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第1章 聖ジェファールズ豪華客船事件 第20話 君主

「現在の我が帝国の経済的地位はですね、いいですか、他国が不況によって沈んでいるから上向いてるように見えているだけなんです!いずれ、あれよあれよと抜かされますよ!それでも良いとしてこの問題を捨ておくなら、あなた方は座ったままの国賊だ!命をかけてる民主神同盟よりも悪辣だぞ!分かるか?ええ!?」


1人の若い男が演説台を叩きながら叫ぶ。

と、地ならしのような足踏みが響き、議会が揺れる。

それは賛同の意の表明だ。

だが、その音は、飛び交うヤジに比べればどれほど小さいことか。


「同盟よりも、とは何事だ!」

「撤回しろ!」

「国賊なぞと良く言えたな!頭ばかりの左派のゴミどもが!!」

「静粛に静粛に」


委員長から言葉を改めるように注意がなされても、その男の熱は冷めやらない。


「ええい!黙れ黙れ!!臣民第一とできない皇帝なんてクソくらえだ!!」


▲▽


「相変わらずだね、ドレッサ・コガジャ議員」


ケネート・パタヤル陸軍大臣が疲弊で皮膚にハリのない顔でそう若者の肩を叩く。

ドレッサ議員は、父親に友人との喧嘩を見られたような恥ずかしさを感じながら、


「今、自由経済を復活させなければ、この国は終わりますよ。特に農産物・畜産物の公定価格は最悪だ。政府が皇帝人気を支えようと消費者に迎合しすぎてる。その結果、東で何が起きてるか、あいつらは見て見ぬふりだ。生産コストを下げるために農奴で労働力を賄ってやがる。それでも利益幅が狭いから、供給量がだんだん減ってきてる。分かりますか?このままだと、いずれ最悪のタイミングで輸入を解禁することになる。そしたらこの国の第一次産業は壊滅しますよ?」


委員会の続きのように、ドレッサ議員は猛る。


「そうしたら、ただ人員を流すだけだ」


「貴重な人材を衰退産業に回すんですか?それこそ愚策極まりない」


「自由経済が悪いとは言ってないよ、塩梅さ、塩梅。要するに、手綱を握りたいんだ、政府は」


「徴兵だけでは満足できないと?それに大臣も政府側じゃないですか」


「まぁ、そうなんだがなぁ。それで、その件を君に聞きたかったんだ」


陸軍大臣室で、ケネート・パタヤルは真剣な表情になる。

かつての同胞である庶民護憲党のドレッサ議員は、熱を治めて耳を傾ける。


「東方の貴族、企業の中で、怪しい動きをしている者がいるな?」


「それはそうですよ、特にあっちは主要産業が、、、」


「そうではない、まぁそれも大事なことなんだが、もっと大々的なことだ」


「大々的?」


「国家反逆だ、それを計画している者がいるのではないか?」


「、、、、、、。」


「いつも舌鋒火を吐くような君がだんまりとは、珍しいな」


「いえ、別に隠している訳ではないんです」


「もちろんそれは分かっているさ、もしそうだとしたら、君の姿はここにない」


そこでパタヤル大臣は一枚の封書を出す。

大臣の顔を確認しながら、ドレッサ議員はその封書を手に取る。


「私が個人的に信頼している記者からのものなんだが」


「、、、、、、、ほう、一記者がよくここまで、良い情報源をお持ちで」


「ははは、たまには大衆の酒場に顔を出すことも大事だということだ。まぁ、罵詈雑言を酒の肴にしなくてはならないという弊害はあるが」


パタヤル大臣は酒を煽るジェスチャーをしてそう言う。


「この推測は正しい可能性が高いと、私も思います。ただ、あまりにも、、、」


「あまりにも、なんだ?」


「この案件、どこまで根を掘り返しますか?」


ドレッサ議員は、庶民院では絶滅に近い左派系の議員だ。

帝政の廃止と連邦制の復活などとはもう言わなくなったが、諸外国との無関税貿易と、私的所有権の拡大と保護、貴族の特権制限と生産手段の私有化、このあたりを主要な主張とすることで東方企業からの支持が厚い。特に生産手段の私有化については、資本は貴族が所有し、それを企業に貸し出すという、歪な形態になっていることから、企業側の不満が大きいところである。

