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英傑の黄昏【Dawn of the blue war】  作者: 屋代湊
人物紹介・閑話
5/48

デマルケス・フィリッポの面談 ★ニキ・サラムーン①

地獄のような初出勤は、3人目が最後の1人だった。


今のところ、紆余曲折、そして挫折を味わいつつ、1日目にしてはよくやっていると自分を褒めてやりたい。


やはり、再度認識を強く持たなければならないのだ。


自分はエリート中のエリート、かつ天才、かつ神なのだと。


誰が初日からこんなに上手く、ややこしい適合者、しかも覚醒者だ、と渡り合えるだろうか。




体も頭ももう休息を求めてアラートが鳴っているが、本日最後の案件はまるで大したことがない。


どうやらムヒロン室長が受けた案件とのことだが、情報を見て、「はっ」と鼻で笑ってしまった。


覚醒者でもなければ、一等兵。それに現在、契約している企業なし。


ただ、ここは価値を示すいい機会だ。


なんせ、前二件はいわば、継続案件だ。誰にでもできる。


新規の契約を取ってこそ、真に帝国のためになるのだから。




私はさらっと、流し目で資料に目を通す。




※レガロ帝国陸軍 極書情報




【生年月日】 帝国歴66年2月22日

【年齢】 15

【性別】 女

身溜(みどまり)】 臀部

【身長】 345mp

【体重】 84lds

【出身】 レガロ帝国

【ルーツ】 ユイザール

【階級】 一等兵

【所属】皇帝直隷第二十一班

【単独任務遂行能力】 C

【純粋殲滅能力】 1

【標準環境踏破数値】 5





余裕だ。


余裕でしかない。


まず何より、身長が高くない。帝国の女性の平均身長より小さい。姉たちによって植え付けられた高身長女性に対する恐怖がないだけで、私の能力が最大限に発揮されることが確定している。


そして若い。15なんて子供も子供、いくらでも口車に乗せることができる。


おうおうにして、15歳の女の子など、華やかな世界に憧れているものだ。


戦闘能力に関してもひどいを通り越して、驚きに値する。


特に、標準環境踏破数値。


これは適合者が通常の環境で何人の非適合者の兵士らを打倒できるか、ざっと言えばそういう数値だ。5って、5ってなんだよ。その辺の腕に自信のある清掃員でも無数にいそうな数値だ。



※レガロ帝国第二大学付属ウーシア蘊奥(うんのう)室付属合同病理研究所

 軍費悉皆定期検査より




【適合型】アノム衣浴型

【進行度】ワン

【ボルラ波長値】2.3

【促成度】高

【伸展性解消反応】ドーム型




現在、スポンサー契約はない。


契約に関しては、そのほとんどが覚醒者にお声がかかることが多いが、もちろん適合者にも人気株はいる。要するに、見た目だったり、地位だったり、何かしら企業にメリットがある場合だ。


だが、覚醒者の臣民からの人気は、ほとんど偶像崇拝に近い。


覚醒とは何か、どんな戦闘を行うのか、知っている臣民はほとんどいないにも関わらず、だ。


今回のこの兵士も、覚醒者じゃないとすれば、容姿がいいか、何か特徴があるのだろう。




契約を申し出てきているのは、「ルクス・エテルナ」。


帝国最古の歴史を持ち、今なお最高級といわれるドレスブランド。


現在の契約者は、今後面談が控えているルラ・コースフェルト大尉と、第一騎兵師団所属の男性兵士、ガコロ・サラブ大佐の二名。最近はその二名以外との契約はない。


いずれも明らかに容姿とスタイルが良い。


おそらく女性向けにはコースフェルト大尉、男性向けにはサラブ大佐と、ブランドイメージを定着させているのだろう。




今回も、誰か適任を、という訳ではなく、この「ニキ・サラムーン一等兵」を名指ししているということは、おそらく見た目での判断だろう。


将来的な活躍を見越した青田刈り、にしてはやはり戦闘に関して不安がある。


ただ、実力と容姿を兼ね備えた若手も勿論いるのだから、謎は残る。




とにかく、これは先方が名指しで要求していきているのだから、本人の首を縦に振らせればいいだけだ。


簡単かんたん、あまりに簡単。




私はなかばスキップするように、面談室へと向かった。





=====================================




「いやあああああああああだああああああああああああああああああああああああだああああああああああああああああああああああああああああああああああああムリいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい殺してえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」




