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第1章 聖ジェファールズ豪華客船事件 第12話 信頼

「ユト様、先程のは、、、いえ、これは無粋、ファンとしてしかるべきときに知るということもまた矜持のうちですから」


ドレッチ船長は自ら甲板に出ていき、膝をついたユトに手を差し出す。

先ほどまでの異様な彼女の様子は消失し、今は疲弊の色が濃い。


「1人で立てる」


そうは言ったものの、まるで船酔いをしたかのようにふらつきの最中にあるのを隠しきれない。

ユト・クーニアは理解していた。エチカが自分をここに連れてきたのは、確かに関係が悪化している自分たちの間のこともあっただろう。

だが、それ以上に、海上において自分に勝る適合者はいない、その点を考慮したのだ。

その信頼を、今はどのような感情で処理するべきか、分からない。

信頼は人を弱くし、仲間を殺し、そして国を潰す善意の毒だ。

ゆえに、クーニアは信頼の兆しを、それは相手からであっても自分からであっても、その兆しを忌避してきた。

だが、それなくして人は、、、。


「戦場で差し伸ばされる手は少ない。見えたときは迷わず取るべきだ」


はっとして、ドレッチ船長の顔を見る。

初めてその顔をまともに仰いだ気がした。

何故か、父親にでも叱責されたかのような、そんな感情が沸き起こって、思わず手を伸ばしてしまった。

ぐいっと、その細い腕からは想像ができないほど強い力で引き揚げられた。

思ったよりも近くにドレッチ船長の顔があり、その太陽に焼かれたような茶色い瞳に自分が映る。

どこかで、彼を見たような気がする。そして先ほどの言葉には、何か。


「い、いいいいいいいいいいいい意外と素直なんですねぇえええええユト様の手やわらかぁああああああああああ」


ドレッチ船長はぱっと手を放し、二歩、三歩とよろめきながら下がる。

そのあまりに滑稽な動きに、ユトの思考も弛緩する。


「頼りがいがあるのかないのか、分からない______」


呆れの声を上げようとしたその時、尋常ならざるウーシアの悲鳴がユトの体を痺れさす。

ドレッチ船長も何かを感じたのか、念のため持っていたライフル銃を構えた。

ユトはすぐさま、警備船の上層部を見る。

陽炎とも違う炎の揺らめき。

燃えるもののない場所からの火の手。

それは対象を焼き殺すというよりは、むしろ抱擁するような性質のもの。


「____炎、、、、、そうか、なんだ、奴はちゃんとここにいるんだな」


先ほどユトが放った炎とは、その性質を異にする暖かみを感じるそれは、まるで暖炉の傍らに眠るようにゆるやかなもの。

だが、そのウーシアの濃度は常軌を逸している。

ユミトルドの一件、エチカの報告にあった炎。


「、、、、、、ありがとう、アルファリアお姉ちゃん」


リリィ・スゥヴェラが炎を影としてそこに立っている。

そして、海底に沈んだと思われた巨大な十字架のようなウーシア兵器が呼吸をする鯨のように浮上して飛沫を上げる。


「作戦変更だね」


リリィ・スゥベラが片手を空に持ち上げると、十字架はまるでそれがはなから棺であったかのように表がゆっくりと開く。

今まさにその中身が明らかになったと思った瞬間、彼女の両手には光り輝く長剣がそれぞれ、握られていた。


「さっきのは痛かったよ、お姉ちゃん。だから、おあいこだね」


ユト・クーニアが身構えたときにはすでに遅かった。

すでに体はウーシア運用に関して限界を迎えていた。

彼女にかろうじて聞こえたのは、一発の銃声だけ。


「________え?」


「おあいこは、こっちのセリフだね」


ユトの目には、彼女をかばう様にして立ったドレッチ船長の背中、中心は逸れているがその腹にはリリィ・スゥベラの十字架を模した長剣が深く貫通していた。

だが、その剣を握る幼い彼女の太ももからも、血が滴り落ちている。

