表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/77

第1章 聖ジェファールズ豪華客船事件 第17話 存在

聖ジェファールズ豪華客船。

乗客は約二千五百人。乗組員を合わせれば四千人近くになる。

バー、カジノ、レストラン、まさに1つの町が箱に積まれて海洋を移動する。


「おい!どうした!?」


エチカ・ミーニアは周囲の乗客に気づかれないように、隣に立っていたはずの部下の体を支える。

パーティフロアは、今まさに出航の余熱を維持しながら、これからの航海に期待を寄せるように落ち着きがない。


「血、、、?まさか傷が、、、」


クラン・イミノル伍長の背中と腹のあたりに手を添えたが、その時、軍服に染み出すようにぬめりとした感触があった。


「ゴメンナサイ、、、ゴメンナサイ、、、私のせいだ、、、私の、、、みんな死ぬ、アレが来る、、、アレが、、、無理だ、、、何が本当かも、、、、、あああああああああああああ」


「本当にどうした?お前のせいじゃない、大丈夫だ、しっかりしろ」


周囲の人間の視線が集まる。

先ほどまで、この船に転移してきたときは何も異常がなかった。

何が起きた?

単に傷口が開いただけだろうか。

それにしてもこの出血量はまずい。

加えて目がうつろだが、それが失血によるものなのかも判然としない。


「いやぁ、こんなところでエチカ少佐に会えるなんて、僥倖ですなぁ」


タイミング悪く、1人の男が目ざとく声をかけてくる。

まずい、騒ぎにでもなれば、大手を振ってファズ中尉を探すのに支障が出るかもしれない。

そんな危惧を抱いたときだった。


「これはこれは、お姿を見ただけで分かりますよ、ひとかどの人物でないと。私はホーバス新聞社の記者でございまして、、、」


「おお、記者の方も乗船されていたのですな!」


「ええ、帝国の経済を支える成功者の方々のお話をぜひ聞きたいと」


「成功者なんて、そんな大層なものですよ!ははは、冗談ですよ冗談」


「おや、自信がおありですな、これはぜひ最初にお話しを聞かないと、ははは」


「私が一番ですかな?それは恐れ多い」


二人は談笑しながら、エチカたちから離れていく。

記者と名乗った男がこちらを振り向いて目線を強くした。


(助かったよ、ビノス)


エチカもその記者、皇帝直隷第二十一班の兵士、ビノス・ゴーテキ曹長に視線を返す。

彼がこうして普通に活動しているということは、どこかにファズ中尉もいるのだろうか。

とにかく今はクランを医務室に連れていく必要がある。

エチカはクヘルス二等兵を呼びつけ、乗組員に案内させるよう頼んだ。


▲▽


「一体、どういうことだ?」


ファズ中尉が、応急処置を経てベッドに眠ったクランを見下ろしながらだった。

クランの治療の間、ビノスと連絡を取り、ファズ中尉も呼んだのだ。

彼女はクランと違って、見た限りどこにも負傷を負ってなかった。

拍子抜けもいいところだ。


「私がクランを庇って負傷?そんな馬鹿な」


「でも、現にクランはこうして負傷している」


「そもそも私もまだ乗船したばかりだぞ?さっきまでそれこそクランも一緒だった。それでどうやって庇うっていうんだよ」


「なんだって?それは本当か?」


「嘘はついてねぇ、だから訳わかんねぇんだ」


エチカはファズ中尉と睨み合うようにしていたが、どちらも相手の顔など見えていなかった。あまりにも不可解な状況に、思考が追いつかない。

だが、その時、声を上げたのはクヘルス二等兵だった。


「お二人方、落ち着きなさい。若い者の癖に頭が固いな」


クヘルス二等兵はパーティ会場で受け取ったと思われるグラスの酒を煽りながら、


「ここは無限に酒があっていいな、いつまでも乗っていたいものだ」


と、呑気だった。


「どういうことだ、クヘルス爺」


ファズ中尉がいきり立ってクヘルスに詰め寄る。


「基準を設けなくてはいけないということだ、そんなことも分からんのか?」


クヘルスは口から零れた酒を拭って、ただし耄碌しているとは思えない、はっきりとした目で二人を見た。


「認識に相違があるなら、どちらかが正しい、あるいは、どちらも正しいとするならば、その整合性を取るものが間にある、このどちらかだろう?ファズ中尉は、乗船したばかりで誰にも襲われていないと言う。我々は、イミノル伍長から話を聞いて、それから飛んで来た。さて、どっちが夢を見ているのかな?それとも、どちらも正気なのか。まぁ、イミノル伍長が我々をだましている、という線もあるがな」