その彼が、今、敵方である帝政の保存を心配してそのようなことを言っているのだ。


「逆に聞くが、どこまで届くと、君は考えている?」


「____言ってよろしいのですか?」


「どうせだ、どうせ」


ドレッサ議員は、見上げた大臣室の高い天井に向かって、


「ならいいでしょう、我らの父まで、この根は続いているかと」


「そうか、ありがとう。ちなみに君は関わっていないだろうな?疑わしい者の中には、君の支持基盤が多いが」


「大臣。立場を得て、もうお忘れですか?反体制だからといって、愛国心もないと、そう仰るので?」


「ああ、それとこれとは別だったな」


「愛国心のない左翼など、もぎ取って片翼で離陸せよ。あの演説は痺れましたよ、おかげでうちは泡沫なんてものじゃないくらい、消し炭の政党になりましたが」


「若気の至りを若者に尊敬されることほど、胃が痛くなることはないな」


「若気って、ちょっと前でしょうが」


ドレッサ議員はスーツのポケットに手を突っ込んで、満足げに大臣室を去った。

それを大臣は優しい目で見送って、いかにも大袈裟に、


「さぁ、早めに体の採寸でもしておこうか」


と、入れ替わりに入ってきたタックスベル・ラヤ次官に大臣が告げる。


「棺桶に入れる身体が残っていればいいですけどね」


「ほお、、、良いユーモアが身に付いたね。立候補してみたらどうだい?」


「いたずらに寿命を短くしたくないので」


「君の立場も、まぁまぁ危ういと思うけどな」


「それなら、もっと堅実な大臣が入閣されることを願いますよ」


「これから特攻する上官への言葉とは思えないな」


ラヤ次官は、おどけて両の肩を上げて見せたが、立ち上がった大臣のスーツをブラシで払う。その仕草に、大臣は震える手が少しだけ落ち着いたような気がした。


▲▽


「それは己に責任があるというそういう自白か?それとも朕にあると?」


皇帝、ザイル・ミリア・ヴィンセンラードを前に、大臣は口内の水分が全て飛ぶのを感じた。

この件、当然議論の行きつく先はそこだ。


大量の適合者の行方不明、それは失態なんて話では済まされない。

しかも、それが一か所に集まっているという、未曾有の危機。

確かに、後天的な適合者の犯罪者、その一部はユミトルド地下牢獄を含め、極秘的な任務についている者もいる。

それでも、国家を転覆しうる数が、行方不明になっている可能性が高い。

そしてそれは、第三騎兵師団からだ。

第一、第二、第四には、師団長を通さずに確認を取った。

所属の適合者は全て、確かに在籍している。

ゆえに、明らかに糸を引いているのは、第三騎兵師団の団長、アヤヴァウィン・オペリン大将。そして、記者の調べを信じるのであれば、パミドール州の高等弁務官、ラホム・ブジョールと、死亡したとされていたフィーモア・イミノル。


「人事は陸軍省人事部の管轄であり、それを統括しているのは私です」


「そして、統帥権は朕にある」


そう、これはここにいる二人の責任である。

ケネートは、明らかに、皇帝にそう訴求したのであった。


だが、


「ただ、配属後の管理については、レクタニア・ハニーハート陸軍総帥と、ザリ・グゼン陸軍教育監督長が指揮を取っております」


「なるほど、その二人が把握していないことなどあり得ないと、そう言いたいのだな?」


「いえ、責任はあるかと思われますが、第三騎兵師団長と、お二方のその間、そこに逆賊が潜んでいることも考えうるかと。個別の適合者の存在など、長官が全て把握できているとは思えませんので。いずれの可能性も」