絶叫に、私は耳を塞ぐ。


サラムーン一等兵の、かすれたような独特な声が、面談室に反響する。


彼女は最初から、怯えたように部屋に入ってきた。




「おめでとうございます。サラムーン一等兵に、スポンサー契約の話がきておりまして、、、」




「は、、、、、はぁ、、、、」




「それも先方からぜひサラムーン一等兵に___」




「ひっ!!」




「、、、どうか、されましたか?」




「い、いえぇぇぇ、続けて、、、続けてくださいぃぃぃ」




何をそんなに怯えているのか、と私は不思議に思いつつ、まぁ初めての契約で緊張とか、嬉しさとか、そういうものだろうと思っていた。




「これは大変にすごいことですよ。先方から名前を出して申込があるなんて、それに15歳で。何やら、これまでのフルオーダーの高級路線とは違う、若い女性向けにセミオーダーのラインナップを新たに企画しているようで、そのイメージにサラムーン一等兵がぴったりだ、と。そして、これは伝えるのを少し迷ったんですが、それにはモデルのような体系の人より、身近に感じやすい、低身長の普通のスタイルの方がいいと、そういう経緯のようです」




私は自分で言っていて、なるほど、と納得した。


見た目での採用だと思っていたが、面談室に来たサラムーン一等兵は、今日出会った二人や、すでに契約しているコースフェルト大尉と比べても、決して綺麗とは評価できない女の子だった。辛辣に言えば、見劣りすると言ってもいい。普通である。


この仕事をする以上、そういう客観的な指摘は必要になる場合がある。あくまで私の人間性が終わっている訳ではないと、そう自分に言い聞かせる。


ただ、その栗色の段の入ったふわりとした髪と、黒くて丸い目、そして両目の涙ぼくろ、コミカルな動きは、愛らしい、可愛らしいという印象を受ける。そして、その特徴的な声は、どこか可愛いだけではない、アンニュイさがある。


要するに、全体的には人の目を引くと言ってもよく、廉価な商品を広範の大衆に売りたいという先方の要望に、合致しているということだ。




「あ、あの、そんなことはどうでもいいので、、、企業名を」




サラムーン一等兵が、沈鬱な表情で、冷や汗のようなものを顔にかきながらそう言った。ほぅ、いっちょ前に企業のランクで受けるかどうか決めようというか。なかなか豪胆な、と思ったが、それならば契約は間違いないと、私はほくそ笑んだ。


おそらく、特に女の子であれば、どの覚醒者も契約したいと思う、憧れの企業だ。


煌びやかな、光の世界へ、私が君を導いてあげよう。


君の平凡な人生が、今、ここから、花開くのだ!




「ご存じだと思いますが、ルクス・エテルナという企業でして、でも、安心してください。一流企業ですが、あなたと同じ元第二騎兵師団のルラ・コースフェルト大尉もいますので、いろいろ教えてくれるかと」




「やっぱりぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃいいいいいいいやあああああああああだああああああああああああああああああああああああだああああああああああああああああああああああああああああああああああああムリいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい殺してえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」




そう、そしてこうなった。


殺してってなんだ、殺してって。


サラムーン一等兵は涙やら鼻水やらを出しながら、私のネクタイを思いっきり引っ張った。




「断って断って断って断って!!なんでもするからぁ!」




「ちょちょちょ、なんでですか!これ以上の契約は今後できないですよ!あと、苦しいです!死んじゃう!」




「無理ムリムリムリ!あんた、人外の化け物と一緒に仕事できる?できないよね?ムリだよね?」




「化け物って、いいですか?正直、あなたの戦闘能力や、容姿から考えても、これは望外の申し出ですよ?」




「だからなんだよぉ、、、、、、あの人にかかれば、私なんて、鼻くそほじりながら消し炭にできるんだよぉ、、、」




コースフェルト大尉が鼻をほじる姿を想像しようとして、すぐにやめた。絶対にしてはいけない想像だ。


そして、呼吸ができない。


私はなんとか彼女の手を外して、息を整える。




「ちゃんと先方に確認してよぉ、脅されてるだけなんだよ、あの言いなり社長が」




「脅されてるって誰にですか、それに知り合いなんですね、社長と」




「コースフェルト大尉に決まってるじゃん!!やばいんだよあの人、頭おかしいんだって、猫被ってるけど、知らないでしょ?知らないよね、兵士じゃないんだから、みんな騙されてる、おかしいのは私の方、そう見えてるんでしょ?絶望絶望、はい絶望」




「で、でもですね。このためにおそらく先方は人員も大量に雇って、広告費もこうして出して、おそらく工場など先行投資も莫大にしてるんですよ?いくらルクス・エテルナといっても、これは勝負に出たとみるしか、それを1人の、しかも社外の人の意見で決める訳がない」




