ジャージャル失踪事件
レガロ帝国領土の丁度中心にはラキア湖があり、周辺も広く草原に囲まれている。
その森閑としたほとりには木造のコテージがいくつか新築された。
___ホーバス新聞社モランテリア支社。
だが、それは対外的な名称であり、その実、そこに住まうのは皇帝直隷第二十一班、レガロ帝国陸軍に新設された部隊だ。
命じられているのは帝国戦記の編纂業務。
各地での帝国陸軍の活躍を後世に伝えるための重要な任務。
しかし、それすらも名目上の役割に過ぎない、、、。
「や、、、、、、ややこしい、、、、、です、、、、」
私、イサラ・ザクトーフは肩のあたりで二つに結んだ髪の毛を、口の前でちょんちょんと、あたかも電流でも流す実験のように弄っていた。
(け、結局、何をすればいいのか、、、さっぱり分からないよ、、、)
エチカ少佐には、
「君はこの班の中でも上官だ、力を借りたい」
と言われてしまった。
そんなこと、ないよ、、、ないよね?
と、私は1人1人、指折り確認してみることにした。
バルディット・ジャルジャ中将、1番。
エチカ・ミーニア少佐、2番
ユト・クーニア上級大尉、3番
ルラ・コースフェルト大尉、とフランシャルン・パピノスペイパード大尉が4番。
_________4番?
中将はまだ第二騎兵師団の団長だから、それを抜かすと本当は3番?
でも、
うそ、、、だよね、、、他にもいたはずだよ、そうだよ。
私は思いつく限り強そうな人を思い出す。
ワミー・ターナーさんは少尉、、、カトゥア・キンウェゼさんは軍曹、、、ジュマさんも、チュ・ミャーさんも、、、あれれ、あれ、おかしいな。
「いや、でも待ってね、同じ大尉でも確か、、、」
大尉同士は同列であり、そこに年齢や入隊後の年数などは関係がないとみなされる。ただし、本人だけが知る、その下層の「級」はある。主に給与のために用意されているもので、1~24級まで振り分けられている。
「でも、聞けないよね、、、さすがに、、、」
何をそんなにこだわっているのか、と聞かれれば確かにそうなのだ。
だけど、それは私にとって非常に重要なことなのだ。
士官というのは管理職。適合者であるから戦場には出るが、通常は作戦の立案だったり、デスクワークに重きが置かれる。だけど、適合者の士官というのは、いわば専門職であって、実は階級にはあまり意味がない。そのため、非適合者の大尉と適合者の大尉では、どちらかといえば前者の方が軍内部では立場が重い。
それでも、一度戦場に出れば、何人もの非適合者の兵をまとめ、その命に責任をもたなければならない。
その責務の重さに対して、私は、、、私は、、、
「頭がすんごく悪いんですぅ、、、それに、、、どんくさいんです、、、どうしようもなく、、、びっくりするぐらい、、、」
私の吐露した弱音に、ニキ・サラムーン一等兵が、大きく頷く。
私の部屋があるコテージ、その談話室。
ニキさんは二人分の紅茶を入れて持ってきてくれた。
私がこの隊で唯一、あまり緊張しないで話せる友人だ。
「分かる!分かるよ、イサラちゃん!私も永遠に一等兵で良い!鉄砲玉でいい!」
「ありがとう、ニキさん、、、だから、できれば5番目が良いの、、、」
「つまり、コースフェルト大尉と、パピノスペイパード大尉の級を聞けば、、、いい、、、、、、、、、、、、無理ムリムリ、絶対ムリ!!!!」
ニキさんは、顔面蒼白になって首がとれちゃうかと思うぐらい、ぶんぶんと振った。
そして、おえっと嗚咽までしていた。
なんだろう、やっぱり美人さんと話すのは緊張するのだろうか。
私もそうだから、気持ちは痛いほど分かる。
「だよね、、、難しいよね、、、、それにお金に関わることだし」
「いや、そこじゃないです、全然。そんな繊細な配慮持ってないですから」
私はニキさんが何を言っているのか良く分からず、深くため息をついて、
「なんとかして降等にならないかな、、、何をすれば、、、エチカ少佐の軍服にケチャップつけるとか?」
「それで降等になるなら、私はもうとっくに除隊ですよ、イサラちゃん。そもそももう年齢でいいんじゃないですか?それなら5番目ですよね?なんだかんだ、同じ階級だと年齢で上か下か判断するときありますし」
ニキさんの顔を、私は驚いた顔で見た。
