第1章 聖ジェファールズ豪華客船事件 第19話 供与
レガロ帝国陸軍。
その力の源は、明らかに中央集権的かつ、非人権的な人材の集約にある。
民主主義体制下では決してなしえない、才能の効率化と適材化。
その権化が、目の前で火炎を吹く。
「___燃え尽きロ__」
煉獄そのものとしか思えない炎の波が身体を襲う。
ユト・クーニアの動きに、迷いが、余計な思念が消えた。
それはまさに、獲物を捕食する者の純粋さだった。
「大袈裟!」
「余り余ってんだよナぁ、世界が小さいんだよ、こっちハさァ!」
あれは駄目だ。
あの炎は、転移できない、自然の火だ。
ルトベル・ボラフトは地を這うような炎のヴェールを空中に転移して避ける。
が、そこに監視船の主砲が轟音とともに放たれた。
「それはもういい」
高速で接近する弾丸は、なんなく転移させ、後方にすり抜ける。
「潰れちまえ、細々ト!!!」
先ほどと同じく、火炎と同時に生成された氷塊。
それは隕石のような大きさとなって、ルトベルの方に落ちてくる。
そのあまりの巨大さに、視界が埋まる。
「避け________っ_____」
氷塊で見えない背後から、また炎の嵐が身体を襲う。
蚊を殺すのに家を燃やすかのような圧倒的物量での攻撃。
間一髪のところでリリィがルトベルを抱えて炎の範囲外に逃げる。
「すまない」
「ううん。ルトベルのお兄ちゃん、スゥが、、、」
「よせ、辛いだろう」
そのまま氷塊が落ちていれば、警備船は木っ端みじんだったろうに、そんなことはまるで気にしていないようだった。
「もう眠イ子ちゃんじゃねェよな?」
「鬼のようだな」
「喜ばしいね!!」
空中に転移してきたユト・クーニアのグレイブが振り下ろされる。
それを避けようとするが、海水が渦となって巻き上がり、蛇のようにルトベルとリリィを捉える。
何も、見えない。
「_____凍レ」
その水の牢獄が瞬時に凍結していくが、リリィがなんとか十字架の大剣でそれを破砕する。
氷の雪が海へと落ちていき、飛沫を上げる。
「___自然物の転移、、、よっぽどお前の方が、だ」
「デモお前らが欲したのはミラリロだろうガ、選び損ねたか?」
銃弾が、転移可能であるのは既知の事実だ。
ゆえに適合者には歩兵の攻撃はそうやすやすと届かない。
だが、火や水といったものは本来、転移不可であるとするのが常識。
おそらく、人の意図が含まれるものと、そうでないもの。人の範疇にあるものと、そうでないもの。そこに何か、ウーシアが要求する違いがある。
ユト・クーニア。
彼女は、我々とは違う声を聞いている。
「アルファリア・レオン、ここに来ているんダろウ?」
「だとして」
「簡単さ、感じル、だから届かせれバいい」
ユト・クーニアがグレイブを後ろに引いて構える。
呼吸をするように、その刃先から炎が何度も息吹く。
それはあたかも、噴火口が脈打つような鼓動。
「リリィ!ありったけ上だ!!!」
ルトベルが叫ぶのと同時に、一陣の炎が世界を両断した。
それは未分だった天地を分けるような、原始の炎の一閃。
その炎は、遠く標的を捉えんとしていた。
▲▽
「ああ、これはまずいかもしれません」
アルファリア・レオンがミラリロの方を見てそう言う。
「ユトを怒らせたら、こうもなりますわ」
ミラリロは、またお嬢様言葉に戻ってそう答えた。
「前例が?」
「ないから怖いのよ」
ミラリロは枝毛でも探すように、その青い髪を弄りながらだった。
「珍しいですね、あなたがそんなことを」
