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第1章 聖ジェファールズ豪華客船事件 第13話 後輩

ホーバス新聞社、本社。

政治クラスタ第三取材部は、主に帝国軍関係の記事を扱っている部門であった。

その知的なはずの仕事場に不釣り合いな怒号が飛ぶ。


「だ、か、ら、おかしいって言ってんですよ!」


上司のデスクを拳で叩きつけて気炎を吐く、1人の若い男。


「おかしい?ああ、お前のおかしいところを2つ、教えてやろう。1つ、その案件は科学技術クラスタの領分であること。2つ、帝国傘下のうちで扱えるものじゃないこと。そして3つ、新人の癖にでしゃばるな。4つ、上司のデスクを殴るな、殺すぞ」


「4つ言ってんじゃないですか!それに仕事に新人も糞もないですよ!」


「あるんだよ!いいか?積み上げてきた歴史!それに基づく暗黙のルール!これを理解してない新人に動かれると会社が潰れんだよ!うちは帝国の庇護にあるんじゃなくて、常に銃口を突き付けられてるの!分かる?ああ、分かんねぇよなぁ、新人なんだから」


「悪弊の間違いでしょ、それ」


「悪弊だろうがなんだろうが、生き残るが勝ちなんだよ!見てみろ、うち以外の新聞社はみんな潰れるか、非合法の闇新聞になっただろ!?とにかく、お前のそれに予算はつけられねぇ、以上だ。余計なことすんなよ、絶対にだぞ、俺の首が吹っ飛んじまうんだぞ!!」


上司の罵声を背中に浴びながら、その青年は苛立たし気に足を踏み鳴らしてその場を去っていった。

後に残された上司は、頭を抱えてデスクに突っ伏す。


「部長の首以前に、会社が飛ぶのであまり関係ないかと」


「関係ない訳ないよね、ヘスリ君。あのね、傍観者風にしてるけど、彼の指導、君の担当なんだからね?」


「彼の指導担当が私であり、その任用責任者が部長なので、結果として部長の責任です」


「君、すごく、なんというか、会社員だね」


「優秀な会社員ですから、それでは」


そう言って、入社6年目のヘスリ・カルセンはタイトなスーツに身を包んでいるとは思えない軽やかさで部長の背に回り、通信機器をぱっぱと弄った。


「はい、取材許可・予算承認、と」


「お、、、おい、、、、、、今、、、なんて?」


と、部長がヘスリの腕をばっと掴む。

すると普段から感情の見えない彼女の顔が、なお一層感情を失って、


「きゃーセクハラですー部長の男らしくて汚ったない手が麗しい乙女の腕にーあーもうお嫁に行けないーうえーん」


まるで機械音声のような、それでいて大きな声がフロアに響く。


「お、おい、ヘスリ君、なんてことを!」


「いやーどならないでーいつもこうなんですー女は大きな声あげれば言うこと聞くと思ってるタイプなんですーもう怖くて近寄れないーわたし2週間ぐらい出社しませんー出張しますー。ということで、失礼いたします。部長。」


颯爽と、ヘスリは掴まれた腕をぱっぱと払って、丁寧に頭を下げる。


「お、おい!!!」


その部長の声は、彼女に届いてはいたが、まるで蚊でも追い払う様に軽やかに躱された。


▲▽


本社を出て少し行ったところの喫茶店。

そこがいつも二人の落ち合う秘密の会議室だった。


「ヘスリ・カルセンの類まれなる交渉術を、ぜひ後輩くんに見せてあげたかった」


ヘスリはすらりとした胸を突き出してそう言った。

自慢をしたいのだろうが、その顔には1つも自惚れの色がない。


「いや、絶対今頃大騒ぎですよ、大丈夫なんですか部長は」


「責任をとるしか能がないんだからいいんですよ。多少お給料が減って、ご飯が食べれなくても、これまでに貯めにためた脂肪で当分は生きていけるでしょう」


もうすぐ入社2年目となるマックス・ジスは、哀れな部長に思いを馳せることはやめにして、自分の教育担当の先輩と向き合う。

ヘスリも、経緯を説明しなさい、というように顔を突き出す。


マックスは要点を掻い摘んで、部長に迫っていた案件を説明した。


・・・・ウーシア兵器の製造と保有に関しては、59年の民族同化大戦後の「ドンファッタ大宣言」、それを受けた国際法である「ウーシア技術を基礎とした戦略的武器製造の制限及び配備に関する条約」、「ウーシア技術を基礎とした戦略的武器の国家による統一的管理体制に関する法律」、それから「ウーシア技術を基礎とした戦略的武器の流通と市場監視の義務に関する法律」、通称ウーシア軍縮三法で厳しく制限されています。