それを見て、ニキさんも満足げに頷いてにこりと笑ったが、
「いえ、それだと私が一番上になります。3番目です」
「え?」
「え?」
二人で数秒、見つめ合ってしまった。
ニキさんは空を見上げるようにして、何かを思案してから、再度こちらに向き直る。
「コースフェルト大尉って、二十歳以上ですよね?」
「そうですね、お酒飲んでました」
「パピノスペイパード大尉は?」
「確か、エチカ少佐の7個上とおっしゃってたので、23歳ぐらいですね」
「イサラちゃんは、私と同じくらいだよね?」
「いえ、32歳ですよ」
沈黙が二人の間に流れる。
私は、ニキさんの話の意図が分からず、首を傾げることしかできなかった。
彼女は何か、名案でも思い付いてそんな質問をしているに違いない。
それならば、私は出来る限りの協力をしなくてはならない。
きっと馬鹿な私には思いつかないような立派な作戦を考えてくれているのだ。
「私、15です」
「そうなんですね、、、若いですね、、、」
「イサラ・ザクトーフ、、、大尉は?」
「32です。どうしたんですか?改まってしまって」
また数秒、沈黙が流れる。
きっと、ニキさんは私にも分かるように1つ1つ質問して話を整理してくれているのだ、と思うと、感謝の心で胸がいっぱいになる。
ただ、ニキさんの次の行動は、さらに理解できないものだった。
「たいっっっへん失礼いたしましたぁーーーーーーーー!」
突然椅子から立ち上がり、体を二つ折にして頭を下げた。
「びっ、びっくりしたぁ、、、どうしたの?」
「イサラちゃんとか言って申し訳ございませんでした!ザクトーフ大尉!」
私はない頭をぐるぐるとめぐらして、目が回りかけたころ、ようやくニキさんの質問の意図が分かった。
なんだ、そんなことか。
それは仕方ないことだ。私はもともと第一騎兵師団で、ニキさんは第二だったんだから。
むしろ、その誤解に気づけなかった私が悪いのだ。
もう何度も繰り返してきたことなのに。
「謝らないで!年齢はね、、、よく間違われるんだ、、、ほら私、覚醒者なのにこの年齢で大尉止まりだから、普通、もっと上の階級だもんね」
頭を上げたニキさんの顔は、不可解な生き物でも見るように、変な表情をしていた。
「いえ、、、そういう意味ではなくてですね、、、」
「第一騎兵師団でも、よく間違われてたから、ニキさんは悪くないよ?」
「は、はぁ、、、」
私はニキさんに失礼なことを言ってしまったかもしれないと思った。
なにか、怖い物でも見るような、萎縮したような感じになってしまった。
それは大きな音を聞いた後のわんちゃんのような姿。
それで、ニキさんは、
「ちょっと、頭を整理してきます」
と言って、談話室を出て行ってしまった。
唯一の友人という助け船を失ってしまった私は静かに決意を固めるしかなかった。
「やっぱり、降等になるしかない、そのためには、、、」
===================================
犯罪者の心境が、こうも苦しいものだというのを初めて知った。
今後彼らを捕らえるような機会があれば、もっと優しくしたいと、そう思えるほどに。
ジャージャルの朝の散歩は、約1時間ほどだ。
行先は、彼の心のままに決めている。
今日は湖畔に沿って歩くコースで、ジャージャルのお気に入りだ。
私は歩きながら、ジャージャルに話かける。
「今日の予定を振り返りましょうね、ジャージャル、じゃないと忘れてしまうから。今日は、この後ダカドレン州に転移して、エリオルさんと一緒に第三騎兵師団の国境部隊に合流して、一緒に訓練だったよね?その後は戻ってきて事務作業。確か、みんながまとめてくれた必要備品リストのチェック、だった気がする。あれ、違ったっけ?国境の偵察任務に同行?それに、備品リストじゃなくて、人材補充についてだっけ、、、あれあれ、、、大尉が集まる会議もあった気が、、、分かんなくなっちゃった」
ジャージャルは私の声に反応して、首を傾げる。
聞いてくれているのだ、多分。
「気が重いよ、ジャージャル。リストなんて見ても、合ってるかどうかなんて分からないもん、、、会議だって、みんなが何を言ってるか、分からないし、、、。」