「だって、一番イカれてるのはユトですわ。ミラリロが言うと信憑性あるのではなくて?。あの子はね、最初から壊れているの。彼女は最も優しくて、そして最も独善的ですわ。そんな矛盾を抱えて、それでも自分は論理的にそれを解決できていると思っている。まぁ、それを誰かが気に入ってるのでしょうね」
「あなた、理解が深いのね。まぁ、アクトゥールがなんとかするでしょう。そうでなければこのまま火葬か冷凍保存になってしまいます」
アルファリアは淹れなおした紅茶に口をつけ、何か思案するような目をした。
「神が才能を好むのか、才能が神を好むのか、いずれにせよ人は才能のための器でしかないということね」
「アルファリア、あなたが負けるとすれば、その視座の偏重が原因となりますわ。器こそが中身を決定することもありますのよ。額縁のない絵は、絵ではないもの」
アルファリアの顔を覆う炎が、その時だけ少し、薄くなり表情が現れる。
そこには、悲しみに似た感情が浮かんでいた。
「ご忠告、感謝するわね」
夜明けよりも劇的な炎の開演が、眼前に迫り来る。
ユミトルドの件は、あくまで序章にすぎない。
レガロ帝国の崩壊は、この一戦から始まる。
「ローア、必ず君を助けるよ」
アクトゥール・アウリウスは、1本の剣を構える。
黒い短髪が、海上の潮風に逆立つ。
「_____皮肉な王の現れ」
アクトゥールがその剣を祈るように、上段の構えから緩慢に振り下ろす。
と、すぐそこまで迫っていた炎の津波が静止する。
まるで時が止まったように、世界が鼓動することを止める。
「矛先を向け合おう、痛みを知るために」
▲▽
炎が、溶けたようにだらりと海に落ちていく。
その先に、ユト・クーニアの姿があった。
彼女は、胡乱な目つきでこちらを見た。
「知ってルよ、お前」
「知らなくてもいい、未知こそ恐れを生むのだから」
「恐れてなお、お前の方が背中ダろうガ!」
ユト・クーニアが刃と化した氷の棘を無数に空中へと転移させる。
これではアクトゥールは容易に転移できない。
そこに彼女のグレイブが体内に転移してくる。
目の端でリリィが動く気配がするが、
「ちょっとごめんね、君たちには傍観してもらおうか、さすがに」
1人の男が甲板に立ちながら、両手に雑にぶら下げた二本の鉄槍。
それが瞬間消える。
アクトゥールがその転移を止めようとするが、
「駄目、そのとってきおきは間に合わないよ」
男、ニスカエルマ・トーラーは友人にでも話かけるようにそう言った。
彼の持っていた鉄槍は、そのままリリィとルトベルの心臓を穿つ。
「だっ、、、な、、、、、、、」
ルトベルは反射的にそれを拒絶しようとするが、心臓に刺さった鉄槍はいつまでも転移が成立せず、かといって拒絶もできない。
ずっと仮定のまま、そこに留まっている。
「なんだ、、、これは、、、」
「えっと、秘密、かな?まぁ痛くないだろうけど、気を抜いたら転移は成立しちゃうから、このまま二人を見ていよう、特等席だ」
ニスカエルマは、にこりと笑って、それからアクトゥールの方に顔をむけ、
「お手並み拝見と行こう、英雄になる素養があるかどうか」
アクトゥールは彼に構わず、今一度ユト・クーニアに向かう。
ニスカエルマの施した転移は止められなかったが、彼女のグレイブはアクトゥールを貫く前に二人の間で急に姿を現し、ユトの手の中に戻る。
「おマエ、他人のウーシア運用に干渉できるな?」
「さすがだな、もう手の内を見たのか」
「自分の体内、つまり領域内ならまだしも、転移途中でもか」
「冷静さを取り戻すほど、驚いたかい?」
銃声が数発、鳴り響く。
アクトゥールはそれを弾きつつ、音の出所に移動する。
「厄介だ」