「そうか。だが、それは大変に困ったな。本当にクーデターということになる」


まるで困っているようには見えない皇帝は、その先をさっさと述べろ、とそういう風に言っているように感じる。

それはこちら側の萎縮がそう聞こえさせるのか。


「容疑が陸軍内にある以上、騎兵師団の運用は控えざるを得ません。そして、この件に関しては、すでに第二十一班のファズ中尉が行動に移っているとのことです」


「さすがだな。あそこは厄介な者が多いが、それでも実力だけでいえば師団と遜色ない。そして、多少無理を言って法を変えてでも、文官の貴様を大臣に据えたのもまた、こうしてみると正解だったかな。よい、二十一班を動かせ、この件はハニーハート総帥ではなく、貴様に一任する」


無論、ケネートはレクタニア・ハニーハートと、ザリ・グゼンが無罪だと確信している訳ではない。たが、彼らを疑い始めると、身動きが取れなくなるのも現実だ。なぜなら、特にレクタニアは皇帝のお気に入り。そこを指摘してしまえば、皇帝もまた疑わざるを得なくなり、のっぴきならない事態に陥る。

ここはいったん、彼らの肩を持つことで、行動の権利を得る。

それもまた、皇帝は理解してのことであることは自明であり、かつ二十一班が動けば、ハニーハート総帥にも事態は伝わる。

自分はただ、掌の上で踊っているだけかもしれないが、それでも行動しない訳にはいかない。

皇帝は、やはりどこか心ここにあらずというような感じだった。

その話には興味がないというような、安易な賞賛がその証左だ。

そして、まるで先の見えない話が唐突に振られた。


「大臣は、帝政についてどう思う?」


「どう思う、とは?」


「率直な意見が聞きたい。まぁ、辞世の句の代わりと思って言ってくれ」


それが冗談であるのかどうか、ケネートには判断しかねた。

皇帝の顔には、正も負も、どちらの色もない。

だがこの一件は、あきらかにケネートの今後を大きく変える出来事になることは間違いようのない事実であるから、早めの辞世の句といっても間違いはないのかもしれない。

腹をくくるタイミングを間違うな、男なら。

父の声音を思い出して、自分に言い聞かせる。


「民主主義の責任は、国民にあります。しかしながら、帝政の責任もまた、国民にあると、私は考えています」


「ほう、君が言うと重いな。その心は?」


「平時には、国民は強い主導者を求めません。全て自分の力でこの世を生き抜きたいと、そう希望的に語ります。しかしながら、有事になるとどうでしょうか。正しく、素早い判断と決断、それでいて奮起をもたらすような、そういう強い指導者を求める。その声とその弱さは、長い年月をかけて人の精神に巣食い、いずれ独裁を生む」


「それが人というものではないか?」


「はい。ただ、本当に民主主義を貫きたいのであれば、間違った判断をし、決断が遅く、それでいて互いに足を引っ張り合うような、そういう合議体をこそ、崇めるべきなんです。仮にそれで不都合が起きようとも」


「非常に後ろ向きな意見と聞こえる」


ケネートは、ドレッサ議員の若さを思い出す。

自分にはもう失われたものだ。

組織の中を渡る遊泳術ばかり上手くなって、その立脚地を忘れかけている。


「1人の人間に国家すべての責任を押し付け得る政治制度、それこそ、最も究極的な民主主義だと、陛下、そうは思いませんか?そうであるからこそ、民主主義とは常に未熟で不完全で、いつまでも議論の余地があるものではなくてはならないのです。1人の皇帝をすげかえて、それで目的を達するようなものであっては決してない。民主主義の未熟と不完全は、帝政の維持を求める人々が言うような欠陥ではない!」


思いがけず大きくなった声は、それだけで罰に値するだろう。

だが、皇帝は気にせず、会話を受けた。


「それでは国家は衰退する。対外的な戦争に負け、経済でも負ける」


「短期的な視点ではそうでしょう。しかし、国は人で成ります。人の活力を奪う専制政治は、一時的には対外的に勝利を収めても、いずれ内部から崩壊する。成長と崩壊は同時に起こり得、また豊かさと満足は一致しない」