第二十一班には、もちろん適合者以外の兵士も多くいる。彼らの多くは適合者として放り込まれた私と違ってすごい人たちだ。勉強もできるし、仕事も上手。
それに比べて私はダメダメだ。
人と話すのも苦手、考えるのも苦手、そして自分に自信もない。
昨日だって、私が書いた書類に誤字が多くて出し直しになったし、第三騎兵師団からエリオル・ハルマン曹長に教示同行任務の依頼があったのに、それをエチカ少佐に伝えるのを忘れてしまった。それで先方から返事がこないことへのお叱りの連絡がきて、少佐が謝ることになってしまった。
「帰りたいな、、、お家に、、、、、、」
帝国の西、桎梏山脈の麓の田舎。
丁度、エチカ少佐が戦闘したというクーバーミント州のユミトルド地下牢獄、それよりももっと国境近いその場所。
帰りたい、そう思ってもうどれくらい経っただろう。
ときより、この適合者という自分の才能が、恨めしく思うことがある。
昔はあんなに、この才能を楽しめていたのに。
そんな私の弱気をかぎ取ったのか、ジャージャルが突然駆けだす。
「ジャ、ジャージャル?どうしたの?」
いつの間にか歩くのがゆっくりになって不満に思ったのだろうか。
散歩すらまともにできない私って。
そう思ったとき、今度は急にジャージャルが立ち止まって、周囲を見渡すようにした。
「誰か、、、、、、いる?」
確かに人の気配がする。
見渡しの良い湖畔なのでそう隠れるところは少ないが、少し後ろの木立の中から人の視線を感じる。ジャージャルはそれをかぎ取ったのだ。
それに若干、ウーシアの波長を感じる。
(ま、、、、、、、、、まさか、、、、、、、、私の、、、、もうバレたの、、、?)
心臓がどきどきとして、落ち着かない。
絶対誰にも見られていなかったはず。その自信はあったが、どこから足がつくかは分からないものである。
「ジャ、ジャージャル、帰ろう」
そう声をかけて、顔を下げたままコテージに向かって全力で駆けた。
====================================
「よし、これで会議は終わり、三人とも良い?」
ユトさんが私とルラさん、それからフランさんの顔を順に見て言う。
結局今日は会議日だった。エリオルさんが教えてくれなければ完全にすっぽかしていたところだった。
いつも通りみんなが話していることを通信機器に録音して、なんとか咀嚼しようとしていたが、さっぱり分からない。そうやって頭をぐるぐると回しているうちに、早速次回の会議日の予定を聞き逃してしまった。もう今更聞くこともできない。あとで録音で確かめないと、、、。
そもそも、この大尉会議、自分以外の三人の容姿が並外れていて、自分だけ場違いな感じがすごいことも、緊張の一端だった。田舎出の土臭い、おぼこなまま年を取った、いつまでも垢ぬけない自分とは華やかさがまるで違う。バラとかユリの中に、たんぽぽが一緒の花瓶に活けられてるみたい。
それに、今日はなんだか違うプレッシャーもあった。
会議中、ずっとユトさんが私の方を見ていたような気がしてならない。理解できていなさそうな私を心配してなのか、それとも別の何か、、、。
「そういえば」
と、ユトさんが会議終わりのコーヒーを飲みながら、雑談を始める雰囲気だった。
「なんか、昨日エチカが部屋に誰か侵入した気がするけど、何も起きなかった、とかいう、訳の分からないことを言っていたな。それになんか部屋が臭いって」
心臓が跳ねた。
絶対に気づかれていないと思っていたが、少佐の力量を過小評価していたかもしれない。いや、少佐なのだから当たり前だとも言える。
「鍵は掛かっていたんですか?」
と、ルラ・コースフェルトさん。
「ええ、掛けていたそうよ」
「ということは、転移での侵入ということかしら?」
「そう考えるのが論理的でしょうね」
「そうなると、部屋の構造を知っている人間か、それとも、、、ああ、ライゼンバッハ特務曹長では?それなら鍵が掛かっていても関係ないですよね?」
ルラさんはいつも大人っぽくて、余裕があって綺麗な、そういう憧れの女性だったが、その言葉には少しだけ棘があるように感じて、ますます動機が激しくなる。
私の目的を成就するためには、私が犯人であると判明するか、自首をすることが必須だ。だから、今名乗り出てもいいんだけど、ルラさんのその声音できゅっと口が堅くなってしまった。