ダンスでも踊るように交錯した二人がユトの1歩先だった。

なぜ、自分にも反応できなかった彼女の転移をドレッチ船長が理解できたのか。

その驚きはリリィ・スゥベラも同じだったのか、再度転移で距離を取り、膝をつく。


「血、、、、、、撃たれた?、、、、、また痛い、、、痛い、、、、、、」


剣が抜かれたドレッチ船長の腹部からは血が噴き出す。

彼はあいこと言ったが、重傷なのは明らかにこちらだった。


「ちょっと、、、あんた、、、」


ユトはそんな声しか出ない自分に驚きを隠せない。

彼が庇わなければ、その穿たれた長剣の軌道を変えなければ、自分は確実に死んでいた。


「ぐっ、、、はぁ、、、はぁ、、、、ね?言ったでしょう。差し伸ばされる手なんて、すぐにこうして居なくなってしまうんだから、、、」


ドレッチ船長はそれでも、ライフル銃を杖に立ち、そして構える。

こんなのは違う。

守られるだけの私は、、、そんなのは、違う。

私がここにいるだけの理由が、存在の必要が、なくなってしまう。


「待て、止血を、、、」


「止血?そんなことをしている間に、夢にまで見たユト様との共闘の機会を逃してしまっては、一生後悔しますからね。これもまた逃してはいけない僥倖というやつですよ」


ドレッチ船長は再度、ライフルをリリィ・スゥベラに発砲する。

だが、さすがに二発目は転移される。


「馬鹿!!死____」


ユトは転移のさざ波を捉える。

あの馬鹿でかい質量を扱える適合者だ。その質量の枷を外された今、彼女の促成値は計り知れない。

それは先ほど、自分でさえ捉えきれなかったほどだ。


___剣の一本が、ドレッチの腹部に転移される。


そう察知したとき、すでに剣は彼の脇腹を再度抉った。


__抉った?


__貫くのではなく?


「___そんな___」


リリィ・スゥベラの驚愕は、ある種、適合者の全ての者の意見を代表していた。

だが、理屈は単純であった。

ドレッチは血が流れ続ける脇腹を抑えながら、


「適合者の方々は、少し過信しすぎていますね。分かりますか?私を殺したければ、私を殺すしかないんです。その意味、理解できますか?」


ドレッチはまき直しのように、銃口をリリィに向ける。

だが、次の瞬間、彼はすぐに反転し、一発、二発、三発。

そこは本来、誰もいないはずの虚空。

しかし、


「がぁっつつっ、、、、!!!」


彼の背後に現れたリリィの、今度は肩口が裂ける。

だが、ドレッチもまた彼女の伸ばした剣先で頬の肉を削がれる。


「はぁ、、、はぁ、、、次は何でしょうね。体の転移の後、そのまま剣の転移に移るか、それとも二本の剣の同時転移か、あるいは近づいての直接の攻撃か、、、いずれにせよ、要するに二択なんですよ」


彼の理屈は正しい。

正しいがゆえに、皆が知っていることでもある。

つまり、ウーシア兵器の転移であれば、その座標先の自分の体を動かせば躱せる。そしてカラダ本体の転移であれば、転移先で物理的な衝突が発生するだけ。

だがそれは、目の前で放たれた銃でも原理的には躱すことができる、と言うようなものだ。


「さぁ____」


ドレッチが息を整えた刹那、ユトは叫ぶ。

彼の言った理屈は合っている。だが、それは相手が1人の適合者の場合だ。

クー二アは、声しか出せない自分を恥じながら、それでも叫ばずにはいられなかった。


「もう一人いるっ!!!」


リリィ・スゥベラが空間を転移すること、1回、2回。

ドレッチを翻弄するように、彼の周囲を現れては消える。

そして、


「ここッ!!」


タイミングのズレたドレッチは、明らかにリリィを見失っていた。

彼が銃口を向けた先に彼女はおらず、背後に死が迫る。

そして、もう1人のカンパニアの男が、警備船の頭上から針のような細いウーシア兵器を構えているのが視認できた。


(ダメだ!このままでは、、、私は!、、、私は!)