そう、これまでのオーダーを受けてのドレス製造とは違う。


高単価の商品ではなく、低単価を大量に、という方針は、あきらかに大胆な方向転換だ。そのために必要な投資は決して軽くない。


そして、廉価な商品を出すことは、悪く運べば、ブランド全体にそのイメージがつくということ。これまでの高級路線の商品が低迷する可能性も秘めている、諸刃の剣だ。


だが、その命運を握る1人は、




「そんなのあったりめぇでしょうよ!!あの人を前にして、ムリですっていうよりはそっちの方がはるかに安上がりだよ!」




と、顔をぐちゃぐちゃにしながら訴えてきている。


どうしようか。


いや、まず、このニキ・サラムーンという人間が持っているトラウマらしきものを解明する必要があるようだと、私は長期戦の構えで話を聞く姿勢を整えた。




=====================================




私が軍に入ったのは、3年前、12歳のころだ。




「なぁ、お前はいいよなぁ、、、ずっと寝てばかりで」




後天的に適合者になった私は、軍という、これまでの生活とは真逆の世界に、うまく馴染むことができなかった。


それに、父や母、祖父母と離れて暮らすのも、心底寂しかった。


漁師町に生まれた私は、いつも、どんなときでも家族と一緒だった。


早朝、漁に出る父を見送り、学校に行き、帰って仮眠をしたあとは、夜、実家の飯屋を手伝った。お客のみんなは、私を可愛がってくれて、それもまた家族のように暖かった。




でも、ここは違う。


毎日訓練で、自由な時間はない。


ただぼぉっと海を眺めることも、無心に空を眺めることもできない。


誰の顔にも笑顔はなく、使命感に満ちた、偉そうな仏頂面ばかり。


強くなること、誰かを守る事、皇帝に忠義を尽くすこと。


どれも楽しそうには見えなかった。




「あれ、ニキちゃんだべ!ニキちゃーん!何してるだべか?」




訓練をさぼって抜け出し、野良猫と一緒に芝生に寝転がって空を見ていたときだった。第二兵站部隊のラララちゃんが声をかけてきた。


ラララ・エッグオール、その時は10歳ぐらいだったと思う。


彼女は生まれながらの適合者で、ずっとこの軍にいる。


年齢が少し近いのと、部隊が違うということもあって、私の不満をたまに聞いてくれていた。




「サボってる」




「なんと!騎兵師団はサボりが認められてるだべか?さすが優秀なところは違うなぁ、、、」




ラララちゃんは兵站へいたん部隊で、後方部隊ということから、前線で戦う使命を持つ私のことをすごいと思っていた。


でも、私は全然すごくない。戦闘に関わる数値は軒並み低く、もはや転移ができるだけの歩兵だ。


つい最近も、年上のミラリロ・バッケニア上等兵にこてんぱんにやられた。


自分より年上で、軍歴も長いのに、階級は1個しか違わない。


だからある程度はやれると思って、珍しく本気で臨んだ。


でも、結果は散々だった。次元が違うということを知らしめされた。


私は、きっと戦場に出たら死ぬ。そう確信したという意味では、有難かったかもしれない。




『犬の餌って、、、犬の餌、、、、ははははははは、すごい言われよう』




1個上で、営舎の部屋が近いために、いろいろと面倒を見てくれていたアイリスにも笑われる始末。その彼女も、歴史に名を残すことが確定している天才中の天才で、すでに第2次クランツェル反乱でその力を示した。