しかしながら、69年の世界的不況による情勢の不安定化に始まり、76年のテミナル島虐殺事件が大きな要因となって、特にミスタント朝、マクタン朝が国際法の制限を超えてウーシア兵器を所持している疑惑が流れた。そして東でも、大新民族帝国ノクス・フォンスと、サキジラ海峡を挟んだヴァゴ連邦国が不穏。それに国家間だけじゃない。不況によって、民族同化大戦で被害にあった少数民族が沈黙を破って各国内で動いている。

それらを受け、ウーシア兵器の製造・所持の上限が毎年のように引き上げられている現状を・・・・


いつのまにかニヤニヤとした笑顔になって、滔々と話していたマックスの鼻頭に、ヘスリはコーヒーの砂糖をかき混ぜていたスプーンをぱっと差し向けた。

話をやめろ、とそういうことだ。


「後輩くん、悪い癖が出てるわ。能無しの行動力だけある馬鹿な軍隊男みたいな説明を心がけなさい。さっき部長を詰めたように。条約の正式名とかいちいちいらないわ」


「あ、すみません。教科書を丸暗記して、1文字でも間違ったら自分の手の甲にナイフを突き立てるという生活を送ってきたので、冗長になりがちで」


ヘスリはしらりと彼の手の甲を見る。確かに黒ずんだ傷痕がいくつもあった。

思わぬところでコーヒーのように真っ黒な後輩の闇を覗いてしまったことに、少しばかり罪悪感が芽生える。

マックスはつらい過去に思いを馳せたのか、多少淀んだ目をぐっと瞑って、それから咳ばらいする。


「要するに、モッペル経済国と、パミドール州あたりの貴族が怪しいってことなんですよ」


「今度は要しすぎよ」


「えー、要求が高いですよ先輩」


不満げな後輩に、そろそろ助け船をだしてやろうと、ヘスリが口につけたコーヒーカップを下ろす。


「モッペル経済国は、ずっと自国で製造したウーシア兵器を帝国に輸出したがっていた。だが、帝国は頑なにそれを認めない」


「そうなんです。確かに帝国はウーシア兵器の製造に関しては突出した技術と生産量を誇っていますが、それでも近年追いつかなくなってきている」


マックスは断定的にそう言ったが、確かにそれは周知の事実となりつつあることだった。

ヘスリが続けて言う。


「製造ラインの余裕はあるけど、原材料の採掘が間に合っていない。仰嵐ぎょうらん山脈が最大の採掘場だけど、年々量が減っている」


「さすが先輩。それで軍の会見で質問したり、官僚どもに聞いたんですが、その内所有上限に達する見込みだ、としか言わない。国防上、輸入も解禁すべきではないかと訴えたんですが、それこそ国防の観点からできない、との回答で」


おそらくその質問は会社から許可されていないものだ。

新人の凡ミスとして処理されたのであれば幸運と言うしかない。


「モッペル経済国は、たしか帝国からの大量の亡命者の受け入れで被害を被っているから、その代わりに輸入を解禁しろと、そう言ってたわよね」


「ええ、そうです。実際に亡命者は増えているようですが、貧民だけとは限らない。被害、とまで断定できるかは不明ですが、口実にはなります」


ここまでは新聞記者でなくとも、帝国の運営に多少なりとも興味がある一般臣民であれば知っている内容だ。

実際に、どれだけウーシア兵器の製造が滞っているかは、軍の主要な関係者以外は知らない。あくまで外的な証拠を積み上げた推論だ。

自分たち帝国傘下の新聞社も、「ウーシア兵器、増産体制整う」みたいな記事しか書いていない訳である。


原料が採掘される仰嵐山脈は帝国の最東にある山脈だが、モッペル経済国の領土にも一部またがっている。だが、モッペルは表立って対立している国家はなく、しかも経済的には豊かだが、小国には変わりない。ウーシア兵器を製造したところで、余るだけ余るのだ。

当然の帰結として、それを最大の軍事国家である帝国に売りたい、貿易で利益を出したいというのは当然だ。そして帝国で正式に採用されれば、諸外国も導入を検討する可能性が高い。

だが、それだけのことなら部長に啖呵を切るような内容ではない。


「ただ、おかしなのはウーシア適合者の発生頻度です」


その後輩の言葉は、ヘスリにとっては飛躍した話題であった。

まったく話の結合点が分からない。


「適合者の発生頻度?それは何の関係が?」


「東方の勤務になった同期が、興奮して連絡してきたんです。ユト・クーニア上級大尉に会ったと。彼女は数年前、帝国全土でみても圧倒的な件数の任務を入隊後に遂行したことで、皇帝から叙勲を受け、上級大尉となった、その功績を鼻にかけない素晴らしい方だったと」