ユトは先ほどの大規模なウーシア運用の余波から、なんとか抜け出そうと思考をクリアにする。


このままだと____。


「ユト様、それが奢りです」


そうドレッチはこちらを見ずに呟き、そしてあらぬ方向を向いた銃をそのまま発砲した。それは自棄だ、とユトは思ったが、


「第二、、、、、、反発、、、、、、?」


ドレッチが放った銃弾は、頭上にいた男を掠めそうにすらなかった。

だが、そこは適合者の本能。

すでに兵器の転移のため、ウーシアは助走を始めてしまっている。その状態で銃弾までも転移で弾くことは、最悪ではないが危険を伴う。避けられるものなら転移で避けてしまうのがその能力を手にしてからの適合者の習慣だった。思いがけず発砲された男は、ドレッチ船長に切迫するように転移することでその銃弾を回避し、直接物理攻撃へと咄嗟に切り替えた。

だが、だ。

そこにはすでに、ドレッチを挟んで向こう、非常に近い距離にリリィがいる。

二人が近づけば、当然第二反発が起こる。

それぞれ前後から差し出したウーシア兵器は、どちらもドレッチの体深くまでは刺さらず、反発し、はじけ飛んだ。


「うっ、、、、だから奢りだと、、、言うのです。適合者は1人での戦闘を好みます。それは、プールを泳ぐときに周りに誰もいない方が泳ぎやすいのと一緒です。波が干渉し合う。それを嫌って、克服しようとしない」