「ラララちゃん、私も兵站部隊に行けないかな?」




「う~ん、難しいんじゃないべか?適合者は、みんな騎兵師団だべ。ラララは作戦?がまったく理解できねぇから、いらないって言われてしまっただけだべ」




「私は作戦、理解できても、やる気がない」




「ラララも、ただびゅーんって走るのが好きなだけだべ、それ以外は難しくてよく分がんね」




その後は二人で野良猫と遊んでいたが、ラララちゃんは訓練があると言って、すぐに去ってしまった。ラララちゃんは立ち去る前に、




「とにかく、元気だすべ、これあげっから」




と言って、短い髪にごてごてとたくさん着けた髪飾りのうち、1つを取って私にくれた。


それは小さな狐のような見た目の髪飾りだった。


いわく、派手にいろんな色のものを身に付けていると、テンションがあがるということらしい。


私はそれを前髪を上げるの付け、それからまた猫とじゃれた。


猫は、漁師町のことを思い出すから好きだ。でも、遊んでいると、家に帰りたくなる。次に帰省できるのはいつだろうと、そんなことを思っていたときだった。




「ラララちゃんと仲が良いのね、あなた」




声をかけてきたのは、ルラ・コースフェルト、そのときは中尉だったはずだ。


私は名前だけは知っていたその傑物を前に、すぐに起立した。


ああ、怒られるんだろうなぁ、とそう気分を落ち込ませながら。




「あの子も本当に惜しいわ」




去って行くラララの背を見ながら、コースフェルト中尉は言った。




「惜しい、とは、、、?」




「あら、知らない?あの子、もともとは軍の秘密の部隊にいたそうよ。噂ですけどね」




それは知らない噂だった。


まぁ、私は訓練をサボってばかりで、師団の中では浮いていたから仕方ない。


でも、納得はしてしまった。


生まれながらの適合者、それだけで私とは境遇が違うのだから。


結局、ラララちゃんもああ見えて普通ではない。


ここに、普通の人間はいない。なぜなら、そんな奴はすぐに死ぬのだから。


生き残れるのは、優れた、おかしい人間だけだ。


そうであるなら、真剣に訓練に取り組む必要なんてない。


意味なんて、ないのだ。




「それに、あなたも、ね。とっても惜しい、ちょっと苛ついちゃうくらい」




コースフェルト中尉は、今度は間違いなく私の目を見てそう言った。


理由は全く分からないが、中尉を苛つかせるなんて、非常にまずい状況である。




「私、ですか?」




「ええ、この間のバッケニア上等兵との模擬戦闘、記録を見たわ」




兵卒の単なる訓練を、中尉が見る?


当日訓練を担当していないのに?


そんなことは初めてだった。


いずれ任務に同行すると思っての下調べだろうか。そう思えばない話ではないだろう。




「あ、いいことを思いついたわ」




コースフェルト中尉は、その柔和で美しい笑顔を満面にして、指を鳴らした。




「はぁ、、、、」




「私とやりましょう、私と、ね?いいでしょ?」




「え?何をですか?」




「模擬戦闘よ、模擬戦闘」




「え、嫌です」




「えぇ、絶対楽しいのに、これは命令よ、上官命令!」




そうして半ば強引に、コースフェルト大尉と模擬戦闘をすることになった。


私としては、訓練をサボったことがお咎めなしになってラッキーと、その程度の認識だった。


その時は、その時までは。





=====================================




「はぁ、クズ兵士じゃないですか」




「クズってなんだよ、クズって、これでも真剣に悩んでたんだぞ!分かるか?若干十二歳にして自分の死を悟る怖さが!ああ、なんて可哀そうな私、可哀そうで可憐でかわいい十二歳の私!」




情感たっぷりに過去の話をしてくれたサラムーン一等兵を、私は冷たい目で見ていた。




「で、それがどう、今回の件につながるんですか?」




「あ?分かるでしょうよ、ここまで言えば!それから毎日、毎日だよ毎日!!あれはもう虐め、後輩イビリ、ストレス発散、それ以外に考えられない!1回の模擬戦闘で何度、あ、死んだ、って思ったことか!!」




「それは普通の訓練内容なのでは?」




「ちっげーよ!全然ちがう!あいつ、私の命を刈り取る1秒前まで本気で殺そうとしてんだよ!可愛い後輩を!分かります?分かんねぇよな、目がイっちゃってんのよ!目が!それにね、ブちぎれてるのがもうありありと分かんだよ、あれ、そんなに怒らせることしたっけ、って思ったときにはもう天国の扉見えちゃってんの!あのね、動物って、死の恐怖にそう何度も耐えられるようにできてないの!精神が壊れるの!おしっこ漏らしちゃうの!そしてそれをあいつは平気でやるの!理解した?」




「うーん、それはむしろ感謝すべきでは?実際の戦闘に近いということで。あと、女の子が漏らすとか言わないでください」




「な・ん・で・だ・よ!馬鹿なのか?馬鹿なんですか?刃物合わせればゼンブわかっちゃうんだよ、あぁこいつ嬉々として人殺すタイプだって!」




そこまで聞いて、私はあれ、と疑問に思うことがあった。




「ということは、サラムーン一等兵もすごくないですか?相対しただけでそんなこと分かるもんですかね?それに、結局何日も耐え抜いた、ということですし、あと、武器がかち合うということは、対応できているということでは?」