「えぇ、それは知っているわ」


「それで調べたんです。彼女の遂行した任務の詳細、その8割が後天的な適合者による犯罪の鎮圧でした」


「8割、、、そんなことが」


「事実です。それを科学技術クラスタの人に聞いてみたら、ちょっと不思議な現象だったので、大学の研究室と調査したとのことだったんですけど、あくまで現状だと偶然と言うしかないと結論づけられた」


ウーシア適合者の発生のメカニズムが解明されていないならば、その結論も致し方ないだろうと、ヘスリは納得した。

だが、それがどうこの話と繋がるのか。


「僕、気になって、取材に行ったんです。まぁそのときは、犯罪を犯した後天的適合者の軍での扱いや更生について記事を書こうと思っていたんです。最終的には、軍の寛大な対応は素晴らしい、とそういう結論ありきで。で、その適合者たちの保護者や親族に会いに行きました。みな口を揃えて、教育プログラムを終えた後、軍に配属されていますと言っていたけど、1人、僕の前で泣き出した女性がいました。その人は軍に捉えらえた夫と、連絡が全く取れないと言っていました。他の人も配属を聞いて取材してみましたが、1人も見当たらない。1人も、ですよ」


覚醒者でもなければ、確かに適合者の1人の1人の存在の確認は難しい。そのあたりの情報は公表されていない。だが、聞き込みをしたり、生活圏を回れば1人ぐらいは見つかるはずだ。それでも、いない。

それを入社してたった半年で突き止めた。ヘスリは表情は変わらないものの、それを誇らしく思うとともに、高揚する心を抑えられなかった。


「いなくなった適合者は、どこに、、、モッペル経済国に逃亡?それとも、、、」


そこで、マックスは指を二本立てた。


「仮説の1つは、ユミトルド地下牢獄に配備されていた」


ユミトルド地下牢獄騒擾事件。

政治犯罪者が集まるユミトルド地下牢獄に、民主神聖同盟が侵入、囚人たちの解放を狙った事件。ヘンリク・マルラント監獄長が手引きしたとされ、その鎮圧には当時少尉だったあのエチカ・ミーニア、それからミラリロ・バッケニアが尽力した。結果として、囚人たちは全員死亡したとされている。


「まさか、、、同盟が言っていることが本当だとでも?」


ヘスリの驚愕に、マックスは首肯する。


「あの牢獄には本当に、テミナル島の住人たちがいた」


「その根拠は?」


「噂があるの知りませんか、先輩。ユミトルド地下牢獄に配属になると、出世は絶望的だとする、軍内部での噂」


「それは聞いたことあるけど、でも、それって南西辺境の、しかも牢獄警備にまわされるのは、そもそも出世が見込まれない人材だからで、、、」


「いや、違うんです。ほとんどいないんです、そこから他に転属する人が。いたとしても、おそらく他の任務で死亡とされているかもしれない」


マックスは通信機器でリストを提示する。

それはここ数年、任務で死亡した兵士のリスト。そして、着目すべきは元所属、経歴が不明とされていること。

それは、往々にしてあることだ。何か極秘の任務に従事していたと考えるのが普通。


「情報はほとんど出てこない、だけど、あまりにも出てこないことが不自然なんです。だってただの牢獄警備ですよ?元地下牢獄配属ですって言う兵士の情報が1つもないなんて、おかしい。それなら、経歴がまっさらな後天的適合者の犯罪者を配備するのが、最も帝国にとって合理的です。足がつかない」


「それでも、推論も推論よ。そもそも政治犯罪に関わる人間が収容されているんだから、情報が出てこなくても、納得することは不可能じゃない」


ヘスリの意見は正しいと、マックスも思った。

そもそも、兵士の配属経歴自体が、有名な覚醒者・適合者でもないかぎりそう多く開示されていないのだから。


「先輩のおっしゃる通り、これは推論の域を出ない、まぁ陰謀論に近いものです。でも、もう1つは違う」


マックスの発した推論の終結点。

それは俄かには信じがたいものだった。


「農奴問題、そこに全てがあると、僕は思っています」


「農奴?また別確度ね」


「5年前、先輩は民生クラスタにいるとき、社内の新人賞で表彰されましたよね」


「ええ、まさに東方地域の農奴問題の解決についての記事だった」


そう。

戸籍も土地も持たず、農地で奴隷のように働かされる人々。

帝国もそれを容認していたが、1人の伯爵が異議を唱えた。

戸籍で臣民を管理することの重要性、経済的な発展には農奴はむしろ枷となること、不満の蓄積による将来的な情勢不安の危険性等々を皇帝に訴え、皇帝もまたその意見を柔軟に受け入れた。