ドレッチ船長の言うことは、間違っていない。

その完成形はすでに陸軍の歩兵部隊に存在している。

だが、彼はもう、どう見ても限界だった。

流れた血が、そして傷が、すでに戦える一線を越えている。

それでも、彼は再度、膝をつきながらも銃を構える。


「あ、あんたがそこまでする必要ない!さっさと失せろ!」


私はエチカやクラン・イミノルとは違う。

私の前では、誰も、死なせない。

それは絶対の事実なんだ。

仮にその場に私がいてもどうにもならなかった、そんなことはあってはならない。

そんな真実は確定させない。

私がいれば、全て助かった、それが本当なんだ。


「必要なんてもの、どうやってユト様に分かるんですか?私も海上警備隊の一員ですよ」


何故か、少しだけ怒りが含まれたような声だった。

彼は銃を下ろす様子がまるでない。

そしてあたかもユトをかばう様に、のろのろとこちらに歩いてきて、彼女に背を向けて構える。

ユトの誇りが、確かに傷つけられる。


「あんたの役目は道案内だ、戦うことじゃない」


「それも、ユト様が決めることではありません。それに海上の不穏分子と戦うのも私の役目です」


なぜ、この男は譲らないのか、それが分からなかった。

多少適合者との戦闘のノウハウはあるようだったが、それだけがこの蛮勇を己に許している理由なのか。


「助かったことは認める。だが、ここからは無駄死にするだけだ、下がれ」


「無駄死にですか、、、ユト様、、、あなたにだけはそんなことを言って欲しくない」


なんなんだこいつは。

こいつは、さっき会ったばかりの、この警備船の艦長だ。

それでも、何か、ひっかかるものがある。


「なんだ、憧れの覚醒者の役に立てて、気でも立ってるのか?くだらない、いいからそこをどけ」


ユトはグレイブを、背中を向ける彼の首に当てる。

だが、ドレッチ船長はその剣を素手で握り、首から外した。

そして片目だけで振り向く。


「_______あんた」


掌を切って出た血が、刃をゆっくりと伝う。


「ユト様、、、なんでそう、変わられてしまったんですか。あなたは」


決して整っているとは言えないその男の顔は、その時、僅かに幼く、泣いたように見えた。


「その人は教えてくれたんだ。ただ人間として扱われたいと願う少年に、その人は、その人は、、、鼻で笑いながらこう言ってくれたんだ、、、」


____人間として?はっ、そんなの簡単だ、死に場所を自分で選べ、それこそが、いや、それだけが、唯一弱者にできる尊厳の擁護だ。


その言葉は、確かにユトの記憶に薄っすらと残っていたものだった。


▲▽


船の中には紅茶の気高い香りが昇っていた。


「私としたことが失念していましたわ。聖女、万朶、暗澹。それに、威霊いれいのユト・クーニア。注意するのは四人でしたわ」


アルファリア・レオンは失態を述べる口振りに反して、ゆっくりとカップに口を近づける。炎の顔が、まるで紅茶を蒸発させたようにその水面を低くする。


「いやそれで__あぁおっちょこちょいだな__ってならないよ?わざとらしい」


黒いドレスを身に纏って、小さな顎を両の掌で退屈そうに支えるのは、モナ・ザレファユフセラだった。


「でも、彼らも彼女のことはよく知っているでしょうし、それほど脅威でもないでしょう」


「じゃぁリリィちゃん戻してあげなよ、あの子、戦うの嫌いなんだから」


「ほら、でも、ミラリロちゃんが来てから、ちょっと元気なかったでしょう?発散させてあげたほうが良くないかしらと思って」


「親心です、みたいに言ってるけど、やってることは戦場に放り投げてるだけなんですけど。親獅子か何か?」


モナは退屈そうに椅子の背もたれにぐたりとして近い天井を見る。

それから僅かに顔を横に傾け、


「で、オマエはだんまりっと。幼馴染が死にそうだよ?」


「黙れ。おかちめんこ」


「それ、まさかモナに言ってないよね?自己紹介?」


「、、、、、、、」


「ねぇ、モナが同じ空気も吸いたくないオマエに、わざわざ気を遣って話しかけてやってあげてるんだけど?」


「それなら大人しく息を止めてなよ、そして死ね」


「気持ち悪いお嬢様言葉じゃなくなったと思ったら、今度は口が悪くなったのね、いいよ、やろうよ、あの日みたいにさ_______」


二人の口論はすでに見慣れたものなのか、誰も止めなった。

ただ、


「元気だな、モナにミラリロ」


褐色の肌に、赤い宝石の瞳の男が部屋に入ってくる。

すると即座にモナが椅子から飛び上がって、その男の両手を取り、


「アクトゥールぅ、、、ミラリロがモナのこと虐めてくるの!不細工だ不細工だって、、、顔のこと言ってくるんだよ、、、すごくコンプレックスなのに、、、」


上目遣いのその瞳を、アクトゥールはしっかりと見返して、


「そうかそうか、、、でも、モナならきっと仲良くなれるんじゃないかな。君は優しいから、違う?」


「え、、、そうかなぁ、、、そうかなぁ、、、もう少し頑張ってみようかな、、、嫌だけど、すっごく嫌だけど」


「お願いするよ、もう君たちは仲間なんだから」


「、、、うん、アクトゥールがそう言うなら、そうする」


そうしてモナが再度席について、


「モナ、ミラリロちゃんのこと許してあげる。だから、今度からはひどいことモナに言わないでね?」


そう首を傾げて、唇を異様に尖らせながらミラリロに言った。

ミラリロはモナの顔など見えていないかのように、全員の視線が集まる場所に立ったアクトゥールの方に視線を向ける。

他の乗船している者も次々に部屋に集まってきていた。

彼は一呼吸して、それから一人一人の顔を見てから、口を開いた。


「みんな、聞いてくれ。事態が動くにはまだ時間がある。今はまだ待つときだ。今回はユミトルドの時とは違う。想定されていない事態も起こりうるだろう。だが、君たちなら必ず、良い方向へと導いてくれると信じている。全員で、ここから帰ろう。いつも通りだ。遊ぶように緻密に、戦うように大胆に、いいかい?」


「「「「承知」」」」


重なる声に、アクトゥールは満足げに頷く。

その赤い宝石の瞳が、未来を見るように遠く、そして静かに輝く。

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