クヘルス二等兵の話は、確かに頷くべき内容であった。

エチカはそこで、1つの点をどうしても訴求しなければならなかった。


「ファズ中尉、あなたは今、乗船してすぐだと言った」


「ああ、1時間と経ってない」


「だが、私たちがこの船に警備船で追いついたとき、どう考えても客船の速度では1時間でたどり着かない座標に、この船はあった」


「な、、、それは本当か?」


「ああ、そうだ」


「ということは、間違っているのは、私、、、いや、この船か?」


基準が、明確になりつつある。

それはここに集まったすべての者が今、共有した。


「船の外と内で時間の流れが違うのか?そんなまさか」


「いや、それだと説明がつかないことがある、クランの負傷と証言だ」


「待て待て、ああ、頭がおかしくなりそうだ、クソっ。これから私が襲われるのか?いや、違う、そうじゃない、、、なんなんだ、ったく!」


ファズ中尉が髪をくしゃくしゃとしながら歯噛みしていると、今度はビノス・ゴーテキ曹長が話を挟む。彼は異色の経歴を持つが、それゆえに頭が働くときがある。先ほどの機転もその一端だ。


「僭越ながら、クヘルス二等兵のご見解の通り、基準をずらさずに考えるべきかと。私たち船の中がおかしいとするならば、いったんイミノル伍長の話を真とすべきです。すると、負傷したはずの中尉がこうして元気であり、なおかつ乗船したばかりだとするなら、帰結は限られます。ファズ中尉の言うように、イミノル伍長がなんらかの形で船の外に出た瞬間に、元の時間軸に戻った、つまり私たちからすれば未来に行った。その結果、これから起こる襲撃が、イミノル伍長の体に体験していない傷として刻まれた。あるいは、、、」


エチカはいつの間にか鼻を弄っていた手を止め、その話を引き継ぐ。


「_____時間が、戻っている。この船の中だけ」


皆が息を飲む。

荒唐無稽だが、それが一番単純で、理解しやすい状況だ。

だが、そんなことは可能なのか?

ウーシアが可能とするのは、空間内の転移だけ。

時間を超えての転移など、事例がない。それに、時間を操れるような覚醒の能力も。

あるいはウーシアとは関係のない現象なのか?