次に声を上げたのはフランさんだった。
「いえ、ランゼンバッハ特務曹長は昨晩、ニキさんと一緒に私の実家に泊まりましたので、考えづらいかと」
フランさんの言葉に、ユトさんが口をあんぐりとして、
「実家に泊まった?」
「ええ、私の父がお二人をいたく気に入ってしまって、昨日はニキさんの故郷のお魚を振舞うパーティをしておりました。私はこちらに帰ってきましたけど、お二人はおそらく朝まで父の相手をしてくれたのではないかと思います。お恥ずかしながら、父はお酒が入りますと長いもので」
ありがとう、ニキさん。
今回の計画では、アイリスさんにどうしてもアリバイが必要だったのだ。
それでこのタイミングでの実行をニキさんが考えてくれた。
嫌われてしまったと思ったけど、やっぱり優しい人。
出発する前、今にも卒倒しそうなほど顔がやつれていたのがどうしても気になったけど。
「それなら、ライゼンバッハ曹長は違うと、、、」
ユトさんが唇を親指で撫でながら考えていたとき、ちらりと私の方を見た。
早鐘を打つ心臓。
もう自分からは自白できないが、ユトさんなら気づくはず、、、。
彼女とは1度、一緒に模擬戦闘を行ったことがある、だから、、、。
ただ、だんだんとユトさんの視線が期待のまなざしをしている私から外れて下の方へ。
____ジャージャルを見てる?
そこには伸ばした前足の間に顔を埋めて寝るジャージャルがいた。
「まぁ、何も盗まれたり、攻撃をされたわけじゃないけど、警戒しましょう」
ユトさんがそう言って、会議はお開きとなった。
あれ、どうしたんだろう。
こういうことを流しておしまいにするような人ではなかった気がするのだが。
それとも、後からこっそり問い詰められるのだろうか。
とにかく、まだ私の犯した罪は露見せず、泳がされるのであった。
====================================
朝、目覚めてジャージャルの散歩に行く。
最近の日課となったルーティンをこなそうとしたときだった。
いつもジャージャルが寝ている談話室のソファに、彼の姿がなかった。
「あれ、、、どこに行ったんだろう?」
ソファに近づくと、1枚の手紙が置いてあった。
・・・あなたの罪をバラされたくなければ黙って部屋で待て、ジャージャルは預かった。誰にもこのことは言うな。言えば・・・
「えっ!!」
誘拐だ。
私のせいでジャージャルが誘拐されてしまった!
なぜ彼を狙ったのか、目的も分からない。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう!」
眦に涙がじわりと溜まる。
ジャージャルは、ここで生活していく中での唯一の希望だった。
知らない人たちがたくさんいて、でも自分は上官で、それなのに自分よりも優秀な人たちが多くて心細い私に、ジャージャルは寄り添ってくれている。
田舎でもそうだった。
同年代の人たちにうまく混ざれない私は、いつも自然の中で、自然の存在と遊ぶことだけが唯一の楽しみだった。
みんなの会話が早すぎて、私だけがついていけない。でも、自然の生き物は、私の話をゆっくり聞いてくれる。私が分からなくても、責めることがない。
それは逃げだ、とよく両親に怒られていた。でも、なんで逃げちゃいけないんだろう。動物たちは、怖いことがあるとすぐに逃げる。でも、誰もそれを責めない。
「うぅ、、、ジャージャルぅ、、、寂しいよぉ、、、私のせいでつらい目に合わせてごめんねぇ、、、馬鹿な私のせいで、、、こんなことなら、、、」
こんなことなら、降等なんて願わないで、もっと頑張ればよかった。
私はいつも、逃げてばかりだ。逃げて逃げて、でもそれが良いことに繋がったことがない。両親は、きっと正しかったのだ。
私はもう限界を超えて流れ落ちた涙を拭いながら、コテージを出る。
朝日はまだ世界を照らしていない。
ただウーシアの波長が、黎明を呼び込もうとするように、青白く広がる。
「絶対に、、、絶対に助けるからね、、、ジャージャル」
次の瞬間、そこにイサラ・ザクトーフの姿はもうなかった。
=====================================
「お散歩、気持ちいいでちゅねぇ!」
私はこの世の春を謳歌していた。