「自ら降りてくるなんて、親切ですね」
ドレッチ船長は主砲に身を隠しながら、再度銃を構える。
そして、身体を一回転させると、先ほどまで自分がいたところにアクトゥールの長剣が現れる。
ドレッチはそのまま、一発、二発と彼に向って撃つ。
そしてその銃声と同時に、炎の一太刀が天上から降る。
だが、アクトゥールが片手をあげると、白刃取りをしたかのように炎は動きを止め、銃弾はすり抜ける。
「ドレッチ!!撃ちまくレ、てめぇの弔砲はてめぇで鳴らすんだろうが!」
ユト・クーニア上級大尉の怒声。
彼女の瞳は、もう充血の粋を越して真っ赤に染まっていた。
「痺れますねぇ!当たっても知りませんよ!」
ドレッチは身を甲板にさらけ出し、銃を変えて乱射する。
それは対適合者用の散弾銃。
「安心して撃ちまくレ!!そっちに転移はさせない」
その宣言の通り、アクトゥールはドレッチを仕留めきれない。
長剣の転移をする余裕もなく、ユトの猛攻が続く。
「そうやってずっと銃弾を弾いていりゃぁ、転移を阻害できても攻撃は出来ないだろ!?」
膨大な炎の奔流と、鋭利な氷の刃、それから無限の海水が時に彼を襲う。
地獄の試練が一気に押し寄せるような猛攻。
そのどれもが、アクトゥールの身体まではたどり着かない。
まるで時がとまったように静止し、崩れ落ちる。
だが、ともすると思いがけず銃弾の嵐が彼の命を狙っている。
それでも、アクトゥールには余裕があった。
ウーシアの運用は、無限ではない。
それはユトが言うように、存在を殺し、再度誕生させるような荒業だからだ。
転移を繰り返せば、その運用は硬直する。
自らの文脈に属したウーシアの波長が乱高下を繰り返し、波と波がぶつかって複雑さを増し、理解が及ばなくなる。
「クソが、、、、!」
そして、彼我の区分がいずれできなくなる。
自分の存在が、世界のなかで曖昧になる。
その先は、波が落ち着くのを休息にて待つか、それともウーシアに己の存在を示す空隙まで飲み込まれ、過剰適合するか、、、あるいは、、、。
「クソっ!まだ、、、」
ユト・クーニアが転移した空中から、撃ち落された小鳥のように、勝手に頭を下にして落ちる。その体が、外と内を区別する彼女の体表が、二重、三重にブレたように見える。
「時間切れ__________」
だが、彼女の選択は、第三のものだった。
彼女の背に、炎と氷が一翼づつ、羽となって優美に広がる。
天使とも、堕天使ともいえるような、その姿。
そして、
【赫赫然然、それだけよ】
女性の声が、1つ1つの細胞に語り掛けるように轟く。
アクトゥールは、無自覚に自分の手が震えているのに気づく。
皆、その場にいたものは同様に、弛緩したように口を閉じることも、流れる涎を止めることも、瞬きすら自由でない。
海に泳ぐ魚が、大海原の恩恵を知ることがないように、私たちもまた、その声の主の恩恵を、これまで知ることはなかった。
その不敬を、今、突きつけられているよう。
【稜威すら身に溶けて、赫赫然然】
【下種下種しきこの身こそ、赫赫然然】
羽の生えたユト・クーニアの頬に、鱗のようなものが現れる。
それでも彼女は空に足を、頭を地に向けたまま、中空に静止している。
まさに今、天から海へと生み落とされるように。
あるいは、生み捨てらるように。
【死して霊となれば、それをも餌にして、上も下もなし】
【欲を催して書き留めようと欲しても、この歴史は一葉も埋められない】
【赫赫然然、それだけよ】
【赫赫然然、それだけなの】
【それだけが、私の愛なのだから】
_____アキエース。