「それが、ケネート・パタヤルか」


「はっ、そうでございます」


「そうか。では、朕の意見を伝えようか。私は、比較的民主主義的な専制政治はあり得ると考えている」


その意見は、安直には咀嚼できないものだった。

民主主義と専制政治、それは誰がどう見ても相反するものだ。


「難しく考えなくていい、要するに、現状がそうなのだ。国家転覆による皇帝の交換、それこそ、民主主義的な専制政治だ」


「そ、それは、どういう?」


「簡単だ。最高の政治制度とは、最もこの国を治めるのに適した才ある人間が、歴々と君主として後を継いでいくことだ。そしてその支配者は、常に入れ替わる可能性を秘めている。まぁ、禅譲ということだな」


「それでは、国は安定しません。常に内乱が起き続けます」


「大臣、前提が間違っている。内乱を起こさせるような無能は、ここでは主君として定義されていない。完璧に国を統治出来る者と、同様の力を持つ者が、いずれ生まれる。そこが交換するだけだ」


「それは民主主義ではありません、やはり一部の力を持ったものの、乗っ取りでしか、、、」


「それでも、大衆はその新たな君主を、迎合する。朕の前提が正しければ。まぁ、民主主義と同様に、これもまた夢物語だがな」


そこで皇帝は退屈に終止符を打つように立ち上がる。

やはり何か重要な用件が別にあったのか、ケネートの方には徹頭徹尾、関心がないように見えた。

だが、ケネートは皇帝のお考え、そのいったんに触れたように思えた。


(だからこの皇帝は厄介なんだ。先代とは違う、計り知れなさが、混乱を生む)


ケネートは急いで大臣室に戻ると、ラヤ次官が皇帝直隷第二十一班から緊急連絡があったと伝えてきた。こちらも連絡を入れる予定だったので、すぐに繋げる。

通信が開始されると、バルディット・ジャルジャ師団長の鬼のような形相がそこにあった。


「てめぇ!!ケネート!なんでさっさと連絡に出ねぇ!」


「すまん、皇帝陛下に奏上を、どうした?」


「聖ジェファールズ豪華客船に乗り込んだエチカたちと通信が取れねぇ、これ、多分、やばいぞ、そんな予感がする」


そこで、旧知の二人はこれまでの互いの情報を持ち寄った。


「あああ、また訳の分かんねぇ状況じゃねぇか、ふざけんなよケネート、こういうのはお前がすっきりさせることだろうが!?」


「こっちも狐に睨まれてるような状況なんだ、察してくれ。それで、第二十一班には問題の解決にあたって欲しい」


「あたって欲しいって、お前、何百とかいう適合者とウチの子たちを戦わせろってことか?騎兵師団の協力もなしに?」


「___ああ、できればそうなる事態は避けて欲しいが、最悪は、、、そういうことになる」


「お前、それがどういう意味か分かってるか?」


「分かってないと思うか?これは内乱であって、戦争だ」


「___ここの子らは、俺の娘も同然なんだよ、もう。それでも命令するな?」


「ああ、私情を挟むな。バルディット・ジャルジャ中将」


「それが駒に向かって指示するやつの顔かよ。気が晴れねぇな。いいか、もしこの子たちがやり遂げたら、盛大なパーティを催せ、皇帝のポケットマネーでな!こんちくしょうが!!いつかあの野郎、ぶっ殺してやる!!!」


物騒なことを最後に言い残して、通信が切れる。

酷なことを指示することは、いつまでたってもなれない。

彼が娘という兵士らも、無事では済まない可能性が高い。

エチカ少佐たちは、第三騎兵師団に協力を仰いだとのことだ。ということは、すでにこちらが動いていることは、向こうも気付いている。先手を打たれてもおかしくない状況なんだ。

ファズ中尉は、エチカ少佐に情報を共有しなかったのか?彼なら私たちと同じ結論に至るだけの思慮はあるはず。

いや、とにかく、とにかくだ。

それに、バルディットが言うには、「憂虞の鳴器」はすでに動いているとのことだ。

それなら、さっきの自分の奏上はまるで意味がなかったということになる。

皇帝も、おそらくレクタニアも、全て把握して先に動いている。


「そうだな、バルディット、いつかぶっ殺してやりてぇな」


「おお、黒幕はここにいましたか」


ラヤ次官の冗談も、今はうまく返せそうになかった。



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