少し目線を下げれば、茶色くて大きなもふもふの存在。
最初こそ心配げにコテージの方を気にしてはいたが、今は足取りを私に合わせてくれている。
「ジャージャル君は賢いですね、えらいえらいですよ、偉い偉い」
初めて彼を見た会議の日。
私は雷に打たれたような衝撃に耐えることで精いっぱいだった。
エチカに何か嫌味を言ったような気がしたが、もうすでに記憶にない。
はやくこの子と遊びたい、そんな気持ちしかなくて、さっさと会議を終わらせたかった。
「本当はもっともっとジャージャル君と遊びたいんですよ、私は」
でも、私にもイメージや立場というものがある。
それに上級大尉として、この班の規律を守っていかなくてはいけない。
犬にでれでれとした自分など、見せていいはずがないのだ。
「よーしよしよし、すりすりしましょうね、すぅりすりすりすりすりー」
私はこの時間を精いっぱい充実させようと、ジャージャルの首に抱き着いて頬を寄せた、その時だった。
「________________くっ!!」
不可視の存在が一陣の風のように通り過ぎた。
私は何とか転移で避ける。
いくらなんでも動きが速すぎる、それにウーシアの波長の揺れが1回ではなかった。
___連続転移。
単純な転移を極めた者がたどり着ける小技。
適合度合も、特性も必要ない、理論上誰にでも可能な技。
ただし、その有用性は図りしれない。
帝国内の代表的な使用者は何を隠そう、エチカ・ミーニアだ。
だが、その技を編み出したのは彼ではない。
(______________来る!!)
私は予感を捉えたが、この技の前ではその予感はむしろ穴となる。
背後、、、前、、、上、、、背後、、、来ない!!
転移が、一向に成立しない。
荒れ狂う海洋に翻弄される小舟のように、波は見えてもその姿が見えない。
適合者としての力量。
それを図るためには、同等の力を持つ適合者を当てないとその最大値は測定できない。。
私がテミナル島を出て、軍に入ったとき、最初に手合わせをした人。
おどおどして、靴を見るように全く顔を上げなかった一人の小さな女性。
だが、その戦闘は嵐のように激しく、それでいて川筋のように洗練されていた。
人間と対峙している感じがなかった。まるで海や山の息吹、その猛攻のよう。
その嵐の中で、いつも彼女は瞳を閉じて、静謐の最中だった。
(まずい、、、完全に背後を取られた!)
私がその暴風に耐えきれず、先に転移で逃げを打ったとき、それを見越していたのか、完全に背中を取られた。
転移後のラグ、そこに完璧にタイミングを合わせられた。
連続転移の悪魔的なところは、その後出しを可能とすることだ。
私は観念して、
「私です!私!ユト・クーニアですっ!!!!!!!!!!」
その声に驚いたのか、背後にいた相手が距離を取るのが分かった。
「ユト、、、さん、、、?」
「そうです、そうです、降参です」
私が振り向くと、そこにはジャージャルを大事そうに抱えて守ろうとする、イサラ・ザクトーフ大尉の姿があった。
「ご、、ごごごごごめんなさい!私、目を瞑ってて、、、」
「大丈夫です、知ってますから」
「あ、、、、本当に、、、、そ、そうか。ユトさんがジャージャルを、、、助けてくださったんですね?ありがとうございます!!!」
「え?」
「え?」
二人が合わせたようにきょとんとしたとき、太陽がようやく昇って、湖畔をきらきらと美しく照らしだした。
===================================
「ご、ごめんさい、私馬鹿で、もう1度説明してもらってもいいですか?」
二人と一匹で芝生に座って湖畔を見ながら、朝ごはんを食べる。
ユトさんが持ってきていたサンドウィッチだ。
もちろん、ジャージャルの分のご飯もあった。
コンバルド社の最高級品(チキン味)のものとのことで、ジャージャルの食いつきがすごい。
「恥ずかしいんだから何回も言わせないで。ザクトーフ大尉が、なんでか知りませんけど、エチカにいたずらをしたことに気づいたんです。扉越しに部屋に転移できるのは、ライゼンバッハ特務曹長か、転移を成立前に中止できるあなたしかいません」
その通りです!と私は言いかけて口を噤んだ。
