、あれは息を吹き返す。予想でしかないけれど、そうなったら終りね、多分」
二人に背中を見せているクーニアが、ゆっくりと、ようやく頭を持ち上げて正立し、こちらに振り向く。
「___ミラリロヲ、、、カエシテモラウ」
「それはできない相談ね。それにあなたはそれを欲してないでしょう」
「ナラ、喰ワレロ」
アクトゥールは長剣を振るう。
と、眼前に迫るように転移してきたクーニアの動きが止まる。
だが、瞬きの間にもう彼女はそこにいなかった。
「下よ!!」
アルファリアの声に応じて避けようとするが間に合わない。
ウーシアの促成度が、あまりに高すぎる。
クーニアのグレイブがアクトゥールの股を裂くように振るわれるが、
_________離れ________
温度が伝達するように、アルファリアの声が炎を伝ってぬるく広がる。
その攻撃とも認識できないゆるやかな波紋は、しかし確かにクーニアを捕まえた。
「_____クッ、、、」
クーニアの動きが止まり、気絶したように墜落していく。
そしてそれを見逃すアクトゥールではなかった。
彼女を追跡して先に海面へと転移し、その刃を落ちてくるクーニアに向けるが、
「ツカマエロ」
海から触手のように海水が持ち上がり、アクトゥールを無言のままに引きずり込む。
そして、
「コオレ______モエロ____!」
氷河のように海面が凍ったと見えたとき、想像を絶する大爆発が起こった。
それは頭上を揺蕩う怪物さえも巻き込むほどの、噴火のような衝撃だった。
地形を変えるほどの威力があると見えるそれは、しかしアクトゥールを殺しきれない。
「がっ、はっ、、、、げほ、、、、、、、、、」
「休む暇はないみたいよ、アクトゥール」
アルファリアは再度、クーニアを気絶させんと炎をくべるが、
「思念ノ炎ガ、原始ノ炎ニマサルコトナドナイ」
炎が炎で打ち消される。
と同時に、斬撃がアルファリアの腕を後方に吹き飛ばすが、
「残念、私の体は丈夫なの」
そこには何事もなかったように元のままの腕があった。
「だけど、まずいわね、もう右腕全部、骨だわ」
ユト・クーニアの覚醒。
それはウーシアの促成度が高くなり転移の成立が速くなること、見えぬ斬撃が飛んでくること、そして転移の限界がおそらく来ないこと、いわばそれだけだ。
だからこそ、あの怪物が本質としか思えない。
「仕方ないわね、手の内を見せるのは嫌だけれど、背に腹は変えられないもの」
アルファリアは、己の首のあたりをまさぐり、ネックレスを服の外に出す。
それはロケットペンダントのようなものだった。
彼女がそれを両手で愛おしそうに握ると、これまで顔を隠していた炎が、その火勢を弱くして、表情が露わになる。
その顔は、これまでの印象と異なって、そばかすが顔の中心を横断するように点在した、素朴な少女の顔つきであった。声音から受ける年齢の印象とも違う。
本当にどこにでもいるような少女が、瞳を閉じて歌うようにつぶやく。
___天地が再び出会うように、
_______二人はまた、同じ星と塵を食べ合う
__その時まで、久闊を叙する言葉でも、考えておきましょう
アルファリアの、それは祈りと定義すべきものが、言祝がれる。
「皮肉なものだけれど、本能と思念、真の世界はどちらか、綱引きしましょう」
アルファリアが人知れず落とした涙。
それがペンダントに落ちた時、世界を割るような、光なき雷が彼我の間を懸絶した。
★余談
ユト・クーニアのアキエース(ダレ・エタ・チーペレ)は、
【Blur】"Song 2"