その伯爵のインタビューを元にした記事。


ヘスリはそこで、1つの事件に思い至った。


「ただ、農奴は現在でもまだ増え続けている」


マックスは静かに頷き、ヘスリの思考を待つ。


「それは、農奴制廃止を訴えたイミノル伯爵が逝去されたから、、、」


取材を終えた後、イミノル家はそれこそ1人の農奴によって極めて悲惨な事件にあった。

イミノル伯爵と夫人、それから隠居していた伯爵の父、使用人、それから犯人の農奴が死亡した。事件は、農奴制廃止の訴えが曲解され、自分たちの食い扶持がなくなると誤解したがために起きたと結論付けられた。

生き残ったのは、伯爵の娘の双子、クラン・イミノルとノラン・イミノル。だが、妹のノラン・イミノルはその後、訓練中の事故で亡くなっている。

ヘスリは、非常に賢く、懐の広かったイミノル伯爵の、その貴族らしからぬ屈託ない笑顔を思い出すとともに、彼の娘たちの愛らしさが今でも目に浮かぶようだった。


「、、、、、、適合者は、農奴として身をやつしているってこと?」


「そういうことです」


「いや、それも推論の域を出ないよ」


「違うんです、先輩。そのイミノル家の事件、不可解な点が1つありませんでしたか?」


不可解な点。

そう、それは確かにあったのだ。


「_____フィーモア・イミノル」


イミノル家の養子で、次期当主。

その男の死体は、いまだ見つかっていない。


「そのフィーモアに似た男が、いたんです」


「どこに!?」


ヘスリは珍しく声を荒げてしまったことを恥じて、前のめりになった体を戻す。

怪しいとは思っていた。

イミノル邸に農奴の死体があった。それだけでもその農奴を犯人とすることは間違っていない。それでもやはり解せないのだ。


「パミドール州、高等弁務官ラホム・ブジョール。彼の邸宅に怪しい男が出入りしているのを、モチャ・ファズ中尉が捉えた。中尉はそれがフィーモアだと睨んでいる。そして、イミノル家がもともと納めていた領地、それは今、ブジョールが帝国直轄地として、代理管理している。その領地から、ウーシア兵器の微小な、けれども大量の反応を察知した、と。護衛にしては多すぎると、中尉は考えていらっしゃる」


「なっ、、、、、どこからその情報を?いや、なぜパイプが?」


「学歴は、自慢するものではなく、有効に使うものです。特に優秀な後輩は。それにファズ中尉は、あっけらかんとした方で、聞けばなんでも教えてくれましたよ」


ヘスリは事の大きさに、判断を迷った。

いつも是々非々で即断する性格だったが、こればかりは違う。


「その適合者たちの人数は?」


「ファズ中尉は100人はくだらないのではないか、と言っています。それはユト・クーニア上級大尉の捕縛した人数から考えても、あり得ない数字ではない。むしろ少ないくらいです」


「そんなの、そんなの帝国軍が見逃すはずが、、、」


あり得ない。

そんな数の適合者が管轄外に流れて黙っている帝国ではない。

泳がせているにしても、数が多すぎて危険の方が多い。

いや、違う、現在、手元にある確実性の高い証拠から逆算するべきだ。

不可能があるなら、それを取材で明らかにするのが、自分たちの役目。

そう考えるとするならば。


「______軍上層部に、隠蔽している者がいる。そして、おそらく第三騎兵師団にも」


ヘスリの至った結論、それはどんな状況でも大逆転させてしまうような、突飛な発想。軍上層部にクーデターを企てる者が入り込んでいるとすれば、そもそも、全てのことが可能に近くなる。


「頭、痛くなってきた、、、それで、どうにかしようとしているんでしょう、後輩くんは」


「ええ、どうやらモチャ・ファズ中尉が、怪しい動きをしている貴族たちの会合場所を突き止めたようでして」


「そこに行くのね?」


ヘスリはもう半ばあきらめていた。

ここまで調べあげて、話は終わり、とはいかないのが記者というものだ。


「はい。聖ジェファールズ豪華客船。そこに乗り込みます」


マックス・ジスは、まるでこれからお祭りにでも向かうように、煌々とした笑顔でそう言った。





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