どんなに部屋の中の構造を知っていても、見えない場所への転移に対して、適合者はかなりの恐怖心を抱く。その先に広いスペースがあると確信できていれば可能だが、部屋ともなると危険を伴う。
ただ、私は転移が成立する前に、それを中止し、再度別な場所へ座標を移すことができる。だから、万が一転移先に物体があったとしても、再転移すれば体がズタズタになるような問題は起こらない。
ユトさんは名推理を披露したのに、なぜか顔を赤くして小さくなってしまった。
私は彼女が話出すのをじっと待つ。
「、、、そして、私、、、、、どうしてもこの子と、、、この子と、、、、遊びたかった、、、んです!駄目?駄目ですか?駄目じゃないですよね!?」
ユトさんが、私の顔にずいっと近づいてくる。
寝不足なのか、目が血走っている。
「だから脅迫文を書いて、散歩に一緒に行こうと、、、ごめんなさい」
「よ、良く分かりません」
「そう、、、ですよね、本当にごめんさい」
ユトさんは、深々と頭を下げた。
上官にそんなことをされると、私は立つ瀬がない。
確か、ユトさん本人もそんなようなことを言っていた気がする。
余計なことばかりを覚えている私である。
「い、いえ、そうではなく、一緒に散歩に行きたいなら、別に誘拐しなくても、普通に教えてくれれば」
「それは、、、私は上級大尉だし、エチカの次に上官だから、そんな姿は見せられない」
思いがけないユトさんの言葉に、私は少しだけ気が緩んだ。
ああ、ユトさんでも、そんなことを思うんだ、と。
「ふふ、ふふ、同じことを考えていたんですね」
「同じこと?」
「私も、悩んでたんです。私はこんなに仕事ができなくて、いつも苦手なことから逃げてばかり、ぜんぜん上官らしくないから、だから、降等になるために、いたずらを」
その突拍子もない私の計画に、ユトさんは一瞬思考が止まったようになって、それから、
「ははっ!おかしい、変!それ。自分から降格しようとしたって?」
「そんあ、ユトさんだっておかしいですよ、別にわんちゃんと遊ぶくらい、だれも何も言いませんよ」
「確かに、私たち馬鹿だ」
「そうですね」
「私なんか、今日の散歩が楽しみで、昨日眠れなかった」
「私もいつバレるかって思ったら眠れなかった」
「それにちょっとすっきりした、あなた、エチカの部屋にジャージャル君の、、、置いたんでしょ?」
「そ、そうです。ジャージャルには悪いかと思ったんですけど、私、丁度降等になりそうな具合の悪い事が思いつかなくて」
「最高よ最高、少しだけ、あいつに対するイライラが収まったわ。今日もまたしかけましょうよ、二人で」
二人で食べる朝ごはんは、外でということもあってとっても美味しかった。
軍に入ってから一番と言ってもいいほど。
もちろん、ジャージャルもいてくれたから、最高の朝になった。
三人でコテージに帰るとき、ユトさんは言ってくれた。
「逃げることは、絶対に悪いこと、ではないと思う」
「そうですかね、、、?」
「だって、あなたの隊、いつも生存率も高くて、負傷率も低いじゃない」
「それは、みんなが優秀だから」
「あなたがきちんと、逃げる選択肢を持っているから、それに自分以外の人の力を信じて、評価しているから、だと思います。それに、いざというときは逃げないでしょう?今日、ジャージャルくんを助けたように、だから、あなたは大丈夫」
ユトさんの言葉を、そのまま受け取ることはまだできない。
それでも、少しは周囲の人からみた「自分」というものを信じてみてもいいかもしれない。
だって、ジャージャルを可愛がるユト・クーニア上級大尉は、本人が思うよりもっと、素敵で、信用が置ける上官だと思ってしまったのだから。
後日、エチカ・ミーニア少佐のクローゼットの奥から、大量の犬の糞がみつかった。
ジャージャルの管理責任者である私が呼び出されたが、
「敵の侵入にも気づかないなんて、どれだけ深い眠りなの?そんなに疲れるほど仕事してた?」
と、ユトさんが嫌味全開で口撃したことにより、犯人捜しはうやむやになった。
「俺はそんなに嫌われているのか、、、」
「主。女性への心配りは大変に難しいと、再度強く認識すべきかと」
少しばかり落ち込んでいた少佐には申し訳ないが、こちらに向かってウィンクをするユトさんに、私は心からの笑顔で頷いた。