サラムーン一等兵は、私の意見にはぁと溜息を大きく吐いて、




「手加減されてるに決まってんでしょうよ!!むしろされてなければここにいない!ということで、今回の話は聞かなかったことに」




彼女はもう言うことはないと、席を立とうとする。


本来、ここで焦るべき立場の私であるが、何を隠そう、この天才、すでに秘策を打ってある。




「ま、待ってくださいよ!でも、結局、その特別な訓練はどこかのタイミングで終わったんですよね?」




「、、、終わり?あれ、なんで終わったんだっけ?任務で忙しくなったからだっけ?あれ、なんでだっけ?つらい記憶すぎて、脳が消去を」





_____一本、私から取れたからでしょう?ニキ・サラムーン一等兵。





「あ、そうだ、なんか調子良かったんですよ、あの、、、日、、、、は、、、え?」





その声は、サラムーン一等兵でも、もちろん私でもない。





_____人をあまり、心のない化け物のように言わないでくれると助かります。





「あ、あ、あ、あああああああああああああああああああやったなこのやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」





彼女が冷や汗を滝のように流しながら過去の話をしていたとき、私は事情をコースフェルト大尉にメールで伝えた。そうしたらノリノリで作戦に便乗してくれたのだ。


やはり、今回の契約の件は、大尉発信だったらしい。


サラムーン一等兵も普段ならさすがに気づいただろうが、トラウマに脳を占領されていたらしく、バレずに済んだ。





____そんな風にニキちゃんに思われていたなんてショックだわ。


____あんなに楽しかったじゃない。


____私、結構、ニキちゃんは後輩の中でもお気に入りで、気にかけていたつもりなのだけれど。





「た、、、た、、、、楽しかった、、、、、ですぅ、、、、、、、感謝、、、、、してますぅ、、、、今の私があるのは、コースフェルト大尉おかげですぅぅうぅぅぅぅぅうぅぅ」





今更その嘘に何の意味があるのか、私にはまったく分からない。


それに、恐怖で目の焦点が全く合っていない。


喉も何か詰まっているように、呼吸がひゅーひゅー鳴っている。


もしや、と思って私はテーブルの下を覗くが、さすがに漏らしてはいないらしい。


意味のない嘘だが、それでも大尉はなぜか満足したらしく、




____そうよね、ちょっと大げさに言っちゃっただけよね?




「は、はいぃ、、、そうですぅ、、、、、緊張しちゃって、、、、何か面白い話をしなくてはと、、、調子乗って盛りましたぁあああああああああああああああごめんさいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」




____いいの、いいの。それで、お仕事は一緒にしてくれるんだよね?





「も、もちろんですぅううううううううううう不肖ニキ・サラムーン、骨になるまで大尉に尽くしまする!!!」




____尽くすのは私じゃなくて、会社にね?





もう一等兵は語尾がおかしくなっている。


そうして契約書類を書いてもらって、彼女は関節が固くなったのか、機械のような動きで、感情のない表情のまま、面談室を出た。


遠くで、階段を転げ落ちるような壮大な音がしたが、大丈夫だろうか。




「あの、大尉」




「なんでしょう?お仕事上手さん」




「いえ、これは全て大尉のご協力のおかげですので。ただ、1点、聞きたいことがありまして」




「私との面談のことかしら?」




「いえ、そうではなく、サラムーン一等兵のことなんですが、間違っていたら恐縮なんですが、もしや大尉は彼女に元気を出して欲しかったんではないですか?」




「あら、それはどういう?」




「毎日訓練漬けにすることで、寂しさとか悩みとか、そういうのを考えなくて済むように、そうしたのではないか、と浅慮ながら思いまして。適合者の方は、いずれにせよ、軍を出れない訳ですし、それなら、と」




私の推測に、大尉は数秒、間をあけて、これまでの柔らかな印象とは違う声音を出した。それは確かに、サラムーン一等兵が持つ印象に近い、心の底から恐怖を抱くような声だった。




「嬉しい推測ですけど、私はそんなに優しくはありませんよ。使える人材が、使う前に勝手に潰れるのは困る、それだけです」




その冷徹な答えに、私は言葉に窮してしまった。


が、その雰囲気を察したのか、一転、朗らかな声に戻って、




「でも、まぁ、十二歳の女の子には、やはりここは過酷ですから」




「そ、そうですね。師団の方には、感謝を忘れないようにします」




「いえいえ、互いの仕事をそれぞれしっかりこなす、それが大事ですから」





通信はそこで終わった。


が、私の仕事はまだまだ始まったばかりだ。




「あれ、今度はこの人と面談しないといけない、、、のか、、、」




初日にして、私はこの仕事が容易ではないことを3度確認した。


だが、サラムーン一等兵が何度己の死を思ったかに比べれば、これでもまだ容易な仕事と思うことにしたい。



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