そんな疑問が、それぞれ程度は違えど皆の頭を苦しめていたときだった。

病室の扉の前、その内側にいつの間にか1人の男が立っていた。

まるでその結論に至るのをずっと待っていたかのように。


「暴れるしか能がない馬鹿が何人集まったところで、どうせ何もできないよ」


貴族然とした恰好をした、細身の若い男。

だが、その男の姿を見た途端、ファズ中尉の体が震えた。


「てめぇは!!、、、そうか、、、やっぱり生きてたのか」


「おや、その口振りは気づいていたのかい?」


「私はずっと、探してたんだよ、てめぇのことを。会いたかったさ、心の底から」


「喜ぶね。ここまで熱烈な歓迎は期待していなかったよ、驚きだ」


ファズ中尉の拳が、強く強く握られる。

エチカはいつでもファズ中尉を制しつつ、かの男に対応できるよう心構えをする。


「ああ、そうか。やっぱりあの時、見られてたんだね、あの子に」


「クランの馬鹿は知らねぇが、てめぇは舐めすぎたんだよ」


「そうだねぇ、力の入れようを間違えたよ。クランを騙すのは簡単だったが、ノランの方は、ずっと僕のことを警戒していたからね」


「てめぇがその名前を呼ぶんじゃねぇよ!!フィーモア!!」


ファズ中尉がその名を叫ぶ。


___フィーモア・イミノル。


その男が呼びかけに答えるように、にたりと不気味に笑った。


「まぁまぁ、落ち着きなよ。どうせ君たちはもう少しの命なんだ。ちょっと講義をしてあげようじゃないか。まだ時間があって、暇でしょうがないんだよ。こちらは」


エチカはフィーモアという人物に覚えがあるような気がした。

と、姿を消していたエンテラールが脳裏に語りかけた。


「主。フィーモアとは、フィーモア・イミノルのことかと推測されます。イミノル家の虐殺事件で、1人だけ死体が見つからなかったとされている人物です」


そうだ。

フィーモア・イミノル。クランの兄だ。

ノランの情報について調べたときに、その事件の記事を読んだのだ。


「エチカ少佐。才能ある君に1つ、聞きたいことがある」


その男が、こちらに話しかける。

みんな死ぬという言葉も聞き捨てならないが、ここは相手に合わせることにした。

何より、こちらが持つ情報が今は少なすぎる。


「何だ?」


「君はウーシアについて、どう思う?」


唐突な質問に虚を突かれたが、エチカは答える。


「ウーシアが何かについては、まだ誰も分かっていない」


「おいおい、事実なんてつまらないよ。ちゃんと質問を聞いてくれ。どう思うかって聞いているんだよ」


ファズ中尉がもう我慢ならないという感じに見え、エチカは彼女の前に一歩出た。

それで察してくれたのか、中尉は男を睨みつつ、エチカに任せる姿勢を見せた。


「適合者としての感覚で言うならば、見えない海に世界が満たされている、そんな感じだ」


「普通だね、それはどの適合者も言うことだ。じゃぁ転移は何だろう?楽しい楽しい海水浴か?」


ウーシア、転移、それがどんな現象なのか、適合者は薄っすらと気づいている。

それを聞かせろということだろう。


「転移の際、おそらく適合者はウーシアに還元されている。例えを引き継ぐなら、体が水になって、また体となって再構築される」


転移の成立を中止し、二段の跳躍を行う技がある。

それは連続転移オブシストと呼ばれ、一部の適合者のみが使える妙技。

あの技を行使する際、最もその感覚を体感させられる。


「いい答えだ。さすがというしかないね。君の技は特等席で見せてもらったよ」


見せた?いつどこで、、、?

だが、それもこの質問に答えていけば分かる、それは確からしい推測のように思えた。


「僕は不思議でならないよ、そこまで分かっているのに、なぜ疑問を持たないのかって。どこまで君たちは愚かなんだろう、目の前の利益、人より優れた才能があればそれで満足か?それが何かを知ろうともせずに。まるで猿が硬貨を掲げて喜んでいるようなものだ」


「お前たちのような厄介事を起こす奴がいなければ、そういう思索にふける時間もあるだろう」


「はは、責任を転嫁しないでくれよ。時間があったところで君たちは考えない。なぜなら君たちはそれを取り上げられているからね。そして、一部の賢者は摘み取られ、囲われている」


「もういい、先に進め」


「ほら、そうやってすぐ答えを求める。政治制度は人の思考の癖にまで影響を及ぼすんだよ、こうやって。まぁいいさ、啓蒙だよ、これは。それで、ウーシアに還元されると言ったが、だとしたら、ウーシアとは何かという疑問について、形が見えてくるだろう?」


エチカは黙らざるを得なかった。

確かに、自分の体がウーシアと一体になる感覚はいつも感じている。

そして、ウーシアには文脈のようなものがある。

これは自分の、あれは他の人の、というように、色が分けられているような。

温度の違う海流が混ざるように、それは反発しつつ、ゆるやかに交わっていく。


「だんまりかい?つまらないな。普段どれだけ物を考えていないかが分かるよ。だからアルファリアなんかの手で転がされるんだ。いいかい、ウーシアはね、この素晴らしい力は、、、」


男は世界の秘密を開示するように、厳かな、自信に満ちた声でこう言った。


___ウーシアは、「存在を存在させる存在、だよ」


その答えは、あまりに形而上的で、俄かには理解しがたいものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